『デッドプール』はなぜ“第4の壁を破る”のか?映画における虚構と現実の話

2016.10.30
洋画

Why So Serious ?

侍功夫

マーベル・コミック原作の実写映画デッドプールがR-15指定(15歳以下は観てはダメ)ながらレンタル・ランキングを爆走中である。X-MENのウルヴァリンと同じ、どんな怪我でも治ってしまう能力“ヒーリング・ファクター”を持ち、敵とみれば容赦なくブチ殺し、観客に向かって語りかけ「第4の壁を破る」。そんな異端中の異端キャラ、デッドプールが「第4の壁を破る」理由を紐解いていこうと思う。

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「第4の壁」

「第4の壁」はそもそも演劇の用語で、舞台上に実在する左右と奥側の壁に対して、観客側の“4つ目の壁”を指している。実在しない壁の向こう側(舞台上)は劇が演じられる「虚構の世界」で、観客側は私たちが生活する世界と地続きな「現実の世界」だ。そこから「虚構と現実を隔てる壁」という意味を持っている。

転じて、虚構世界から現実世界に干渉する行為全体を「第4の壁を破る」と表現する。演劇で言えば俳優が観客に向かって話しかけたり「今日はどっから来たの?」などと会話を試みようとする、いわゆる“客いじり”がその代表だ。

映画でも「第4の壁を破る」行為はしばしば行われる。ポピュラーなのはやはり、演劇同様にギャグとして機能する「観客に向かって語りかける」行為だ。

デッドプールは、原作コミックでも読者に向かって語りかける「第4の壁を破る」キャラクターとして造型されている。しかも、自身が想像上の漫画のキャラクターであることすら自覚しているのだ。この設定が非常に必然性を備えている。

不幸のロイヤルストレートフラッシュ

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ここで映画『デッドプール』の設定を振り返ってみよう。

ウェイド・ウィルソンは劣悪な家庭環境で育ち、たまらず家出をして傭兵となる。なじみのストリップ・バーで同じく劣悪な家庭環境で育ったストリッパーと恋に落ち、いざ結婚! と、意気込んだとたん取り返しがつかないほど進行したガンが発見される。八方手を尽くすがもはや手遅れ。藁にもすがる思いで胡散臭いオッサンについて行くと、ミュータントの実験台にされ、ヒーリング・ファクター(ウルヴァリンと同じ能力)を発生させるが、副作用でガン細胞が活性化し、体表をグズグズにしてしまう。斯くしてデッドプール誕生とあいなる。

つまり、生まれてこのかた延々と不幸が続きまくっているのだ。これを深刻に描いていけば目もあてられない陰惨で暗い作品になるだろう。そこで用いられているのが「第4の壁を破る」行為である。

これはウソです

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(C)2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

多くのコメディ作品などでギャグとして機能している「第4の壁を破る」行為だが、なぜそれがギャグになるのかと言えば、本来は閉じていればいるほど優れている虚構世界の壁を破壊することで生じる違和感が笑えるからだ。つまり、観客に向かって語りかけるということは、俳優が演じている世界がウソであることを自覚していると宣言してしまう行為なのだ。マジメくさって悲劇を演じていても「いやいや、これウソですから。」と宣言してしまえば、深刻に考えるのがバカらしくなってしまう。

デッドプールの不幸な境遇も、そもそもウソだと解っていれば「あぁ、この不幸もウソだよね。」と気楽に鑑賞できる。同様に、いくら敵とはいえ日本刀で壁に突き刺した上で殴りつけたり、死体で人文字を書いて挑発したりというデッドプールの残酷な行為も、やはりウソだと念を押されることで「まぁ言ってもウソだし。」と寛容に受け入れられる。

これが映画『デッドプール』で「第4の壁を破る」理由になる。

逆もまた……

実は『デッドプール』と全く同じ理屈で「第4の壁を破る」行為をした上で、不快で重苦しい気分にさせる映画も存在する。ミヒャエル・ハネケ監督の問題作ファニー・ゲームがそれだ。

ファニーゲーム

閑静な別荘街で2人の青年が意味無く、バケーションでやって来た一家をなぶり続ける。途中で反撃され1人が殺されてしまうと、ビデオのリモコンで劇中の世界を巻き戻し、反撃を未然に防いだりと第4の壁を破りながら、最終的に一家3人と飼い犬まで含めて皆殺しにしてしまう。2人はヨットに乗り、次の犠牲者宅へ向かう。その途中でこんな会話が交わされる。

「彼は引力に打ち勝って、サイバースペースの典型的な投影によって虚構と現実を判別したんだ。」

「へぇ。じゃぁオマエのヒーローはどっちの世界にいる?」

「家族は現実で、彼は虚構側だ。」

「虚構は現実だろ? 現実の映画もある。現実みたいに生々しい虚構だよ。映画にだって映画の現実がある。」

「……くだらないよ。」

この会話は、虚構における行為そのものはあくまで虚構だが、虚構を生み出した人間の本質は現実のものだという意味にとれる。

『ファニー・ゲーム』劇中の青年2人はそれが虚構の世界だと理解した上で、残虐の限りを尽くす。行われている行為そのものは虚構なので実際に人は死んでいないが、この青年2人(青年2人を作り出した作者)の本質は現実のものだ。

……と、映画における虚構と現実の話はキリが無いのでこのへんで終了する。

映画『デッドプール』はそんなややこしい話は抜きにしても大変楽しい映画なので15歳以上の方はみんな観よう! 15歳未満の方は15歳になるまで待つか、15歳以上であるとウソをつくのも……

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  • 5月
    4.0
    2016年4月
  • martroniks
    1.8
    原作未読。X-MENもほとんど知らない。 映画が始まって2秒くらいで「ぅゎ古っ!!」と思った。 オープニングのストップモーションのシークエンスだとか重みを感じないCGだとか凡百なストーリーだとかメタな視点だとかオフビートなキャラクターだとか、諸々が2000年代に量産されたクソ面白くなかった映画を思い起こさせる。ただ、これを10年前に観てたとしても面白くなかったと思う。キャスティングもイマイチ。最後の戦いのカタルシスの薄さも酷い。エンドロールとかも、観てて悲しくなった。最後に何かあるというのが予定調和でしかない。 「ネガソニックティーンエイジウォーヘッド」というネーミングがカッコいい事には同意(ただ、女優さんの表情が乏し過ぎる)なのと、日本刀的な武器のアクションは良かった。 続編公開されても観ないだろうな…。
  • やさい
    -
    やっぱりアクション映画はまったく好きじゃないけど、最高に下くて、最高にデッドプールがかわいい映画だった。 タクシーに銃がいっぱいはいった鞄忘れてくるあたり最高。
  • hiromi5
    -
    なん
  • たろう
    3.4
    もっとグロいかと思いきや、さほどではなくがっかり。 下ネタはキツめだったけど。 デッドプールになってからの物語を観たかった自分としては、いまいち不完全燃焼。 なるまでが長すぎ。 次回作に期待。
「デッドプール」
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