【ネタバレあり】『PK』と『ソーセージ・パーティー』が描いた「宗教の意味」

2016.11.26
洋画

Why So Serious ?

侍功夫

論理哲学的には神の不在は証明されているそうである。

それ以前に、たとえばキリスト教は奴隷に最低限の規律を守らせるために様々な神話を編さんして作られた、いわば“廉価版”の様なものであることが解っているそうだし、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教が指す「神さま」は同一の存在なのに、その言葉を伝える「預言者」が違うだけでだいぶメッセージが変わる。というあたりの話は宗教ネタの定番であろう。

つまり、神さまというのは実際にいないのだが、いるということにしてもらわないと困る人(権力者)がいて、それぞれの思惑により、勝手に「神の言葉」を編さんしているのだ。

宗教って何だろう?『PK』

ps01

(C) RAJKUMAR HIRANI FILMS PRIVATE LIMITED

インド映画で日本でも大ヒットを記録したきっと、うまくいく監督と主演のペアが作った新作PKは宗教的な事柄について代弁者であるハズの自称「預言者」の身勝手さをあぶり出していく『きっと、うまくいく』スタッフが宗教戦争の原因を暴く『PK』参照)。

人間は放っておくとすぐに殺し合いを始めたり、自暴自棄な快楽に溺れて死んでしまう。困難にブチ当たって乗り越える意味が見出せずに自殺を試みてしまう。

「隣人の妻と不倫するな」とか「人の物を盗むな」といった教えを説いた“十戒”は実は、そうすることで不要なトラブルを回避する機能がある。コーランで禁止する飲酒も、酔っぱらってのトラブルからの回避や健康面の配慮であろう。「全ての人間は神さまの意思によって作られ、それぞれ全てに意味がある。」と説くのは、生きることに不安がある人へ「今は困難があるけど、神さまに与えられた使命を全うしなきゃなぁ……」と生き続ける意味を与えるためのものだ。宗教はスピリチュアルな概念に思えるが、非常に機能的な側面を持っている。

ウソという概念の無い宇宙人である“PK”は盗まれたペンダントを探すため、あらゆる宗教に入信し、言われた通りに戒律を守り、布施をし、苦行を続けていく。しかし、神さまはいっこうに答えない(これはマーティン・スコセッシの新作沈黙 サイレンスで描かれるであろう「神の沈黙」のことだ)。

当然ペンダントは見つからず、ただひたすらに辛いだけの日々が続く。ラスト近く、PKが「答えてはくれなかったが、いつか必ず神さまがペンダントを見つけてくれる。という希望が持てた。」と、告白する場面は本作が発するメッセージそのものであろう。

宗教の先にあるもの『ソーセージ・パーティー』

ps02

(C) 2016 Sony Pictures Digital Productions Inc. All rights reserved.

現在公開中のソーセージ・パーティーソーセージを男性の、ホットドッグのバンズを女性の、それぞれシンボルに擬人化つうか、見た目まんま……したオゲレツなコメディ映画ではあるが、『PK』が描いたのと同じ「宗教の意味」をテーマとした作品とも言える。

スーパーマーケットで売られる全ての商品に意思がある世界。陳列された商品たちは開店から閉店までの間、カートを押してウロウロしている「神さま」に選ばれ、ドアの外に広がる「天国」へ行くことを熱望している。商品たちは朝の開店と同時に天国と神さまを讃える歌を歌うのが日課となっている。

そこへ、一度は「天国」へ行ったものの、返品されたハニーマスタードが「ドアの向こうは天国なんかじゃない!」と暴露したことで起こる騒動が描かれる。

商品たちの「客信仰」は正に宗教である。しかも中盤で、この“宗教”はお酒や缶詰などの長期保存商品が、日々死を前に嘆く生鮮食品たちのために考えた“希望”だと明かす。「ステキな歌を作ってやったのに、あいつら勝手に歌詞変えやがった!」と憤るあたりは、そのまま現実の世界でも聖典解釈をねじ曲げる人々への怒りであろう。

真実を知ったソーセージは商品たちを率いて、“神殺し”を決行し。めでたく神さまや悪魔(消費期限切れの商品を回収する係)を殺す。その後で行われるのは、性別や人種を超えた大乱交パーティーつまり、自らの手で神さまを殺した彼らは宗教対立や人種対立が無くなり、さらに宗教的なタブーや禁忌も同時に無くすのである。

ラヴァシュ(イスラム圏のひらひらしたパン)とベーグル(ヨーロッパのユダヤ文化から生まれたパン)が、レズビアンのタコス(メキシコはキリスト教者が多い)、ソーセージ、バンズを交えて“愛し合う”のだ。見た目はかなりオゲレツを極めた壮絶なものになるのだが、しかし感動的でもある。ユダヤ人とイスラム教徒とキリスト教徒が男女関係無く愛を交わしているのだから。

宗教の意味

生きるための規律や希望を与えている宗教だが、その一方で「宗教の違い」から激しい対立を生んでいるのも事実である。

『PK』では「神さまは信じよう。でも神さまに合わせると言う人がいたら一目散に逃げよう。」と世に蔓延るエセ予言者たちへの警鐘を鳴らす。

『ソーセージ・パーティー』では「規律があって、希望もあるけど、そもそもウソ前提じゃん! だったら真実を知って好き放題やった方がよっぽど幸せじゃね?」と問いかける。

