登場人物ゼロの中で「不在の在」と対話する−映画『人類遺産』での非日常体験

2017.03.03
特集

Filmarks編集部

フィルマーくま

3月4日(土)より、ニコラウス・ゲイハルター監督最新作品『人類遺産』が公開されます。

 

日本で約10万人を動員した大ヒット作『いのちの食べかた』(2005)が記憶に新しいゲイハルター監督。本作では朽ちゆく“廃墟”にフォーカスしていますが、撮影期間になんと4年もの歳月を費やし、世界70か所以上(!!)に及ぶ廃墟にカメラを向け続けたといいます。

日本でも空前の「廃墟ブーム」が訪れている昨今。映画のロケ地としても有名な長崎県・端島(軍艦島)をはじめ、実際に廃墟へ足を運ぶマニアは後を絶ちません。この映画はそういった“廃墟”の魅力に取り憑かれてしまった人にとって、まさに「垂涎モノ」な映像のオンパレードとなっています。

人類遺産

無音楽・無ナレーションで繰り広げられる数々のドラマ

しかし誤解してはならないのは、この『人類遺産』が単なる「美しい廃墟の映像集」ではないということです。

この作品の最大の特徴は、無駄な音が一切省かれているということ。

センチメンタルな音楽が流れることもなければ、余計な説明をダラダラと述べるナレーションがつくこともありません。鑑賞者である私たちは、微かに聞こえてくる雨粒の音や風の音に耳を澄ませ、廃墟に僅かに残された息遣いや、何かの気配に、全神経を集中させることができるのです。

人類遺産

ドキュメンタリー映画『いのちの食べかた』でも「無音楽・無ナレーション」という斬新な手法をとっていたゲイハルター監督。しかし『人類遺産』において新たな試みであった点は、「人間が一切登場しない」ということでした。彼はなぜ、今回のような静物的な作品においても、あえて同様の演出をとることとなったのでしょうか。それは、この作品が単なる「ドキュメンタリー」の枠を超越していることに起因します。

かつて人間が作り出し、何らかの事情によって放置されることとなった廃墟たち。私たちはこの映画を通し、数多の廃墟から様々な「ドラマ」を感じることになります。

各々の事情をその廃墟の姿から感じ取るうえで、感情的な演出は邪魔なものにほかなりません。実際、監督は制作にあたり「人間が出す人工的な音を加えたくなかった」と述べています。私たちは廃墟に潜むコンテキストを、視覚的なヒントを頼りに必死で探りよせなければならないのです。

登場するそれぞれの廃墟について、この映画から何か具体的な情報を得られるわけではないため、その意味ではドキュメンタリーの役割を果たしていないと言われるかも知れません。同じ廃墟の映像を観ていても、その場所のエピソードをすでに知っている人は、残酷さや切なさを感じるかもしれません。一方で背景を何も知らない人にとっては、その建物や場所が廃れるまでのノスタルジックなイメージを想起させるでしょう。

もちろん、その場所が辿ってきた具体的なストーリーに興味を持たせることも、監督の制作意図の一つではありますが、それ以上に「廃墟の風景と向き合い、対話をする」ことこそが、この映画の目的であり意義となっています。

『人類遺産』はドキュメンタリーというよりもむしろ、まるで私たちを一枚のファンタジックな絵画と対峙させるかのような、フィクション的側面をもった作品なのです。

映像から感じる「廃墟」になる前の時代の息遣い

人類遺産

そもそもなぜ人は廃墟に惹かれるのでしょうか。

例えば、作中では荒廃したジェットコースターが海辺に佇む様子や、人・車の影がまったく見えない道路などが次々と登場します。まるで世界の終わりが訪れたかのような荒廃ぶりに、人々はホラー、ファンタジー、アクションなど多種多様なストーリーを重ねることでしょう。

本来であればその場所に人々の往来があったにも関わらず、今や人間の姿はありません。なかには草木に覆われていたり、壁面が崩れているものもあります。

しかし、そこに建物が存在しているということは、かつて多くの人がその場所を訪れていて、様々な営みや、ドラマを繰り広げていたという証拠になります。私たちは廃墟を通し、「そこに確かに存在した」人間たちの姿と向き合うことになるのです。そういった「不在の在」の息遣いを感じ取ることが、廃墟の最大の魅力ではないでしょうか。

そして『人類遺産』は、「不在の在」が遺していった痕跡を、余計な演出を排除することで浮かび上がらせる作品なのです。

『人類遺産』をスクリーンで観ずにどこで観る?

