『天使のはらわた 赤い教室』〜オトナになったあなたにすすめたい映画〜

2017.04.05
映画

"DON’T TRY"

ロハ

妖艶で甘美でドラマチック。そんな「大人の映画」がある……

大人ってなんだろうか? 

タバコが吸えるようになったら? 恋をしたら? 二十歳になったら……様々な大人の定義があると思う。15歳で元服して大人になった時代もあった、今は18歳で投票権があるのだから18歳から大人だという意見もあるだろう。大人って一体いつからだろうか……。

申し遅れました。ロハと申します。今回よりここ、FILMAGAで「大人の映画」を紹介していくことになりました。基本的には日活ロマンポルノ作品の紹介と年齢制限のある官能的で映像美が美しい作品を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

今回紹介するのは天使のはらわた 赤い教室』(1979)

天使のはらわた

日活ロマンポルノ作品の中でも名作と名高い一本。原作が石井隆、監督が曽根中生蟹江敬三水原ゆう紀が出演している。3月30日は蟹江敬三の命日。この作品でも蟹江敬三の名演を見ることができる。

アダルト雑誌の編集をしている村木(蟹江)はある日、ブルーフィルム(当時の無音声のアダルトビデオのようなもの)の上映会で作品を見ていた。そこに出演していた名美(水原)のリアリティのある妖艶な姿に釘付けとなる。村木は名美を探し見つけ出す。しかし、あのブルーフィルムは実際のレイプ映像で、勝手に撮られ勝手に売買され上映されている事実を村木は知る。名美はその事件以来、男を、自分の人生を憎むようになっていた……。

蟹江敬三の異質な魅力

蟹江敬三と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、今の人はやはり「あまちゃん」のじっちゃんだろうか、それとも「ガイアの夜明け」のナレーションか。今ではあまりイメージはないが、当時は蟹江敬三と言えば悪役だったという。この作品でも、村木という役柄は一筋縄ではいかない男だ。女性と不倫関係にあったり、職業はアダルト雑誌の編集者。佇まいも少しヤクザな感じが漂っている。

冒頭で、彼と不倫関係にある女性との絡みのシーンがあるのだが、とても野生的で印象的だ。しかしどこか彼自身が傷ついている。そんな芯の部分の人間らしさと表面上の野生感の両端が、この作品で村木というキャラクターを際立たせている。蟹江敬三の魅力もおそらくその両極端な部分なのだと思う。表面上の野生的な激しさと内面の人間的な優しさ。その二つがぶつかり合って一人の人間の中にあることこそが、多くの人がスクリーンで彼の姿を追ってしまう理由なのではないだろうか。

幸せなセックスは、描かれない

今回この作品を観ていて一番に思ったことが、一つも幸せなセックスが描かれていないということだ。

日活ロマンポルノは経営が危ぶまれた日活が、起死回生の一手として始めたと言われている。やはりエロというものは強くて、多くの人に需要がある。特に男性に。しかしこの作品には、男が一般的に望むようなセックスは描かれない。村木は不倫している女性と、仕方なく、凶暴的にセックスをするし、名美は男に復讐するように、自分を自分で堕とすかのようにセックスをする。

単純に絡みのシーンを楽しむことができない演出になっている。エロを単純に楽しめないのだ。そういう意味ではポルノ作品として疑問が残る。しかしそこが、名作である所以でもある。

堕ちていく女。それに引きずられ堕ちていく男たち。そんな男女の悲哀がこの作品には確かに収められている。ストーリーは幸せな結末を迎えない。名美は堕ちるところに堕ちていくし、村木はそれを救おうとするのだが、救うことができない。名美が村木の救いの手を掴めば、あるいは幸せな結末を迎えることができたのかもしれない。しかし、そう単純ではないのだ。

