是枝裕和は何故、ホームドラマの名手と呼ばれるのか?【フィルムメーカー列伝 第七回】

2017.09.08
映画

ヒットガールに蹴られたい

竹島ルイ

誰も知らないが第78回キネマ旬報ベスト・テンで第1位に選出され、第57回カンヌ国際映画祭の最優秀主演男優賞を受賞。そして父になる』は累計興収30億円を突破する大ヒットを記録し、第66回カンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞。いま、国内外で高い評価を受けている日本の映画監督といえば、是枝裕和のほかを置いていないだろう。

是枝裕和は、一貫してホームドラマを撮り続けてきた作家だ。彼は決して、夢の中で身体が入れ替わってしまう少年と少女の物語は撮らないし、巨大不明生物が蒲田に上陸する特撮映画も撮らない。

彼の関心は常に、極めてミニマルな家族の物語。そのブレない姿勢は、2012年にフジテレビ系列で「ゴーイング マイ ホーム」というテレビのホームドラマ演出を手掛けていることにも顕著だ。

という訳で【フィルムメーカー列伝 第七回】はホームドラマの名手・是枝裕和にスポットを当て、過去のフィルモグラフィーを参照しつつ、その作劇術を解き明かしていこう。

テレビドキュメンタリーからスタートしたキャリア

是枝裕和は、ストレートに映画業界に入ってきた訳ではない。むしろ学生時代は映画よりも文学に耽溺していて、小説家を目指して早稲田大学第一文学部に入学したくらいだ。

ところが突如映画の面白さににハマってしまい、授業にも行かずにずっと映画館に入り浸る日々を過ごす。その後、番組制作会社のテレビマンユニオンに入社し、しかし… 福祉切り捨ての時代にもう一つの教育「公害はどこへ行った…など、社会派のテーマを扱ったドキュメンタリー作品を手がけることに。

やがて仕事で知り合ったプロデューサーから、「こんな作品に興味はないか」と宮本輝の小説を手渡されたことをきっかけにして、デビュー作『幻の光』を監督することになる。

幻の光

おそらく是枝裕和“リアルを徹底的に探求する”姿勢は、ドキュメンタリーの現場で培われたものだろう。「どう社会を捉えるのか」、「どう人を見つめるのか」という視点は、ノンフィクションであるがゆえに磨き上げられ、鍛え抜かれた。彼自身、作品でキャラクターを掘り下げる際には「デッサンを描くときのような視点で人間を観察する」という方法論の実践を語っている。是枝作品には、ステレオタイプなキャラクターなど誰一人登場しないのだ!

「内発的な言葉」を重視する独特な演出術

ドキュメンタリーから出発した是枝裕和の演出は、非常に独特だ。『幻の光』に続いて撮った『ワンダフルライフ』では、台本なしで一般人に即興芝居をしてもらい、それに対してプロの役者がリアクションをするという方法が採られた。

DISTANCE/ディスタンス』では、簡単な状況設定と人物設定だけを出演者に共有し、即興で創り上げられた芝居をカメラに収めている。

ワンダフルライフ

お仕着せのセリフを喋らせるのではなく、人物自身から自然と生み出された言葉を発してもらうこと。是枝裕和「内発的な言葉」という表現を使っているが、これこそが「自然にセリフを言ってもらう」ための演出術なのだ。

その方法論は作品を重ねるごとに深化の一途を辿り、子供たちのあまりにも自然な演技に誰しもが感嘆した『誰も知らない』では、子役たちには台本は一切渡さず、セリフを口頭で伝えるという手法が採られている。

誰も知らない

当時14歳だった主演の柳楽優弥は、この一作で世界に衝撃を与え、第57回カンヌ国際映画祭において史上最年少で男優賞を受賞! それは、是枝裕和の演出術の確かさを証明するものでもあったのだ。

