【魅力はキャストの狂気的な演技力】話題の映画『怒り』を通してLGBTを考える

2016.10.12
邦画

愛と自由と無限が大好きな私と、映画

GATS

李相日と吉田修一が監督と原作者タッグで挑んだ『悪人』から六年が経った。そして去る9/17、二人が新たに製作した『怒り』が公開され、今また波乱を呼んでいる。

怒り

(C)2016映画「怒り」製作委員会

タイトル通り怒りをテーマに展開するストーリーと、それを誇大化させる蒸し暑さが延々と続くその映画はそのキャストたちの狂気的な演技力が魅力だ。同時に社会問題などの時事的内容を含んだ映画で、とりわけ私が注目したいのは、同性愛者たちの描写である。

近年、頻繁に日本でも問題視されてきたLGBT問題。レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシュアル(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)それぞれの頭文字を取り、それらを意味する総称だ。

セクシュアルマイノリティの運動が欧米を中心に盛んになった1960年頃から、少しずつ意識されるようになってきたLGBT問題は、海外の映画界において著しく描かれてきた問題でありながら、日本では露骨に描かれてこなかったように思う。しかし本作では現代の同性愛の描写が鮮明に描かれている。

LGBTと距離を置いてきた人たちも、多く知らない人たちにも怒りなどを通して、LGBTについて是非考えてみて頂きたい。

『怒り』を通して怒る

怒りは千葉、沖縄、東京という3つの舞台でそれぞれ違ったテーマ、怒りについて繰り広げられる群像劇だ。

怒り メイン画像

(C)2016映画「怒り」製作委員会

千葉

・貫禄を思わせる日本の父親らしい役の渡辺謙
・どうしようもない不思議なおてんば役を演じる宮﨑あおい
・突如その家仕事に参加し、居候を始める松山ケンイチ

が登場する千葉を舞台にしたシーンは、性風俗店とその身内の苦悩にスポットが当てられる。

沖縄

・バックパッカーを続け、その日暮らしをしている自由な森山未來
・彼を見つけ、興味を示し始める無垢な高校生役の広瀬すず
・彼女の友人役、新鋭ながら他に劣らない佐久本宝

らが登場する沖縄では、今メディアで注目される普天間基地・辺野古移設問題が取り上げられる。

沖縄県民の生活の危惧からくる不安や、基地移設の訴えをスクリーンを通して、改めて実感させられた。また米兵による少女への性暴力など長年の問題も扱われている。

東京

そして、筆者が最も注目した描写は妻夫木聡綾野剛演じるカップルが登場する東京を舞台にした日本におけるLGBT(ここでは男性間のゲイのみ)の問題だ。これついては、ジェンダーや性、愛や感情的問題に関わるので、様々な専門家や学者が述べるように曖昧であるし、定義といった見解はハードなものだが、このとてもリアルな描写については一目置いている。

とにもかくにも、今作品内で最も波乱を呼んだのがこのゲイカップルなのではないだろうか。

『怒り』のLGBT描写

怒り サブ画像2

(C)2016映画「怒り」製作委員会

過激すぎと噂される描写の真実

このゲイカップルは生々しく美しく、また切ない。

俳優二人は役作りのため、撮影中には本物の恋人のように共同生活をしたそうだ。またゲイたちの真の生活を見て忠実に演技するために、新宿二丁目のゲイバーやクラブに出向きこれまでの役作りで一番お金を使ったと読売新聞のインタビューで明かしている。彼らのこの役への意気込みはかなりのもので、本作で俳優としての新しい一面を見せたと言っても過言ではない。

また、映画内の過激な描写が原作のそれを超えているという声も少なくない。

そもそも芸術において、文学が映画より内容やその情報に飛んでいる一方、映画は文学にないビジュアルイメージを監督の思い通りに可視化するという性格がある。

やはりセクシュアルマイノリティの意識や理解の浅い日本の、特にLGBTから遠のいた環境にいる人にとって、映像の手助けなしにそのイメージを湧かせるのは難儀だろう。いずれにせよ、ネオンの輝くゲイたちが集まるパーティシーン、濡れ場シーンを大作映画に描き、さらにそれを超人気俳優たちが演じた影響力は非常に大きい。

