絶賛公開中!『FAKE』衝撃のラスト12分をドラゴンボールのアナロジーで読み解く

2016.06.17
邦画

Why So Serious ?

侍功夫

聾唖の作曲家として「現代のベートーベン」とも評された佐村河内守さんは、2014年2月5日に行われた新垣隆さんの告白により「ペテン師」のレッテルを貼られることになりました。いわゆる「ゴーストライター問題」です。

その後の新垣さんの仕事を選ばぬ大活躍はよく知られているところですが、一方で佐村河内さんはメディアからほとんど姿を消してしまいます。そんな“姿を消していた”頃の佐村河内さんと奥さまのかおりさん。そして彼らの愛猫に密着したドキュメンタリー映画FAKEが現在公開中です。

まだ公開劇場の数が少なく、上映館では平日でも満員札止めを出す盛況が続いているそうです。

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(c)2016「Fake」製作委員会

オウム真理教から見た日本

『FAKE』を監督したのは森達也さんです。テレビ討論会などに度々登場しているので知っている人も多いと思います。

テレビのドキュメンタリー番組ディレクターとして、女子プロレスの前座でコミカルな試合を見せていたミゼット・プロレスラーや、放送禁止の歌などなど、テレビ業界ではタブーとされる題材で番組を作ってしまうことで有名です。

そんな問題作だらけの作品群の中でも森監督を現在の存在へ押し上げたのが、劇場公開作Aです。

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1995年3月。「地下鉄サリン事件」と呼ばれる狂ったテロ犯罪が、カルト教団「オウム真理教」教祖の松本智津夫の指示の元、一部信者たちにより決行されました。

事件発覚後、犯行に関与した幹部や実行犯らが軒並み逮捕されます。それまで饒舌にマスコミを牽制し続けた広報部長の上祐史浩も別件逮捕され、替わりにいかにも気弱な青年、荒木浩が広報として矢面に立つこととなります。『A』は、その彼を追ったドキュメンタリー映画です。

信じられない話ですが、当時多くのマスコミはオウム真理教に対し、常識的な取材手順を踏んでいませんでした。施設に突撃し塀の隙間からレンズを突っ込んで勝手に撮影すると、憶測と悪意に満ちたナレーションにオドロオドロしい音楽を加えて放映し、視聴者の憎悪を掻き立てるのがオウム真理教に対する常套手段だったのです。

そんな中で森監督はアポイントを取って、取材許可を貰い、施設内に入り、撮影をしていきます。そうして出来た作品が映し出したのはオウム真理教側から見える、断罪しようとするあまり常軌を逸してしまった人々の姿でした。

中でも、公安警察官による「転び公妨」(わざと倒れて公務執行妨害罪で現行犯逮捕する別件逮捕の手段で、モチロン違法)の様子は、ショック映像の域にまで達したスクープだと言えるでしょう。

ネコと豆乳とケーキ

その森監督が手がけた最新ドキュメンタリー作品『FAKE』でも、佐村河内さんに密着することで、佐村河内さんから見た「ゴーストライター問題」と、関係した人々の姿こそが写しだされていきます。

「茶化して取り上げる気は無い」と熱心に出演依頼をするバラエティ番組のプロデューサー。外国人らしい歯に衣着せぬ直裁すぎる質問をぶつけてくる海外メディア。義憤にかられマンション前に設置した消火器を放り投げる人……、さまざまな人物が現れては去っていきます。

中でもおどけた様子でテレビに出演し、果てはファッション・モデルとして雑誌に登場するに至る新垣さんの変容ぶりと、それを複雑な表情で見つめる佐村河内さんの様子は、本作の中でも屈指の爆笑ポイントと言えるでしょう。

また、佐村河内さん夫婦の普段の生活ぶりも詳らかにされていきます。来客時には、それがどんな相手であっても必ず洋菓子を準備して振舞う奥さま。食事をする前に豆乳をガブ飲みしないと気が済まない佐村河内さん。そんな2人の間を気ままな様子で行きかう愛猫。そういった“他人の生活”を覗き見る、ゲスな好奇心も掻き立てられてしまいます。

