クリント・イーストウッドは何故、ジャンルを越境するのか?【フィルムメーカー列伝 第二回】

2017.05.28
監督

ヒットガールに蹴られたい

竹島ルイ

クリント・イーストウッドは、その存在がもはや一つの奇跡である。老境に入っても映画は枯れるどころか、深化の一途を辿るばかり。晩年になって「キャリア最高傑作」というべきマスターピースを次々に世に送り出す映画作家なんぞ、イーストウッド以外いないのではないか?

昨年発表された『ハドソン川の奇跡』も、当然のように有無を言わせない傑作で、当然のようにキネマ旬報の洋画ベストテン第1位を獲得。興行的にも批評的にも成功を収めた。

ハドソン川の奇跡

【フィルムメーカー列伝 第二回】は、5月31日に87歳を迎えるこの“リビング・レジェンド(生ける伝説)”について考察していこう。

映画ジャンルをクロスオーヴァーする男、イーストウッド

クリント・イーストウッドの最大の特徴は、映画ジャンルをクロスオーヴァーすることにある。

組織に雇われた殺し屋を描くスパイ映画と思いきや、中盤を過ぎると『クリフハンガー』ばりの山岳アクションに変貌する『アイガー・サンクション』。古き良き西部劇映画のフォーマットを踏襲しつつ、幽霊映画っぽいエッセンスをまぶせた『ペイルライダー』。アメリカの正義を振りかざした社会派映画と思いきや、実は真性ボーイズ・ラヴ映画だったという(しかも老人BL)『J・エドガー』

「○○映画と見せかけて実は○○映画だった」と言うパターンが、イーストウッド作品には極めて多いのだ。

グラントリノ

クレイグ・トーマスの小説を映画化した『ファイヤーフォックス』に至っては、ステルス戦闘機の奪取を描いたスパイ・サスペンス映画と思いきや、突如ドッグ・ファイト山盛りのジェット機アクション・ムービーに変貌し、最終的には『スター・ウォーズ』のデス・スター突入シーンを丸パクリしたSF映画として帰結するという、なかなかに欲張りな映画である。

アメリカンスナイパー

そんなイーストウッドのクロスオーヴァーぶりが最も炸裂しているのは、2011年に発表された『ヒア アフター』だろう。

『ヒア アフター』はイーストウッド流『めぐり逢えたら』?

大津波に巻き込まれて臨死体験をするフランス人ジャーナリストのマリー、霊媒師だった過去を捨てたアメリカ人男性のジョージ、クスリに溺れる母親を抱えるイギリス人少年のマーカス。

『ヒア アフター』は、縁もゆかりもない3本の糸が、「臨死体験」というキーワードを軸にして一つに紡がれていく物語である。しかしこの映画、観ている間は何のお話を聞かされているのかがサッパリ分からない。

何せ、スマトラ島に大津波が押し寄せるパニック映画かと思いきや、臨死体験にまつわるヒューマン・ドラマに変貌し、最後には男女のラブストーリーとして帰着するのだ!

ヒアアフター

だが、最近になって気がついた。これは筆者の完全な妄想だが、『ヒア アフター』はイーストウッド流の『めぐり逢えたら』なのではないだろうか?

『めぐり逢えたら』は、シアトル在住の建築家サムとボルティモア在住のアニーが、サムの息子がラジオ局に電話をかけたことをキッカケにしてお互いを意識し、やがてエンパイア・ステート・ビルの屋上で運命の出会いを果たす、というロマンティックなラブ・ストーリーである。

めぐり逢えたら

「接点のなかった男女が最後に出会う」、「二人の出会いを子供が手助けする」という設定は、『ヒアアフター』でも用いられているモチーフ。実はこの映画、「運命の二人が出会って結ばれる物語」という非常にシンプルなラブストーリーなんだが、複数の映画ジャンルのクロスオーヴァーが邪魔をして、骨格が分かりにくくなっているのだ。

さすがイーストウッド、単純なコイバナを語る気持ちはさらさら無し!

政治思想までクロスオーヴァー!?

