【ネタバレ】『ゼロ・グラビティ』に隠された“寓意”

2016.06.10
ネタバレ

Why So Serious ?

侍功夫

6月10日ゼロ・グラビティが民放初放送されます。

地球から彼方上空、周回軌道上の人工衛星メンテナンスをしていたスペース・シャトルのクルーがスペース・デブリの襲来によって宇宙に放り出されてしまうSFスペクタクル作品です。劇場公開時に大ヒットを記録し、アメリカのアカデミー賞監督賞を始め、各映画賞を受賞した傑作です。

「取り残された宇宙からの帰還」というサスペンスをただただ手に汗握って鑑賞するのも良いですが、この映画には、とある寓意がかなり明確に込められています。本項では、その“寓意”を詳らかにしていこうと思います。

当然、映画の“オチ”にも言及したネタバレになりますので、これから初の『ゼロ・グラビティ』鑑賞になる人は見た後でお読みください。もう見た人は以降の記事を踏まえて、再見してみると新しい発見があるかもしれません。

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IMAX/3Dを前提とした作品

映画が始まると、点々と小さく星が瞬く真っ暗な宇宙空間の中、スペースシャトル船外活動をする主人公ライアンサンドラ・ブロックを正面に捕えた映像が続きます。その周囲ではマットジョージ・クルーニーが上下関係無く飛び回っているので、見ていると並行感覚を失いお尻が浮くような感覚になると思います。劇中、宇宙慣れしたマットがライアンを気遣い「吐き気はあるか?」と何度も聞く、その言葉は見ている鑑賞者へも向けられているものです。

彼らの平穏な宇宙遊泳も猛スピードで飛んでくるスペース・デブリの襲来により終わります。身体を固定していたバーが折れてしまったライアンは回転しながらシャトルから遠ざかってしまうのです。上から下へ光が回り、地球やシャトルが過ぎ去ってまた現れることで、鑑賞者も平行感覚を失った上に、めまぐるしい光りの点滅で三半規管をゆさぶられ吐き気を催します。

『ゼロ・グラビティ』は公開当時「IMAX3Dでの鑑賞」が強く勧められていました。暗闇の映画館の中、IMAXの足元まで伸びて視界を覆うスクリーンに映される高画質で奥行きのある真っ暗な宇宙空間は、劇場とスクリーンの境目を失わせ、吐き気を催させるのも込みで、映画の登場人物と一緒に宇宙空間に放り出された感覚を体感させるのが製作者の意図だったからです。

射精と受精

「宇宙からの帰還」というSF的でサスペンスフルな題材の『ゼロ・グラビティ』ですが、その展開は「生命の誕生」になぞらえていることが解ります。

モンティ・パイソンのコントなどでも宇宙ロケットの発射は「射精」の象徴的な表現になります。ただ、本作ではシャトルの発射(射精)自体は描かれていません。映画が始まるとすでに宇宙飛行士(精子)は宙を漂っています。そこへロシアの衛星爆破が意図せず連鎖を起してしまい、通信に使っている衛星を破壊した上、彼らを宇宙に放り出します。

マットとライアンが協力しながら向かうソユーズのポッドは「精子が受精する卵子」でしょう。基本的に1つの卵子には1つの精子しか受精は出来ないことから、マットの死は必然となります。先に“受精”したライアンが宇宙服を脱いで胎児のように漂う姿はその象徴です。

ライアンはポッドから通信を試みますが、言葉が通じない何語なのかも不明な、どこの誰とも知れない人物に通じてしまいます。これは妊娠した女性のお腹の中にいる胎児とのコミュニケーションに似ています。

まだ言葉も解らない胎児に向かって話かけても、胎児は足を延ばして蹴るくらいしか反応できません。劇中のライアンも犬の声を聞き、犬の鳴きマネをするという原始的(幼児的)な意思疎通しか叶いません。通じているんだかいないんだか解らないコミュニケーションしか成り立たないのです。

発進と着地

通信機が繋げた、ドコの誰とも知れない相手が話す声の向こうから赤ん坊の泣き声が聞こえてきます。この泣き声はライアンに、自分の子供を、ちょっとした、ほんの些細な理由で失っていることを思い起こさせ、生と死はいつでも入れ替わることだと改めて思い出します。「赤ん坊」という究極的な「生」の象徴は、彼女にとって、むしろ「死」を連想させるのです。

ソユーズの推進用の燃料が無くなって、中国の衛星までたどりつけない彼女は「死」を覚悟します。しかし「生」と「死」が隣り合わせで存在しているのと同じように「発進」と「着地」も同じだと思い出します。

