No、アイスピック!No、電気ショック!愛と芸術で人を癒す、精神病院の女医の闘い

2016.12.20
洋画

映画系文筆/映画館勤め/映画祭好き

大久保渉

――私の武器は、愛と絵筆――

第28回東京国際映画祭グランプリ&最優秀女優賞をW受賞したブラジル映画の傑作『ニーゼと光のアトリエ』が、2016年12月17日(土)より渋谷ユーロスペースほかにて全国公開中である。

アイスピックや電気ショックが最新の治療道具としてもてはされた1940年代。暴力的な心理療法の常識に屈することなく、アートや動物を介して人を癒した実在の女医、ニーゼ・ダ・シルヴェイラの気高き魂を描いた本作。

真っ白なスクリーンに映し出されるのは、ニーゼの怒り、哀しみ、喜び、楽しみ……。

ポスター

例え周りから理解が得られなくとも、同僚たちから妨害にあおうとも、次第に落ち着きと生きる活力を見せ始める精神病患者たちを前に、自分の信じる診療を続ける彼女の表情は気高く、美しく、その眼差しは、観るものに力と安らぎを与えてくれる。

ドキュメンタリー出身の奇才、ホベルト・ベリネール監督が構想に13年を費やした渾身の1作を、ぜひ劇場でご堪能いただきたい。

「あなたがやっていることは治療じゃない。サディスティックな治療をしているだけ。私の道具は絵筆、あなたのはアイスピックよ」

<STORY>1943年、郊外の病院からリオデジャネイロに戻り、ペドロ2世病院の扉を叩くニーゼ。そこで彼女は、同僚医師が行う電気ショック療法で患者が絶叫する姿に衝撃を受け、以後、暴力的な治療を断固拒否する。

それにより、彼女は「作業療法」部門へ配置されるが、そこは「壊れたモノの修理」「トイレの清掃」といった、患者たちをただ働かせるためだけの寂れた一室だったのである。

アトリエ

「彼らを病院の外へ出したら人を殺す」「ケダモノ」。汚れた衣類を着させられ、医師たちの意にそわないと暴力を加えられ、監禁され、ただうつろに院内を歩きまわる患者たち。

ニーゼはそんな彼らの数人を自らの部門に招き入れ、観察し、言葉をよく聞き、見守る中で、同僚の提案と協力の元、患者が自由に絵の具を使ってアートを親しむアトリエをオープンする。

絵のそば

そこで描かれる絵の数々が、時の精神科医・心理学者のユングから思いがけない言葉を貰い、そしてブラジルの著名な美術批評家からは絶賛の声を受け、患者たちには人間としての尊厳と芸術家としての才能が、ニーゼにはその献身的な活動と結果に光が当てられるかに見えたが、事件は不意に訪れる……。

絵の前

数々の賞を受賞!ブラジルを代表する大女優による、静かな、燃えるような瞳が心に焼きつく

グロリア・ピレス(主人公・ニーゼ役)

顔

1963年、リオ・デ・ジャネイロ生まれ。1968年より女優業を始め、以来40年以上に渡りTV、映画で活躍。これまでに『愛の四重奏』にてハバナ映画祭最優秀女優賞を、『Smoke Gets in your Eyes』にてブラジル映画祭最優秀女優賞を、本作にて第28回東京国際映画祭最優秀女優賞を受賞している。

本作のニーゼ役では、94歳でこの世を去るまで明るく活発に動き回った実在の人物を、エピソードの列挙に留まる偶像的な偉人としてではなく、時に声を荒げ、歯を見せて大きく笑い、深く悩む、ひとりの女性として繊細に生き生きと演じている。

キャンバスに描かれる美しい色や形。言葉にならない思いが胸に迫る

劇中で語られる物語はニーゼの生涯の一部ではあるけれども、それと同時に、実在の入院患者でありアーティストである人たちの生涯もここでは丁寧に描かれている。

モデルとなった人物への入念なリサーチの結果が、時間の経過順に撮影されていく現場の中で、自然な感情のうつろいとして表れ始め、患者たちの変化に魅了させられてしまう。

庭犬

カメラはまるでドキュメンタリー映画のように、人物が動き出すその一歩を映し撮り、ゆるやかに追っていく。

歴史の闇と光を丹念に演じきった役者とスタッフの力が、患者自身の心の内を描いた絵画と同じように、倫理を超えた無意識に訴えかけてくる魅力となって、心にするりと入り込んでくる。

メイン

映画のラスト、ほんの一瞬だけ晩年のニーゼの映像が映し出される。その時の彼女の表情に、何を感じ取るか?