性行為のシーンは声や表情を含めて特別濃厚で、これからの日本の同性愛の描き方の基準になったのではないか。

制作者、俳優たちのリサーチ力

現代のゲイ事情をここまで露骨に描いた日本映画はこれが初めてではないだろうか。

小さいゲイコミュニティで、ゲイたちが同性を求めて集う場所はバーやクラブだ。ゲイ専用の風俗店だって少なからずある。

しかしこの映画で妻夫木聡演じる優馬と綾野剛演じる直人が初めて会うシーンは、ハッテン場と呼ばれるスポットだ。主に性交渉を目的として集まる場所で、室内のものもあれば野外にある場合もある。『怒りでは室内のそれで二人は出会い、間もなく性交渉に至り、より深く関係を築いていく。

一概には言えないが、女性より男性の方が性欲が強いと言われてる生物学やジェンダー学に従えば、ゲイが性交渉から始まる恋はこのように少なくない。

他にも、優馬が入院する母にお見舞いに行くシーンがある。彼はスマートフォンのアプリを使いながら、何やら男性たちを選りすぐっている。ゲイシーンでしばしば利用される出会い系SNSアプリみたいなもので、大きくないゲイカルチャーはここで広がるのだ。アプリ内では、それぞれ相手との距離を表示することが可能で、出会うことも難しくないだろう。

映画内で優馬は深い疑心を抱きながら"信用はしてない"と直人に言う。しかし、この半ば嫉妬心の孕んだセリフはゲイたちにおけるお決まりの駆け引きのようで、妙に生々しい描写が実に見事だ。

以上のゲイに関する事実は、これまで特に日本映画界では描かれてこなかったことが多い。原作者の吉田修一、役について任された妻夫木聡と綾野剛、そして監督の李相日。彼らのリサーチがマッチしてこの見事な描写をよりリアルなものにし、成功へと導いたのではないだろうか。

そしてその社会問題と向き合う追求心は、身近な存在について多くを教えてくれる。

ジェンダーを理解する映画

ジェンダーを教えてくれる映画は無数だ。監督が意識的に意図したものもあれば、怒りのように露骨だがLGBTを映すためだけに撮ってないものもある。

リリーのすべて

THE DANISH GIRL

(C)2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

世界初の性転換手術を受けた実在した人物、リリー・エルベを元に制作された作品。実話から脚色されているが、人物名や場所など事実と同じ点も多い。

1920年代、デンマークの風景画家アイナーは、妻であり同じく画家のゲルダと共に充実した生活をしていた。妻からのモデルの依頼をきっかけに女装し始めたアイナーは、それを引き金に自らの内側に潜んでいた女性としての性に気付き、新たにリリーとしての生活を始める。

様々な性の意識を取り扱う作品として魅力的だ。アイナーは身体的、生物学的には男性。しかしリリーとして生きる彼女の精神は女性。心と身体の不一致への違和感と不安から性転換手術に挑む姿も女性のようだ。

また、友人のヘンリクも女装するリリーに恋に落ちる。それは女性の見た目をしたアイナーという男性を愛したという風にも読み取れる。男性や女性、またリリーやアイナーという画家の名前を愛した訳でもなく、その人間を愛したに過ぎない。

性の複雑さを理解でき、反対に性を完全には理解できないとも教えてくれる作品だ。

キャロル

CAROL

(c)NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

女性間の同性愛を描いた秘密の恋、もしくは2人の社会からの逃走を描いたラブロマンス。

1952年、賑わうクリスマスシーズンにデパートのおもちゃ売り場で臨時アルバイトで働くテレーズはある日、エレガントな雰囲気のキャロルに出会い、一目惚れをする。郵送伝票に記入していたキャロルの住所を知っていたテレーズは、彼女にコンタクトを取り始め、以後2人は何度も出会うようになる。