それぞれ、まったく違った印象を与える作品だが、その奥底に抱えた“思い”は共通している。

「宗教が原因で人が死ぬなんでバカげている!」

記事をシェア

公式アカウントをフォロー

  • RSS
  • shirase
    3.0
    家族でみて爆笑した 下品すぎてそらこれ子供にみせたあかんわでも好き 二回はみやんけど
  • akiRa
    3.5
    アホ笑 なんだろうねこのやりっぱなし笑 後半の展開は酷すぎる笑 あまりの下品さとブラックなジョーク。 セス ローゲンとその仲間たちが声優を努めてるんだけど、常連のジェームズ フランコに笑ってしまった! 後エドワード ノートン笑 お前かぁい!! エンドロールで知ったんだけどね。 ガムのパロディも笑っちゃったしラストバトルのファスナー開けてのシーンは酷すぎる。 シコシコしないで笑 ここまでめちゃくちゃに仕上げてオチどうすんだって思ってたらまさかのメタオチ笑 もういいや笑 笑い疲れた。
  • cocco1212
    2.5
    途中までは、食べ物を大事にできるようないい話だったのに、、 下ネタがとっても卑猥です。 それがなきゃ、子供にも見せられるのに、、
  • atsuki
    3.6
    【英雄は勃ち上がり平和を築く】 「下品」で済ませられるならまだ良いけど、トラウマ級に危険な映画だと感じた。 ジャドアパトー界隈、セスローゲンの仲間達の悪い血が騒ぎまくって、人種や宗教や性、そして「平和」への答えと完全に狂ってる。アンチディズニー、ピクサーみたいな映画なのに音楽を手がけるのがアラン・メンケンという…もう言葉も出ない。 擬人化された食材たちは選ばれ、買われることを夢見て毎日陳列されている。スーパーに来る客は「神」であると信じ、きっと外の世界は楽園に違いないと思っている。そして遂に夢にまで見た日が訪れるが、楽園の真相を知る者のある言動により大騒動へ。 楽園は本当にあるのか? 神は本当に救ってくれるのか? 真実を探しながら、復讐に追われるロードムービーは思いもよらないラストを… 我々はこの世界に「救い」を求める訳です。選択肢は2つに1つで、形ある「世界」 or 形無き「神」のどちらかである。どちらに救いを求めるかは人次第。 まず「世界」の話で言えば、この映画での楽園は=世界である。もっと厳密に言えば国や政府や機関。世界が動きつつある中で我々はさらなる選択を迫られる。でもその選択肢は右に行こうが左に行こうが変わらない。良い悪いの話ではなく、そっちの方がまだ良いというレベルの話になっている。結局救うべき世界も「救い」としての機能が働いていない。 次に「神」の話で言えば、宗教的思想を持つ人と持たない人にも分かれる。更にそれが本当に「救い」ならば、世界は平和な訳である。映画でよく聞く「本当に神がいるなら助けてくれ」というやつで見ているなら「救い」を与えて欲しいのだ。 実際この映画もそうで、『救い』を与えてくれる良い奴だと思ってた「神」も、自分達が救われると思ってた「楽園/世界」も、結局彼らは食べ物に過ぎず、食われる運命なのだと。救いなどなく、運命は変えられない。しかし、そこで彼らが進む選択が恐ろしさしかない。 これこそ「下品」とは言い切れないところである。確かに下品で、下半身丸出しで歩いている様な映画だが、人間の立場で言ったら下品どころか上品過ぎるメッセージ性に変わる。 ネタバレチックになるが、多くの人が言う『トイストーリー』的に彼らの選択を言うと「おい!アンディ!もう遊んでくれないなら殺すぞ!」って事をやってる。 これってつまり「救い」がないなら殺してしまえという危険過ぎる考えだと思う。 最近多発するテロといのもこの考えで、「救い」が手に入らないなら他のものを破壊してしまえという恐ろしさである。 こないだもマンチェスターでテロ事件があったけれども、あれはこの考えの最も最悪な結末。救われない世界で唯一すがることが出来る「娯楽」を対象にしてしまったからだ。 そんなの考え過ぎかもしれないが、あの選択を下品で馬鹿らしいと言い切ってしまうのは「救われないなら殺してしまえ」が行えてしまう訳だ。そう言った面では「トイストーリー3」の選択は最高の形だったのかなと思う。 セスローゲン脚本の狂気は最高に面白いが、怖い側面もあるなと感じてしまった。 が、ここからが流石セスローゲン。人種も性別も宗教も全てを超えて行われるアレ。そして、そこからもう一捻り加えた予想外のラストは5億点。 英雄が勃ち上がり、「平和」への答えが見えた。
  • ゆたか
    3.9
    300本目記念でこの映画を見たけど、酷すぎて見てるだけでIQが一桁まで下がっちまいそうだった。最後の10分くらいは酷いなんてもんじゃない。ここまで高いテンションでお下劣なことをしている映画なんてそうそう見つからないと思う。 でも意外にも民族の多様性やLGBT、宗教への強いメッセージも感じられるようなただぶっ壊れただけじゃないストーリーには声が上がってしまうような感動を覚えた。 とはいっても結局はハイになってクソみたいな下ネタやブラックジョークにまみれてるだけのクソ映画だからそういうのが好きな人以外は絶対に見てはいけない。 そもそもストーリー自体が世の中に喧嘩ふっかけたような内容なのにそれを喜んで見ている客に対して「悪趣味な映画が好きな幼稚な人間」だなんて一蹴するような映画だ、 もはやここまで多くの人々に喧嘩を売れる製作陣に尊敬の念を込めて中指を立てましょう。 追記 エドワードノートンは仕事を選べ…
「ソーセージ・パーティー」
のレビュー(6407件)