【映画×仕事】ついていきたい!と思われる「リーダーの心得」を学べるオススメ映画

2015.11.02
ビジネス

映画好きなサラリーマン。

柏木雄介

leadership

出典:By   Ben Rosettより著者編集

あなたの周りに理想のリーダー、上司はいますでしょうか?

もしいない場合、どういった人がリーダーであるべきだと考えますか?また、自分が誰かのリーダーであるならば、自信を持って理想的なリーダーであると言えるでしょうか。

チームを円滑にかつ効率的にまとめ、そして人を行動に移させるために”リーダー”は必要になります。まさに”人の心を動かす”ことができる人こそがリーダーと言えると思います。

もちろん、人によって求めるリーダー像は異なるかもしれませんが、映画の中で登場する「この人こそリーダー!」と言える人を何人かピックアップしました。今回はD・カーネギーの『人を動かす』という本の名言と照らし合わせながら、映画のご紹介をしたいと思います。

『人を動かす』リーダーの3原則を映画から理解する!

人を動かす

D(デール)・カーネギーという人は、現代で言う企業研修の講師・コンサルタントなどをされた方です。

カーネギー氏の面白い所は、経歴が非常に様々であること。農家生まれで、大学卒業後に新聞記者、俳優、セールスパーソンなどを経験された後に、1936年に人間関係の秘訣を記した『人を動かす』を出版します。

経営者が勧める本や上司に読んで欲しい本として今でも読まれ続けている自己啓発本の名著です。

その本で述べられていることは、端的に言うと「とことん相手の立場から考えろ」ということ。”人を動かす”なんて上から目線のタイトルですが、人と良い関係になるには、相手の視点になることが一番であるということを様々な事例を元に説明しているのです。

「人を変えたい、動かしたい」という前に、いかに関わる相手の気持ちになれるかという「自分の考え方、行動」を変える方法を書いています。

至極当たり前のことしか書かれていないのですが、紛れもなく大事なことが書かれているので、仕事だけでなく人間関係を円滑に行いたいと思う人にも支持されています。とはいいつつも例にされている事例は50年以上の当時のことなのでピンとこない所も多々あります。

ということで、具体的にこの名著で書かれている『人を動かす』3原則に沿って、映画にも表現されている”人を動かす”リーダーを描いた映画をいくつかご紹介します。きっとこれらの映画のリーダー像を見れば、なんとなくこういった人が”人を動かす”人なんだと理解でき、それを少しでも見習い今後の人生に活かせるかもしれません。

①人を許すこと。『ペイ・フォワード/可能の王国』から学ぶ

ペイフォワード

リーダーにとって大切なことは、自分が思っている理念を分かりやすい形で多くの人に伝え、それを共感させ広めることができること

『ペイ・フォワード/可能の王国』という映画は11歳の少年トレヴァーが、「世の中を良くするためには何をしたらいい?」という学校の授業での課題の対して、“人から受けた親切を別の人へ回す”というアイデアを考え実践していく話です。

1人が別の3人に親切なことを行い、それを受けた3人がまた別の3人に親切なことをするというシンプルなこと。人を動かす人の共通点のひとつは、物事の本質をつき、それを実践する力があるのではないでしょうか。

どんな難関なことであっても諦めず、粘り強く信念を持って変えていこうとする姿勢。たくさんの人を動かした例として、この映画の主人公のした<ペイ・フォワード>から学べることがあると思います。

そして、この映画のもう一つ学べることが、”許す”ということです。

◆『人を動かす』3原則①”盗人にも五分の理を認める”

人を非難するかわりに、相手を理解するよう努めようではないか。

<ペイ・フォワード>には”自分ができないような困難なことを相手にする”というルールがあります。

家庭内暴力を振るう父親からのストレスにもよりアルコール依存症になってしまったトレヴァーの母親。彼女の母親もまたアルコール依存症でずっと距離を取って仲違いのままでした。

しかし母親もまた息子の<ペイ・フォワード>について知り、自分の母親を許すこをと決心します。誰だって間違い過ちを犯します。非難して遠ざけることは簡単ですが、相手のことを考えて広い心で認めることができることもまたリーダーとしての素質の一つだと思います。

②『マッドマックス 怒りのデス・ロード』から、他人を評価することを学ぶ!

