あなたが『この世界の片隅に』を観なくてはいけない5つの理由

2016.11.25
アニメ

ヒットガールに蹴られたい

竹島ルイ

いま筆者が、「あなたが『この世界の片隅に』を観なくてはいけない5つの理由」という大層なお題目を掲げて、骨身を惜しまずせっせと駄文を書いている理由ははっきりしている。

この記事を読んだ方が一人でも多く劇場に足を運んで、『この世界の片隅に』という作品に邂逅して欲しい。予算がないために片渕監督が私財を投げ打ち、それでも足りない分はクラウドファンディングで出資を募ってかき集め、ようやく完成に漕ぎ着けたこの小さな作品を、できるだけ多くの観客に知ってもらいたい。ただそれだけだ。

間違いなく本作は、2016年を代表する映画として、後世まで語り継がれるであろう傑作である。映画感度の高いフィルマガ・ユーザーの皆さんならば、何をおいても映画館に駆けつけなければならない至高の逸品である。その理由を5つの観点から述べてみよう。

この世界の片隅に
(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

1. 反戦を叫ばない反戦映画としての構造がスゴい!

舞台は戦時中の広島。少しボーっとしているけど、素直で快活で、絵を描くことが大好きな女の子すずの眼を通して、日々の生活が優しいタッチで描かれる。戦況が悪化して食料の配給が乏しくなってきても、草花を摘んで料理に入れたり、満腹感が味わえるようにお米の炊き方を工夫したり、すずは明るさを失わない。

この映画で描かれるのは、日々悪化する状況にあっても、知恵と工夫をこらして日々を暮らす普通の生活だ。主人公のすずを演じたのんも、「すごく、日常とか普通の暮らしを大切に描いている作品だと思う」とインタビューで語っている。

象徴的なのは、停泊中の軍艦をスケッチしていたすずを、スパイ行為だとして憲兵が家族全員を叱責するシーンだ。絵を描くことがアイデンティティーのすずに対し、その自由すら奪う行為は当然「反戦」というテーマに結びつけたくなるものだが、真面目な顔で憲兵の説教にシュンとなるすずの姿をみて、義母や義姉は思わず爆笑する。反戦どころか、笑いのシーンに転化させているのだ。

市井の人々が声高に反戦を叫ぶ姿ではなく、太平洋戦争の影が日々の生活に暗い影を落とす様子を綿密に描くこと。『この世界の片隅に』は、何よりもまず良質のホームドラマとして構築されている。

2. 超絶スピードのテンポ感がスゴい!

ゆったりとした時間のなかで繰り広げられるホームドラマであるにも関わらず、その語り口はとてつもなく速い。シーン自体のテンポが速いというよりは、編集のテンポ(シーンとシーンの繋ぎ)が超高速なのである。そのスピード感は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』や『シン・ゴジラ』にも匹敵すると断言しよう!

いくつかエピソードは割愛されているものの、漫画原作全3巻ぶんの内容をほぼ全て映画に詰め込んでいるのだから、どうしたってテンポは速くなる。情報量も多くなる。126分と長尺な上映時間にも関わらず間延びしないのは、間断なくエピソードが盛り込まれているからなのだ。

この世界の片隅に(上巻):Amazon.co.jp
出典:この世界の片隅に(上巻):こうの史代:Amazon.co.jp

原作が未読だと、若干ストーリーに追いつけない箇所もあるかもしれない。しかし製作陣はそのようなリスクを承知の上で、無駄な説明はなるべく省き、鑑賞者のリテラシーに委ねる判断を下したのだろう。

『この世界の片隅に』は映画館に何度足を運んでも、そのたびに発見があるくらいに密度の高い作品なのだ。

3. 綿密な時代考証がスゴい!