お互いに恋人や夫とのいざこざからくるストレスやプレッシャーに苦しんでいる2人は社会を避け、愛の逃避行に出発する。

そのミステリアスさに惹かれる姿にはとても禁忌なイメージはなく、むしろその純粋な心や意見の食い違いに、全くどんな相手にだって、その瞬間に恋に落ちる瞬間があるかもしれないと感じる。

ジェンダーの意識を超える愛の描写は、異性間のロマンスも同性間のロマンスも違いはない

終わりに

怒りは、特別な人たちを映した映画では決してない。

ゲイたちの不満や葛藤を描くことによって、観客の意識をマイノリティたちに向けながらも、彼らはあくまで映画におけるスパイスなだけだ。やはり怒りのテーマは怒りに置かれる。怒りも怒るキャラクターもとても身近だ。

その身近さを改めて垣間みることで、人と人との間に築かれてきたさまざまな壁や距離が縮まる。そんな映画だ。大切な人がそばにいることを『怒り』は教えてくれた。あなたも是非、劇場に行って確かめてほしい。

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    3.8
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    4.0
    wowow
  • ヨッシー
    4.2
    大切な人を信じられない自分への怒り、 大切な人にわかってもらえない他人への怒り、 信用と裏切り、哀しみが交錯するサスペンス仕立ての人間ドラマ。 東京、千葉、沖縄の3つのパートで構成され、徐々に事件の真犯人が暴かれていく推理ものとしての面白さに加え、"怒り"という人間の持つ最も複雑な感情とも云うべきものを各視点から淡々と読み解くドラマも備わっている。 それを体現している役者陣の映画史に残るような熱演が凄い。特に宮崎あおい、妻夫木聡、広瀬すずによるクライマックスでの怒りもしくは叫びは圧巻。人間が怒りを顕にするには最早叫ぶしかないことを表現してるかのよう。驚くべき事に暴力シーンが無く、全て言葉と表情のみで表現してる事がまた凄い。沈黙や自分の抑制はある意味日本社会で本音を言い出せない現状を表しているようだった。米兵への差別にも受け取られかねないながらも、あのシーンがそれを深く物語っていた。 ここで少し残念だった点。犯人の動機が曖昧で、(恐らく)主人公の影も薄く、高い演出力や演技力を求めすぎたためか、随所においては惜しい部分も見受けられる。全く関係の無い物語が最後には全て繋がっていくわけではなく、1つの事件に翻弄されてしまった全く関係の無い場所での物語になっているのは、人によっては好みが別れるところ。 中々この手の作品は評価が難しいが、典型的でありながらも、斬新でもある邦画サスペンスということにしておきたい。邦画界屈指のキャスト、スタッフが揃っても酷いものは酷いが、これは全く違う。邦画の利点が上手く機能した作品だった。
  • はるか
    4.4
    重いけど重いだけじゃない。 引き込まれた。 終わり方も良き。 宮崎あおいがやばめ。
  • しげ
    4.0
    八王子である夫婦が殺害され犯人は逃亡した。 そんな中3人の男に周囲の人々が疑いの目を向け、男達に関わった人々の運命が大きく狂い出す。 予備知識なく観たが見応えのある映画だった。何度も観られる映画ではないけど。 広瀬すず少し長めの髪が似合ってて可愛いけど、今回はかなり辛い事件に巻き込まれて可哀想な役柄。でも堂々と演じきっていた。 酔い潰れた男の方にイラッとした。 妻夫木聡と綾野剛の体当たり演技もなかなかのインパクト。役者って大変… 渡辺謙と松山ケンイチと宮崎あおいのそれぞれを想い合うドラマもよかった。 しかし、犯人がサイコパスっぽいんだけど、ずっと異常なわけじゃなくて、普通にいい人っぽく見えてるところもあるのが怖かった。
「怒り」
のレビュー(42556件)