『たかが世界の終わり』グザヴィエ・ドランが描いた愛の形とは?

2017.02.08
特集

FILMAGA編集部

フィルマーくま

たかが世界の終わり1

2月11日(土)グザヴィエ・ドランの最新作、『たかが世界の終わり』が公開されます。2016年、ついにカンヌ国際映画祭のグランプリを獲得し、27歳という若さで全世界にその才能を見せつけた今作。

自らの死を告げるために12年ぶりに帰郷した男性と、彼を迎え入れる家族の〈ある1日〉をドランならではの映像表現とともに描かれています。

 

映画界の話題を席巻する美しき天才、グザヴィエ・ドラン

2009年、19歳での初監督作品『マイ・マザー』でのデビュー以降、美しき天才と呼ばれ、次々と人々を魅了する新作を生み出し続けるグザヴィエ・ドラン。

2010年『胸騒ぎの恋人』、2012年『わたしはロランス』、2013年『トム・アット・ザ・ファーム』と発表の度に国内外様々な映画祭で上映され、彼自身の経験や信念を反映したセンセーショナルなテーマや、アーティスティックな映像表現で瞬く間に映画界の注目の的となりました。

2014年には『Mommy/マミー』にて、巨匠ジャン=リュック・ゴダールと並んでカンヌ国際映画祭審査員特別賞に輝き、その受賞スピーチで彼が語った「夢を捨てなければ、世界は変えられる」というメッセージは世界中のメディアが取り上げ、人々に深い感銘を与えました。

たかが世界の終わり2

  • ■心があたたかくなるわけでもない、悲しくなるわけでもない、切ないわけでもない、でも、観てよかった。観なかったわたしの人生はどうなってたんだろうという気持ちになった。グザヴィエ・ドラン!27歳!すごいよ!!(みわさん)

  • ■光をうまく取り込んだシーンを挟むことで重くなりすぎないで見続けることができました。今作ではピントと前後にずらすシーンが多く、またカメラで遊んでる!?と思って楽しく観れました(コマさん)

  • ■ピントとボケの使い方があまりにも巧妙で、音楽の入るタイミングから色味から、全てドランの作り出す唯一無二の世界観!(り さん)

《新たな挑戦!》グザヴィエ・ドランが本作で描いた愛の形とは?

これまで自身の作品において様々な愛の形を描いてきたグザヴィエ・ドランですが、その形は何かしら自分自身を投影した〈主人公〉と〈母親、恋人、友人、兄妹〉などの、二者の間での愛でした。

しかし、今回彼がテーマにしたのは〈家族の愛〉。主人公の男性を含め、彼を迎え入れる家族それぞれが不完全で、自身の在り方や家族への複雑な思い、様々な迷いや悩みを持ちながら生きています。

12年ぶりに集まった家族の、核心を避ける意味の無い会話や、ためらい、沈黙の時間、そして家族だからこそ起きてしまう激しい衝突。

現代の多様化する家族関係に於いて、誰もがどこか共感できるであろう複雑な家族の形がスクリーンに映し出されます

これまでの作品とは異なる、家族だからこそより複雑な愛の形をドランはどう描くのか彼の新しい挑戦を目撃することが出来る作品なのです。

たかが世界の終わり3

  • ■切っても切れない存在。とても寂しくて、冷たいやりとりの中で、各々がぶつけ合う感情だったり言葉だったりがすごく重かった。大きな事件なんか、何一つ起きてないのに、見離していい瞬間が一度もない(ChihiroTarumii さん)

  • ■沈黙と発話、兄と弟、情熱と冷静、様々な二つの間にある物なんて本来何も大したものではないはずなのに、何がそんな狭間を広げているんだろう。100分がとても短かった。感情のやりとりがここまで密だったからかな(和出善大朗 さん)