実は、日本にも多くの廃墟が存在します。バブル時代に隆盛を極めたリゾートホテルや、使われなくなった工場などなど。“いわくつき”のホラースポットとして語られることもあれば、観光地として話題となる場所もあります。しかし、廃墟の中には足場が崩れかけているような危険な場所もあり、軍艦島のように観光地として整備されているスポット以外は、実際に訪れるのは非常に難しいのです(無断で立ち入ると不法侵入罪に問われることも)。

この作品では、映画館にいながらにして、世界中のありとあらゆる廃墟の姿を一度に堪能することができます。しかも、実際にそこに自分が立っているような臨場感を得られるのです。

スクリーンいっぱいに広がる廃墟の美しさと永久的に感じられる静けさ。これほど映画館で観ることに意義がある映画はありません。

人類遺産

映画『人類遺産』は、3月4日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国にて順次公開。非日常的な世界観にドキドキしたい方、また既存のドラマチックな展開に飽きた方に強くおすすめしたい映画です。ぜひお見逃しなく!

映画『人類遺産』information

人類遺産

日本で10万人が観た大ヒット作『いのちの食べかた』のニコラウス・ゲイハルター監督最新作撮影期間4年、世界70ヶ所以上にも及ぶ“廃墟”にカメラを向けた唯一無二の映像集。 放置され、朽ちゆく人工建造物の風景からは、人々が去った後もなお、不思議な息吹が感じられる。 “彼ら”が私たちに伝えようとしているメッセージとは何か? いま、時空を超えた人類遺産との対話が始まる―

上映時間:94分

〈2017年3月4日(土)全国順次ロードショー〉

公式サイト:http://jinruiisan.espace-sarou.com/[リンク
配給:エスパース・サロウ
(C)2016 Nikolaus Geyrhalter Filmproduktion GmbH