そして、終盤では波風だらけの世間から隠れて、ささやかな毎日を送る2人に対し森監督は“とある提案”をするのです。

かん口令の敷かれた「ラスト12分」

『FAKE』の試写会では「ラスト12分に起こる事柄」についてかん口令が敷かれていたそうです。筆者は何の制約も無い一般公開後の自腹鑑賞ですが、確かに本作ラスト12分は驚きに満ちた映像だと言えるでしょう。そこで、試写のかん口令には従いつつ、「ラスト12分」を漫画「ドラゴンボール」のアナロジーで解説してみようと思います。

一応、何が起こるのか明確には書きませんが、是非先に、劇場での鑑賞を強くオススメします。

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「ドラゴンボール」において、悟空やトランクスなどサイヤ人の血を受け継いだキャラクターたちの戦闘力インフレ化によって、ヤムチャやクリリンなどの地球人キャラクターたちは「へタレ」のそしりを受けています。特にヤムチャは相手に向かって挑発的な態度を取りながら、結局は殺されてしまう姿がミーム化され、笑い者にすらなっています。

サイヤ人編で地球に来たラディッツが偶然居合わせた農民を「戦闘力たったの5か…… ゴミめ!」と見下します。その後、悟空とピッコロの2人がかりでようやく倒したラディッツさえも、ベジータやナッパからは「よわむし」と貶されていました。

「ドラゴンボール」の世界では「スカウター」の存在により、戦闘力は数値として絶対的な評価が出ますが、私たちの住んでいる現実世界ではそこまで明確に強弱や良し悪しを表現できるものはありません。評価は必ず漠然と、相対的なもの(「あの人よりこの人の方が強い」等)になります。

サイヤ人編の時点でスカウター無しで登場人物たちを評価した場合、ラディッツは悟空とピッコロ2人合わせたよりも強く、悟飯はそのラディッツよりも強いということになります。この4人の下にヤムチャやクリリンがいて、その遥か下に「戦闘力5」の農民がいます。そして、現実世界の私たちは農民と同じレベル(見知らぬ宇宙人に向かっていく農民の攻撃性を考えれば、彼以下と考えるのが妥当)になります。

ラディッツは悟空やピッコロですら「弱い」と表現するでしょう。ましてやヤムチャのことは「へタレ」と形容するかもしれません。だからと言って私たちは「ラディッツが言っているのだからヤムチャはヘタレだ!」とバカにすることができるでしょうか?

「強い」「弱い」に限らず、様々な事柄を形容する、ほとんどの言葉は発言する人によって大きな意味のふり幅があります。誰かが言った言葉は、自分が使う同じ言葉と、全く同じ意味は持ちません。言葉は発言者によって意味を変えてしまうのです

2014年2月5日、新垣隆さんが会見の中で佐村河内さんの楽器演奏について「(ピアノは)非常に初歩的なレベル」だと答えました。

かつて、佐村河内さんを批難していた私たちは、どれほど彼のことを理解していたのでしょうか?

