「言葉」について考える。言葉とコミュニケーションを大切にしたくなる映画17本

2018.05.25
映画

映画マニアと呼ばないで

夏りょうこ

5月25日は広辞苑記念日。しかも今年の年明け、1月12日には「広辞苑」(岩波書店)がなんと10年ぶりに改訂され、注目が集まっている。

なぜ5月25日が広辞苑記念日なのか? それは、いまから63年前の1955年のこの日に、広辞苑の初版が発行されたため。それまで博文館で発行されていた「辞苑」の改訂作業を引き継ぎ、編集には実に7年の月日が費やされ、約20万語が収録された。そんな編集者たちの血と汗のにじむような努力を讃えて、5月25日が広辞苑記念日に制定されたのだ。

言葉がなければ気持ちを伝えられないし、相手の気持ちもわからない。かといって、ただ使えばいいってものでもない。しかも言葉には人柄が出る。人を救うこともある。でも、場合によっては呪いにも凶器にもなる。それが「言葉」。

そんな言葉の力とコミュニケーションについて、せっかくだからこの機会に考えてみませんか?

というわけで、今回は「辞書と言葉にまつわる映画」17本をご紹介しよう。

舟を編む(2013)

言葉の海を泳ぐ

舟を編む

普段何気なく使っている言葉。もしその言葉を、別の言葉で説明しなければならないとしたら? しかも新しい言葉が生まれればそれを集め、使い方を分析し、意味を簡潔に定義する。その意味も時代とともに移り変わるので、また調査をして……ああ、キリがない。

この映画は、そんな辞書出版の知られざる舞台裏を描き、日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ多くの賞を受賞。松田龍平がとぼけた風貌でボソボソしゃべる変わり者を演じ、言葉の海におぼれてジタバタしている姿が可笑しいやら愛おしいやら。

彼は言葉に対して鋭いセンスの持ち主なのに、好きな女性に気持ちを伝えられない。言葉をたくさん知っているからといって、思いをすんなり言葉にできるとは限らないのである。コミュニケーション力と知識は別物。さて、彼は言葉の裏にある心を解読できるようになるのだろうか。愛の力が試される。

ルパン三世 ナポレオンの辞書を奪え(1991)

不可能の文字はあるか

ルパン

山田康雄の声によるルパンである。しかもこのルパンは、いちいち「不~二子ちゃ~ん」と叫ばないし、石川五ェ門もあの決めゼリフを口にしない。なので、最近の作品しか知らない人は違和感を覚えるかもしれないが、大野雄二の音楽はそのまま。テンション上がります。

終結した湾岸戦争後に世界各国が財政難に陥っているという設定も、当時の時代背景を反映していて興味深い。多国籍軍は財政を立て直すために「ルパン帝国」の財宝に目をつけ、そのありかを記したナポレオンの辞書をめぐってルパン一味と争奪戦を繰り広げる。

銭形警部と一緒にルパンを追う国家保安局捜査官の女性が、銭形とルパンを見ているうちに「本当の自由」について考え直すという展開が、ちょっとしたスパイスになっていると思う。警部との心の交流にも注目。辞書に不可能の文字があったかどうかは、一瞬映るのでご確認ください。

アヒルと鴨のコインロッカー(2007)

なぜ辞書だったのか

アヒルと鴨とコインロッカー

人気作家・伊坂幸太郎の同名小説を映画化。大学入学のためアパートに引っ越してきた主人公が、隣に住む怪しげな男から「本屋で広辞苑を盗まないか」と誘われ、断りきれずに手伝わされてしまう。なぜ広辞苑? その男の本当の目的は?