リベラルな民主党支持者が多数を占めるハリウッドにおいて、イーストウッドは数少ない共和党支持者として知られている。2012年の共和党全国大会で、「オバマ大統領がいる」という見立てで誰も座っていない椅子に痛烈批判を浴びせたのは、今では語り草だ。

そんな彼が2014年に製作した『アメリカン・スナイパー』は、米軍史上最多となる160人を射殺した“伝説のスナイパー”クリス・カイルの半生を描いた作品だが、「素晴らしい反戦映画だ!」「いや、ヒドいタカ派映画だ!」と(作品自体への評価は別にして)政治的スタンスによる意見が真っ二つになったことは、記憶に新しい。

アメリカン・スナイパー

同じ映画を観てこれほど意見が食い違うのも珍しいが、要はゴリゴリの反戦映画でもなければ、ゴリゴリのタカ派映画でもなかったということ。『アメリカン・スナイパー』は、政治イデオロギーすらもクロスオーヴァーした作品なのだともいえる。

右だの左だの、イーストウッドは安易な結論に映画を落とし込まない。観る者に対して、“その中間にあるもの”を認識させ、徹底的に思考を促すのだ。

西部劇の終焉に現れた男

なぜ、クリント・イーストウッドはこれほどまでに映画をクロスオーヴァーさせるのか?筆者は、イーストウッド自身が銀幕に登場した出自に関係があるのではないか、と考えている。

彼の出世作と言えば、1964年にイタリアで制作された西部劇『荒野の用心棒』だろう。

荒野の用心棒

イタリアで作られた西部劇のことを俗にマカロニ・ウェスタンと呼ぶが、イーストウッドは、「アメリカ映画の象徴だった西部劇が死に絶えた後、異国の地で新しく蘇った時代」に登場したスターだったのである。

マカロニ・ウェスタンを「既存のジャンルが変質し、異なるジャンルに生まれ変わった映画」と定義するなら、それはすなわち「映画を越境する行為」ということにならないだろうか!?!?(ならない、という反論は一切受け付けない)

そう考えると、クリント・イーストウッド既存のジャンルへの死刑宣告者と言えるだろう。彼が“最後の西部劇”と意気込んで製作した『許されざる者』では、あらゆる西部劇のお約束を徹底破壊し、アメリカ映画を自らの手で埋葬してみせたではないか。

許されざる者

イーストウッドは、何食わぬ顔でジャンルを越境する。その歪さに気づかないまま、観客は普通に映画を鑑賞し、普通に感動する。それって、実はものすごいことなのだ。

イーストウッドをリアルタイムで追いかけられる幸運を、僕たち映画ファンはもっと噛みしめるべきだろう。

 

※フィルムメーカー列伝 バックナンバー
クリストファー・ノーラン作品は何故、常に賛否両論が渦巻くのか?【フィルムメーカー列伝 第一回】

※アイキャッチ画像は『クリント・イーストウッドの真実』より参照

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  • ラッキー
    3.0
    記録
  • yuri
    2.9
    所々見てない映画のネタバレになりつつあって目を伏せた… おじいちゃんなってもカッコイイ…
  • marco
    5.0
    好きなイーストウッド作品の解説だったり裏側だったり、とても興味深く観させて貰いました。 映画というよりはドキュメンメンタリー番組だけど、イーストウッド好きなら食い入って観る事間違いなしです(^^) まだ観た事ない作品についても語られていたので、イーストウッド作品ある程度見終えたらもう一度観たいと思います。
  • fujimaps
    3.1
    イーストウッド知らねぇよとか、好きじゃねぇよって時点で評価悪いと思う。 ただ、好き側の人間からは裏側が見れてとてもいい。解説もしてくれるし、映画なのか?という突っ込みはいれない。
  • のん
    3.0
    クリント・イーストウッドの作品を辿りながらのドキュメンタリー。 作品に関する監督のコメント聞きながら「そうだったのね~」とかつらつら思い巡らせつつ観れる。 出演作には未見の作品もまだあるし、初期から見返したいな…。 それにしてもクリント・イーストウッド。インタビュー聞いてるだけで拝みたくなる(^^) リラックスした話し方に人となりが感じられて良い(*^^*) ゴルフしてる姿を見て、私も再開しようかな~って思った(笑) いつか必ずカーメル行く! 『イーストウッド語らざる伝説』(こちらは出演者やスタッフ、有名監督達が“語る”イーストウッド)の方が好きなんだけどなぁ。 泣けちゃいました。 ドキュメンタリーなのに。
「クリント・イーストウッドの真実」
のレビュー(34件)