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  • ピカチュウのパパ
    4.0
    面白い! 見ている間と見終わった後様々なことを考えてしまう。 これは全員に見てもらいたい。 全員の感想を聞きたい。 それぐらいの何か突き抜けたものがある。 短時間で感想を済ませたくないので後でちゃんと書きます、、
  • YukiKawahara
    -
    #yukimovie2017 23
  • sato
    -
    豆乳のとことアレンジしちゃいましたって言うとこでめちゃくちゃ笑った
  • らいち
    4.0
    新作DVDレンタルにて。評判の高さは聞いていたけど、これは面白い。 世間を賑わせた「嘘つき」作曲家、佐村河内氏が事件発覚後、潜伏していた私生活に密着したドキュメンタリー。事件の当事者である、佐村河内氏、新垣氏、そして、事件をスクープした記者の3者の証言が必要だったが、新垣氏と記者の取材拒否により、佐村河内氏側の見解しか拾うことができていない。でも、本作は事件の真相に迫った映画ではないので全く問題なし。新垣氏らからインタビューが取れていたら、全く違う内容になっていたかもしれないけど。 描かれるのは、生々しい人間の恨みと妬みの光景。新垣氏がメディアでもてはやされている様子を、佐村河内氏がしっかりウォッチしている様子が絵に描いたようなベタさで面白い。佐村河内氏からすれば「共犯」であったはずの新垣氏が、自身を一方的に貶め、メディアによって英雄化されているのが堪らなかったに違いない。佐村河内氏の言い分は報道メディアのフィルターによってかき消され、激しい不信感に変わっている。実際に佐村河内氏から発せられる話は初めて聞くことばかりだった。 「あなた(佐村河内氏)を絶対に悪者にしない!」と出演交渉をしてきたテレビ番組スタッフは、彼が出演を拒否し、新垣氏が代わって出演すると、新垣氏の言い分だけを取り上げ「やっぱ酷い奴だったんですね~」と番組構成を180度変える。テレビメディアの在り方をここまでわかりやすく描いた映像作品も珍しい。そんな番組スタッフらを指して「彼らには信念がないんですよ」と言い切ってしまう(言い過ぎ!?)監督の個性も本作の1部といえる。そんな監督と佐村河内氏の信頼関係や、駆け引きみたいなものも本作の引力になっている。「心中」覚悟と言った監督の真意、音楽に再び向き合った佐村河内氏の真意は、本作の結末を見る限り知ることはない。本作自体が「フェイク」というオチは考え過ぎかな。地味な画が続くなかで、可愛い猫と、多種類なケーキが良いアクセントになっていた。 【70点】
  • エスカルゴ
    3.8
    2016京都シネマBEST10 豆乳は注ぎ口を上にすると 注ぎ易いよ 個々が簡単に情報を発信できる世の中だから真意を見極める眼を養わなければ 光と影、影と光 せめて両方をみる余裕 視野を持ち合わせておかないと
  • カトウカズキ
    2.5
    全部嘘っぽく見えちゃう
  • がい
    3.8
    自分をネタにされた笑えないバラエティを見る辛さ それを上回るお父様の辛さ このラストもしばらくは頭から離れないわ
  • KoukiKonishi
    3.7
    時に偽物は本物を上回るからな。 どれが本物なのかわからない。
  • はたかまじゃないよ
    -
    2017.3.22@キネカ大森 《もう一度キネカで観たい、邦画ドキュメンタリー2本立て》 十二人の怒れる男をぼんやりと思い出しつつ。ドキュメンタリー映画としてはかなり正しいのではと思いましたがいかがでしょう。猫の目。
  • NKYM
    -
    豆乳がすき
  • ふふひ
    -
    自分が無意識に持ってた構図が前半で、ほとんど逆転し、クライマックスで大きな感動をしたが、最後の最後でこれも一定の感情に誘導するものでもなかったかと一気に不安に襲われた。 観ることができて本当に良かった。
  • おっちゃん
    4.2