  • ■それぞれの嘘、秘密、葛藤、表情、沈黙は、全部愛だと理解できているのに、時に嫌悪感さえ抱いてしまった。けど同時にその人間らしさが愛おしくも感じるという奇妙な感覚に陥った。至近距離での撮影だからこそ捉えられ、映し出されたものだったから、本当に呼吸、まばたきすらも見逃せない(ヤマヒツジさん)

《今最注目の一流俳優が集結!》再び観たくなるほどの濃密あるやりとり

今作では様々な大作で主役を務める一流の俳優たちがドランの新作のために集まっています。

有名な作家として活躍しながらも家族に心を閉ざす主人公ルイを演じるのは『SAINT LAURENT/サンローラン』でセザール賞にノミネートされたギャスパー・ウリエル

兄に憧れる妹のシュザンヌに『アデル、ブルーは熱い色』でカンヌ国際映画祭パルムドールに輝いたレア・セドゥ。短気で暴力的な兄アントワーヌには『美女と野獣』のヴァンサン・カッセル

口下手だが誠実なアントワーヌの妻カトリーヌには『エディット・ピアフ愛の讃歌』でアカデミー賞受賞のマリオン・コティヤール。そして家族を深く愛する故に過干渉気味の母マルティーヌには『わたしはロランス』に続いて二度目のドランとのタッグとなるナタリー・バイ

一流の俳優それぞれが演じる家族の中の一人としての演技は瞬きひとつにまで想いが込められ、言葉に出来ない感情がそれぞれの表情、動作から溢れ出し、どのシーンからも目が離せません

代わる代わる映し出される緊張感のあるやりとりは一度の鑑賞では全てを汲み取れない程の濃密さで観るたびに新しい感覚を感じる事が出来るかもしれません。

たかが世界の終わり4

  • ■映像美、音楽、演技力、どれもすごかった!表情や汗にフォーカスされていてこちらまで歯痒さと緊張感が伝わってくる。ドランのほこりを舞わせる演出が好き(mdayaka さん)

  • ■感情のぶつかり合い見事でした。思わず息を呑みます。楽曲のセンスも相変わらずで、とても心地良かったです(しょーた さん)

  • ■自分が後何年生きたらこんな感情を表現できるのだろうか。ドラン映画は絶対に名シーンってのを残してくれるよね。キャスト全員有名で演技最高だった(おち さん)

《90年代の懐かしい楽曲》偉大な音楽家との融合、印象的な音楽の効果

今作もこれまでのドランの作品同様、物語の進行において90年代の懐かしい楽曲と併せ、挿入される音楽が効果的に使われています

『トム・アット・ザ・ファーム』に続き二回目のタッグとなるガブリエル・ヤレドが作曲したワルツを聞いたドランは、すぐさまこの曲を最後のシーンで使いたいと思い、曲について以下のように述べています。

「すべての描きたい感情が見えたんだ。他人の言葉に耳を傾けることが出来ない人や、将来に起こることが予測できない人の無力さ、そして本来当たり前のようにある足下の地盤が思いもよらず崩れ落ちた時の気持ちだ」

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ドラン作品ではおなじみの色彩の効果や光の印象を駆使した独特の映像。そこに挿入された音楽、楽曲の効果によって言葉で説明するのは難しい人間の感覚や心情の揺らぎが見事に表現されています。

作中に流れる音楽がこの物語の中で何を語っているのかに注目して鑑賞しても面白いかもしれません。

◆映画『たかが世界の終わり』information

たかが世界の終わり

あらすじ:「もうすぐ死ぬ」と家族に伝えるために、12年ぶりに帰郷する人気劇作家のルイ(ギャスパー・ウリエル)。母のマルティーヌ(ナタリー・バイ)は息子の好きな料理を用意し、幼い頃に別れた兄を覚えていない妹のシュザンヌ(レア・セドゥ)は慣れないオシャレをして待っていた。浮足立つ二人と違って、素っ気なく迎える兄のアントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)、彼の妻のカトリーヌ(マリオン・コティヤール)はルイとは初対面だ。オードブルにメインとぎこちない会話が続き、デザートには打ち明けようと決意するルイ。だが、兄の激しい言葉を合図に、それぞれが隠していた思わぬ感情がほとばしる─。

