愛の告白とオマージュ【知れば知るほど解らなくなる映画の話(9)】

Why So Serious ?

侍功夫

どうも、侍功夫です。

好きな芸能人の髪型や私服に憧れて、同じ髪型にしたり同じものを買ったことは、誰でも1度はあると思う。あの行為を映画製作において行うのが今回のテーマ「オマージュ」だ。

よく「パクリ」と混同されがちだが、そのあたりの違いについてはコチラを参照。つまり、作家が自作を通して他の映画へ愛の告白をしている情景が「オマージュ」になる。今回はそんな、映画に対する愛に溢れた描写を取り上げていく。

『ドッペルゲンガー』の『レイダース 失われたアーク』

新作散歩する侵略者でついに「宇宙人による侵略」をテーマに取り上げた黒沢清監督。かねてからスティーヴン・スピルバーグのファンであることを公言していたが、よもやソコでソレを!?とファンのド肝を抜いた場面だ。

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ドッペルゲンガー
医療関連の技術者が開発したロボットを巡る争奪戦の中、悪漢が廃屋に侵入すると階段の上から巨大なミラーボールが転がってくる。

レイダース/失われたアーク《聖櫃》
冒頭、チャチャポヤン寺院の殺人カラクリ場面へのオマージュである。

『レイダース〜〜』が公開された当時から当該場面はCMなどで繰り返し放映され、パロディでもよく引用された有名な場面ではあるが、静謐でシックなトーンの黒沢作品に突如として投入されたインパクトは絶大であった。

上記したように数多くの(主にパロディ)映画などで引用された当該シーンだがスター・ウォーズ/フォースの覚醒では、『レイダース〜〜』でインディ・ジョーンズを演じたハリソン・フォード本人が、転がりながら襲ってくる猛獣“ラスター”を前に、オリジナルと全く同じボディアクションも加えて再現したのも記憶に新しいところだろう。

スピルバーグ

日本を代表する名監督である黒沢清からも愛の告白を受けるスピルバーグ。新作では、狂ったようなサブカルチャーアイコン総出演の嵐と、マイケル・ベイの十八番を奪う大破壊のスペクタクルを見せるレディー・プレイヤー・ワン(原作)予告が解禁され、世界中のボンクラを歓喜の渦に叩き込んでいる。

そのスピルバーグの作品には、シネフィルらしい多くのオマージュが散見される。

『激突!』の『大アマゾンの半魚人』

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TVムービーながら、スピードとサスペンス溢れる展開で全世界にスピルバーグの名を轟かせた激突!。カーチェイスがメインになるのだが、トラック運転手の顔を写さずトラック自体を意思のあるモンスターのように見せることで意図的に「怪獣映画」として演出されている。

ラストで、トラックがくぐもった咆哮をあげながら崖から落ちていく時の“咆哮”が大アマゾンの半魚人の「半魚人」ギルマンの叫び声なのも、その証左である。

『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』の『キングコング』

ロスト・ワールド/ジュラシック・パークラスト。本土に連れてこられたTレックスのお母さん。子供を追いかけ、ひとしきり大暴れしたところで摩天楼のビル群と満月を背景に咆哮をあげる。これはキングコングで月を見たコングが故郷を思い、月に近づこうとエンパイアステートビルに昇る場面へのオマージュだ。

物言わぬTレックスが望郷の思いを抱いていることを表している。

『宇宙戦争』の『ゴジラ(1954)』

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宇宙戦争
突如現れた三本足のロボット“トライポッド”が世界各地に出現。人々は逃げ惑い、トム・クルーズ演じるレイも息子と娘を連れて、ニュージャージーから2人の母親のいるボストンへ向かう。途中、暴徒に車を奪われ、しかたなくフェリーに乗り込む。と、フェリー乗り場を見下ろす丘の上にトライポッドが出現する。

この場面、1954年の最初のゴジラで初めてその姿を現す大戸島の場面そっくりに作られている。かつてローランド・エメリッヒがリメイクGODZILLA ゴジラを作ると聞き「オリジナルへの冒涜にしかならないからやめなさい」と直接諌めたと言う伝説を持つスピルバーグによる「怪獣ってのはこう撮るんだよ!」という思いの篭った鳥肌モノの名場面だ。

ゴジラ

スピルバーグも大ファンである世界に誇る日本の大スター、ゴジラ。当然のように多くの作品からオマージュが捧げられている。

海からやって来る

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巨大ロボットと大怪獣が戦うパシフィック・リムでは“カイジュウ”は太平洋に開いた時空の裂け目から出てくる。そのため、必ず海の中から現れる。これはゴジラが必ず海から登場することへのオマージュだ。

破壊者として

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日本ではオシャレ系と紹介されることが多いレオス・カラックス監督が、東京をテーマに韓国のポン・ジュノ、フランスのミシェル・ゴンドリーと共に作ったオムニバス作品TOKYO!の一編「メルド」。ドニ・ラヴァン演じるメルド(フランス語で「クソ」)が登場し、あたるを幸い破壊の限りを尽くす。この時に鳴り響くのが伊福部昭による「ゴジラのテーマ」である。

カラックス監督の今のところ最新作であるホーリー・モーターズでも、「メルド」が登場し、伊福部サウンドをまたもや鳴り響かせている。

大スター!