福山雅治との邂逅、そして日本代表するヒットメーカーへ

知る人ぞ知る存在だった職人監督・是枝裕和が、名実共に日本を代表するヒットメーカーとして認知されるきっかけとなった映画がそして父になる』だろう。

そして父になる

元々是枝作品のファンだっという福山雅治サイドからのオファーを受けて、是枝裕和はいくつかのプロットを練ったそうだが、スーパースター福山に用意した役柄は“一流企業に勤めるエリートで、やることなすこと全てに自信が満ちあふれ、それゆえに相手を見下す態度を(無意識的に)とってしまう、イヤミな父親”役。

福山はこのプロットを渡された際に「僕は父親には見えないと思いますが、いいんですか?」と尋ねたというが、是枝の返事はズバリ、「父親らしくないからいいんです」だったという。

福山雅治は非現実的なまでに美しすぎる容姿ゆえに、テレビでも映画でも収まりが悪かった。「ガリレオ」の湯川教授くらいに突き抜けた変人でないと、バランス的に他の役者との釣り合いが取れないのだ。是枝裕和はその問題を充分理解したうえで、完全すぎるゆえに浮いてしまう共感しにくいキャラを福山に割り当てた。

そのもくろみは結果的に大正解。『そして父になる』は累計興収30億円を突破する大ヒットとなり、批評的にも高い評価を得た。

卓越したフレーミングと動線

批評家からの評価が高い職人作家であるばかりか、“客を呼べるヒットメーカー”であることも証明した是枝裕和監督は、これを契機とばかりに、ディア・ドクター永い言い訳で知られる映画監督西川美和らと共に制作者集団「分福」を立ち上げる。これは、自らがイニシアチブをとって映画製作に邁進するための第一歩だった。

より自由な創作活動に舵を切った是枝監督が、独立後の第一弾作品として原作に選んだのが、吉田秋生の漫画『海街diary』。

鎌倉の古い木造一軒家を舞台に、四姉妹の何気ない日常を切り取った作品で、「マンガ大賞2013」を始めとして数々の賞を受賞した傑作。原作の大ファンだった是枝監督が、「他の人に映像化されるくらいなら」と自ら名乗りをあげた。

海街diary

この作品では、是枝監督のフレーミング(画面の構成)と動線(役者の動き)の素晴らしさが際立っている。例えば、主人公の四姉妹が三回忌から自宅に戻るシーンがあるのだが、個々のキャラ設定がフレーミングと動線だけで明示されているのだ。

・大叔母である樹木希林と実母の大竹しのぶが、画面中央に鎮座している。長女の綾瀬はるかは少し離れた位置で二人の会話に参加している(カメラのピントはここに合っている)
・画面の右端で、次女の長澤まさみがストッキングを履き替えていてる(生足が艶かしい!)
・画面の左側で、三女の夏帆が仏壇に手を合わせている​
・画面奥に、四女の広瀬すずが背中を向けた格好で配置されている。会話にはほとんど関与しない

しっかり者の長女、だらしない次女、天然で人のいい三女、どことなく疎外感を感じている四女の立ち位置が、このショットだけで完璧に分かるようになっているのだ!

家族というミニマルな共同体を描くホームドラマ制作に当たって、フレーミングと動線を使いこなすことは映画作家の必須テクニックといえるだろう。

ホームドラマの名手が法廷サスペンスに挑戦!

是枝裕和の最新作は、9月9日(土)から全国ロードショーされる三度目の殺人』。

三度目の殺人

それまで良質なホームドラマを作り続けてきた彼が、司法制度に対する疑問から着想を得て、初めての法廷サスペンスに挑戦。フィルムノワール風の映像を創り出すため、ミルドレッド・ピアース』(45年)、『天国と地獄』(63年)と並んで、サイコ・スリラー『セブン』(95年)を参考にしたという。静謐な絵作りで知られる是枝監督が、まさか『セブン』をルックの手本にする日が来ようとは!

彼は、ホームドラマの名手という立ち位置に安住していない。新しいステージに自分の身を置くことで、さらなる映像表現の深化を探ろうとしているのだ。

日本を代表する映画作家として、是枝裕和匠は巨匠としての風格を帯び始めている!

