取材嫌いのホアキン・フェニックスを表舞台に上がらせた映画『ビューティフル・デイ』 リン・ラムジー監督【来日インタビュー】

2018.05.31
映画

映画のインタビュー&取材漬けの日々是幸也

赤山恭子

是枝裕和監督の『万引き家族』が最高賞のパルム・ドールを受賞し、大団円を迎えた本年のカンヌ国際映画祭。昨年はといえば、パルム・ドールこそ逃したが、男優賞(ホアキン・フェニックス)と脚本賞(リン・ラムジー監督)の2部門を受賞するという快挙を遂げた『ビューティフル・デイ』がカンヌを席巻していた。

ビューティフル・デイ

年を取った母親とひっそりと暮らしながら、行方不明の捜索を請け負う裏稼業で生活している元軍人のジョー(ホアキン・フェニックス)が、政治家の娘ニーナを探してほしいと依頼を受ける。いつもと変わらぬ手練手管で「仕事」に当たろうとしたジョーだったが、依頼主が飛び降り自殺をしたことから、事態はめまぐるしく変転するーー。

邦題は『ビューティフル・デイ』、原題は『You Were Never Really Here』。原題を直訳すれば、「あなたはここにいなかった」だが、ジョーの「最初から存在なんかしていたくなかった」という気持ちにも読み取れてしまう。しかし、邦題の『ビューティフル・デイ』は、劇中にニーナがふと口にする「It’s a beautiful day.」(今日はとてもいい天気)であり、真逆の雰囲気のタイトルだ。

混沌とした思いが点在する作品ということが、タイトルからも読み取れるダークなクライム・ムービー。前作『少年は残酷な弓を射る』で見せた恐ろしくも儚い残酷美を、今作でもいかんなく持ち込んだラムジー監督に、じっくりとインタビューした。

ビューティフル・デイ

――世界では「ホアキンのキャリア史上最高の演技」と大絶賛されています。主人公ジョーを彼に託した経緯からお聞かせください。

元々、脚本を書き始めたときに「ホアキンがこの役にぴったりだ」という勘があって、PCに彼の写真を貼っていたんです。ただ、ホアキンは作品を選ぶことで有名なので、引き受けてもらえるかどうかはわからなかったけど、彼と昔仕事をしていたプロデューサーが本作のプロデューサーのひとりでもあったので、お声がけすることができました。ちょうど彼の(別の)作品が頓挫してしまい、ホアキンのほうから私の元に電話があって「2か月空いたけど、やる?」と言われたんです。おそらく彼としては「NO」と言われると思っていただろうし、何なら「NO」と言われたい感じもしたんだけど(笑)。脚本も書き終えていないのに「やるわ!」って言っちゃいました。きっと、今までの限界を超えていくような映画作りができるんじゃないか、と思って参加してくれたんだと思います。

――実際にホアキンを演出していって、撮影中、手ごたえのようなものを感じた瞬間はありましたか?

撮影しているときのスケジュールは大体きつきつでいつも疲れているし、常にワクワクしているのは難しいことなんだけど、今回は、本当に胸が高鳴るような感じが、幾度もありました。最初に手ごたえを感じたのが、クランクインしてから2日目だったかな? ロシア風風呂で彼が歌を口ずさむシーンです。準備の段階で話し合いはしていましたけど、それを見たときはカメラの前でマジックが起きていると感じたし、「なんてすごいんだろう……」と身震いしました。目を離せないようなものだった。だから、毎日「どんなことが起きるんだろう!」「どんなことをしてくれるんだろう!」という思いで、現場に行くことができましたね。

ビューティフル・デイ

実は、今回の撮影は29日間しかなくて、この尺の作品にしてはすごく少ない日数なんです。だから、私はほとんど眠れなくて……。準備もない中で撮影しましたけど、本当に現場が楽しくてしょうがなくて、まるでソウルメイトを見つけたかのような、自分のミューズを見つけたかのような感じでした。ホアキンは、この表現をすごく嫌がると思いますけどね(笑)。

――(笑)。他にない関係性ですね。

お互いに限界を超えて、今までの型を破っていくことにすごくワクワクしていたのよね。ただ、彼は何事もすごく問いかけをするんですよ。ときに「何で?」「何で?」「何で?」とたたみかけるように言われると、「もういいじゃん!」と思うときも正直ありました(笑)。自分のほうが違うのかな、と疑っちゃったりするような瞬間だったりするし。それでも、今回はクランクアップしたときに「終わってほしくない、もう1本映画を作りたい」と思える感じだったんです。だから、別れるときはちょっと悲しくて、ね。

ビューティフル・デイ

――ホアキンがそこまで聞くのは、シーンの理解に対する問いなんですか?

