【ネタバレ解説】映画『聖なる鹿殺し』のカメラワークが意味するものを探る

2018.05.16
映画

家に帰るまでが映画です

Daisuke

カンヌ国際映画祭で「ある視点」グランプリに輝いた『鏡の中の乙女』(2009)、同映画祭で審査員賞に輝いた『ロブスター』(2015)と、奇才としてにわかに注目が集まるヨルゴス・ランティモス監督。

今回取り上げる『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』でも2017年のカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した。

聖なる鹿殺し

『鏡の中の乙女』では常軌を逸したルールのもとで暮らす家族の狂気を描き、『ロブスター』では独身者が動物に変えられてしまうという世界を描いたランティモス監督。

不条理で奇想天外な映画を連発する奇才がつむぐ物語において、注目したいのが「奇妙な画(え)づくり」だ。『聖なる鹿殺し』においても、その独特な画づくりが発揮されている。

では、その画づくりにはどんな演出意図が潜んでいるのか。カメラワークに焦点をあてて考察してみたい。

映画『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』あらすじ

郊外の豪邸で暮らす心臓外科医のスティーブン(コリン・ファレル)は、妻のアナ(ニコール・キッドマン)と二人の子供に恵まれ幸せに暮らしていた。ある時から、スティーブンはマーティン(バリー・コーガン)という一人の少年を気に留め、彼を自宅に招き入れる。

すると、家族の身に次々と不可解なことが起こり始める。子供たちは突然歩けなくなり這って移動し、目から血を流し始め…。やがて、スティーブンは究極の選択を迫られることになる。

聖なる鹿殺し01

※以下、映画『聖なる鹿殺し』のネタバレを含みます。

ズームインとズームアウト

まず、『聖なる鹿殺し』で特徴的なカメラワークとして挙げられるのが「ズームイン・ズームアウト」の多用である。

たとえば、ファーストカット。本作は「躍動する心臓のズームイン」で始まる。あまりに生々しいショットのため、目を背けたくなった人も多いだろう。

このシーンには「スティーブンという医師は心臓外科医である」ということを伝える意図があるのだが、それ以上に「これから“命”についての物語を始める」という、ランティモス監督の宣言ともとれる強いメッセージ性がある。

一般的にズームインは「クローズアップ」とも言われるように、被写体に寄って大きく写すことを指す。特定の被写体のディテールに集中させたい場合やひとりの人物の表情に注目させたい場合に用いられる。

ズームアウトはその反対に、被写体を画面内で徐々に小さくとらえていくことを指し、引いた視点で登場人物の置かれている状況を説明するためなどに使われる。

CAMERA

Photo on VisualHunt.com

ズームイン・ズームアウトは一定速度で機械的に動く映像になるため、臨場感を削ぐというデメリットもあり、ひとつの映画で多用されることは少ない。

しかし、ランティモス監督は『聖なる鹿殺し』全編に渡ってこのカメラワークを多用している。

特に印象的なのは、妻のアナと息子のボブが一緒に病院から帰ろうとするシーン。

二人がエスカレーターを降りた直後、「ボブの足が動かなくなり転倒する」というショッキングな一幕を、上空の目線からゆっくりとしたズームを用いて、その光景を「ただただ眺める」という撮り方をしている。カットを割り、ボブやアナの表情にフォーカスするといった動的な手法はとられていない。

思わぬアクシデントを眺めるように撮るこの静的なズームは、劇中の登場人物たち以外に潜む「何者かの存在(視点)」を感じさせる。

子供が歩けなくなるという困難が、なにかしらの絶対的な存在から与えられた「試練」のようにも映り、観る者に「目に見えない力」を暗示するのだ。

トラッキング・ショット

『聖なる鹿殺し』では、人物を追いかける「トラッキング・ショット」も、奇妙な空気を作り出す手法として取り入れられている。

ズームイン・アウトはレンズを使った撮影技術だが、トラッキング・ショットは、被写体の動きに対し、カメラ自体を動かす撮影技術のこと。

レールを敷いた上にカメラを置いて走らせたり、車輪のついた台車で動かしたり、ステディカム(下画像)を使ったりと、さまざまな方法がある。

Steadicam

Photo credit: dalbera on VisualHunt.com / CC BY

被写体と一緒にカメラが追従することで、画面に“動き”を与えることができる。映画撮影において最も基礎的な技術のひとつだ。

このトラッキング・ショットを効果的に使った作品として知られるのが、スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』だ。

下に掲載した『シャイニング』の一幕、ジャック(ジャック・ニコルソン)の一人息子であるダニーが、三輪車を漕いで廊下を走るシーンをご覧いただきたい。

出典元:YouTube(Movieclips)

このステディカムを使用したトラッキング・ショットでは、ダニーの後ろに何者かがついてきてるような不安感を醸し出すという効果を生み出している。

『聖なる鹿殺し』においても、広い画角で人物の前や後ろを追いかけ回す映像は、シーンが病院ということも相まって、登場人物たちに何かがついてきているような不気味さを感じさせる。

妻アナ役のニコール・キッドマンが「ランティモス監督はキューブリックに似ている(※)」とコメントしている理由のひとつに、このあたりのトラッキング・ショットの活用も含まれているのではないだろうか。

