クリストファー・ノーラン作品は何故、常に賛否両論が渦巻くのか?【フィルムメーカー列伝 第一回】

ポップカルチャー系ライター

竹島ルイ

『バットマン』シリーズ三部作、『インセプション』、『インターステラー』など、メガヒット作品を次々に手がけるクリストファー・ノーランは、今ハリウッドで最もイケている映画作家の一人だろう。彼の一挙手一投足に、世界中の目が注がれている。

“ベースボールキャップをかぶり、口ひげを蓄えた非モテ系”がひと昔前の映画監督像とするなら、仕立ての良いスーツに身を包んだグッド・ルッキング・ガイのノーランは、フィルムメーカーのオフィシャル・イメージもオサレ方向に180度転換させてしまった。スピルバーグやルーカスがアメリカ映画界をリードしていたのは遠い昔。今や、キング・オブ・ハリウッドといえばノーランなのである。

だが、しかし!熱狂的ファンからの熱い支持を受ける一方で、うるさ型のシネフィル(取り扱い注意系)からはディスられる傾向にあるのも事実。

なぜこのこの若きキング・オブ・ハリウッドは、常に賛否両論が渦巻くのか?筆者はその理由を、「長所と短所が極端に入り混じった作家だから」と考えている。独断と偏見を交えつつ、彼の映画作家としての特徴をみていこう。

特徴1. デジタルの波に背を向けるフィルム主義者

クリストファー・ノーランといえば、クエンティン・タランティーノやスティーヴン・スピルバーグと同じく、徹底したアナログ・フィルム主義者。経済効率の面から映画界はデジタル撮影が主流となっているが、彼は真っ向から異を唱えている。

フィルムからデジタルへの変遷を描いたドキュメンタリー映画『サイド・バイ・サイド フィルムからデジタルシネマへ』では、はっきりとデジタル撮影への嫌悪を露わにするノーランのインタビューを拝むことができる。

サイド・バイ・サイド フィルムからデジタルシネマへ

彼が志向するのは、フィルムだけが有するあの“テクスチャー”。そのこだわりはハンパなく、彼の出世作『ダークナイト』では、“35ミリを圧倒的に凌駕するほどの高解像度ではあるものの、カメラが巨大すぎるためにアクション映画には不向き”とされていたIMAXカメラを大々的に使用するという、普通の映画監督なら尻込みするような映像的実験に挑んでいる。

当時世界で4台しかなかった超高額のIMAXカメラを撮影中にぶっ壊してしまったというのは、今では笑い話(いや、笑えないか…)の有名なエピソードだが、152分の上映時間のうち約30分ほどがIMAXカメラで撮影された結果、『ダークナイト』には圧倒的な映像的陶酔感に満ち満ちている。

ダークナイト

さらにいえば、彼はCGも否定派。『ダークナイトライジング』の冒頭の飛行機墜落のシーンを思い出してみよう。飛行機に飛行機の残骸がぶら下がっているという、「どう考えてもCGだろ!」という映像をノーランは実写で本当に空撮しているのだ。

こだわりもここまで来れば狂気レベル!観るもの全てを魅了するノーラン映画の映像的美観は、彼のクレージーな、じゃなかった、徹底的な反デジタル、反CG志向によってもたらされているのだ。

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特徴2. 複雑な時系列操作

「処女作には、そのクリエイターのすべてが込められている」というのはよく言われることだが、クリストファー・ノーランも例外ではない。彼が監督、脚本、製作、撮影、編集を全て一人でこなしたデビュー作『フォロウィング』を観れば、一目瞭然だ。

フォロウイング

「複雑な時系列操作」、「奇抜なプロット」、「スタイリッシュな映像」、「主人公が潜在的に抱える孤独感/トラウマ」…。その後のノーランのフィルモグラフィーに通底している全ての要素が、きっちりコンパイルされている。

特に「複雑な時系列操作」は、ノーランの大きな特徴の一つといえるだろう。次作の『メメント』になると「終点から始点に向かって10分刻みで遡っていく」というトリッキーな構造となり、さらに複雑度アップ!クエンティン・タランティーノも時系列を巧みに操作する作家の一人だが、ノーランはよりパズル的要素が強い。そこにフィルム・ノワール的な隠し味を効かせることで、「何かよくわからないけど、スタイリッシュですごい感じ!」を醸し出している。

ただ時系列操作は本来ストーリーテリングに奉仕するべきものだが、ややもするとそれ自体が目的化してしまう。うるさ型のシネフィルにはコレが少々あざとく見えてしまって、ノーランを敬遠してしまう一因になっているのかもしれない。