それもあるし、何よりも予想されているようなことはしたくない、自分が飽きちゃうから、というのがあると思う。脚本通り粛々と演じるだけということに、そもそも彼は興味を持っていないし、つまらないと思っているんです。そうじゃなくて、どうしたらより良いものにできるのか、「何かが違うな」と思ったら、きちんとわかるようにすることを常に大切にしていて、「こうすれば良くなる」と本能的にわかる人なんです。私も全く同じタイプで、物事を言葉に落として理解したり、説明したりするより、本能的にいい、悪いがわかるので、似ているのもあるかもしれませんね。

――完成作を観て、お二人でどんなお話をされたんでしょうか?

私から彼には「ほかの人では想像できない演技をしてくれたわ」とは言ったけど、ホアキンは……観てないかも?

――えっ!? 昨年カンヌの公式上映のときは、いらっしゃいましたよね?

自分自身を観たくないから、彼は席を外すのよ(笑)。頭10分くらいは観て、抜けて、終わる頃には戻ってくる、っていうね(笑)。自分の出演作を観ない人なんだけど、まあ、でも密かにひとりでは観ているかもしれないけどね! とはいえ、私も自分の作品をほとんど観ないの。『ボクと空と麦畑』も20年くらい観ていなくて、最近ちょっとまた観たくらい。

ビューティフル・デイ

ホアキンは、自分の仕事は撮影がクランクアップしたときに「終了」と思っているんだと思う。今回は現場で今まで体験したことのないエネルギーをお互いの中から感じることができて、お互いのやり取りの中から生まれてくるものでもあって、それがすごく気持ちのいいバイブスにつながったんです。だからといっていい作品ができるわけではないんだけど、その段階で何か強いものがこの作品にはあると私も思ったから。作品を作っていて、いつも経験できることではないんです。

――ほかに印象深い出来事はありましたか?

ホアキンはプレス嫌いで有名なんですよ。けど、それは間違いじゃないかなって思うことがすごくありました。この作品に関しては、彼にとっても特別な経験だったからなのか、舞台挨拶やQ&Aとかにも参加してくれていて。先週もアークライト(※L.A.の劇場)のイベントにサプライズで来てくれたりして、プロモーションのサポートをすごくしてくれて、正直、感動しています。実は来日の話をしたときも「僕も行きたい」と言ってくれたんだけど、家族の結婚式か何かがあったそうで、叶わなかったんです。

――残念です……。ちなみに、どんなQ&Aが行われたんですか?

それがね、私の作品の回顧上映で『ビューティフル・デイ』の上映があって、来てくれたんです。けど、彼も「これって……リンのイベントだよね……?」と言っていて、予感的中、見事に質問が全部私向けで(笑)。そうしたら、彼も「僕、いらないよね? じゃあ失礼します」と終わったのは、ちょっと笑っちゃったわ。

ビューティフル・デイ

――監督の演出について、いつも驚かされます。不快感と快感の独特のバランス、カメラワークなども含め、どう構築されているのでしょうか?

自分の制作のプロセスやアプローチを説明するのは、自分でも正直わからなくて。ただ、何がうまくいく、いかないか、違うのかは、肌でわかるんです。もちろん私は脚本も手掛けるので、ディティールに富んだ脚本を書きますし、映像もどうしたいかをしっかりと考えてから撮影に臨みます。カメラワークや演技がうまくいっていないときに、気づくことも必要な要素なので。

映画を学び始めたとき、最初は撮影を勉強しました。カメラを手にした瞬間から、そういう資質がうかがえたのか、周りからは「リンは絶対監督だよ」と声をかけられたくらいでした。

――中でも、大切にされていることは何でしょうか?

現在形であることだと思います。今、何が起きているかに、しっかりと目を向ければ、もしかして自分が思っていたことよりも、よいアイデアが転がっているかもしれない、誰かが提案をするかもしれない。それらを取り入れていける部分があるかどうかが、いい監督の決め手なんじゃないかな、と思ったりもします。そういう意味で、私は密なコラボレーションをするほうです。ただ、きっちり「これだ」と見えたときには、すごくはっきりしていますね。……うん、面白いわよね。普段は夕食のメニューさえ決められないタチなのに(笑)。

ビューティフル・デイ

――(笑)。『ビューティフル・デイ』はジョニー・グリーンウッド(レディオヘッド)が手掛けたスコアも文句なしですよね。どのようにリクエストされたのでしょうか?