本作の監督を務めたのは、片渕須直。『魔女の宅急便』の演出補佐などを経て、2009年に『マイマイ新子と千年の魔法』を発表。クチコミで評判を呼び、1年以上に及ぶロングランになった実績を持つ実力派監督だ。

マイマイ新子と千年の魔法

片渕が心がけたのが、当時の広島と呉の町並みを忠実に再現すること。インタビューによれば、深夜バスで東京〜広島間を何度も往復し、徹底的な調査を続けたという。広島の街を歩いてロケハンし、戦争体験者から当時の話を聞き、片っ端から資料を調べ、すずの生活を自分自身の“体験”として身体に刻み付けた

その成果は、「即席モンペの作り方」や「戦時下の食事のレシピ」といった日常生活系から、「当時の対空砲火は、自分が撃ったものを識別するために煙がカラフルだった」というミリタリー系まで、圧倒的なリアリティーの確保に結びついている。

太平洋戦争時の風俗を知るにあたって、今作ほど格好のテキストはないのではないか?

4. 巧妙にしかけられたサスペンスがスゴい!

『この世界の片隅に』は、時系列が入れ替わることなく、昭和18年から昭和20年までの2年間が一直線に進行する。つまり、原爆が落とされる「昭和20年8月6日」へと、着実に時が刻まれる構成になっているのだ。

だからこそ我々は、すず達がその日を迎えることを、戦々恐々しながら見守るしかない。エピソードごとに挿入される「○年○月○日」の日付は、8月6日へのカウントダウンだ。

「登場人物が知らない事柄を観客はすでに知っていて、ハラハラドキドキする」というのは、まさにサスペンスの構造!実は本作は、サスペンス映画としても実に巧妙に組み立てられているのだ。

同様の構造を有する映画としては、黒木和雄の『TOMORROW 明日』が挙げられる。昭和20年8月9日午前11時02分に、長崎に原爆が落とされるまでの24時間を、ある家族にスポットに焦点を当てて描いた作品だ。

TOMORROW 明日

慎ましくも幸せな日々を過ごすこの家族はいったいどうなるのか?彼らに待ち受ける運命を知りつつ、我々観客はただただスクリーンを眺め続けるしかない。

淡々とした日常を描いていても、サスペンスとしての仕掛けが施されていることで、物語の吸引力が増しているのだ。

5. のんの圧倒的な同化力がスゴい!

かつて能年玲奈という名前で一世を風靡し、お茶の間のアイドルとなった”のん”が、その後事務所独立騒動のゴタゴタで表舞台から去ることになってしまったことについては、詳しく語らない。

ただひとついえるのは、20歳を過ぎたばかりの瑞々しい姿をスクリーンに焼き付けることができなかったのは、エンターテインメント界にとって、そして私たち映画ファンにとって、大きな損失だったということだ。

ホットロード
(C)2014「ホットロード」製作委員会 (C)紡木たく/集英社

しかしだからこそ、クラウドファンディングで産み落とされたこの小さな作品に、彼女が出演することができたともいえる。メジャーの舞台でスター街道を走り続けていたら、このような僥倖は生まれなかっただろう。

この映画ののんの演技は圧巻である。それはテクニック的に巧いという次元という話ではない。生身の役者とアニメのキャラクターが完全に同化しているのだ。

思えば、「あまちゃん」で彼女が演じた主人公アキは、東京生まれの東京育ちであるにも関わらず、母の故郷・岩手県北三陸で数ヶ月過ごしただけで、東北弁になってしまった。おそらく、演じるのん自身も同化力が極めて高いのだろう。

彼女の演技を目撃するだけでも、この映画を観る価値あり!

結論。本作は、今年度を代表する傑作アニメーションである

あなたはこの映画を見終わったあと、自分の右手をじっと見つめることだろう。この世界の片隅で、小さな幸せを噛み締めることだろう。『この世界の片隅に』には、あなたの”こころ”に直接訴えかけてきて、ポジティブに作用させる力がある。きっと、ある。

この記事を読んでも観に行こうという気持ちが全く沸き上がらなかったとしても、それは筆者の筆力のせいであって、映画のせいではない!!全然ない!!

という訳で、四の五を言う前にまずは劇場に駆けつけるべし!