    彼はオウム真理教・東京電力問題などアリとあらゆる社会問題に対して常に厳しい発言を繰り返している。(本当に)偶然今読んでいる「下山事件 最後の証言(柴田哲孝著)」にも名前が出てきたのだが、彼自身「下山事件(シモヤマケース)」を書き下ろすなど多方面に昔から名の知れるライターである。 そんな彼がこの映画で取り上げたのは「佐村河内氏ゴーストライター事件」である。 難聴である佐村河内氏はかつて「現代のベートーベン」と言われたのだが、実はゴーストライターとして新垣氏が作曲を行なっていたという。この事件発覚後、興味を覚えた森達也が彼ら夫婦の生活を追うというドキュメンタリー。一見、この事件の真実は何かということを彼は追っているかのようであるが、実はそれは違う。 「映像はどこまでいっても、物事の一面に光を当て、映し出しているに過ぎない。しかもそこには作り手の意思が必ず介在する。だからドキュメンタリー≠ノンフィクションではない、つまり(私たちは)メディアリテラシーの視点をきちんともつべきだ」と訴えたいのだろう。 「私にこれ以上隠していることはありませんよね?」と問いただす森達也。うつむいて数秒考える佐村河内氏。口を開こうとした瞬間に映像が終わりエンドロールへ。 ・・ ともすれば、全体的に佐村河内氏の側に立ち、彼を擁護するような作品のようにも見えるが、「それも結局は作り手(メディア)しだいだよ」と言わんばかりで、「だからメディアは危険だよ」というメッセージだと私は受け取ったが、違うだろうか。
  • ぽにょ
    2.8
    なんかなぁ…っていう作品やった。
  • マイアミ
    3.8
    やっていることはスゲー面白いけど、言っていることは意外と凡庸、って思ってた。 だけど、著名人コメントを見返してみると、言っている事の重要さが分かるし、何よりここまで映画内のすべてを、意図的に疑いたくなる映画もなかなかない。 楽しかった!
  • 三好愛
    3.8
    メディアがフェイクなのか佐村河内がフェイクなのか夫婦愛がフェイクなのか監督がフェイクなのか猫すらフェイクだったのかなみたいな。
  • プリン
    2.6
    なんだチミは、みたいな映画。 少し、期待し過ぎた。 これってドキュメンタリー映画と言っていいのか謎な映画。 ドキュメンタリーは、ドキュメンタリー何だけど果たして、カメラが写しているものが真実かどうか何も担保されていない。そもそもドキュメンタリー映画って何か分からなくなる作品。 個人的には、ラストが少し拍子抜けした。なので評価は、低め。
  • すしピープル
    3.4
    フェイク佐村河内のリアルに迫っているのかと思えば、見終わった瞬間「あれ?」と混乱してしまう。 フェイクとは、一体、誰の何のことだったんだろう。ほんとこの監督さん、人が悪い(褒めてる) 無言の表情こそすべて。
  • encomiment
    3.8
    自分が見たものではないならば、この作品でさえ疑えというメッセージを強く印象づける終盤の構成が見事。 佐村河内は、客人が来ると必ずケーキを出していた。 "C"(AKE) と"F"(AKE)の間には何がある? "DEF"、つまり"De(a)f=聴覚障害者"。(冗談ですよ) 佐村河内の聴覚が本当はどうなのか、それを知る由はなく、本人もそれを伝える術を持たず、森達也氏もそこは分からない。 真実は常に言葉と言葉の間にある。
  • まこ
    3.8
    最後の20分くらいは見てよかったと思う。 これまでモヤモヤしてたのがちょっとスッキリした。 しかしあの終わらせ方はずるい。
  • ナホ
    -
    点数の付けようがない。 何が真実なのかわからない。 途中で止めたくなるくらいこちらが恥ずかしくなるのに、結局最後まで観てしまった。 唯一真実に写ったのは、聴覚障がいのあるブロガーの見解。確かにあの会見での記者はひどかった。 どこまで本当かわからないのだが、今現在は佐村河内さんは何をしているのだろう。 佐村河内家の猫が可愛いわー
  • mimitakoyaki
    4.2