伊坂氏は「最後に大どんでん返しがあるので、これを映画にするのは難しい」と語っていたそうだが、本当に口あんぐりな展開である。その謎の隣人を演じたのが瑛太で、違和感なし(ネタバレになるので理由は内緒)。巻き込まれ上手の濱田岳。ワケありの松田龍平。そして、一人の女性。言葉がつなぐ友情と切ない恋愛がからみあい、心がチクチクする。広辞苑を見る目も変わりそうだ。

辞書とともにキーポイントになっているのが、ボブ・ディランの名曲「風に吹かれて」。昔の大学生活のようなのんびりした空気を感じるのは、そのせいだろうか。喪失感の先に温かさが残る青春映画。

獄門島(1977)

辞書が決め手に

獄門島

横溝正史の推理小説を映画化。獄門島で起こった三姉妹連続殺人事件を金田一耕助が解決する話で、その頃は女優というより美人タレントだった浅野ゆう子が殺される役を演じて話題になった。ちなみにまだ子供だった荻野目洋子・慶子姉妹がチラッと登場しているので、お楽しみに。

跡取り問題で揺れる鬼頭家。その複雑な血縁関係が浮き彫りになるにつれ、一族のドロドロした秘密が明らかになっていく。「親の因果が子に報い」という言葉どおり三姉妹は何者かによって無残に殺されるわけだが、その方法が見立て(他のものになぞらえて表現する)で怪奇的。こう言ってはなんだが、映画としては絵になるシーンである。

発見現場近くに残されていた巻きタバコ。よく見ると、タバコの葉を巻いている紙に小さな文字がびっしりと……なんと、辞書を破いて作られているではないか。で、その辞書の紙が証拠となって容疑者が特定されてしまうのだから、材料には気をつけないとね。2016年に長谷川博己主演でドラマ化もされたので、この作品と観比べてみるのもいいかも。

先生!、、、好きになってもいいですか?(2017)

辞書を投げてはいけません

先生

「高校教師と女子生徒の恋愛」という少女マンガの王道ストーリー。それを生田斗真と広瀬すずが演じるなんて、説得力があるね。だってどちらの立場になって妄想してみても、この2人が相手なら恋愛感情が芽生えるだろなと思ってしまう。

というわけで、うれし恥ずかしの青春ムズムズ映画である。先生に対し、一途でウブな恋心を抱く高校生を演じるのが広瀬すずだと、イヤミにならず。女性不信に陥って疲れている生田斗真の姿も、ファンなら胸キュンだろう。

ベンチで昼寝をしている先生を見つけた彼女が、起こそうと思って校舎の窓から辞書を落とすシーンがある。危ない。そのあと先生は、「辞書はないだろ」と言いながらその辞書で頭をポン。いや~ん(生田斗真ファンの声)。ほんとに一途でウブな子って、何をしでかすかわからないですね。2人の未来に幸あれ。

ドリームズ・カム・トゥルー(2006)

一文字に賭ける

ドリーム・カム・トゥルー

難しい英単語のスペルを暗唱するのがいかに高度なことなのか、私たち日本人にはピンとこないので「超難読熟語の漢字検定」に置き換えて想像してみた。でも、たぶんもっと難関なのだと思う。何しろ人前で声に出さねばならないし、一発勝負なのだから。

そのプレッシャーに打ち勝って大会優勝を目指すのは、社会経済的地位の低いアフリカ系アメリカ人の少女。貧しくても優秀な彼女は、コミュニティの夢と希望を背負い、彼女を見出した博士から厳しい指導を受ける。たとえば反射神経と集中力を鍛えるため、縄跳びをしながらスペルを言わせたり。そんなスパルタ式特訓が面白い。

無口な鬼コーチ。実は不満気に取り組んでいた選手。2人はある出来事をきっかけに心の傷を打ち明け、次第に距離を縮めていく。父と娘のような信頼で結ばれた姿がほほえましい。たかがスペル。されどスペル。教育問題もチラホラと垣間見える力作。

2046(2004)

そのひと言のために

2046

ウォン・カーウァイ監督作品『花様年華』の続編であり、また部分的には同じくカーウァイ監督作『欲望の翼』の続編でもある映画。しかもそこでの登場人物名とキャラがそのまま流用されているので、たまにデジャヴ的な混乱が……そこが快感であり、要注意ポイントでもある。