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最近は豪放らい落さを持ち味にヤクザ俳優としても活躍する吉川晃司。彼のデビュー曲「モニカ」発表とほぼ同時に公開された映画がすかんぴんウォークだ。劇中、吉川演じる民川裕司は東京湾から泳いで(しかもバタフライ)芝浦から上陸すると走って新橋、銀座を通って皇居の手前で左折しバスに乗って国会議事堂あたりを通って六本木の喫茶店バイト求人に駆け込む。

このルート俯瞰して見ると「U」の字を描く不自然な遠回りをしていることがわかる。実はこれ、1954年のオリジナルゴジラの東京上陸ルートなのである。

大のゴジラファンでも知られる大森一樹監督が東宝製作である本作に吉川晃司へ「ゴジラのような大物になるんだぞ!」という思いを込めた場面なのだ。

照れるし恥ずかしいしクドいとめんどくさいのがオマージュ

最初に「オマージュ」を「好きな芸能人と同じ髪型や同じ服を着る行為の映画版」と評したが、例えばその格好を好きな芸能人本人に見られるのは恥ずかしいのではないだろうか?

なので、本人にバッタリ会っても(もしくは誰かに指摘されても)恥ずかしさが軽減されるよう自分なりに少しアレンジしたりエッセンスとして取り入れるなどすると思う。

映画も同様で、上記したいくつかの例はそれぞれ「かなり上級なオマージュ」と言えるだろう。センス良く、まったく同じにはせず、それでもギリギリ好意は伝わる、そんな名場面ばかりだ。

逆に、愛が強すぎて観ていて恥ずかしくなってくるようなオマージュも存在する。ブライアン・デ・パルマ作品に登場するヒッチコックへのストーカー並のオマージュの数々。

また、クエンティン・タランティーノのオタク趣味のコレクションをゴッソリ見せられたようなジャンル作品の羅列などがその代表だろう。

オマージュとは、上手な愛の告白同様に上品でささやかながら強い愛を感じさせるようなものこそ「上手なオマージュ」と言えるだろう。しかし、デ・パルマやタランティーノのような不器用で一方的な情熱をグリグリと押し付ける情景も、その潔さには感嘆せざるを得ない。

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    2.5
    ホラーだけど、サスペンスやコメディ要素もある作品 同じ人が2人いる状況のシュールさと台詞の掛け合いが面白い 最終的にあの人は本物かもしくは分身だったのか謎に包まれたまま、、 殺すシーンもあっさりしてて斬新でした でも、終盤の展開は本当によくわからなかったです、なんだこれって感じです 論文を読みながら見たので、こういう技法を使いながら撮影してたんだ〜と思いながら、違う視点から見れて数倍面白く感じました
  • satoshi
    4.6
    【監督強化月間⑥ 黒沢清】  最初はホラーだった。黒沢監督特有の画面の奥行きを利用した映像表現、パンと切り反しによる不意の恐怖演出で、十分怖がらせてもらいました。  でも、それは最初の20分だけ。それ以降は、ジャンルが目まぐるしく変わります。「自分そっくりの人間が犯罪を犯す」スリラーになったかと思えば、ロード・ムービー、西部劇調になり、最後には『レイダース』っぽいシーンになる。監督が好き放題やった感があって個人的に大変好印象だけど、それ故にジャンル分けが全くできない。  それでも、タイトル通り、「ドッペルゲンガー」の話ではある。「同じ顔の人間が同じ画面内にいる」ことをスプリット・スクリーンと切り反しだけで成立させているのはさすがとしか言えません。  面白いのは、このドッペルゲンガーが妙に人間臭く、魅力的な点。どうやら早崎(役所広司)の深層心理のメタファーらしく、早崎がしたいと思っていることをそのままやってしまうのです。だから、途中まではスリラーとして観られます。しかし、「本物」である早崎が人間性を喪失していき、どんどん「偽物」であるドッペルゲンガーと区別がつかなくなります。そして最後にはドッペルゲンガーこそが早崎を理解し、個として存在を確立させる点は、一筋縄ではいかない展開で、さすが黒沢監督といったところ。しかも、この過程で人間が醜い争いを繰り広げるため、よりドッペルゲンガーの人間性が強調されます。  これは考えようによってはバッド・エンドだと思います。しかし、ドッペルゲンガーは愛らしいので、「人ならざる者が人間性を獲得した」という感動があります。ラストは黒沢監督の他の作品と同じく、2人の男女がどこかへ向かうシーンで終わります。それまでの執着の対象を捨て去っての旅立ちなので、これにはどこか爽やかな雰囲気が漂っていました。
  • ManofTaiChi
    4.5
    あー面白かった。かなり好きだった。 オカルティックに始まり、エセ科学の話が絡み、スリラーになっていくのかと思いきや、なんと終盤は西部劇風の活劇、さらにまさかのレイダースという、驚きの展開。 豪華な規模なのにやりたいことやりまくってる学生映画みたいなノリが最高に楽しかった。 古澤さんが脚本入ってたのねー。確かになんとなく、古澤さんっぽい。
  • りっく
    3.0
    前半は「マスター・オブ・Jホラー」としての黒沢清。 後半は「アメリカ映画フリーク」としての黒沢清。 ドッペルゲンガーを恐怖や哲学的な対象にするのかと思えば、後半は実に投げやり。 その変調ぶりに呆気に取られる。 最終的には「コメディ映画」というジャンルに収まったようには感じるが、どこか収まりが悪い。 そのジャンルという枠組みから、黒沢清の遊び心がはみ出した怪作。
  • ryodan
    3.7
    2006-09-19 黒澤清監督。ホラーでもサスペンスでもない、新しい映画。役所さん、一人二役はお手の物。見応えある一作でした。
「ドッペルゲンガー」
のレビュー(1255件)