上映時間:99分

〈2017年2月11日(土)全国ロードショー〉

▽公式サイト
http://gaga.ne.jp/sekainoowari-xdolan/[リンク
配給:ギャガ
(C)Shayne Laverdière, Sons of Manua

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  • ヒロ
    3.4
    【早稲田松竹】グザヴィエ・ドラン好きなのに不覚にも寝てしまった。自分の中で当たり外れが激しい監督。そういういみでは園子温監督も同じ。
  • ユレユレ3人組
    4.2
    家族とは何か…。 癒されるべき場所であるはずだが、 必ずしもそうとは限らず。 同じ時間を過ごしてきた家族である が故に、抱く愛情と嫌悪。 期待と裏切りが入り混じり、感情が ぶつかり合う… でも、家族は愛おしい。 やっと見れた!この作品。 いかにもグザヴィエ・ドランらしい 家族の描き方だと思った。 誰の心にもある刺々しい気持ちを 引き出してくる。 さすがの俳優陣の緊張感に息を呑み、 感情をえぐり出す様なシーンの連続に 圧倒された。 ギャスパーの碧く透き通る瞳が、 美しくて癒された。
  • gpstar
    3.9
    12年間も家に帰らないのは長すぎ、家族に無関心だと思れて仕方ないかなと。家族を連絡しよう、もうちょっと大切にしようと思えた映画。
  • サバンナ秋子
    -
    見終わったあとに隣の家で家族喧嘩はじまって怖かった
  • shinobu
    3.1
    ドランにしか撮れないフィルムがあると思う。若い時にしか撮れない映画がある。 スピルバーグが激突!を撮ったの25歳くらいだよ。 いま我が国の20代で何人のフィルムメーカーいるのだろうか…と本編に関係ない話に終始するのもアレなんで終わり。 本作は原作はあれど監督、脚本、制作を担当したドランにしか撮れない、ドランの為の映画となっている。 ドラン作品を全て観ている訳じゃないが共通するのはその繊細さである。 終始重苦しく痛々しい描写が延々と続くが本作のキモとなるのは繊細で美しいルイでも美しい風景でもなく、普通のおじさんアントワーヌだろう。ボクにとってはどんな美しい映像より、心象風景より何より兄ちゃんが大事だ。 冒頭、久しぶり実家に帰ってきた次男坊に会うというだけなのに、オシャレをする母と末っ子。 嫌味ったらしい事を言う兄貴…始まって数分で大体の事を察する事が出来る見事なオープニングだ。 嫌味ったらしい兄貴アントワーヌという印象を段々とひっくり返していく描写も見事だと言うしかない。 その嫌味ったらしい性格はどこから来たのか… 段々と人となりを知るたびにアントワーヌに共感してしまう。彼は嫌味ったらしいし、言葉は荒いし酷い。 が…アントワーヌは嘘は言わなかった。 ルイはどうだったか。彼はどういうつもりで帰ってきたのだろうか?普段簡単な絵葉書を送る程度で、何も話さず何も聞かないから何も知らない家族にいざとなると慰めてもらいたかっただけだったのかと。 ルイは兄貴が何の仕事をしてるかも知らない。そんな家族の些細な事は世界が終わる事に比べたら大した事ではないから… いや、愛する者を失う事の辛さに比べればたかが世界の終わりなんてだ。 ただ…もちろん狙いなんだろが余りにもユーモアがないのがなぁ。 あ、恋のマイアヒは最高だったな。 ルイも最後まで病気のこと言わないし… この家族のどいつもこいつもオープニングから成長したんだろうか。 教訓があるとしたらこんな家族にならないように連絡とりあうか一切取らないかだな。
「たかが世界の終わり」
のレビュー(13818件)