マッドマックス 怒りのデス・ロード

今年爆発的に一部の映画好きから支持された映画、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』。この映画の面白さについては以下記事を参照していただくとして、こちらで取り上げる人物は、イモータン・ジョーという砂漠の中の支配者です。

参照:【レンタル開始!】ぶっちゃけドコがイイの?『マッド・マックス怒りのデス・ロード』 | FILMAGA(フィルマガ) 

なお、こちらについては都内で行われた映画イベント「“人生を面白くする映画”を観て語ろう会」でピックアップされた映画でありそちらで言及されたことを元にご説明します。

参照:第1回:“人生を面白くする映画”を観て語ろう会~「大ヒット上映中“マッドマックス”名作“スパルタカス」から学ぶ”リーダーシップ“とは~

※第1回目となる同イベントのメインテーマが”リーダーシップ”。“マッドマックス”から名作“スパルタカス”までジャンル問わず映画を通してリーダーシップについて深く学ぶ内容に富む充実したイベントでした。

◆『人を動かす』3原則②”重要感を持たせる”

人間は例外なく他人から評価を受けたいと強く望んでいるのだ。この事実を、決して忘れてはならない。

『マッドマックス』では荒廃した世界の中で貴重な水資源を求めて争いが起こります。イモータン・ジョーは、その世界における命とも言える水資源を独占供給し、その土地の者に秩序と生きる希望を与えることで強大なる力を得ます。そして、彼のカリスマ的な言動を神のように崇拝するものが武装集団であるウォーボーイズ。

重要感を持たせるとは、自分が重要な立場にあると感じることです。つまり、他人から評価されるということ。武装集団であるウォーボーイズは、支配者であるイモータン・ジョーのためなら自分の命を物ともせず捧げる覚悟を持っています。なぜならそれこそが生きる意味であり、このような環境の元で生きることの唯一の希望なのです。

だからイモータン・ジョーに名前を覚えてもらったり、目が合っただけで喜んだりするのです。つまり、イモータン・ジョーが指導者として優れている点は、生きる”尊厳”を与えている、あるいは与えるような環境にしているところにあります。

『マッドマックス』のような極端な世界でなくとも、私たちは生活していく中で他人から重要視されたい、賞賛されたいと願っています。その人のことを考えて本当に素晴らしいと伝えてあげること、感謝すること。それが含まれる”賞賛”だからこそ、もらった人は一生忘れないような気持ちになり、その人についていこうと思います

きっとウォーボーイズが名誉ある死を遂げたとき、周りが賞賛し、戦士として後世に名を残す仕組みを作ったのもイモータン・ジョーであり、そしてそれができる人が指導者として素質がある人だと思います。

③『デーヴ』から人の立場に立つことを学ぶ!

デーヴ

最後の3つ目の原則。

◆人を動かす3原則③”人の立場に身を置く”

人を動かす唯一の方法は、その人の好むものを問題にし、それを手に入れる方法を教えてやることだ。

誰だって、それが自分の利益になるかどうかは第一に考えることだと思います。人に手伝ってもらったり、お願いする時、自分の利益になることだけ前面に出して言ったところで誰がその人の話についていくでしょうか。相手が望むことを第一に考えて、相手の利益になるということが明確にすることができれば人は喜んで協力したくなります。

そのことが端的に分かる映画が、『デーヴ』。人材派遣業の仕事をしているデーヴは大統領にそっくり。本物の大統領が脳卒中で倒れたためにひょんなことから替え玉として大統領を演じることに。誠実でユーモアがあるデーヴが政治を改革していくヒューマン・コメディです。

