登場人物ゼロの中で「不在の在」と対話する−映画『人類遺産』での非日常体験

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3月4日(土)より、ニコラウス・ゲイハルター監督最新作品『人類遺産』が公開されます。

 

日本で約10万人を動員した大ヒット作『いのちの食べかた』(2005)が記憶に新しいゲイハルター監督。本作では朽ちゆく“廃墟”にフォーカスしていますが、撮影期間になんと4年もの歳月を費やし、世界70か所以上(!!)に及ぶ廃墟にカメラを向け続けたといいます。

日本でも空前の「廃墟ブーム」が訪れている昨今。映画のロケ地としても有名な長崎県・端島(軍艦島)をはじめ、実際に廃墟へ足を運ぶマニアは後を絶ちません。この映画はそういった“廃墟”の魅力に取り憑かれてしまった人にとって、まさに「垂涎モノ」な映像のオンパレードとなっています。

人類遺産

無音楽・無ナレーションで繰り広げられる数々のドラマ

しかし誤解してはならないのは、この『人類遺産』が単なる「美しい廃墟の映像集」ではないということです。

この作品の最大の特徴は、無駄な音が一切省かれているということ。

センチメンタルな音楽が流れることもなければ、余計な説明をダラダラと述べるナレーションがつくこともありません。鑑賞者である私たちは、微かに聞こえてくる雨粒の音や風の音に耳を澄ませ、廃墟に僅かに残された息遣いや、何かの気配に、全神経を集中させることができるのです。

人類遺産

ドキュメンタリー映画『いのちの食べかた』でも「無音楽・無ナレーション」という斬新な手法をとっていたゲイハルター監督。しかし『人類遺産』において新たな試みであった点は、「人間が一切登場しない」ということでした。彼はなぜ、今回のような静物的な作品においても、あえて同様の演出をとることとなったのでしょうか。それは、この作品が単なる「ドキュメンタリー」の枠を超越していることに起因します。

かつて人間が作り出し、何らかの事情によって放置されることとなった廃墟たち。私たちはこの映画を通し、数多の廃墟から様々な「ドラマ」を感じることになります。

各々の事情をその廃墟の姿から感じ取るうえで、感情的な演出は邪魔なものにほかなりません。実際、監督は制作にあたり「人間が出す人工的な音を加えたくなかった」と述べています。私たちは廃墟に潜むコンテキストを、視覚的なヒントを頼りに必死で探りよせなければならないのです。

登場するそれぞれの廃墟について、この映画から何か具体的な情報を得られるわけではないため、その意味ではドキュメンタリーの役割を果たしていないと言われるかも知れません。同じ廃墟の映像を観ていても、その場所のエピソードをすでに知っている人は、残酷さや切なさを感じるかもしれません。一方で背景を何も知らない人にとっては、その建物や場所が廃れるまでのノスタルジックなイメージを想起させるでしょう。

もちろん、その場所が辿ってきた具体的なストーリーに興味を持たせることも、監督の制作意図の一つではありますが、それ以上に「廃墟の風景と向き合い、対話をする」ことこそが、この映画の目的であり意義となっています。

『人類遺産』はドキュメンタリーというよりもむしろ、まるで私たちを一枚のファンタジックな絵画と対峙させるかのような、フィクション的側面をもった作品なのです。

映像から感じる「廃墟」になる前の時代の息遣い

人類遺産

そもそもなぜ人は廃墟に惹かれるのでしょうか。

例えば、作中では荒廃したジェットコースターが海辺に佇む様子や、人・車の影がまったく見えない道路などが次々と登場します。まるで世界の終わりが訪れたかのような荒廃ぶりに、人々はホラー、ファンタジー、アクションなど多種多様なストーリーを重ねることでしょう。

本来であればその場所に人々の往来があったにも関わらず、今や人間の姿はありません。なかには草木に覆われていたり、壁面が崩れているものもあります。

しかし、そこに建物が存在しているということは、かつて多くの人がその場所を訪れていて、様々な営みや、ドラマを繰り広げていたという証拠になります。私たちは廃墟を通し、「そこに確かに存在した」人間たちの姿と向き合うことになるのです。そういった「不在の在」の息遣いを感じ取ることが、廃墟の最大の魅力ではないでしょうか。

そして『人類遺産』は、「不在の在」が遺していった痕跡を、余計な演出を排除することで浮かび上がらせる作品なのです。

『人類遺産』をスクリーンで観ずにどこで観る?

実は、日本にも多くの廃墟が存在します。バブル時代に隆盛を極めたリゾートホテルや、使われなくなった工場などなど。“いわくつき”のホラースポットとして語られることもあれば、観光地として話題となる場所もあります。しかし、廃墟の中には足場が崩れかけているような危険な場所もあり、軍艦島のように観光地として整備されているスポット以外は、実際に訪れるのは非常に難しいのです(無断で立ち入ると不法侵入罪に問われることも)。

この作品では、映画館にいながらにして、世界中のありとあらゆる廃墟の姿を一度に堪能することができます。しかも、実際にそこに自分が立っているような臨場感を得られるのです。

スクリーンいっぱいに広がる廃墟の美しさと永久的に感じられる静けさ。これほど映画館で観ることに意義がある映画はありません。

人類遺産

映画『人類遺産』は、3月4日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国にて順次公開。非日常的な世界観にドキドキしたい方、また既存のドラマチックな展開に飽きた方に強くおすすめしたい映画です。ぜひお見逃しなく!