前作(『少年は残酷な弓を射る』)でも一緒にやりましたけど、あれはスコアというより、全体のムードを作ってくれる、アンビエントと言うと言いすぎかもしれないけど、そういう効果でした。『少年は残酷な弓を射る』を観ているときに観客が感じるムードみたいなものは、全部ジョニーからきているんですよね。

今回、自分の作品でまともに「スコア」と呼べるものを初めて取り入れました。ただ、お金もない、時間もないという状況の中で、しかもジョニーがレディオヘッドのツアー中だったんです。少しずつ映画の映像をジョニーに送ってはいたんですけど、最初は「できないかも!」と言われていて。けど、作品を観てくれている中でどんどん「やりたい」という気持ちになってくれたみたいで、映像の中から立ち現れてくるキャラクターを彼が掴んで、ワクワクしてくれたので、シュールさ、クレイジーさ、などを感じて作ってくれたスコアが、ジョーと同じくらい、ある種のキャラクターになっていると思います。

――ジョニーの作家性や波長のようなものが、監督と合っているからでしょうか。

私が映像を送り、それにジョニーが書き下ろしてくれた曲を、私に送ってくれるでしょう? そのスコアを聴いて、また私がインスパイアされて編集を進めて映像を送る、というやり方を繰り返したんです。結果、本当に素晴らしいスコアを見事書き上げてくれました。次の作品はサウンドデザインとスコアを先に用意してもらって、それにインスピレーションを受けながらやってみたいわ(笑)。

――監督にとって、音楽は別個ではなく、映画を完成させる上で必要な大事な要素なんですね。

私、プロデューサーから「音は後でつけるからいいよ」、「音楽は後でやるから、まずは画を編集しようよ」と言われるのが、すごく嫌なの。サウンドデザインと音楽は、ある種、映画の繊維の一部になっている、欠かせないものなので、最初から組み込んだ形で作るべきだと思っています。まさに、今回のスコアはそういう作品になっていると思います。ただ、すべての作品にスコアが必要なわけではなくて、音が必要のない作品もあるわけで。でも、『ビューティフル・デイ』は絶対にスコアがいると思ったし、ちゃんと織り込まれているものにしたかったんです。(インタビュー・文=赤山恭子、写真:市川沙希)

映画『ビューティフル・デイ』は2018年6月1日(金)よりロードショー。

ビューティフル・デイ
(C)Why Not Productions, Channel Four Television Corporation, and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved.(C)Alison Cohen Rosa / Why Not Productions

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    3.3
    難しいな…。ホアキンの力強さと重厚なノワールってのは分かるけど、本当のテーマは他にある感じ。ただ、初見ではそこまで到達出来なかった。
  • kou
    3.5
    圧倒的な闇、描かれる男の孤独と苦悩。ズンと心が重くなるような暗いストーリーではあるが、そこに本作の魅力がある。過去にトラウマのある主人公がある少女を救い出すよう依頼されることから物語は始まる。その依頼には複雑なバックグラウンドがあり、次第にそれが明らかになっていく。 暴力的な映画かと思いきや、見せ場はモノクロの監視カメラの映像で描かれる。また、印象的なのは主人公の朦朧とした意識を表すような映像と音楽だろう。ジョニー・グリーンウッドが手掛けるその音楽はとても暴力的で神経を逆なでさせられる。見ている側もくらくらするような、何が黒幕なのかわからない展開、主人公は本当のぎりぎりの中で唯一少女を救おうとする。 ラストシーン、ある驚きとともに、その後の少女のセリフが頭の中に反芻される。悪夢を見ているかのようなその体験に、何とも言えない後味を残す作品だった。
  • たぬき
    5.0
    鏡を使ったり、少女の顔をクロースアップさせたり、画面作りがとても上手い。 加えてグリーンウッドの音楽とカウントダウンを始める少女の声が心地よくて、自分も深海にいるようだった。 好きなジャンルではないけれど、観れて良かったと思える映画だった。
  • ryac
    3.9
    『タクシードライバー』×『オールド・ボーイ』×『ドライヴ』的なエッセンスを詰め込んだノワール。 フラッシュバックの演出や耳をつんざくようなSE、緊張感のすさまじいビートを感じる音楽など、とにかくオープニングからエンドロールまで、痺れるほどのカッコよさに満ちた映画だった! ジョーはオールドボーイのオ・デスに次ぐハンマー使いとして名を残すでしょう……ホアキン・フェニックスの常軌を逸してそうな表情も最高。
  • Ryo
    3.9
    彼は多分、人生の大半を、父親への怯えと、戦闘と、介護に費やしたのだろう。市井の人々の楽しそうな様子を目で追うようなカットが印象的だった。それで父親は乗り越えられなくても、何気ない少女の一言で、わずかに救われた気になるなんて、気の利いた展開ではないとは思うけど、やはりその気持ちが分かってしまう自分がいる。アメリカという国が持つトラウマと、その犠牲となったアメリカ人について、イギリス人の監督が表現しているという点が興味深い。クローネンバーグっぽい不気味なシーンの多くは、大したことはなかったが、ラストシーンは美しかった。そしてJohnny Greenwoodの音楽がカッコよかった。特にドラムの音。
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