国のトップリーダーである大統領の話に学ぶことができます。デーヴは国のリーダーとして驕ることなく国民全員に雇われていると考え、その国民が本当に望むものを提供しようと考えます。自身の保身しか考えない政治家とは一線を介します。

企業のトップでも、自分が雇ってやっていると考えている人には誰もついていかないのではないでしょうか?それよりも本当に働く社員の幸せを願って行動する経営者に追いていこうとするのは当たり前のこと。

また経営者でなくとも、営業の方であれば、自社の利益だけでなく、お客さんの利益を第一に優先にしているかどうかということも大事な視点の一つです。何にしても自分ありきの行動ではなく、相手の立場に身を置いて動けることが人を動かす秘訣であることは間違いありません。

映画を楽しみながら「リーダーの在り方」について考えてみては?

人を動かす力。自分一人の力では限界があるからこそ、人の力を集結してより良いものを生み出したいと考えることは仕事に限らず生活の中でよくあることです。でも、人によっては人を動かす力を使って、その人を誤った方向に陥させるリーダーもいることは間違いありません。

大切なことは冒頭でも記しましたが、「とことん相手のことを考えること」。人を動かす力を使って誤った道に導くことは論外であり、その人が本当に幸せな方向に導いてくれる人こそが、真のリーダーと言えるのではないでしょうか。