映画『人類遺産』information

人類遺産

日本で10万人が観た大ヒット作『いのちの食べかた』のニコラウス・ゲイハルター監督最新作撮影期間4年、世界70ヶ所以上にも及ぶ“廃墟”にカメラを向けた唯一無二の映像集。 放置され、朽ちゆく人工建造物の風景からは、人々が去った後もなお、不思議な息吹が感じられる。 “彼ら”が私たちに伝えようとしているメッセージとは何か? いま、時空を超えた人類遺産との対話が始まる―

上映時間:94分

〈2017年3月4日(土)全国順次ロードショー〉

公式サイト:http://jinruiisan.espace-sarou.com/[リンク
配給:エスパース・サロウ
(C)2016 Nikolaus Geyrhalter Filmproduktion GmbH

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  • とみぎ
    -
    廃墟
  • sunday
    2.5
    廃墟が面白そうと見たのだが、場所の表記をしてほしかった。 2017.8.1劇場で
  • Arisa
    3.4
    スクリーンショットで保存したくなるような美しい廃墟の映像が次々と、デジタルフォトフレームのように次々と… しかしあまりの静かさに爆睡必須😂
  • ラウぺ
    3.7
    音楽なし、ナレーションなし、キャプションなしでただひたすら廃墟の映像を映し続けるドキュメンタリー。 しかもカメラは固定で、パンもズームも一切なし。 風の音、雨の音、鳥の声、波の音・・・といった音声のみが映像とともに流れるのみ。 これはもう、音の出る写真集といったレベル。 採り上げられている廃墟は軍艦島をはじめ、おそらく世界中の廃墟マニアにはよく知られたスポットなのだろうと思いますが、どれも驚くべき景観の連続で、巨大なドーム状のスタジアム、教会やショッピングモール、大西洋防壁のどこか、ドイツ連邦軍の演習地、病院、日本のどこかの巨大温室、軍艦島に浪江町・・・ 廃墟属性のある人には堪らない映像が続きます。 ただ、ナレーションもキャプションもないばかりか、エンドロールにもどこで撮影したのかといったクレジットは出ません。 クレジットには協力した人物と組織の一覧が出るのみです。 パンフレットには代表的な廃墟に関して有意な説明はあるものの、登場するすべての廃墟が網羅されているわけではないので、結局どこなのかといったことが分からないところが多いのです。 これはおそらく監督の意図によるものなのだと思いますが、ただひたすら廃墟映像を見ることについては何の不満もないものの、驚くような劇的な廃墟群を観ているうちに、やはりここはどのようなところで、どういう経緯で廃墟となったのか?という疑問が累積され、決して心地よいとはいえない好奇心の渇望感に繋がり、見終わった後になんともいえない欲求不満を残すことになります。 あとは自分で調べてくれ、なのか、それとも人間の営みからはじかれた廃墟の虚しさを想像してくれ、ということなのか、観てからあれこれ思い巡らすことになります。 せっかちな性格な人には向かない映画といえばそれまでですが、やはり何らかの形でどこの廃墟なのかくらいは情報を明示してほしいと感じました。 更に、浪江町の景観については、これは他の一連の廃墟と同列に扱われてよいものか?というささやかな疑問も無きにしも非ず。 映し出されている浪江町の景観は当然帰還困難地域のものだろうと思いますが、これはあくまで長い避難中に荒れるに任せているものの、いずれはまた人が帰っていくべきところであって、少なくとも我々の感覚からいえば、これはまだ廃墟と呼ぶことはできないものです。 他の完全に人の手から放棄された、「死んでいる景色」とはやはり同列に扱われてはいけないはずのものでしょう。 キャプションやナレーションを排するという監督の意図からしてこれに特別の説明を加えることはできないのだと分かっていても、そうなると、浪江町の景色を入れることの是非という問題に踏み込まざるを得ない、と思うわけです。 それでもなお、この景色を見せることの意義も十分理解できるのですが・・・ それはともかく、廃墟の写真集からでは感じ取ることができない、その場所の空気感や、寂寥感といったものは、やはり映像ならではのものであり、脳裏に強烈なイメージを植え付けるだけのインパクトがありました。 と同時に、写真集ではそれぞれの場面を自分のリズムと集中度で鑑賞できるのに対し、映像作品としての宿命ながら、監督の意図した時間割で強制的に場面が転換していくさまを見続けることは、一種の息苦しさを伴うものであり、それぞれに限界のあるものであることを再認識しました。 「音の出る写真集」としてスタイルを極限まで突き詰めたが故に、映像作品としての不自由さが気にかかる、というある意味で自家中毒的限界に至るというのは、廃墟ドキュメンタリーという作品的に非常に興味深い帰結といえるのかもしれません。
  • fugl
    4.1
    映像美!蝿の羽音がたまらない。
「人類遺産」
のレビュー(398件)