美少女にはノワールが似合う
昔、映画の中で出会った忘れられない美少女。皆さんにもきっと、思い浮かぶ顏があるんじゃないでしょうか。
映画館のほの暗い空間で眺めるスクリーンの中の世界に、何とも言えないセンチメンタルな気分を掻き立てられるもの。そして、美少女への淡い憧憬(しょうけい)は、そのセンチメンタリズムによく馴染みます。
フォトジェニックで、かつ映画館特有の雰囲気の中で一層魅力を放つ少女たち……実に映画向きの存在といえる彼女たちにインスパイアされて、古今東西さまざまな美少女映画が製作されてきました。
今日は、そんな美少女映画の中から、少しダークな色彩を持つ作品を選りすぐってご紹介しつつ、美少女映画の魅力について考えてみたいと思います。
触れてはいけない、美少女という生き物
美少女ものというと嫌が応でも連想するのが「ロリータ・コンプレックス」。そう、美少女の虜になった男たちの不治の病です。
この言葉の由来にもなったウラジーミル・ナボコフの小説「ロリータ」は、少女ロリータに魅了され、転落の道を辿る男の姿を描いて物議をかもした作品ですが、同時に、その後の時代の映画に少なからず影響を与えてもいます。
『ロリータ』(1962)
その問題作をいち早く映画化したのがスタンリー・キューブリック。
文学者のハンバート・ハンバートは、下宿先の娘・ロリータに心を奪われ、罪悪感に苛まれながらも、挑発的とも思える態度を見せるロリータの下僕と化していくさまを、キューブリックならではのシニカルな目線で冷徹に描いています。
ロリータを演じたスー・リオンは、ネコ科の肉食動物の雰囲気を持った、実にロリータ向きの美少女。
主人公のハンバートが彼女を見初めるシーンのセクシーな水着姿と、ハンバートの視線に気づいてサングラスをずらしてみせた時の眼元の意外なほどのあどけなさとのギャップは、まさに「ロリータの魔性」を感じさせます。
小説「ロリータ」を原型にしたと思われる、男性にとって苦い愛の顛末を描いた物語は、他にも多数あります。
『プリティ・ベビー』(1978)
ロリータ女優として一世を風靡したブルック・シールズが、世界的ブレイクを果たした次の作品もそのひとつ。
フランスからルイ・マルを監督に招き、ハリウッドで製作された作品。20世紀初頭のアメリカ南部が舞台ということで、クラシカルな衣装に身を包んだブルック・シールズの美貌が、ルイ・マルの洗練された映像に映えます。
この作品でブルック・シールズが演じたヴァイオレットは、12歳の娼婦という衝撃的な役柄。そしてこちらにも、『ロリータ』と同じく、少女の倍以上の年齢でありながら、彼女に魅了される男が登場します。
しかし、娼婦性と穢れなきイノセンスとが両立しうるのが「ロリータ」。たとえ少女から求めた愛だとしても、彼女のイノセンスを穢そうとした男は手痛い罰を受ける……ヴァイオレットが娼婦なだけに矛盾しているように感じられますが、“少女には決して触れてはいけない”という鉄則は変わらないんです。
『レオン』(1994)
美少女の魔性に堕ちた男たちが、自らの欲望が招いた罰をつきつけられる一方で、別の形で少女への愛を貫くのがリュック・ベッソンの大ヒット作『レオン』(94)の主人公レオン(ジャン・レノ)。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】『ニキータ』(1990)
彼は、家族を殺された復讐のために、バディを組んだ少女・マチルダ(ナタリー・ポートマン)を愛しながらも、決して彼女に手を触れなかったことで、「純愛」の名を勝ち得ます。
リュック・ベッソンは『ニキータ』でも、ニキータと名乗る少女(アンヌ・パリロー)を愛しながらも決して手を触れず、彼女をアサシンに仕立て上げる中年男・ボブを登場させています。
ロリータ・コンプレックスは、抑制の美学の中で描くと、一転して美しい純愛の物語を生み出すものでもある……ということでしょうか。
ビデオマーケットで観る【初月無料】不条理世界に迷い込む美少女
『パンズ・ラビリンス』(2006)
ところで、映画の中の美少女は、しばしば不条理な異世界に迷い込みます。
たとえば今年、作品賞を含むアカデミー賞4部門を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』の監督として知られるギレルモ・デル・トロの『パンズ・ラビリンス』は、母親の再婚がきっかけで孤独を深めていく少女・オフェリアが、森の魔物パンと出会い、彼の世界へといざなわれる物語。
内戦、母親の死。悲しみに満ちた現実の中で、オフェリアはパンに救いを求めますが……。
子供らしいエプロン付きドレスが似合う黒髪の美少女・オフェリアことイバナ・バケロの美しさが深い情感を掻き立てる、ダーク・ファンタジーの名作です。
美少女が不思議な世界に迷い込むストーリーの原型を辿ると、ひとつの原点としてルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」に行き着きます。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】『ブラック・ムーン』(1975)
ナンセンスで不条理で少し不気味な、それでいてかつて夢で見たことがあるような、懐かしさに覆われた独特の世界観は、20世紀に入ってシュルレアリストに注目され、以来シュルレアリスム的要素を持つ作品と位置付けられることもあるようです。
ルイ・マルが金髪の美少女キャサリン・ハリソンを主演に起用して製作した『ブラック・ムーン』は、まさに夢か現実か判別のつかない謎の世界に美少女が迷い込む、「不思議の国のアリス」風の作品。
本作には、シュルレアリスム映画の先駆的作品『アンダルシアの犬』(29)へのオマージュと思しきモチーフも見受けられます。また、ナンセンスなテイストを持続させながらも、性的なモチーフをたっぷりと散りばめているあたりも、フロイトの精神分析やシュルレアリスムを思わせるところ。
しかし一体なぜ、美少女は不条理な世界と結び付けて描かれることが多いのでしょうか?