メメント

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特徴3. 足し算的構成の高密度ストーリー

「複雑な時系列」にも起因しているのだが、ノーラン作品は一回観ただけでは咀嚼しきれないくらいに情報量が盛られているため、非常に難解な作品になりがちだ。

別に難解が悪いということではない。例えば『2001年宇宙の旅』は難解ゆえに鑑賞者の想像力を刺激し、様々な議論を巻き起こし、映画史に残る傑作となった。これは、スタンリー・キューブリックが意図的に「説明を削ぎ落としている」ことに起因する引き算的構成ゆえである。

2001年宇宙の旅

一方ノーランが手がけたSF映画『インターステラー』が難解なのは、情報過多による足し算的構成ゆえ。「だからこそ作品に厚みがある」という言い方もできるが、逆に言えば「説明不足でストーリーテリングが下手」ということにもなってしまう。

さらにいえば、著名な理論物理学者キップ・ソーンを製作総指揮に迎えてはいるものの、意外とSF的考証がグダグダだったりする。最初に主人公たちが訪れる水の惑星は、ブラックホールと非常に近い距離にあるという設定なのに、特に重力の影響を受けず普通に歩けるのは何故なんだ?…etc。

この「脇の甘さ」も、ノーランがシネフィルからディスられてしまう要因だろう。

インターステラー

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特徴4. リアリズムではなくビジュアル重視

クリストファー・ノーランは、その作風から一見すると“リアリズム重視の映像派”と思われがちだが、よくよく映画を観察してみると、リアリズムよりもビジュアル重視派であることがよく分かる。

そんな彼の信条が最もよく表れたシーンが、『ダークナイトライジング』のクライマックスだ。

ダークナイトライジング

ゴッサム市警とベイン率いるテロリスト軍団が市庁舎前で激突するのだが、何故か彼らは戦う寸前に手にしていた銃を投げ捨てて、素手で殴りあうのである!!

「戦闘で有利なはずなのに、何で火器を放棄してしまうんだろう?」と訝しむのは野暮というもの。殴り合いによる壮絶な集団戦のほうが、絵として断然カッコイイではないか。理屈よりも格好良さを優先。この確固たる信念が、ノーラン映画をノーラン映画たらしめている。

だがノーランは、一枚絵としての完成度は高いのだが(どのシーンも構図がカッコイイ!)、アクションは描けないという致命的な弱点を抱えている。「どこで、誰が、何をしているのか」という状況描写をモンタージュとして還元できないのだ。その弱点は、集団戦になるとより明らかになってしまう。

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特徴5. クロス・カッティング至上主義

クロス・カッティングとは、異なる場所で同時に起きている複数のシーンを交互に繋ぐことである(パラレル・モンタージュともいう)。“映画の父”D・W・グリフィスが『國民の創生』の戦闘シーンで使用したのが始祖とされているが、最も有名なのは、フランシス・フォード・コッポラ監督『ゴッドファーザー』のクライマックスだろう。荘厳な洗礼式と血なまぐさい暗殺シーンを交互に描き、バイオレンス描写すら格調高いシーンに昇華させている。

ゴッドファーザー

クリストファー・ノーランもまた、映画の醍醐味がクロス・カッティングであることを信じて疑わない映画作家だ。『バットマン ビギンズ』でも、『プレステージ』も、『ダークナイト』も、クライマックスは全てクロス・カッティングという必勝パターン。『インセプション』は、そんな彼のクロス・カッティング至上主義哲学が、ストーリー&映像共に結実した作品と言えるだろう。

人間の夢の中(潜在意識)に入り込み、企業スパイがアイディアを盗み出そうとするという凄い話なのだが、その夢が三重構造になっているのがもっと凄い。

第一階層(雨のLA)、第二階層(ホテル)、第三階層(雪山)でのシークエンスがクロス・カッティングで繋がれ、さらに第四階層として「虚無」なる記憶空間まで登場するのだから、四重のクロス・カッティングだ。

大きな物語が直線的に一方向に進むのではなく、小さな物語の枝葉が複雑に絡み合って、同時多発的に進行する…。これこそまさに、ノーラン的ストーリーテリングの真髄である。

インセプション

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穴の多いホームラン打者、ノーラン

絵はカッコイイが、アクションは下手。話は複雑だが、説明不足。クライマックスは決まってクロス・カッティング…。

ノーランは、ストロングポイントとウィークポイントがわかりやすく同居している映画作家だ。野球にたとえれば、打てるコースが決まっていてツボに入ればホームランをかっとばすが、穴も多すぎてそこを攻められると三振してしまう、というタイプである。

そう考えれば、彼の作品が常に賛否両論渦巻くのは当たり前の話。彼のストロングポイントをどれだけ愛し、彼のウィークポイントにはどれだけ目をつむるかが、評価のポイントなのだから。

今年9月には、いよいよ新作『ダンケルク』が公開される。果たして、ノーランの映画作家としての進化はみられるのか?期待に胸を膨らませながら、初日を待とうではありませんか!

ダンケルク

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※2020年9月22日時点のVOD配信情報です。

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