是非これらの映画を見て、自分にとっての理想のリーダー像を模索してみて”相手の視点”でもって人と接してみてはいかがでしょうか。

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  • クワン
    3.8
    この作品ほど、テーマとコンセプトはとても秀逸なのに、あまりに展開が哀しいが故に、子供たちになかなか見せられない映画は他にない。。 天才子役ハーレイ・ジョエル・オスメント(今の姿は想像してはダメ笑)のあの全てを見通すような澄んだ瞳。アカデミー賞俳優ケビン・スペイシーとヘレン・ハントの心揺さぶる演技。そして、社会科の授業で提示された「自分の手で、世界を変えるには?」という課題に対する少年のアンサーの可能性とそのリアリティ。 それはシンプルだけどユニークな少年のアイデア。受けた厚意をその相手に返すのではなく、身の回りにいる別の複数人に贈る、というもの。これがどんどん広がっていき、ムーブメントとなっていく。言葉は悪いが、善意のねずみ講ともいえる、けれど、そこには確かな可能性を感じる。映画の中でも、現実においても。 走り出した少年はだんだん気づいていく。心に傷を負ったケビンスペイシー扮する先生も、ヘレン・ハント扮する母も、大人たちの方が分かってはいてもなかなか実行ができないということ。その一歩がとてつもなく重いことを。その少年のピュアな想いと行動力にたじろぐのは、私たち含め大人の方なのだ。「うまくいかなくても時には仕方ない」とか「人間関係はそんな簡単ではない」とか。でも、少年は諦めない。「困難だから本物なんだ、勇気を出しさえすれば、できるのだ」と、歩みを止めない。 この映画を観た後、多くの人は自分も無償の善意を行ってみようかと思いにさせられると思う。でも、物語の展開がそんな理想では終わらせてはくれない。私が望んでいなかったこの展開がおそらく現実社会で、こうしたことを勇気を持って行動することの難しさと気高さをより深く伝えることになったのはわかる。 ただ、私にとっては、1人の少年が起こす奇跡を奇跡のまま、心高らかに味わわせてほしかった、、未だに私は10年以上前に観たこの映画を消化しきれてはいない。そして子供たちとも一緒に観ることができないでいる。それを考察するために、もう一度再見するのも気が重い。そんな複雑な思いを抱かせる映画だ。 ただ、大人では容易に信じることのできない理想の世界が、少年だけは信じ抜いた。ここに可能性が宿っている。それはわかる。この映画を観て多くの人は、そんな理想は、と思うかもしれない。でも、少年のまま大人になってしまったようなジョン・レノンが歌った「イマジン」の世界を本当に現実に移そうとしたら、この映画のアイデアもまた糸口になるのかもしれない。 そして、私たちも、もし自分の手で、世界を少しでも良く変えるには、どうしたらいいのだろう?そんな問いを心に抱くだけで、世界を見る視点と明日の生き方が変わるかもしれない。そんな示唆に富んだ、生きる視点を変えてくれる可能性に満ちた映画であることは間違いないと思う。 この映画で少年が描いた理想の世界と通ずる「イマジン」の歌詞を思い起こしつつ、少年のアイデアとその勇気を観ていると、健気な気高さに痛切に胸が痛くなる。 「イマジン」 想像してごらん 天国なんて無いんだと ほら、簡単でしょう? 地面の下に地獄なんて無いし 僕たちの上には ただ空があるだけ さあ想像してごらん みんなが ただ今を生きているって... 想像してごらん 国なんて無いんだと そんなに難しくないでしょう? 殺す理由も死ぬ理由も無く そして宗教も無い さあ想像してごらん みんなが ただ平和に生きているって... 僕のことを夢想家だと言うかもしれないね でも僕一人じゃないはず いつかあなたもみんな仲間になって きっと世界はひとつになるんだ 想像してごらん 何も所有しないって あなたなら出来ると思うよ 欲張ったり飢えることも無い 人はみんな兄弟なんだって 想像してごらん みんなが 世界を分かち合うんだって... 僕のことを夢想家だと言うかもしれないね でも僕一人じゃないはず いつかあなたもみんな仲間になって そして世界はきっとひとつになるんだ 今、こんな歌を歌っている人は、少なくなってしまったかもしれない。 そんなんで現実は変わらないと。全くもって無責任だと。 でも、想像力を失ったら、後には対立的観念と政治しか残らない。 気づくと、ここたった1年ほどで、世界も日本を取り巻く状況も大きく変わってしまった。そんな時、ただの理想は戯言として排除される傾向にある。米国が煽り、北朝鮮が暴発して、日本が甚大な被害を受ける可能性に想いを馳せるより、若者含め一部の人の間では、イケイケドンドンな思想も増えているとも聴く。そこに善意に満ちた、あるいは痛みを感じとる想像力が欠けつつあるのではなかろうか。 一方で、平和的理想を声高に叫ぶ人が少なくなってはいないだろうか。 自身の感性よりも、観念的な国家主権論や大義名分に委ねてはいないか。 政治が独り歩きして、なし崩し的に時代が進行してはいないだろうか。 怖いことを怖いと言えない風潮が強くなってはいないだろうか。 恐怖をもって、恐怖を制するスパイラルに歯止めは効くのだろうか。 世界に自分のひとつの想いが影響を与えるなんて、ありえないと無力感を感じている人は多い。事実、私もそうである。 ジョン・レノンは「僕のことを夢想家だと言うかもしれないね」と言ったけど、私は昔、先輩に「夢想家になるな、理想家になれ」と言われた。ただ、時に理想家が突き詰めた先に、対立を深めているパラドクスがある。善意よりも観念が先行する恐ろしさ。正論が想像力を凌駕する頑なさ。今はそれが日増しに強まっているように思う。 私の感じていることは生易しく、甘っちょろく、無責任なのかもしれない。でも今は、この映画の少年や「イマジン」のジョン・レノンや「ライフ・イズ・ビューティフル」のグイドのような夢想家がもう一度力を持てる時代になって欲しいと心から願っている。アーティストやクリエイターが奏でる音楽や映画の世界ではその善意の想像力をどこまでも果てしなく放射してほしい。こんな時代だからこそ、そこに力を失ってはいけない、と強く思う。
  • KaiKanayama
    3.7
    この結末にする必要があったのか
  • omayun
    3.1
    記録
  • かぜし
    4.2
    記録用
  • stkc
    -
    記録
「ペイ・フォワード 可能の王国」
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