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  • sideBatsu2015
    4.2
    『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のオープニング、スター・ロードがオーブを盗みに入った先で、廃墟に今まであった生活を再現するシーン、終始あんな感じで鑑賞。 ここに、かつて、どんな、人や事があったのか。 それを想像しつつ、朽ちてゆく美しさと寂しさと人の息吹を感じる映像でした。
  • panpie
    4.0
    絶対に観る事の出来なかった金曜日の夜1度だけの上映を大好きな映画館で観る事が出来ました! 仕事は同じなのだけど来月から少し変更になりその手続きの為今日は初めて早上がり出来たのです。 フォローしている方のレビューで今作を知りこの日1日1度だけの上映と知っていたけれど観られないと思っていたから思いがけず観られる事になって喜びもひとしおでした。 でも忘れていました! 前に「David Bowie Is」を観た時は金曜ではなかったけど1日1度だけの上映はこの時に経験済みだったのに後ろの席へ座ってしまったら案の定通路にパイプ椅子を並べる程の満員でおまけに前に座った方が姿勢のいい方でした!(ToT) 一番前で観るべきでした。(;_;) ちょうどスクリーン真ん中の下から4分の1位が前の方の頭で埋まっていて思いっきり座高を伸ばして後ろの方に迷惑だなと思いつつもイラっとしながら観ていたらとうとう睡魔が襲ってきました。(;_;) ナレーションも字幕も一切なく鳥のさえずりや羽ばたく音、雨音や風の音がとても心地良く眠りに誘われてしまいました。 他の方のレビューで仕事帰りに観たら寝てしまったとよく見かけますが私も前半が始まった辺りから船を漕いでグラっとしたら起きてを繰り返してしまいました。 グラっとしてやっと完全に目を覚ましたら何処かの廃病院を映し出していてここは福島だったのでしょうか? そう思ったのは看板に日本語の文字があったから。 散乱するレントゲン写真が印象的でした。 個人情報をとやかく言う現在では考えられないけれどもしやカルテなどもそのまま放置されているのではと思ってしまいました。 天井が丸くて放射状の綺麗なデザインの建物で廃墟となっていてもここが待合室だったとか入院施設だったとか散乱する椅子やテーブルやベッドなどで使われていた頃の様子を想像出来ます。 人間に必要とされ建てられ使われていた建物が朽ちてゆく様は何故か不思議な生命感に溢れていて惹きつけられました。 ボーリング場も無人で朽ちていたし駐輪場も右側は整然と並べられていましたが左側はぐにゃぐにゃになった自転車が放置されていて 線路には草が伸びていて使われていない事を物語り人の痕跡は何処にも認められません。 そして楽しみにしていた軍艦島! これだけもっと長く観ていたかったのですが(笑)割とあっけなく次に移ってしまいました。 軍艦島のドキュメンタリー映画はないものかとこの時に思ってしまった程。笑 建物なども朽ちていますが当時アパートなど珍しかった大正時代に建築されたそうでおよそ200年も経っているのに未だ崩落しておらず今は世界遺産に登録されているのできっと保護されているのだと思われますがそれにしてもシルエットも質感も私には美しく映り毎度見る度に魅了されます。 軍艦島ツアーにいつか行きたいです。笑 でも早く行かないと崩壊してしまいそう。 次は海に建てられたジェットコースターの残骸。 何故海にジェットコースターがあるの?と思って調べてみたら2013年のハリケーンで壊れてしまったアメリカ・ニュージャージー州の海辺の遊園地だそうで正確には一部遊園地として再開しているそうで廃墟ではないらしいです。 でも映画としてはジェットコースターの骨組みと打ち寄せる波とのコントラストが美しくてとても印象的でした。 もう1つ印象的だったのは砂漠の中の廃墟のシーン。 建物から外国だと分かりましたが朽ち方が凄くて調べてみたら湖底に水没したアルゼンチンの町が干ばつで奇跡的に姿を現したそう。 水没したと言う湖は跡形もなく消えて無くなり地面ではなく砂に覆われて砂漠と化していました。 何故かとても今まで見た廃墟とは一線を画しており生活感が跡形もなくただ建物の外観だけが砂と共に風に吹かれていく様が悲しかったです。 観る事が出来て本当によかった! でも前半の何度も眠りに誘われて頭ぐらぐらして観ていた時はおそらく福島だったと思われどうしてもまた観直したいです。 仕事帰りの映画はやはり厳しいですね。笑 でもフライデーシネマに初めて行けた事が嬉しかった! これから金曜日が休みになる事や映画を観れる程早上がりが出来る事はないと思われこれが最初で最期かと。(ToT) DVDになったらもう一度観たいですね。 ニコラス・ゲイハルター監督作品は初めてで「いのちの食べかた」も観てみたいです。 パルフレット買わなかった事を後悔しています。 北海道にも炭鉱で栄えた夕張の奥にある町が近い将来ダム湖として水没するそうで何年か前に行った事を思い出しました。 かつては炭鉱が盛んで人々で溢れて活気があり栄えた町の面影はなく住居の窓やドアには木が打ち付けられて開かなくなっており草もぼうぼうに伸びていて独特の雰囲気でした。 軍艦島も石炭採掘で栄えた島ですので時期は同じだと思います。 燃料を石炭に頼っていた時代から石油に変わり需要が減って廃れて行った町。 まだダムが出来たとはニュースで聞いていないのでいつかまた行ってみたいと見に行った事を思い出しました。 ピアノの調律に毎年来てくれる調律師さんに言われた「ピアノは無人になると音が狂ってしまう。人が住んで生活する事で一定の温度が保たれ人と一緒に呼吸するんです。それは建物も同じです。」と言われた事を思い出しました。 高齢化が進みそこに住む人が亡くなり廃墟が増えている日本。 廃墟が身近になり珍しくなくなっていくのかもしれません。 暗くなった帰り道鑑賞後色々な事に思いを巡らせて夜の映画鑑賞を楽しめて心のリフレッシュになりました。 少し寝ちゃったけど。笑
  • NorikazuHarada
    1.5
    廃墟の映像を淡々と見る映画。確かに映像は美しく、静止画には無い良さもあった。ただ本当にそれだけだとは思わなかった。風で物が揺れたり鳥が羽ばたいたりするので静止画でないのは分かるけど、いや、実際は何枚か静止画が混ざっていても判らなかったかも、というくらい動きの少ない定点撮影の映像で、十数秒くらいのカットが400くらいはあったろうか。登場人物や台詞が無いのは勿論、ナレーションもテロップもBGMも無いという徹底ぶり。その信念は少しもぶれることなくエンドロールへ。ガチの廃墟マニアか、退屈を満喫したい人にオススメ。
  • 808
    4.6
    廃墟の美しさを堪能しようと観に行った。 冒頭、いっけん普通の現代の日本の住宅街や少し荒れた駐輪場、 無人の駅、駅名は浪江。 誰も居ない現代の住宅街がつらくて涙がこぼれた。 その後の海外の廃墟を見る気分が重かった。 巨大な鳥かごのような物体。 浜辺の遊園地。 ナレーションがないのが良い。 環境音の編集の力が凄い。 撮ったままではなく演出があるんだと思う。 風の音や鳥の羽音。
「人類遺産」
のレビュー(307件)