【ゲイ映画とタンゴ】グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』のタンゴ・シーンに込められた意味とは?

2017.08.18
映画

腐女子目線で映画をフィーチャーしてみる。

阿刀ゼルダ

タンゴはブエノスアイレスの出稼ぎ労働者たちが男同士で踊ったのが始まり?

ダンスは男女のペアで踊るもの、というのが一般的ですよね。しかし、タンゴの場合は例外です。
アルゼンチン・タンゴの発祥である19世紀のブエノスアイレスは、出稼ぎ労働者がひしめく港町でした。彼らが日ごろの鬱憤のはけ口として男同士荒々しく踊ったダンスが、アルゼンチン・タンゴの始まりと言われています。

タンゴがセクシーなダンスに進化した今では、男女で踊られるのが一般的ですが、今でも稀に男同士のペアが。2014年のタンゴ世界選手権では男性同士のペアが優勝し、話題になりました。

ところで、映画に登場する男同士のタンゴ・シーンは、同性愛をほのめかすコンテクストの中で描かれることが多いんですよね。
いくつかその例を挙げてみましょう。

男同士のタンゴ・シーンがある映画

ブエノスアイレス』(97)

ブエノスアイレス

男同士でタンゴを踊るシーンがある映画といって一番に名前が挙がるのは多分、レスリー・チャントニー・レオン演じるゲイ・カップルを主人公にしたこの作品ではないでしょうか?
「やり直すため」に香港からブエノスアイレスに渡った2人。愛し合っているのに一緒にいれば喧嘩ばかりの彼らが、裏切り、裏切られながらも、異国の地で身を寄せ合い、ひとときのぬくもりを求めて踊るのが、タンゴです。
この映画では、ダンスはラブ・シーンにも匹敵する愛情確認行為として描かれています。

お熱いのがお好き』(59)

お熱いのがお好き

ワケあって女ばかりの楽団に女装してもぐりこんだサックス吹きのジョーとベース弾きのジェリーが、追手に追われる中でそれぞれの恋を見つけるという、とっても楽しいコメディ作品。
メインはジョーことトニー・カーティスと楽団の歌手シュガーを演じるマリリン・モンローの恋の顛末ですが、サイドストーリーとして展開するジェリー(ジャック・レモン)と「彼女」に惚れ込んだ億万長者の老人との恋愛模様も見逃せません。

身を隠す目的で女装しているジェリーにとって、いくら金持ちでも男は恋愛の対象外なんですが、2人で踊り明かした夜、ジェリーはすっかり老人と意気投合して彼のプロポーズを受けてしまいます。
そして2人が踊るのは、もちろんタンゴ!
この映画では、タンゴはセクシュアリティすら揺るがす恋の魔法なんです。

バレンチノ』(77)

バレンチノ

20世紀初めに絶大な人気を誇ったハリウッド俳優ルドルフ・ヴァレンティノの半生を描いた作品。
この作品でヴァレンティノが男性(伝説のバレエ・ダンサーであるヴァーツラフ・ニジンスキーという設定)とタンゴを踊るシーンは、前後のシークェンスから、ヴァレンティノがゲイであることを暗示する含みを持っています。
ちなみにヴァレンティノを演じているルドルフ・ヌレエフはニジンスキーの再来と言われたバレエ・ダンサーなんですが、彼自身もまたゲイであることが知られていた人なんですよね。

男同士のタンゴ・シーンに着目して『トム・アット・ザ・ファーム』(13)を観る

さて、映画の中で男タンゴがどんなニュアンスで描かれるかを押さえたところで、やはり男同士のタンゴ・シーンがある『トム・アット・ザ・ファーム』を観てみましょう。
こちらは日本でも人気の高いグザヴィエ・ドランが監督・主演した作品です。

トム・アット・ザ・ファーム
(C)Xavier Dolan, Clara Palardy

ストーリー

事故死した恋人・ギョームの葬儀に参列するため、彼の実家の農場を訪ねたトム(グザヴィエ・ドラン)。
そこに暮らしていたのは、ギョームを失った悲しみにくれる彼の母と、ハンサムだけれど暴力的で、一種異様な雰囲気を漂わせたギョームの兄・フランシス。
フランシスは、ギョームがゲイだったと知れば母親が悲しむからと、トムを脅してギョームとの関係を口止めします。
まるでトムを支配しようとするかのように腕力で押さえつけるフランシスにトムは反発しますが、その気になればいつでも出て行ける(現に一度は逃げ出した)にもかかわらず、なぜかトムは農場に留まり続けます。

トムが農場を去らないのはなぜ? 母親とフランシスはなぜ村の人々との交流を避けて暮らしている? フランシスはトムに何を求めているのか……トムとフランシスの屈折した心の探り合いが、サスペンス・タッチで描かれていきます。
(以下はネタバレを含みますので、未見の方はご注意ください。)

