「生きるということは、ただ呼吸をするだけ」激情の俳優・國村隼が静として存在した映画『KOKORO』【インタビュー】

2017.11.03
映画

世界のディズニーを翔る元映画サイト編集長

鴇田崇

フランスのオリヴィエ・アダムによる小説を、ベルギーの女性監督ヴァンニャ・ダルカンタラが、日本の美しく険しい自然を背景に人間の回復の物語を紡いだ映画KOKOROが公開に。ベルギー、フランス、カナダ、日本という4か国混成スタッフたちが集い、穏やかに心洗われる物語へ昇華。何気ない日常、そのこと自体に目を向けた心染み入るドラマだ。

その期待作に韓国映画『哭声 コクソン』で国内外の注目を浴びた國村隼が、もう一人の主人公でもある元警察官のダイスケを深みのある演技で表現。本作について「特に大きな事件が起こるわけでもなく、大まなかストーリーの流れのなかに、それぞれの個がたゆたっているような物語です」と語る國村隼に、映画KOKOROが投げかけるものについて聞く。

KOKORO

――近作の『哭声 コクソン』が衝撃的でしたが(笑)、本作は打って変わって心穏やかな作品になっておりますね。

穏やかでしたね(笑)。『哭声 コクソン』は肉体的にタフでなければいけない現場だったので、今作では少しホッとしていたところは正直ありました。KOKOROは自分が思い描いていた以上の、いい作品になったなと思っています。撮影現場ではルーベンという若いカメラマンが僕の知らないタイプのステディカムで自由自在に撮っていて、どういう映像になっているのかと思っていましたが、完成した映画を観た時にとても驚きました。

――ステディカムのイメージとはまた違うような、穏やかな映像美でした。そして、映像の語りかけも凄まじいものがありました。

そうですね。監督のヴァンニャ・ダルカンタラとルーベンの間には細かい打ち合わせはあったかと思いますが、実にフレキシブルでした。オールロケの撮影だったのですが、照明に時間をかけることもなくほぼ自然光です。あのルーベン、只者ではないなと思いましたよ(笑)。実は彼のことは話には聞いていて、ヨーロッパでは超売れっ子のカメラマン。監督とは長い知り合いで、彼女が撮るならと駆けつけてくれたそうです。

KOKORO

――それにしても『KOKORO』は、外国の方が観た日本ではありながら、人間の再生や回復という普遍的なテーマを静かに描いた力作でした。

主人公のアリス(イザベル・カレ)が日本にやって来るのですが、特に大きな事件が起こるわけでもなく、大まなかストーリーの流れのなかに、それぞれの個がたゆたっているような物語です。時々何か浮かび上がっていく程度で、また流れていく。その様子をカメラが見つめているというか、映像として編んでいくというのか。だから僕が演じたダイスケについても、具体的に何かを決めていくのではなく、台本を読み、下準備だけして後は現場で仕上げました。共演者や監督との作業を通して、ダイスケを存在させていく。それはいつもそうなんですけどね。

KOKORO

――國村さん演じる元警察官の男ダイスケは投身自殺の名所で有名な崖のある海辺の村に住み、悩める人々の心に寄り添っている人物ですね。

彼は何もしていないんです。そこにいて寄り添うだけ。相手に判断を迫らず、寄り添ってただ待っている。助け合う仲間でも、それこそ家族でもなんでもない。その人たちと同じ場所にいるという、そういう現実があるだけなんです。
そしてダイスケ自身は、彼の日常のなかで、人との関わりを持ちながら彼らを結果的に死から救うことはあるかもしれないけれど、逆に彼自身もどこか救われている部分があるのではないか。そういう理解でいましたね。

KOKORO

――ダイスケの強く“求めない”姿勢は、映画のキャラクターとしてもめずらしいと思いました。

ダイスケは警察官をすでにリタイヤしている身ですが、そんな生活のなかで何か抱えているものがあるんですね。だから彼の心の中に抱えるものと一緒に生きていくために、ダイスケ自身、彼らを救うことが必要だったのだろう、と。そして同じ時間を過ごすことが大切だと思っている。そして、そこを止まり木にして旅立ってくれることを望んでいる。
ずっと一緒にいることが大事なのではないんですね。引き留めたいわけでもない独特のスタンスなんですよ。

KOKORO

――ダイスケの心情も踏まえて、この映画は最終的にどういうメッセージを観客に投げかけていると思いますか?