ひとつ考えられるのは、少女という存在が持つ神秘性を表現するのに、日常の風景よりも非日常世界が馴染みやすい、という理由。
また、美少女への(製作者の、あるいは観客の)憧憬をあからさまに描写するのではなく、作品世界の中にメタファーとしてそっと忍び込ませたいという製作者の意図も関係しているかもしれません。というのは、一見不条理に見える世界というのは往々にして非常に理詰めに作り込まれていて、さまざまなメッセージが埋め込まれていることが少なくないからです。
そもそも「不思議の国のアリス」は、著者キャロルが当時8歳の少女アリス・リデルに淡い恋心を抱きつつ彼女を主人公にして作りだした物語。そのあたりにも、不条理世界と美少女との親和性に関するヒントが隠されているのかもしれません。
『ミツバチのささやき』(1973)
少し毛色は違いますが、美少女と不条理な表現のコンビネーションという意味では、ヴィクトル・エリセの『ミツバチのささやき』もその種の名作ですよね。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】メタモルフォーゼ幻想
同じく不条理な世界の中で少女を描いた作品でも、少女が大人の女性へと羽化する、おそらく少女期の中で最も美しく、神秘性を帯びた時期にフォーカスした作品もあります。
『エコール』(2004)
ルシール・アザリロヴィックの『エコール』は、「その時」を控えた少女たちが棺に入れられて送りこまれてくる、森の奥の不思議な学校が舞台。「棺」というアイテムがさなぎを連想させるように、この学校は少女が大人の女性へのメタモルフォーゼを遂げる準備期間を過ごす学校。美しい森、幻想的な世界観の中で、変化を迎えようとする少女たちの日々が、繊細に描き出されていきます。
ちなみに同監督の『エヴォリューション』(15)は、少年の大人への脱皮の時を描いたもの。『エコール』とは一対をなす作品です。
『闇のバイブル 聖少女の詩』(1969)
チェコ・ヌーヴェルバーグ映画の一作に数えられる『闇のバイブル 聖少女の詩』は、初潮を迎えたばかりの少女・ヴァレリエ(ヤロスラバ・シャレロバ)が主人公。原作者はチェコ・シュルレアリスムの先駆者の一人、ヴィーチェスラフ・ネズヴァルです。
御者のいない黒い馬車や、廃墟のような救貧院でヴァレリエが目撃する祖母と宣教師の密会、存在を知らなかった兄との出会い、その兄との禁断の匂いを帯びた甘い関係など、不気味で危ういモチーフを散りばめつつ、性に目覚めようとしているヴァレリエの内面世界を幻想的な映像詩にまとめ上げています。
罪にまみれた大人の階段
少女のメタモルフォーゼは、少女=イノセントな存在が罪を犯すことによって穢れを知り、大人になる……というメタフォリカルな形で描かれることも少なくありません。
この種の映画の中では、少女が罪を犯す行為は、ある意味でロスト・バージンと同義と言っていいかもしれません。
『小さな泥棒』(1988)
作品例を挙げるとすれば、まずはシャルロット・ゲンズブール主演の『小さな泥棒』。
父はなく、母親が男と出奔した後、伯父の家で暮らしている16歳の少女・ジャニーヌを主人公にしたこの作品は、フランソワ・トリュフォーの遺した脚本を使ったもので、少女版『大人は判ってくれない』とも呼べるものです。
盗み癖のあるジャニーヌが、挫折と絶望にまみれ、もがき苦しんだ末に、ついに「希望」を盗み出して旅立つラストシーンに心を打たれる名作。
母親のジェーン・バーキンから受け継いだすらりと長い手足と長い首が魅力のシャルロット・ゲンズブールは、文字通りのサラブレッドですが、はにかんだような表情・飾らない美しさが彼女の魅力。野に咲く名もない花・ジャニーヌは意外にハマリ役でした。
『17歳』(2013)
また、フランソワ・オゾン監督の本作も、このカテゴリーに含められそう。
経済的には何不自由ない家庭に育ったにもかかわらず、親に隠れて売春をはじめる少女・イザベルを、今年公開されたオゾン作品『二重螺旋の恋人』でも主演したマリーヌ・ヴァクトが演じています。
モデルから女優に転身したマリーヌ・ヴァクトの洗練された容姿は、古今のフランスの美少女女優の中でも屈指。フランソワ・オゾンのスタイリッシュな映像美が、彼女の美しさを一層引き立たせています。
『セーラー服と機関銃』(1981)
このあたりで日本の作品も。
日本の美少女映画というと、やはり1980年代の一連の角川映画は、その金字塔と呼べるのではないでしょうか。
中でも薬師丸ひろ子主演の『セーラー服と機関銃』(81)は、「少女が恋と罪を知り、大人になる」というテーマをくっきりと打ち出した作品です。
薬師丸ひろ子演じるセーラー服姿のヤクザの組長・星泉が、機関銃を抱えて敵の事務所に乗り込み、思う存分ぶっ放した後につぶやく「カイ・カン」のひと言。
もはやあの一瞬のために本作の全てがあるといっても過言ではありません。
積もり積もった怨念をようやくはらした、という彼女の想いが込められた一言……しかし、男性陣はその言葉の裏に、少女を脱ぎすてた女のエクスタシーを重ね合わせていたのでは?