    見たかったのに見逃してたドキュメンタリー、京都シネマでやってくれて遅ればせながらの鑑賞ですが、面白かった! というか、まだ頭ん中を整理できないくらい、なんやかんやをグラグラと揺さぶられてしまいました。 わたし自身は、佐村河内さんの事は耳が聞こえないのに才能がある音楽家という事くらいしか知らなくて、彼の音楽も一度も聴いたこともなくブームに無頓着だったわけですが、それでもゴーストライターの件では、かなり衝撃的に報道されてたので、騒動に関しては関心持ってというか野次馬根性的に見てました。 今作はその後の佐村河内さんに密着したドキュメンタリーであり、テレビなどに出まくる元相棒の新垣さんとは対照的に、佐村河内の方は人目を避けるように暗幕の様な遮光カーテンを閉めた暗い部屋に引きこもり、奥さんと猫と一緒にひっそりと暮らしていました。 佐村河内はほんとに耳が聞こえないのか、そのうち何か物音や会話の中で反応してボロを出すのではないかと思いながら見てたり、この人の言動のどこまでが本当なんだろうかとか、やはり一連の報道から植え付けられた「ペテン師」的な胡散臭いイメージがあるものだから、はじめからどこか疑いの目で見てる自分がいました。 しかし、メディアがある種暴力的に作り出したイメージでしか物事や人を見れなくなって、決めつけてしまう事が、佐村河内本人だけでなく、佐村河内の父親にまでも容赦なく傷つけ苦しめてるのを見て、ちょっと不正をやらかしてしまった個人に対して集団で徹底的に袋叩きにするようなメディアスクラムや、そこに乗せられてしまう事の恐ろしさを感じたし、フジテレビからバラエティ番組出演の依頼があり、佐村河内が断ったら新垣さんが代わりに番組に出てて、芸人たちにイジられてくだらない事をさせられて笑いになってるのを見ると、面白おかしくしてネタとして消費することしか考えてない軽薄さを感じて、それがとても不快でした。 と同時に、それを面白がって見ることも同じく軽薄であると思ったし、自分はどうなんだろうかと、誰かを笑い者にして、あるいは攻撃されてるのを見て溜飲を下げるようなマネをしてないだろうかと突きつけられているようでした。 フジテレビのバラエティ番組とは対照的に、外国のメディアが取材に来た時は、核心を突く鋭い質問を次々としていき、佐村河内が答えに窮する場面が何度も見られましたが、ネタとして消費することしか考えてない、或いはいじめ的にスキャンダラスに騒ぎ立てて攻撃するのとは違う姿勢を感じ、メディアのあり方も考えさせられました。 森達也監督の作品は、オウム真理教に密着した「A」のシリーズを見たくらいですが、世の中からレッテルを張られている対象に迫り、その決めつけられたイメージだけではない彼らのまた違った一面を見ることで、ある一面だけを見て決めつける事やメディア批判をしていましたが、今作でも同じテーマを感じました。 ドキュメンタリーの作りとしても面白く、森監督は佐村河内を誘導することまでしてるんですよね。 それで、最後らへんのくだりでは、佐村河内に対する見方も変わって来て、安堵したところにもってきて、最後の監督の一言と佐村河内の反応に、またグラグラーっと揺さぶられ、何が本当なのか全くわからなくなって混乱してしまいました。 なんだか、見てる者が試されてるような気がしています。 46
  • amashin
    4.0
    佐村河内守氏の例の騒動後を追ったドキュメンタリー。というか、タイトル通り森達也監督のエンタテインメント作品。ラスト12分は衝撃と言うよりあれが監督が佐村河内氏に仕掛けたFAKEだ。
  • mirokuma
    4.0
    佐村河内さんがまだ栄光の中にあった時、彼が書いた本を読んだ。耳が聞こえないという核心部分に至ると記述が曖昧になる感じがあって、事の顚末が分かった時には、その時の違和感が理解できた気がした。それでこれ以上映画で明らかになることがあるのだろうか?と思いつつ映画を見た。 映画で明らかになったのは、監督の森さんの、人と仕事に対する極めて誠実な姿勢、世間をはばかって生きる佐村河内さんにとことん寄り添う姿だった。そして佐村河内さんに寄り添う奥さんの誠実さ。こんな人が彼のそばにいようとは思ってもいなかった。 森さんの、自分は2人を撮りたかったんだなぁという言葉に嘘はないと思う。森さんがやろうとしたのは、疑惑を明らかにすることよりも、佐村内さんの人生を再生することなのではないかとも思えた。 ラストは決して甘くはなかったが、それでもこの映画で佐村河内さんが、一歩を踏み出されることを願う。奥さんの為にも。
  • minorityhub
    4.6