ニコール・キッドマン

※引用元:『聖なる鹿殺し』公式パンフレット

シンメトリックな構図

そして、さらに言及したいのが「シンメトリックな構図」だ。

『聖なる鹿殺し』では、シンメトリックな画面構成が多い。例えば、スティーヴンがマーティンの母親と一緒に映画を見ているシーンでは、ソファーに座っている二人とその奥にある2枚のカーテンとが重なり、左右全く同じ配分になっている。

概して、人は左右対称でバランスのとれたものに美しさを感じる。しかし、普段の生活では、意図しない限りシンメトリーな状況が自然に生まれることはほぼないと言っていいだろう。

先のソファーのシーンでは、フィックス(固定撮影)した画面構成によって場面の緊張感が保たれ、そこにシンメトリックな構図が加わることで「不自然な空気」が生じている。ソファーに座って映画を見るという日常的なシーンであるにもかかわらず、まるでそこが非日常空間のような、なんとも不穏さが漂う。

そして、母親がスティーブンへ近づいていき、シンメトリックだった構図は崩れる。整合性がとれていたものが崩れるという展開も、このシーンの気味悪さを倍増させるひとつの要因になっている。

撮られない「顔」

本作の画づくりをひもとく上で、カメラワークと顔の関係性にも注目したい。

映画における人物の顔は、「(その人物が)今どんな心境なのか」を示す最たるものであり、観る者はその表情を見てキャラクターの感情を把握し、共感したり、感動したり、恐怖を感じたりする。

前述した名作『シャイニング』でいえば、ジャック・ニコルソンが覗き込むあの顔は、観る者に恐怖と強烈なインパクトを与える。

シャイニング

一方、『聖なる鹿殺し』では、物語の鍵になるはずのマーティンの顔は、全編にわたって変化に乏しく、フォーカスされることも少ない。後半で家の地下に縛られ、痛めつけられ、銃を向けられてもなお、彼の表情は変わらず、一体何を考えているのか全くわからないのだ。

しかし、その代わりにカメラワークが効果的に用いられている。

診察の後で、マーティンがスティーブンに「家に来て欲しい」と言う場面。画面左のマーティンは表情がわずかに見える程度の画角で撮られており、画面右端ギリギリにスティーブンが位置しているという構図だ。

そして、マーティンがスティーブンに心理的に圧力をかけるほど、画面左の空白は大きくなり、スティーブンは画面からフェードアウトしていくように右へ右へと追い込まれていく。マーティンの独善的な心によりスティーブンを侵食していく過程が、画面全体を通してよく伝わってくるシーンだ。

『聖なる鹿殺し』では、顔や表情の代わりに、画面構図や人物配置、カメラワークによって登場人物の心の機微を映し出す。

それによって、マーティンの不気味さはさらに増幅され、この少年から目が離せなくなっていくのだ。

聖なる鹿殺し02

ズームで始まりズームで終わる

もうひとつ注目したいのが、後半の銃殺シーン。

予言が次々と形となって現れて崩壊していく家族に対して、スティーブンは最後の選択に迫られる。そして、家族3人を縛り、もはや神に任せるというような様子で、銃をやみくもに発砲する。

『聖なる鹿殺し』において最も衝撃的なこのシーンでは一転、それまで繰り返し使われてきたズームがピタリと止まる。

それまでの神的な視点がなくなり、一気に観客自身の視点に引き戻されるのだ。

これによって、この悪夢のような事態が今まさに起きているLIVE映像のように映り、まるで事件の目撃者になったような感覚に陥る。

そして、弾が命中した息子ボブに向けて、再びズームインされていく。心臓のズームアウトで始まった物語は、ボブの(心臓への)ズームインで終息していくことで、“命”についての物語は終わりを告げる。

『籠の中の乙女』『ロブスター』に続き、『聖なる鹿殺し』でも独特のカメラワークにより、唯一無二にして強烈な世界観を作り上げたランティモス監督。

アカデミー賞女優エマ・ストーンを迎えて、今年2018年公開予定の『ザ・フェイバリット(原題)』では、どのようなカメラワークで新たな物語をつむいでいるのか、ぜひ注目したい。

(C)2017 EP Sacred Deer Limited, Channel Four Television Corporation, New Sparta Films Limited

【あわせて読みたい】
【人気コラム】フィルムカメラとデジタルカメラ、映画を撮るのに優れているのはどちらか?
※ スピルバーグ監督のストーリーテリング術はカットの少なさにある《解説》
※ 今さら聞けない【IMAX】って何!?50万ドルのカメラをぶっ壊した男

記事をシェア

公式アカウントをフォロー

  • RSS
  • Garu
    3.8
    サイコではなく運命 「聖なる鹿殺し」またなんて気になるタイトルだろうか。 どうやらギリシャ神話を基にした話みたいだ。 こうすればこうなると言う“仕組み”ではなく“運命”。 どちら側も運命は決まっているからある意味根本からそれを解決するとかではない。 恐ろしい空気感と展開が面白いのだが、驚愕の終盤など含め、良く考えるとどうして??って思う部分がある。 しかしそんな感じで考えるとなんとなくわかる。 ただその大きい部分の説明はないので本当はわからないが… 彼の呪いや超能力ではなく全体が運命のようなもの。
  • sumikko
    -
    記録
  • 3.7
    記録
  • そん
    3.5
    -
  • K10
    3.2
    記録
「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」
のレビュー(2811件)