戦争の記憶は風化させない-90歳老者がたどるナチスへの復讐譚『手紙は憶えている』

2016.11.04
洋画

気づいたら映画ファンになっていた

松平光冬

10月28日から全国公開された『手紙は憶えている』。

かつてナチス・ドイツに家族を殺された90歳の老人が、生き残った残党に復讐すべく1通の手紙を手に旅に出るというミステリーである。

手紙は

2016年は、ナチス・ドイツの恐怖やホロコーストの悲劇を描いた作品がいくつか公開されたが(後述)、それらの中でも独自の解釈で描かれた本作の見どころを、ひも解いていこう。

あらすじ:卒寿を迎えた男の運命を変える一通の手紙

1週間前に最愛の妻を亡くしたという記憶もおぼろげになりつつあった90歳のゼヴの元に、ある日友人のマックスから1通の手紙を託される。

2人はアウシュヴィッツ収容所の生存者であり、収容所内で家族をナチス党員に殺されていた。そして手紙には、彼らの家族を殺したとされるナチスの残党、ルディ・コランダーを探す手がかりが記されていた。

体が不自由なマックスに代わってゼヴは単身、手紙とおぼろげな記憶を頼りに70年越しの復讐の旅に出る―

手紙メイン

単なる復讐劇としてくくれない、『手紙は憶えている』の見どころ

1、「記憶」に翻弄される老齢男の哀しみ

ナチスによるホロコーストがテーマとなる作品は数多くあるものの、本作の最大のポイントは、主人公のゼヴが認知症を患っている点にある。

認知症の代表的症例である記憶障害は、昔の記憶ほど断片的に覚えている反面、新しい記憶が覚えにくいとされる。

ゼヴも復讐のターゲットを求めて行動するも、一度眠りに落ちて目覚めるとすっかり忘れてしまう。それでも、バスルームのシャワーや吠える犬を目にすると、なんとなく収容所にいたかのような記憶を思い起こす。

しかし、果たしてそれが本当に体験したものなのかどうかも定かではない。

数日前に妻を亡くした記憶はないのに、過去のおぼろげな記憶に翻弄される――そんな男の哀しみが、作品に重みを与えている。

サブ4

2、老人2人による、形を変えた“バディ・ムービー”

単身で復讐の旅に出るゼヴが旅先で困らないよう、あらゆる段取りや手続きを取り、密に電話で連絡を取り合う友人のマックス。その姿からも強い復讐の念を感じさせる。

そんなマックスが託した手紙を持って行動するゼヴは、常に彼の思いと一心同体。つまりこれは、復讐という同じ志を持った者同士のバディ・ムービーともいえる。

サブ1

(C)2014, Remember Productions Inc.

3、現代に根深く潜む病理を追及するアトム・エゴヤン監督の演出

本作の監督アトム・エゴヤンは、これまで社会的な視点でとらえた作品を多数発表している。

『スウィート ヒアアフター』

スウィート

小さな田舎町を舞台に、スクールバスの転落事故で子供を亡くした遺族たちが集団訴訟を起こそうとするも、唯一の生存者の証言から事態が予期せぬ方へと発展していく…

カンヌ国際映画祭の審査員特別グランプリを受賞した、エゴヤン監督の名を一躍世に知らしめた一作となった。

『デビルズ・ノット』

デビルズ

1993年にアメリカ南部のウエスト・メンフィスの森で発生した男子3人の死体遺棄事件で、逮捕された少年3人が裁判で有罪になるも、被害少年の親たちの証言や警察の捜査法に不可解な点が生じ、事態が混迷化していく様を描く。

このほかにも、女性ジャーナリストが15年前のショービズ界で起きた女性変死事件の謎に迫る『秘密のかけら』や、突如行方不明になった娘を探し続ける父親と失踪事件の不条理を描いた『白い沈黙』など、エゴヤン監督作には過去の忌まわしい出来事にとらわれた者が真相を追及していくという、一貫したテーマがある。

しかも、そのいずれも現代に潜む病理をさらけ出す内容となっている。

『手紙は憶えている』でも、現代社会にいまだ暗躍するナチス信奉や、素性を隠して逃れた元ナチ党員の実態といった根深い病理を示唆している。

また、いくらアメリカが銃社会の国と認識していても、民間人でも銃が簡単に持ててしまう場面を見せられると、病理と言うには暴論すぎるが、ある種の戦慄を覚えずにはいられない。

そう感じさせる演出なのも、非アメリカ人であるエゴヤン監督の狙いなのかもしれない。

サブ6

一堂に会した超ベテランキャスト陣

クリストファー・プラマー(ゼヴ)

サブ5

90歳の主人公ゼヴを演じるのは、『サウンド・オブ・ミュージック』でのトラップ大佐役で名を馳せ、『人生はビギナーズ』のゲイの父親役で、演技部門では史上最高齢の82歳でアカデミー助演男優賞を受賞したクリストファー・プラマー。エゴヤン監督作には、2002年の『アララトの聖母』以来の出演となる。

本作撮影時85歳だったプラマーは、動きの激しいシーンでもスタント・ダブル起用を拒否して自ら行ったり、劇中でピアノを弾くシーンも自身で鍵盤を叩いたりしている。

マーティン・ランドー(マックス)

サブ3

(C)2014, Remember Productions Inc.