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  • sae
    4.0
    ほっこり。なんだか幸せな気分に。最後の方は悲しいシーンもあるけど頑張って生きていこうという主人公の強い思いに感動した!
  • 神佳
    4.7
    原爆の事がメインの話だと思って観に行ったら、戦時中の生活が観れて、違う意味で良かった。
  • OK
    4.3
    日本の戦争映画の中で1番身近に感じる事ができました。 一つ印象的な 昨日までいた人は当たり前のようにいなくなっている、でもみな普通に過ごしているからまたそこが心にささります。 最近炭水化物抜いてダイエットしてた自分が信じられないくらいはすがしいです。いま食べれる物、いっぱい食べたいと思います。 白米がこんなに美味しく食べれるなんて……
  • きょうへい
    3.8
    あったかいなぁ、すずの周りの人はみんな優しかった。こういう家族愛をしっかり持てたら幸せになれるんだろうね。あとのんさんの声すずにぴったりだと思う。
  • Taka
    3.7
    機内にて。よい映画でした。
  • Ochan
    5.0
    泣いた 心がギュン
  • ひかる
    5.0
    日本映画史に残る最高傑作。
  • mihori
    3.8
    原作漫画は途中まで読んでいて、結末がどうなるかも知った上で鑑賞。 原作のふわっとした雰囲気がとても上手く再現されていた。時代設定が戦時中だと、普通はどうしてもモノクロかセピアなイメージの映画になりがちなのだけれど、パステルカラーでふわふわした色彩が美しかった。 戦時中で苦しかったとしても、そこには日々の暮らしも、ちょっとした楽しみも、他愛ないおしゃべりもあったのだ、と感じさせられた。 すずさんが工夫して作るご飯は、今の私たちが食べているものからしたらあまり美味しくないのだろうが、私の腹の虫はしっかり反応してしまい、上映中ぐうぐう鳴って恥ずかしかった…。 のん(能年玲奈)の、穏やかでなおかつ意思のハッキリした声が、すずさんにとてもよく合っていて、今でも耳に残っている。これからもまた少しずつ活躍してほしいなあ。 主題歌「悲しくてやりきれない」(コトリンゴ)も素晴らしかった。初めてあの歌詞を全部知ったけれど、胸がぎゅっとなるようだ。
  • ダイスケ
    3.9
    飛行機で鑑賞。 もっと静かな所で見ればよかった(T_T)
  • ももか
    3.8
    記録
  • クロノ
    3.5
    チェック
  • nacchi
    4.8
    戦争を知らないわたしにとっては まるでフィクションのようだけど、 こういう人生を辿った人たちが この時代たくさんいたのは事実。 戦争によって大切なものを失い、 心が犯されて行く様子は グッと堪えなければ涙が溢れ出す以上の 心の傷みを覚えました。 日本にしかできないこういった作品こそ 大切にして、もっと後世に残して いかなければと思いました。
  • ゆりこ
    4.0
    号泣
  • ぬるま湯ください@ayako
    3.7
    はだしのゲンの対極にあるように感じた、これもひとつのリアル。 実際、戦時下にあっても庶民の日常はこのようなものだったんだろうなと思わせるリアルさがあった。実際、監督は当時の文献を熱心に調べ、細部にまでこだわったんだとか。 食糧が手に入らなくなる中、いかに身近なもので食卓を演出するか。限られた材料、分量でいかに家族を満たせるか。日常はどこまでも日常。 ずっと、この声誰だっけな~聞いたことあるんだけどなぁ~!って思ってた。エンドロールで、のんだ!!って気づいたとき、不本意にも何かとワイドショーネタを提供し続けていた彼女だけど、良い仕事してるじゃない!と、親戚のおばさんとまでは言わない、近所の人くらいの距離感で彼女を応援したくなった。
  • ミルミル
    -