「偶然予備の電源があったんで帰ってきた」と超然とハッチを開けてポッドの中に入ってきたマットは、着地の際の逆噴射を推進力として使えと示唆してフッと消えます。

本来であればこういった場面は、訓練中の様子を挿入する等のフラッシュ・バックで描かれますが、本作では地上でのシーンは映画の統一感を損ねるため封印しています。そこで、メキシコ出身のキュアロンらしくラテン・アメリカ的マジック・リアリズム(非日常的な事柄が平然と表現される)で切り抜けるのです。

生と死

他の宇宙飛行士たち(受精できずに死んだ精子)の替わりに唯一ポッドに辿りついた(受精した)以上、死を前提とした生(出産)へ向かうのは必然です。ライアンは中国の衛星「天宮」のポッド「神舟」へ向かいます。

本作におけるタイムリミット=スペース・デブリの周期は、出産における「陣痛の間隔」もしくは「十月十日(とつきとおか)」になるでしょう。重力により落下を始めている「天宮」にたどりつくと、ポッド「神舟」を切り離して大気圏に再突入します。ライアンは無事に地球へ生還を果たし、湖へ着水します。

浸水して沈んでしまったポッドからかさばる宇宙服を脱いで裸同然の格好で脱出するのは、モチロン出産の象徴です。

岸に辿り着いたライアンは、宇宙空間の無重力に慣れた身体を思うように動かせず、始めは這いつくばり、次第に四肢をふんばって四つんばいになり、最後にとうとう立ち上がります。
この場面は自分の重さを自覚せず羊水に浮かんだ胎児が出産で産み出され、重み(原題:Gravity/重力)を感じ、最初は身を起こすことも出来ずに這いつくばって、次第にハイハイを始め、そして立ち上がる様子を現しています。

メメント・モリ

遊園地で「絶叫マシン」と呼ばれる乗り物は、安全に“死”を体験できる装置だと言えます。回転したり座席がブランコの様になったりと、技術の進歩に伴い、より恐ろしい体験が出来るように進化してきています。

コンピューターによる複雑な物理計算が可能になり、技術的に安全にスピードを落とすことが可能になり、最終的に「猛烈に高いところから落ちるダケ」というフリーフォール系のマシンが誕生します。これは、ズバリ飛び降り自殺の疑似体験マシンです。

一部の人々は好んでこれらのマシンに乗り、本来なら死んでしまう状況を楽しんで体験します。これは普段の生活では滅多に体験できない“死”を身近に感じ、“生”を強く意識しようという行為です。

こういった行為は絶叫マシンに限った話ではありません。文学や絵画など多くのジャンルにも「死の疑似体験」もしくは「死」と向き合う作品は存在します。もちろん映画でも「死」は人気のテーマです。ホラー映画やサスペンス映画など、殺されるかもしれない人を見て、死を思い、恐怖し、今の生(せい)を実感するのです。

これら、死を意識して生を感じようという心持ちを「メメント・モリ」と言います。ラテン語で「死を記憶せよ」という意味で、転じて「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」という警句です。

映画では、特殊メイクアップ術やCG表現の進歩によって、よりドラマチックな“死”の演出が可能になってきました。そんな中でも最も新しい技術と言えるのが「IMAX」と「デジタル3D」でしょう。視界を覆う大きなスクリーンと高い解像度で、信じられない様な光景が、奥行きのある映像で写し出されます。

この最新技術を用いることを前提とした作品が『ゼロ・グラビティ』です。

真っ暗な劇場、高い解像度で表現された奥行きのある宇宙空間に観客を突き放ち、死を体感させることで生を際立たせるのです。生を受けた以上、必ず死は訪れます。「生きている」ということはすなわち「死に向かっている」ことです。「生」は「死」の前提で初めて現れる概念です。

「死の疑似体験」をコンセプトに据えたことで、必然的に「生」を描くことになった『ゼロ・グラビティ』が「死と再生」という物語になったのは、全く必然的な帰結なのです。

なので、テレビ放映やDVD/BDなど、家での鑑賞では外からの光りが入らない様にカーテンを閉めて、電気を消して部屋を暗くして、モニター画面になるべく近づいて…… といった状況での鑑賞をおすすめします。

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  • nkj0903
    3.5
    泥酔状態で観たら、気持ち悪くなった。くらい映像技術としてはすごい
  • ShuNagayama
    3.5
    本当に宇宙空間にいるみたいな感じがした。 これは映画館で見てこそだと思う。 クルーニーもかっこいいよ。
  • KLOOZ
    3.5
    宇宙恐怖
  • はる
    -
    記録用
  • きゅん
    3.6
    映像がすごい、内容は中盤退屈。最後はいいね
「ゼロ・グラビティ」
のレビュー(54197件)