ほ乳類だけの街『ズートピア』のさらにその先の理想が『SING/シング』にある

2017.04.15
洋画

《連載②》鏡の中のダイバーシティ:『ズートピア』と『SING/シング』

近年、差別や偏見をテーマにした作品で、最も話題を集めた作品は、ディズニーの『ズートピア』でしょう。

ズートピア

(C)2016 Disney. All Rights Reserved.

ウサギの少女、ジュディは警官になる夢を叶えるため、哺乳類が共存する街、ズートピアにやってくる。警察には肉食動物以外がおらず、草食の小さな動物であるウサギが警官になるなんて無理だと言われるようなところに、ジュディは自分の夢を叶えるため、人一倍の努力をし念願を叶えます。しかし、いざ職務が始まっても差別的な扱いばかり。

めげずに努力を続けるジュディですが、肉食動物のヘイトを煽るような事件が勃発。ジュディはそれに巻き込まれるなかで、自らの心に巣食っていた、肉食動物への偏見に気付かされます。

職場での待遇差別、マジョリティがマイノリティを差別する構造、そしてマイノリティ側も一方的な被害者ではなく、偏見は誰の心にもあり得ることなど、差別や偏見を多角的に見つめていて非常によくできた作品でした。

公開当時も多くの絶賛が相次ぎ、近年のディズニー作品の中でもとりわけダイバーシティのテーマを深化させており、多様性への配慮がすみずみまで行き届いていると評されました。

おりしも欧米で排外主義的な気運が高まっている時期でもあり、時代に警鐘をならし、これからの時代を生きていく上で大切なことを教えてくれる作品です。

差別の理由は仲間意識の違い

社会学者の宮台真司氏は、「人間社会には人を殺してはいけない」というルールは共有されたことはなく、「仲間を殺すな、仲間のために敵を殺せ」の2大原則としてコミュニティを形成してきたと言います。原初的社会と現代社会の違いは、この仲間の範囲の違いに過ぎず、仲間のために命をはる行為は英雄的として賞賛されてきました。

差別が生まれる構造もこの仲間意識による点が大きいと言えるでしょう。仲間を差別する奴は許されませんし、同じコミュニティの中で自分が差別された時のことを思えばその苦痛も想像できるでしょう。

この仲間の範囲が、現代社会では個々人によってまちまちなのかもしれません。ある人は、日本人が仲間だと感じているかもしれませんし、ある人は人間全部が仲間かもしれません。急進的な動物愛護団体のなかには、猿にも人権を認めよ、という主張をしていたりもしますが、そういう方たちにとっては猿も仲間意識の範囲なのでしょうね。(猿に著作権はあるか、と真面目に裁判で議論されたこともあります)

『ズートピア』でいえば、マジョリティを占める肉食動物にとって、仲間の範囲は同じ肉食動物にあったのでしょう。それが同じほ乳類どうしに仲間意識が拡大されていく過程を、楽しい物語の中で描いた作品と言えると思います。

この動物で人種を例える方法論は、多様な人種が住んでいるアメリカ社会をよく反映しているものです。奴隷が合法だった時代には、白人は黒人を仲間だと感じていなかったのでしょう。それが時を経て、多くの努力を通じて仲間へとなっていたのが現代です。(昨今、アメリカでも排外主義が高まってきていますが)


ところで、この『ズートピア』という作品で一点気になる点が筆者にはあります。この作品には、ほ乳類しか出てきません。これは一体なぜなんでしょうか

ズートピアは哺乳類だけが住む大陸の街

このことに関して、共同監督であるジャレット・ブッシュはTwitterでこんな発言をしていました。

@radithiyaa Zootopia is a major city on a mammal continent... there are plenty of other lands... with plenty of other animals... ;)

— Jared Bush (@thejaredbush) April 13, 2016

『ズートピア』という街は、ほ乳類だけが住む街にあり、他にもいくつかの大陸があるそうで、他の種の生物は他の大陸で暮らしていると語っています。

このことは日本語のインタビューでもほのめかされています。(参照

上記の日本語インタビューでは、作劇上の理由でテーマを明確にするためにそうしたと語っています。確かに肉食と草食の関係に絞ってストーリーを作ることで、両者の偏見を際立たせていて、差別や偏見の構造がわかりやすくなっていると思います。

しかしながら、これは『ズートピア』の世界では爬虫類や両生類などと一緒に住める関係ではないということにもなります。もしかしたら、彼らの仲間意識はほ乳類だけに向けられたもので、それ以外の種まで仲間という意識はないのかもしれません。ほ乳類同士でも偏見が存在し、共存が大変なのですからさもありなんですね。

『ズートピア』は現実にある差別や偏見を擬人化の中で描いた作品です。もしこの設定を現実世界に例えるとどういうことになるでしょうか。『ズートピア』がアメリカ大陸にあると仮定すると、他の国の人間はこの大陸には暮らしておらず、アメリカ出身の人だけで生きているような感じでしょうか。まさか『ズートピア』の世界に国境に壁があったり、一部の国からの入国制限などしてはいないとは思いますが、あの世界には動物の移動を大きく阻んでいる何かあるのかもしれませんね。

ほ乳類と他の種も共存している『SING/シング

SING シング

(C)Universal Studios.

現在大ヒット中の『SING/シング』も動物を擬人化した物語です。『ズートピア』と違って複雑なテーマを掲げていません。夢を追いかける人々のサクセスストーリーを様々な年代のヒット曲で彩った物語です。

本作と『ズートピア』を比較した時に、登場人物の種の構成の違いが興味深い点です。『SING/シング』はほ乳類だけでなく、爬虫類や両生類、鳥類も魚類も同じ街に共存しているんですよね。主人公のコアラのムーンは、トカゲのミス・クローリーと一緒に働いていますし、オーディションにはトカゲのダンサー3人組の姿も見えます。大量のイカが水槽を舞うシーンなどもありましたね。

どうやら『SING/シング』の舞台となる街では、相応にほ乳類以外の生物も仲間意識を持って共存できているようです。もっともこの映画は差別や偏見をいかに乗り越えるかといった、複雑なテーマを持っていないので、単純にキャラクターデザインの問題かもしれません。

しかし、ジャレット・ブッシュ監督の「別々の大陸で暮らしている」発言を聞くと、この『SING/シング』の街は、『ズートピア』が描いた、理想の先をいっているような気がします。だれも差別されることなく、それぞれが自分らしく生きられる街。

そう考えると、『SING/シング』はテーマとして、「多様性」を全く掲げていないからこそすごいものに見えてきます。さらりと、ごく当たり前に多様な種が共存できてしまっているからです。

それは理想的すぎて、ファンタジーなのかもしれません。まあ実際、この2つの作品ともファンタジー映画なわけですが。

現実には、同じ国で生まれ育った、同じ人種同士でもたくさんの問題を抱えているのですが、『ズートピア』が描いた偏見を乗り越える物語の先には、そうしたものから解放されて、自分らしく生きる道を自由に探せる『SING/シング』のような世界が拡がっているのかもしれませんね。

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