ゼヴの友人にして、彼に復讐を託すマックス。体が不自由ながらも、ギラギラした鋭い目は衰えを感じさせない。

演じるマーティン・ランドーは、往年ドラキュラ俳優のベラ・ルゴシ役でアカデミー助演男優賞を獲得した『エド・ウッド』を皮切りに、近年は『スリーピー・ホロウ』、『フランケンウィニー』といったティム・バートン監督作に多数出演している。

ブルーノ・ガンツ(ルディ・コランダー)

ヒトラー

ゼヴが探し求めるルディ・コランダーを演じるのは、『ベルリン・天使の詩』の天使役で一躍有名になったブルーノ・ガンツが担当。

近年では『ヒトラー 最期の12日間』での、敗戦濃厚なドイツ軍の現状に疲弊していくアドルフ・ヒトラーを見事に演じたガンツは、本作では特殊メイクを施して役に臨んでいる

他にも、U・ボート』の艦長役で名を挙げたドイツ人俳優ユルゲン・プロフノウが、ガンツと同様に特殊メイクで老け役をこなしている。この2人の老人は、劇中においてのキーマンとなっている。

風化しつつある戦争の記憶を忘れさせない一作

2015年から16年にかけて、ナチス・ドイツやホロコーストを題材とした映画が数多く製作・公開された。

強制収容所で死体処理に従事するユダヤ人が、尊厳を持って息子の遺体を正しく埋葬しようとする『サウルの息子』や、ナチス政権下のベルリン五輪に出場したアメリカ人選手を通した人種差別を描いた『栄光のランナー 1936ベルリン』、ナチス元将校の4ヶ月に渡る裁判のテレビ中継の舞台裏を描いた『アイヒマン・ショー/歴史を写した男たち』などなど。

変わりどころでは、現代にタイムスリップしたヒトラーの騒動をコミカルかつシニカルに描いた『帰ってきたヒトラー』というのもあった。

これらの作品は、終戦から70年という節目から製作されたというのはもちろんだが、そうした戦争の悲劇を語り継ぐ人が少なくなってきていることも、製作意図の理由の一つになっていると思われる。

『手紙は憶えている』も、風化しつつある戦争の記憶を記録する一作として観ておくべき作品なのは間違いない。

主人公のゼヴ(Zev)という名前には、ヘブライ語で「狼(wolf)」という意味もあるという。

さまざまな身体の限界と闘いながら復讐の旅をしてきたゼヴは、果たして“狼”となってターゲットを見つけられるのか?

彼を待つラストには、目が離せない。

(c)2014, Remember Productions Inc.

他にもある、強い意志と執念を持った老者を描いた映画

『狼たちの処刑台』

処刑台

イギリスの老退役軍人のハリー(マイケル・ケイン)が、入院中だった妻の最後を看取るのを妨げた上に、親友の命を奪ったギャング団に、単身で復讐を果たそうとする。

失う物が何もないと悟った老人ハリーが、卓越した射撃能力で敵を始末する様が凄まじい。

『あなたを抱きしめる日まで』

あなたを

(C)2013 PHILOMENA LEE LIMITED, PATHÉ PRODUCTIONS LIMITED, BRITISH FILM INSTITUTE AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED

50年前に里子に出された息子を探し続けた、アイルランド人の老女の実話をベースにしたドラマ。

ジュディ・デンチによる息子を思う母心の演技が絶妙で、いくつになっても母は母、子は子なのだということを認識させてくれる一作。こちらも合わせてチェックしてみてほしい。

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  • nIa
    4.8
    2016年下半期公開作品のなかでは一番面白かったかもしれない 映画に詳しい人はオチも読めてたらしいですが、幸い全く僕はそんなことなく、たっぷり展開を楽しむことができました
  • ぱな
    3.7
    主人公の年齢90歳なのにビクビクした。
  • おとなのみほん
    2.0
    うーん、何もヒリヒリ来るものが無かった。 サスペンスやストーリー進行を重視し過ぎてこんなシーンに時間掛けるなら、もっと描かなければならない悲しみや憎しみがあって、それも描けてないのにはいどんでん返しですみたいに打ちひしがれても役者の演技力だけで無理くり押し上げてる感じが強過ぎる。 唯一良かったのが三人目。 実際のユダヤ人はもっと恐ろしい思いをしただろうに。 このままでは死に切れないと最後にもがくユダヤ人の慟哭と憎しみをあんなふんわり楽に終わらせて良いのか。映画だろ? アトム・エゴヤン監督は「白い沈黙」にしてもそうだけど、興味惹くあらすじの脚本選ぶ割に描ける力が無いからホラーから始めればと思うこの頃。
  • Rick
    4.5
    何を言ってもネタバレになりそう...。少なくともナチスに関しては、必ずしも昔の出来事ではなく今も根強く残っているし現在進行形の問題なのだろうと考えさせられる。
  • totoruru
    4.0
    短いけど濃厚で衝撃的な映画。 ガツンと来てキライじゃない感じ。 あと、クリストファー・プラマーが、非常に良い演技で、年齢を考えると脱帽です。 前半は妻に先立たれ、認知症も患っているおじいちゃんの、哀愁漂う切ない感じです。 老人版メメントで、手紙を読む度に妻が亡くなったショックを何度も受けるのが、観ていてツラくなる。 そして何故だが判らないが、観ていて時折切ない感情が不意に押し寄せて来た。 ピアノを弾くシーンでは、予期せず涙を流している自分にビックリした。 後半から、特に終盤は衝撃の展開。 これ以上は、チョット書けないかな。 内容的には重いけど、見応えのある映画です。
「手紙は憶えている」
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