トムとフランシスが踊るタンゴ

トム・アット・ザ・ファーム2
(C)Xavier Dolan, Clara Palardy

ホモフォビアのフランシスにとってトムは当然憎悪の対象でしかないはずなのに、暴力をふるいながらも、彼はなぜかトムを農場に留まらせようとする……フランシスの行動は明らかに矛盾しています。
一方のトムのフランシスに対する態度も不可解。
トムをギョームの恋人と認めずやたらと暴力もふるうフランシスをトムは当然憎んでいるはずなのに、どうやら彼の中には別の感情もあるようなんです。
トムの中にあるフランシスへの「好意」がくっきりと姿を現すのが、2人が納屋でタンゴを踊るシーン。
例によって高圧的な態度で一緒に踊ることをトムに強制するフランシスと手を取り、踊り始めるトム。嫌々ながらのはずなのに、気が付けばとろけそうな表情で女性パートを踊っているトムがいる……。
作品のちょうど中間点にあるこのシーンは、トムとフランシスの中にあるお互いへのアンビバレンツな感情をビジュアルに印象付けるだけでなく、終盤への伏線としても効いています。

恋人を失った心の隙間を危険な愛で埋めようとするトムの危うさがせつない

一面ではフランシスを憎みながら、一面ではギョームと同じ声・同じ匂いを持ったフランシスに強く惹かれているトム。それは愛と呼べるものなのか、それとも、ギョームを失った喪失感を埋めようとする心が見せた愛の幻影なのか。
そして、トムに強い執着を見せるフランシスの本心はどこにあるのか……。彼がトムの首を絞めるシーンは、暴力シーンというよりもむしろエロチックでさえあって、次第に、ホモフォビア的な態度は実はカムフラージュにすぎないのでは……と気づかされてきます。

グザヴィエ・ドランは、「原作(ミシェル・マルク・プシャールの戯曲)の序文にある『同性愛者は、愛し方を学ぶ前に、嘘の付き方を覚える』という一文こそトムそのものだと感じた」(※)と言っていますが、それはトムだけではなくフランシスにもあてはまりそうです。

農場から都会へと逃げ帰ったトム。そこに彼の居場所はあったのか?

クライマックスでフランシスの正体を知り、泣きながら追いすがるフランシスを振り切って街へ逃げ帰るトムの心境は、ルーファス・ウェインライトの名曲「ゴーイング・トゥー・ア・タウン」の歌詞に重ねられています。
しかし、夜も煌々と明るい都会に辿り着き、車窓から同じ年頃の男女がたわむれる街角を眺めた時、トムはそこに、この曲の歌詞にある「歩むべき人生」を見つけられたのでしょうか?

ラストシーンで車のハンドルを強く握りしめたトムは、前に進むのか、それともハンドルをきってフランシスの元へUターンするのか……。一度は逃げ出しながら結局農場へ戻ったことがあるトムだけに、どちらの可能性も残した中での暗転。
ただ、私はトムはUターンしたのでは……という気がしています。あのタンゴ・シーンでトムがのぞかせた服従する愛への陶酔が、彼をフランシスとの支配と服従の共依存関係に引き戻してしまいそうに思えるから。
人気の高いグザヴィエ・ドラン作品の中でもイチオシの、行き場を失った愛のエネルギーが生み出す屈折した人間模様を見事に描き出した作品。苦くせつない後味が心に刺さります。

※ 本作のパンフレット(発行:有限会社アップリンク)による。


トム・アット・ザ・ファームトムジャケット
トム・アット・ザ・ファーム
発売元:アップリンク
販売元:TCエンタテインメント
好評発売中
価格:Blu-ray 4,800円+税、DVD 3,800円+税
(C)Xavier Dolan, Clara Palardy

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  • ともみ
    3.5
    ほ〜って言いたくなる映画、サイコパスでジワジワくる感じが良かった。
  • キク
    4.7
    151本目
  • tk
    4.8
    " 僕たち(同性愛者)は、愛し方を学ぶ前に、嘘の付き方を覚えた " 愛に飢餓し、行き場ないフラストレーションを溜めた哀れなやつフランシス。 そんな、人間の脆弱性と愚かさにぶつかったときの耐性、受ける暴力、性的緊張、いつでも逃げられるトムの愛でも同情でも、ただの恐怖でもない、強いて言うなら潜在的な共感に置き換えられていく矛盾が見事。微妙なやり方で本当に美しいと思いました。 人生の結果をみつけるトムの物語
  • パン
    3.6
    お兄さんの異常なまでの家族愛、というかその人のことをすごく思っているようで、全然考えてないような。 ふとした瞬間にコロリと態度の変わるDV男を見てるみたいだ みんながストックホルム症候群って言ってる、その名前は知らなかったけど、「10月のトウモロコシはまるでナイフみたいだ」って もうそこの人間みたいになったトムの"台詞"はわたしの中では「洗脳された状態」みたいで恐ろしく思えた 明らかに異常だよね、って思ってる私たちに「そうだよ、大丈夫」と言ってくれるサラさえも。。。 BGMが大げさというか、そこまで驚かないとこで得体のしれない怪物が出てきたみたいな恐怖の音が鳴る、不自然に感じた部分が少しだけあったけど笑 離れたくても離れられない 伝えるのが正解か 伝えないのが正解か とかじゃないよね
  • かもしか
    3.5
    強い個性を見せる映画だった。 それは共感や不快の感覚を超えて、ただ見入ってしまう。 映像、音楽、ストーリー、どれもに力強い情熱を感じる。 映像とは写真の連続、そう改めて思う。 そしてそのどの写真も強烈だった。
「トム・アット・ザ・ファーム」
のレビュー(9826件)