人は生きていくうち、知らぬ間にオリのようなものがたまっていくものです。
アリスは日本から帰国したばかりの弟の言葉にそれを気づかされ、その直後に亡くなった弟の足跡を辿る旅に出ます。自殺で名高い場所である断崖絶壁、そこでダイスケと出会うのですが、この男は自殺に向かおうとする人と向き合いつつ、また自分自身の人生と対峙して生きている。この出会った二人は実際の断崖絶壁の淵に立ちながら、また人生の淵に立っているんですね。そして人生のオリを抱えた二人はただ一緒に居る。ある時ダイスケは「生きるということは、ただ呼吸をするだけ」と話します。
二人の出会いがあり、お互いがそれぞれの形で〈KOKORO〉の解放をつかんでいく、そんな力強いメッセージを感じて貰えるのではないかと思っているのですが。

KOKORO

映画KOKOROは11月4日(土)渋谷ユーロスペースほか全国順次公開。

(取材・文:鴇田崇)

KOKORO
(C)Need Productions/Blue Monday Productions

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    4.0
     高収入の夫とティーンエイジャーの二人の子供がいて広い家に住んでいるという、主人公のステレオタイプの幸福は、弟の死によって崩れ去ってしまう。死がこんなにも身近で肉体はいとも簡単に滅びてしまうという事実は、主人公を魂の救済の旅へ押しやる。  弟を怒らせて事故に至らせてしまった罪悪感はいつまでも消えないが、訪れた自殺の名所で自殺の危機に瀕した人々が本当に自殺してしまったり、或いは思い止まったりするのを目の当たりにすることで、いつしか生の本質に気がつきはじめる。  主役の女優イザベル・カレはこの映画で初めて見たが、表情を豊かに表現するタイプではないように見えた。しかしそれは、静かに時間が過ぎていく環境の中で心もまた静かに変化してゆく様を表現するためだったようだ。この人が陽気に笑う顔を見てみたい気にさせる好演であった。  門脇麦はエキセントリックな役柄を演じるのがとても上手である。この作品では主人公を誘導する狂言回しの役割を上手にこなしていた。  國村準は何でもこなす名人だ。この作品では、自殺する人たちを時には助け、時には死体を確認しながら、未だに悟りを得られない自分自身を正面から受け止める退役警官の役が見事であった。  ストーリー性のない、情景描写と心象風景の映画だが、見終わってどこかホッとする、とても哲学的な作品だ。人間存在の本質を問いかける実存主義の映画といってもいい。静かで上品な作品である。
  • カナッパユイッパ
    3.7
    題名のとおり、正に心を描いた映画です。 なので、展開の理由付けや脈絡がなく、観る人によっては物凄く面白いか、トンデモナク理解不能でつまらなく時間の無駄を感じる映画になっています。 心の蓋が開かれている人には、興味津々な展開だと思います。理性と違って心は人それぞれなので、共感できない部分もありますが、心で観れば「まあ、そんなこともあるよね。」と許されちゃう感じ、この辺りが本当にストンと入ってくる映画でした。
  • miyabi
    3.0
    弟と姉の異常な接近。國村隼の意味深な言葉。若い頃、何やってたんだろう⁉️ヤンキーか⁉️ 毎日が、つまらない?家庭も 仕事も夫も何もかも。そこへ 日本に行ってた弟が 帰って来た。 そして、弟が、心の師と仰ぐ人物に会いに 夫と子供を残して フランスから日本へ。 こんな崖有るのか?何処?観光名所になっても 良いんじゃないのか? 多くを 語らない、國村隼。ただ、家に連れてきて、食事を 与えて、泊めるだけ。多分、話を聞いてあげるだけ。 不思議な村。田舎の一寸場違いな女子高生 門脇麦。その民宿の女将?母親。お客なんか居なさそうな雑貨屋の男 安藤政信。 えっ⁉️結局、なんのえいが⁉️
  • 津ぐみ
    -
    この映画のイメージポスターで、観たいと感じた方が 直感で観るべきだと思いました。 実際観た感想としましては、 今の生き辛い世の中のKOROROとの向き合い方の一片が、描かれていると思います。 あと、門脇麦さんの存在感の幅が 圧倒的で凄かったです。
  • ハシモトタカコ
    3.6
    息を吸って息を吐く この言葉がこの映画みたいだと思いました。
「KOKORO」
のレビュー(42件)