主人公が書いている小説「2046」。そのストーリーと現実が錯綜し、彼がうじうじと抱えている記憶、言葉、想いの輪郭がぼんやりと見えてくる。それは気が遠くなるほど果てしない夢。彼はそれを求め続けているのだ。

昔の人は誰にも言えない秘密があると木に穴を開け、そのなかに打ち明けて穴をふさいだという。3部作の終着駅としての評価は分かれるようだが、モテ男なのに本当に欲しいものは手に入らない切なさが恐ろしく似合うトニー・レオンを堪能できる。それは間違いなし。  

メッセージ(2016)

言葉を見つける

メッセージ

世界各地に飛来した謎の未確認飛行物体から降りてきた地球外生命体。この映画は、彼らとのコミュニケーションに挑む女性言語学者の物語である。「宇宙人からのメッセージを読み解く」という点ではジョデイ・フォスター主演『コンタクト』に似ているが、この作品は宇宙人と共通の文字を使って意思の疎通を行うところが新しい。

なぜ地球に来たのか。それを探るため、彼女は彼らが描いた円のような模様を解読しようとする。で、苦心の末にその法則性を解明するのだから、全くすごい話だ。そして今度は、その文字を使って彼らとコミュニケーションをとろうと試みる。

しかし、話はそれだけでは終わらない。彼女は独身で子供がいないのに、病死してしまう娘との日々が何度もフラッシュバックしてきて悩むのである。結局その意味があいまいなままストーリーは展開し、最後にスッキリするかしないかはあなた次第。とにかく宇宙人との遭遇映画もここまで来たかと、得もいわれぬ感動を覚えることは確かです。

心が叫びたがっているんだ。(2015)

言葉にできない

心が叫びたがってるんだ

幼い頃、自分の無邪気な発言によって両親が離婚してしまった主人公。それがトラウマとなり、言葉を発せないまま高校生になった彼女は、あるとき歌うことで言葉を話せると気づく。

気持ちを言葉にできないのは、実は彼女だけではなかった。部活で本音を言わない子。お互いの思いを素直に伝えられない元カップル。みんな傷つくのが怖くて、本当のことをしゃべらない。だから事態が好転しなくて、悶々としている。

そんな彼らが学校行事でミュージカルをやることになるのだが、練習を通じて少しずつ殻を破っていく様子がみどころだ。さて、舞台が彼らの突破口になるのかどうか。主人公の恋の行方が予定調和でなく、荒川良々が教師役というのが新鮮。

レインマン(1988)

言葉よりも心で

レインマン

自分勝手に家を飛び出した主人公が、父の死をきっかけに生き別れの兄と出会い、彼との交流を通して成長していくロード・ムービー。トム・クルーズのキラキラしたオーラ(歯がまぶしい)とダスティン・ホフマンの達者な演技(自然すぎる)に目を奪われる。

実は兄はサヴァン症候群で、他人とコミュニケーションはできないが、電話帳を一度読んだだけで全部覚えたり、床にちらばった爪楊枝を一瞬にして数えたりする特殊な能力を持っている。借金に苦しんでいた弟は、その才能を利用してカジノで大儲けしようとするのだが、それってイカサマになるのかな?

兄との会話がかみ合わなくてイライラしていた弟。しかし、一緒に旅を続けるうちに兄を理解するようになり、少しずつ心を通わせていく。キレイごとで終わらないラストがよい。『ミッション・インポッシブル』のトム・クルーズしか知らない人にはぜひ観てほしい一作。

ぼくと魔法の言葉たち(2016)

ディズニーアニメの意外な効用

ぼくと魔法の言葉たち

自閉症のため2歳で言葉を失った主人公が、ディズニーアニメのセリフを通じて会話ができるようになり、社会に出て自立するまでを描いたドキュメンタリー映画。こんなことが本当にあるなんて、ディズニーもビックリだろう。