■フィルムメーカー列伝 バックナンバーはこちら

【あわせて読みたい】
 是枝裕和が思う「日本で一番うまい役者」役所広司と福山雅治の真剣勝負『三度目の殺人』【ロングインタビュー】
 最新作『三度目の殺人』公開目前!是枝裕和監督作品を彩った数々の音楽家たち
 何気ない日常から、日本の素晴らしさを改めて知ることができる名作『海街diary』

記事をシェア

公式アカウントをフォロー

  • RSS
  • BIGBOY
    3.4
    記録
  • ねじまき
    4.0
    ”チェーホフがこう言っている(中略)物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはいけない” ”物語の中に、必然性がない小道具は持ち出すなということだよ” (村上春樹『1Q84』より) しかし、本作は、発砲されない銃が多々あったような。 すべての伏線をきっちり回収して、ラストでしっかり結論をつける、というのは映画の王道で、見ているほうもスッキリして楽しい。しかし、現実はそう簡単に白黒結論づけできるものではない。 伏線の回収は時に「フィクション感」が出て、私はあまり好きになれないときもある。 現実は伏線の回収なんてしない。無意味なこと、または意味があったとしてもよくわからない物事が、よく起こる。それが現実だ。神はよく沈黙する。 この映画にはおそらく正解はない。 だから、私も個人的な見解を書く。 ーーーーーーーーーーーーーー まず、役所広司は、やはり二度目の殺人を犯している。そして、それは広瀬すずのためでもなんでもなく、単に自分のために殺したのだ。それを、広瀬すずは勝手に「私のため」と思い込んでいる。自分がレイプされていた相手を殺してくれた、私の思いが伝わったんだ、と。美談にしようとしている。 福山雅治も、その美談こそ真実だと思うようになる。 「三隅が急に殺人を否定したのは、咲江に証言させないため。そのためなら自分は死刑になってもいい。咲江のことを命がけで守ったんだ」 しかし、私はそうは思わない。 そんな美しい話は現実にはめったに起こらない。役所広司は、やはり急に死ぬのが怖くなったか、もしくは証言を翻して、あたふたする人間をみたかったか、いずれにしろ、その行動に深い意味はなく、短絡的、場当たり的に行動している人物なのだと思う。 それなのに、そこに「何かしらの意味」を見出そうとする、大衆。 ーーーーーーーーーーーーーー そんなに何にでも「意味」があるのか。 そんなに何にでも「理由」が必要か。 現実って結構あやふやなものかもしれない。 この映画みたいに。 そして、『海よりもまだ深く』の時のレビューでは、起伏のないストーリーでも「作品」として仕上げてしまう是枝監督のすごさ、について書いたが、本作でも、こんなあやふやで結論のない、ぼんやりとした話ですら、見応えのある「作品」に仕上げてしまっている、是枝監督の手腕について、もう一度触れておきたい。 この点に関しては、どうしてこの話がこんなに見応えのある作品になっているのか、どんな演出が施されていたのか、その「理由」を知りたいところだ笑。 公開:2017年 監督:是枝裕和 出演:福山雅治、役所広司、広瀬すず、吉田鋼太郎、満島真之介 受賞:日本アカデミー賞最優秀作品賞ほか
  • カモンサネアキ
    3.9
    全てを語らず、余白が多いのが監督の作品の特徴だけど、いつもの是枝作品よりも、もっと謎に包まれた作品。 真相がどこにあるのかは、監督と犯人しか知り得ない。 撮り方とか映像の色調も、いつもの是枝作品とは異なって見える。 ただ、素晴らしい絵作りのカットが多くあり、作品のクオリティとしてはとても高い。 どうでもいいけど、吉田鋼太郎と福山雅治が同期っていう設定なのが豪快すぎると思う。
  • 火星人
    2.9
    伏線回収、貼り方がうーん
「三度目の殺人」
のレビュー(17364件)