恐らくここは確信犯的なギミック。主人公・泉が愛した佐久間(渡瀬恒彦)が、およそ彼女には年齢が釣り合わない中年男なのも、泉のイメージの原点が『ロリータ』にあるからでしょう。
そして、彼女に愛された佐久間は命を落とす……まさに『ロリータ』の系譜に属する映画の定番ですよね。
『キック・アス』(2010)
もっとも、最近は正真正銘に強い美少女ヒロインも支持されています。
13歳のクロエ・グレース・モレッツがヒロインを演じた『キック・アス』では、彼女がミニスカコスチュームの美少女戦士として登場し、実質の主人公といえるほどの活躍ぶりを見せます。
「世界で最も美しい顏」ランキング上位に選ばれたこともあるクロエ・グレース・モレッツ。世界をとろけさせたベビーフェイスの持ち主・クロエが、男を凌駕するアクションヒーローを演じるギャップ!!
美少女ものでは「ギャップ」も、重要なポイントになっていますよね。
永遠になった少女たち
少女とは、移ろいゆく人生のつぼみの時期。その期間は決して長くはありません。
だからこそはかなく、ひときわ輝く時間でもあるのです。
しかし時として、死によって永遠を手にする少女もある……少女のいたましい死、残された者の亡き少女への消えない想いを描いた作品もあります。
『ヴァージン・スーサイズ』(1999)
美少女5人姉妹の自殺を描いたソフィア・コッポラの長編デビュー作『ヴァージン・スーサイズ』は、まさにそんな作品。
姉妹の死を、姉妹の信奉者だった少年たちの回想という形で描くことで、思春期特有の死への憧れと少年の少女へ永遠の憧れを絶妙に絡めています。
主演の美少女は、今もソフィア・コッポラお気に入りの女優、キルスティン・ダンスト。
『テス』(1979)
一方、ハリウッドのミー・トゥー問題で渦中の人となったロマン・ポランスキーが、告発者側の一人であるナスターシャ・キンスキーを主演に据えて製作した『テス』は、19世紀のイギリスを舞台に、貧しさから貴族の情婦になり、やがて主人を殺して死刑になる少女・テスの悲劇を描いた作品です。
当時十代だったナスターシャ・キンスキーの美貌は、美少女映画史に残るもの。父親で俳優のクラウス・キンスキー譲りの眼力は、ひと目見たら忘れられない強い印象を残します。
ナスターシャに死刑台に散った悲劇の主人公を演じさせたこの作品には、彼女の美しさを永遠に留めたいというポランスキーの願望が見え隠れしているようにも。
美少女ヒロインの憂鬱は続く?
こうして眺めると、映画の中の美少女は、ある時は男を破滅させる悪女に、ある時は犯罪に手を染めて転落の道へ、またある時はおかしな世界に就き落とされ……と、さんざんな目に遭わされていますよね。
花形ポジションといえども、ちょっと鬱になりそう。
もっともこれは、美少女の神秘性や大人へと移ろいゆく時のはかなさ、それゆえの輝きを最も美しい形で映像に残したいという映画作家の想いの表れ。ひとつおおめに見てあげてほしいものです。
時代が変わり、女性の美しさの基準も移り変わって、最近では強さを併せ持つ女性こそ美しいという価値観が定着しつつあります。そんな流れを反映して、きっと美少女映画のトレンドも変わっていくのではないでしょうか。
ただ、ノワールこそが少女の美しさを引き立てるという美意識は、今後も形を変えつつ残っていく気がします。
美少女ヒロインの憂鬱は今後も続くことになりそうです。
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