ディズニーアニメのセリフだけに反応すると気づいた両親が、アニメのセリフで息子と会話をするのが何とも不思議な光景だ。なぜディズニーアニメ? それは、ディズニーアニメは表情が大げさでわかりやすいため、自閉症の子でも感情が読み取りやすいからだという。言われてみたらそうかも。

そうして彼は周りとコミュニケーションがとれるようになり、恋人を作り、大学へ進学して一人暮らしを始める。その自立心が素晴らしい。しかしその過程には悩みや苦しみがあり、それは私たちと何ら変わるところはない。自分の言葉で書いたラストのスピーチが胸に響く。

奇跡の人(1962)

世界には言葉がある

奇跡の人

「見えない・聞こえない・話せない」の三重苦を乗り越え、社会福祉に人生を捧げたヘレン・ケラー。彼女に人間的な教育を行い、言葉の存在を教えたサリヴァン先生。この2人の出会いからヘレンが目覚めるまでを描いた舞台の映画化。

ヘレン・ケラーが井戸水を手にかけられ、「ウォーター」という言葉の意味を初めて理解するシーンはあまりにも有名。世代を選ぶ話題で恐縮だが、美内すずえの人気漫画「ガラスの仮面」でも、北島マヤと姫川亜弓がこのシーンをどのように演じればよいのか悩むエピソードがある。静寂の闇にいたヘレン・ケラーがこの世界に言葉があるとわかった瞬間、一体どんな反応を見せたのだろう。

原作はサリヴァン先生の手記なので事実に基づいているはずだが、それにしても言葉の扉を開いたのが「水」だったとは、なんてドラマティック。その日から貪るように言葉を吸収していったであろう姿は、想像に難くない。全ては言葉から始まると知る一作。

ザ・トライブ(2014)

静かにしゃべる

ザ・トライブ

吹き替えも字幕もなく、言語は手話。その斬新な設定に世界中がひっくり返った。車の音や足音もほとんどないので最初は無声映画みたいだと思ったが、どうもそういうわけでもなさそう。たまにかすかな叫び声のようなものが聞こえる(ような気がする)。

聾唖学校が舞台だというので、先生との心の触れあいや成長を描いた感動物語かと思いきや、不良学生たちの腐りきった日常を描いたとんでもない映画だった。確かに手話が解読できないとセリフはわからないが、シンプルな話なので察する能力があれば大丈夫。

彼らは殴り合う。愛し合う。怒り。悲しみ。音のない静かな世界なのに、激しい感情がスクリーンからあふれてくる。言葉を聞くより身につまされるのはなぜ? あれよという間に衝撃的な結末へとなだれ込む脚本の上手さ。こんな映画が今まであっただろうか。見逃せない一作。

マイ・フェア・レディ(1964)

お里が知れますから

マイ・フェア・レディ

永遠の妖精オードリー・ヘプバーンの代表作であり、『プリティ・ウーマン』の元ネタといわれているミュージカル映画。言語学の教授が下町育ちの花売り娘に出会い、下品な彼女を社交界に出しても恥ずかしくないレディに仕立て上げられるかどうかをめぐって友人と賭けをする。

彼女は訛りがひどく、なかなか発音が習得できない。また【ei】を【ai】と発音してしまうので、矯正のため「スペインの雨」(The Rain in Spain)をひたすら言わせる特訓シーンがコミカルだ。で、どうにか形になってきたので社交場である競馬場に連れていったところ、レースを見てつい興奮した彼女がボロを出す下りでは爆笑。

ヘプバーンの容姿が美しく上品すぎるため、とても育ちが悪く見えないのが残念。でも、美しい言葉を習得することで淑女に変身できるのは、現代でも十分通用する話だろう。最初は単なるゲームだったというところが『プリティ・ウーマン』と決定的に違うが、やっぱりこれはシンデレラ・ストーリーなのかな。

イングロリアス・バスターズ(2009)