――ドン、ドン、ドン、ドン。心が激しく、打ち鳴らされる。

(C)TvZero

『ニーゼと光のアトリエ』公式HP

 

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  • pon
    5.0
    生き物って暴力には暴力、排除には排除、そして愛には愛をかえすのだと思う。 クライアントの1人が見上げる木々からの木漏れ日、アトリエの窓から出入り口からあふれる陽光、そして石畳を打つ雫の光。 視線を上げればこの世は光で満ちているのだ。 それを指し示す人がいれば…。 グロリア・ピレス(ニーゼ役)の後ろからカメラが一瞬遅れるように流れを追っていく撮り方はノンフィクションというこの作品をドキュメンタリーのようにも仕上げている。 誰もが悪魔祓いとアイスピック(ロボトミー)を万能だと信じていた時代、彼女の存在はまさに光だったのだと思う。
  • Fay
    4.5
    記録
  • KKMX
    3.8
    ニーゼ先生がなんとも偉大。1940年代の保守的な男性社会で潰されずにやり抜くには、あれくらい凄まじい信念が不可欠なのだろうと痛感しました。まったくブレない。 1940年代に、『ブラジル×女性精神科医×ユング派』って相当パンクでオルタナティヴだったと思う。そんなパンク先生だからこそ、革命が起こせたのかもしれない。 ニーゼ先生は徹底してアトリエを『自由であれる場』であれるよう死守した。クライエントたちは絵を描くが、ニーゼをはじめアトリエのスタッフたちは彼らを抑制せず、教えず、心のままの状態をキープすることに務める。その結果、クライエントたちがその人のままであれるようになるため、精神が安定していく。 (クライエントだけでなく、男性看護師まで角が取れていくのがスゴい…けどあの場に居続ければ絶対ああいう風に変化する) やがて絵も形を成していき、それはクライエントたちの内面な統合がなされていくことを表している。 自由に表現することこそ、セラピューティックである、とニーゼは確信していたのだと思います。その背景にあるものは、ユングの理論と人間ひとりひとりを尊重する姿勢ではないでしょうか。 そして考えさせられたことは、治療という概念。 ニーゼ以外の主流派ドクターたちは、治療を 『患者が落ち着いた状態』 と定義している。 当時、統合失調症は不治の病と考えられていたためである。 一方、ニーゼたちは 『クライエントがより生き生きと生きられるようにするプロセス』 と捉えているように感じました。 主流派ドクターたちが『統合失調症患者はモノではなく人』と理解するにはもう少し時間が必要だったようです。薬の開発もこの10年後くらいですしね。 現在では、統合失調症の治療薬も出来て治療可能になり、人権意識も育成されてデイケアとかも盛んになったので、『生き生きと寛解を目指す』ことがトータルな治療というイメージになっていると思います。 ニーゼ先生のような先人が道を切り開いたからこそ、心身の治療という概念が作られていったのだな、としみじみ実感した次第です。
  • T
    3.9
    障碍をかかえる「クライアント」達をもてなす精神科医のニーゼのアトリエ。『レナードの朝』とは異なる方向性の映画。女性医師としての医学界におけるポジションを想像させる。画面がとても明るくて観やすい。深層心理を創作によって表出させる人々の生き生きとした姿!動物のように実験台として彼らを扱う医師との対比が顕著に示される、終盤のあるシーン。残酷。
  • b
    4.7
    他人の評価など全く関係なく、混沌とした状態から生まれる芸術 何度も涙した 暴力的なシーン、対比的なクライアントさん達の穏やかな笑顔や描いているシーン その人らしく、人間らしくあることを尊重したニーぜは本当に素晴らしいと思いました 私もあんな人物になりたい
「ニーゼと光のアトリエ」
のレビュー(321件)