大人ってのは難しい生き物だ。

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  • aiueo
    5.0
    オープニングとラスト、「名美。土屋名美」というシーンだけにかかる音楽。もっとも様式化された村木と名美もの。
  • 31monks
    3.1
    蟹江敬三かっこいい。
  • ardant
    5.0
    粒子の粗い画面から始まるこの映画の中の映画から、あの余りにも美しいラストの別離まで、曽根中生の眼は、一人の堕ちて、朽ち堕ちていくしかない女を、冷徹にそしてストイックなまでに厳正にみつめ続ける。 亀和田武の言うように、ブルーフィルムや強姦、ヌード雑誌の真っ只中において、なおかつ育もうとし、そして頓挫した一人の男との純愛は、我々が経験したそれとはあまりにもかけ離れた存在故に、ある種の新鮮さとひときわ妖しい燐光の放ちを感じさせるのだ。 そして、ここでのそれらの<性>は明らかに、衆目を引くための具にとどまるどころか、その<性>という具にもて遊ばれる愛憎のドラマを、くっきりと浮き出させる重要な媒介物としての意味を持つ。名美と村木の出会い、別れ、そして再会には、常に<性>がまとわりついている。 そういう意味で言えば、曽根中生は、この映画で<性>を介在させることによって、どこにもない<愛>を思慕し続ける、苦いあきらめにも似た、逆形のユートピアを描こうとしたのかもしれない。と同時に、彼の聡明な計算は、まさに我々が考えている無数の夢を一つ一つ解体してみることで、一体その後に何があるかをみつめている作業のように思えるのだ。 この映画の胸をつくような切なさは、ラストの描写に集約されている。名美は村木の「ここから出るんだ、どうにかなる、過去なんて」の言葉に一瞬の動揺を感じたに違いない。だが、彼女はここに留まって、更に堕ちていくことが、自分自身のレゾンデートルであり、と同時に心を吹き抜ける真冬の海岸のような寂寥感は、男によって拭い去ることなど到底できない代物であることを本能的に悟ったに違いないのだ。 水たまりに映った自分の分身はさざ波の中で揺れ動く。そして、その像は決して触れうることは出来ない。そこに横たわる不可能性を了解したとき、彼女にできることは只一つ、その姿を自らの足でかき消してしまうことだけなのである。
  • もち米チマキ
    3.7
    【人に堕とされ、自らも堕ちる女のもののあはれ】 初ロマンポルノ。 学校のav資料室の「av」の文字が違う意味にこの視聴時間の間は変化していたに違いない。職員さんにこの映画のパッケージを見られるのが内心凄い恥ずかしかった...笑 まず最初のブルーフィルム鑑賞のシーンから素晴らしい。禁忌を犯すようなドキドキ感(僕の場合は環境の影響も相まって笑)と堕ちる女の汚れた幽玄美みたいなものをここまで躊躇いなく描いてしまうロマンポルノの勢いに驚きました。初体験の身としては正に洗礼。 しかし、そんなシーンは序の口でしかなく、次々に生々しい性描写が、、。ネバネバとは糸を引くような体液のシズル感とゴールデン街チックな建物の退廃感がドロドロに溶け合ったいやらしさの容赦ない応酬に若干引きながらも、男心はやはり素直でした笑。脚先から顔に向かって舌を這わせるとこなんか思わずゾワッ! 奇をてらった演出だけでなく鏡や照明の演出、長回しなどの純粋な実力も光っているのは失礼ながら意外。普通に勉強になる。ラストの水たまりの場面で、一見混沌とした男女の交わり、染み付いた卑猥も実は純粋で化粧程度のことですあったのが思い起こされ切なさで胸が痛くなる。。。 ただフェミニスト兼チェリーボーイ(笑)の僕にはちょっと受け付けないとこが多く、見慣れてないせいか正直展開についていけなかった。
  • てぃだ
    2.9
     石井隆の脚本はもしかして石井隆自身に撮ってもらわなきゃダメなのかなぁと思った。『ラブホテル』ほどはまれず。よくわかんなかったし教室もそんなに関係なくね?と思った。
「天使のはらわた 赤い教室」
のレビュー(353件)