    ゴーストライター事件を佐村河内氏の視点から描くドキュメンタリー映画。 彼の悲しみが痛いほど伝わってくる。 そして自分も音楽に多少なりとも関係してきた立場の為、この映画はとても興味深い内容だった マスメディアの情報を鵜呑みにするのではなく少しでもいいから疑いの心を持つべきだし、他者に対しての寛容の心も大切だと感じた。 彼の聴力の話だが、ナアナアで返事しちゃったり、読心術や読唇術が得意だったり、ツーカーの仲になれば聞こえなくても通じちゃったり、色々な可能性が有るのではないだろうか。 ただ単純に白黒つけようとするからおかしな事になると思う。 世の中は弱肉強食である。 そして働く者たちは生活の為にお金を稼がなければならない立場であり、そこには多少の欺瞞が存在しても致し方ないと考える。 英語圏の外国人の記者がストレートに核心を突いた質問をしてくるシーンで、佐村河内氏の音楽家としての自覚の無さが浮き彫りにされたかのように思えた。 しかしその思いが覆される、図ったかのような衝撃の終盤! そしてクールなラスト! こんなドキュメンタリー映画はいまだかつて観たことが無い! 佐村河内氏と新垣氏との、音楽家としてのゴールデンコンビをもう一度見てみたいというのは叶わぬ願いだろうか。 あくまで「音楽家としての」であるが。
  • ささくれ
    3.8
    ゴーストライター騒動で世間を賑わせた音楽家、佐村河内氏の密着ドキュメント。 当時、映画館に行きたかったけどタイミングが合わずソフト化を待ってました。 ハンディカメラで撮られる映像に自分がその場にいるような感覚にとらわれながら、興味深く鑑賞。 インタビューや、出演交渉に訪れるテレビ局やマスコミ関係とのやり取りもさることながら、佐村河内氏が自分のことを取り上げてる番組や、新垣さんの出演映像を見続けてるのは何の為なのか… 騒動後、新垣さんがテレビなどで即興でピアノ演奏などを披露し、その音楽センスはダイレクトにこちらに伝わるものでしたが、片や音楽家でありながら映像の大半からは佐村河内氏の音楽性を感じさせる物が少しも伝わってこないこのドキュメント。 それに対して問いかける監督の言葉。 その言葉に対して、彼は音楽を奏でることはあるのか。 最後まで鑑賞する価値はあると思います。 重くなりそうな題材なのに、私はちょいちょい爆笑してしまいましたw 中でも、佐村河内氏の奥方と飼い猫が登場人物として興味深かったです。 ニャンコのカットは必見ですよ(笑)
  • 4.5
    ゴーストライター騒動の佐村河内守氏を追ったドキュメンタリー。 思ってたのと違った。引き込まれたし、圧倒された。「思ってたのと違う」というのはたぶん今までテレビのテレビ的な演出に毒されてきた結果だと思う。劇中に登場するバラエティー番組のひどさには目を覆いたくなった。 この映画はやや佐村河内氏寄りではあるけど、どちらが正義でどちらが悪であるかというようなことは主張していない。 結局、本当のところは当事者たちにしか分からないし、当事者同士で見方が違うということも多分にあるはずだと思えた。 なのに、あの騒動ではほぼ一方からのみの主張と外野の声が強すぎた。そこが問題だった。 ネコに助演賞をあげたい。
  • あもすけ
    -
    報道のされ方とかバラエティ番組での取り上げられ方とか、信念がないという言葉もあったけど、信念があったとしてもそれぞれの信念が扱われる個人をひとりの人間として尊重することに重きを置いていないように感じた。それぞれがそれぞれの重視する目的に向かって作っていく大きな流れのなかで、当事者がどういう思いをしているのか、というのを見たように思う。全体を通しても、終わりのところでの二人を撮りたかったという言葉からも感じられたのは、色んな方面からの報道のなかで取りこぼされてしまっていた部分で、真偽がどうだから彼はどうだ、という測り方ではないところの見たままを受け止めて思った。観終えてしばらくあれこれ考えながら今こんなふうに思いながら、観終えた瞬間はその終わり方の衝撃で声出しながらジタバタした。
  • mk
    3.2
    良くもなく悪くもなく。
  • LB59
    3.2
    森達也のいい意味でいつもの感じ
  • Julie_0709
    3.5
    2017年25本目 面白かった!わたしが感じる日本の報道の違和感が描かれてた。
「FAKE」
のレビュー(2870件)