    主人公は戦争で多くのものを失った訳で……でも失ったからこそ物語の最後に得られたものがあったのだと思う。 日常生活を細やかに描いているのが良かった。 戦時中なのにどこかほんわかとした空気があり、でも一方では冷たい影が落ちている。 そんな世界を懸命に生きる人たちも眩しく、悲惨さを前面に出す演出よりもよほど心に刺さった。
  • バスターロイド
    5.0
    好き。 実験的な暗転、リズミカルな料理シーンが好き。ラストの手は言わずもがな好き
  • aya
    3.9
    日本語で観れて良かった。 広島の戦争の話で登場人物がほとんどみんな無事な話は初めて。 あとこの映画みたいに昔の日本を設定としたアニメでキスシーンは初めてみた。 あんなにおしとやかなすずが、日本が戦争に敗けたのを知った時のシーンが印象に残った。
  • osowa
    2.5
    戦争は人々を傷つける。 いったい誰のためにするんだろう。
  • トリ
    4.7
    戦争を描いているのに、どこか呑気で、でも不謹慎ではない、素敵な作品。 死人も怪我人も描写されている戦争モノなのにどうしてこんな観終わったあと爽やかな気分なの! 昔の人はたいへんだったんだなぁ。 戦争はたいへんだったんだなぁ。 何回も泣いたし、何回もクスクス笑えた! また観たい
  • おのみー
    3.9
    ほんとに昔の人は大変ってことが分かる。 広島の原爆の話はほとんど描かれていなかったのが意外だったなぁ、この世界の片隅にってタイトルがしんみり。。。
  • まるめ
    4.2
    穏やかな日常はいつの時代にもあるということ。
  • Mebaie
    5.0
    見終わった時はそんなに響かんと思ったけど、1日2日と立つ度に映画のフラッシュバックがぶわって頭の中でされてて、あぁすごい映画やったんやって、すごい映画見た後の感想になった
  • ヒールストップ
    2.5
    あんまり響かず。。ただ劇場内の雰囲気はよかった。お客さん皆がジッと見入っていて。
  • 5.0
    鑑賞者に十人十色の感想を与えながらも、鑑賞者全員を唸らせることのできる映画でした。 映画のもつ魅力をこの監督の持ち味である時間の描き方を最大限に活かし、発揮できているように思えました。原作と監督、キャストの相性がとても良い
  • uemi
    3.5
    この心揺さぶられる感が、なんとも言葉にしづらい。 主人公ののんびりとした性格と戦争とのギャップがとても辛い。 このスコアはつけにくい。
  • Tomomexico
    4.0
    記録 上映後 近くの席の女の子が、一緒に来ていたおばあちゃんに 『おばあちゃん映画どうだった?』って聞いていた。 おばあちゃんは『あれだねぇ。やっぱり見てよかったねぇ。』って答えてるのを聞いて、わたしも観てよかったなぁと思った。おばあちゃんは戦時中のいろいろな事を思い出したのだろうし、思い出したくないから見るのを躊躇していたのかもしれない。でも、やっぱり見てよかったって感想を聞いて私はなんか心が温かくなった。 当たり前の日常がある幸せがしあわせ。
  • さえ
    4.0
    記録用 2016年12月19日 Tohoシネマなんば 本館スクリーン3、H-4 泣いた。とにかく泣けた。 すずさんがたくましすぎる。こんな強くて丁寧な女性になりたい。 戦争って言葉に縁がなさすぎて忘れがちだけど、あのつらい時代があって今の時代があることに感謝しなくては。
  • kamiki
    3.9
    記憶しておきたい映画。その時代のことを語れる人は少なくなったからこそ、こうした映像で残して伝えていくべき。
  • tempra
    -
    日常を大切にした描写や、手書きの絵柄、ほのぼのとしたエピソード、照れた表情、といった、こうの史代(原作)の持ち味がよく出ていて、過度に重くなることなく、素直に心に響いた。
  • たまごの煮付け
    4.0
    キレる主人公に自暴自棄で無責任な子どもっぽさを感じた。そこが良い気がする
「この世界の片隅に」
のレビュー(25981件)