わかる人にはわかってしまう

イングロリア

第二次世界大戦下のフランスで、ユダヤ系アメリカ人が結成した秘密部隊と家族をナチスに殺された女性が手を組み、ナチス大虐殺を企てるという物語。ブラッド・ピットがクウェンティン・タランティーノ作品初出演ということで注目され、ナチスへの復讐に燃える隊長を怪演した。

その復讐劇の仕掛けが面白い。なんと、プロパガンダ映画の上映を行う劇場を爆破してドイツ軍部出席者を皆殺しにしようというのである。しかし、これが簡単にみえてなかなか大変な計画で、大勢を巻き込みながら何重にもワナをしかけて準備。まるで忠臣蔵だ。

秘密部隊のメンバーはドイツ語やイタリア語をしゃべることで、ドイツ人やイタリア人になりすます。しかし、その言語を完璧にマスターしたと思っていても、方言の微妙なニュアンスやアクセントの違和感は出身者にわかってしまうもの。そんな小さなほころびによって事態は思わぬ方向へ……そこらへんのハラハラ感はタランティーノの真骨頂! 詰めが甘いと命取りになるなあ。言葉って怖い。 

ターミナル(2004)

サバイバルのためなら

ターミナル

アメリカの空港に到着したちょうどそのとき、母国がクーデターによって消滅したためパスポートが無効になってしまった主人公が、出国も帰国もできない状態に陥り、そのまま空港(ターミナル)に閉じ込められてしまうという話。さて、空港という限られた空間で生き延びることができるのか、そのサバイバル生活がみどころだ。

タイミングが悪すぎてコメディ。空港で働くスタッフと交流してハートウォーミング。美人客室乗務員と親しくなってロマンス。つまり、安心して観ていられる映画である。空港生活に慣れてくると、彼女のために工事中の水飲み場を勝手に噴水に改造したりして、ちょっと楽しそう。

最大の問題は、主人公の彼が英語をしゃべれないことだった。しかしそれも、空港でニューヨーク案内書の英語版と母国語版を購入し、それらを見比べながら独学で勉強。とにかく必死なので、最初は片言だった英語も最後には完全に習得している。言葉ができるようになると、自信がついて堂々とするんだなあ。語学力アップにはモチベーションが必須だと痛感。

ククーシュカ ラップランドの妖精(2002)

通じなくても通じている

ククーシュカ

ソ連とフィンランドが戦争をしていた第二次世界大戦中のラップランド。負傷したフィンランドとソ連の兵士がサーミ人の女性に助けられ、同じ家で手当てを受けることになったことから、3人の奇妙な同居生活が始まる。

つまりこの3人は、言語が違うので言葉が全く通じない。しかも、フィンランド人兵士はソ連の兵士からドイツ人だと勘違いされてしまい、よけいややこしい状況に……敵と味方が同じ屋根の下。そして、2人の男と1人の女。

相手の言葉が全く理解できないことから、罵倒の言葉を名前だと勘違いするなどのコミカルなシーンもあるが、基本的には緊張感が漂う空間だ。しかし、戦争はしょせん国家同士の争い。一緒に暮らすうちに交流が生まれ、言葉はわからないままでもお互いを認め合うようになるのだろうか。兵士の間にいるサーミ人がたくましく、戦争の虚しさとバカバカしさも伝わってくる映画。

いかがでしたか?

言葉って難しいけれど奥が深い。理解できれば相手がわかるし、正しく使うことができればアイデンティティにもなる。人間にとって欠かせないツールだからこそ、いまいちど言葉について考えてみてほしい。

【あわせて読みたい】
※ ウザい上司はうまくかわせ!コミュニケーション能力を養うおすすめ映画<社会人編>
※ 炎上&拡散、ダメ絶対!SNSでの「正しいつながり方」を教えてくれる映画あれこれ
※ “北欧映画”って一言でまとめてない?スウェーデン・アイスランド・デンマーク、国ごとに異なった特徴を体感できる映画6本

記事をシェア

公式アカウントをフォロー

  • RSS