家族の悲喜こもごもを軽やかなタッチで描いた喜劇『家族はつらいよ2』に出演した蒼井優は、前作『家族はつらいよ』に続いて、平田家末っ子の庄太(妻夫木聡)のお嫁さんである憲子を、健やかでチャーミングに演じた。一見、どこにでもいそうな平々凡々な家族のくすっと笑える物語のようであるが、蒼井は「山田(洋次)監督の作品はファンタジーだと思っているんです」と本作を夢のような話だと表した。
思えば、核家族や単身世帯、独居老人などが増え続ける現代社会で、皮肉を口にしながらもワイワイ集まり明るく過ごす大所帯の様子は、「音信不通の人がいないでいられるのはいい家族」と蒼井が言う通り、理想的な景色なのかもしれない。インタビューでは、蒼井にとっての「家族」のことや、敬愛してやまない山田監督への愛まで、とうとうと話してもらった。
――前作より続投になりますが、本作の話がきたときはどう思いましたか?
すごくうれしかったです。平田家の8人はベタベタしない関係で、ものすごく仲がいいわけではないんです。ですけど、すごくバランスが取れているので、そこに誰ひとり欠けることなく、この8人でまた映画を作れることがうれしかった。うっかり誰かのスケジュールが合わなかったりして、「しょうがないから別の人で」となったら、絶対に変わってしまいますし。松竹さんが皆のスケジュールをおさえてくださったおかげですよね(笑)。あと、私は橋爪(功)さんと吉行(和子)さんが大好きなんです。役者さんとしてすごく尊敬しているので、お二方の主演作がまたできるのも、映画ファンとしてうれしくて。
――前作の公開後、蒼井さんの元には周りの方々からどんな感想が寄せられましたか?
「家族で観に行った」と言われたときは、うれしかったです。私も「家族で映画を観に行こう」となったりしても、意外と「その映画だったら行ってもいいか」と家族の皆がうなずくものは結構少なくて。家族で皆が「行こう」となれる作品に携われたことは、うれしいです。コメディじゃなくて喜劇というのは、若い子たちにとっては新鮮みたいですね。「こういう映画もあるんですね!」と楽しんでもらえたみたいで。やっぱり真面目に作った喜劇っていいなって、公開されて思いました。
――絶対に楽しめることはわかっているという安心感が、山田監督の喜劇にはありますね。
そう、だから山田監督の喜劇に、たまたま生まれた笑いって入っていないんです。全部計算されていて、「このタイミングでこうしてください」という山田監督の喜劇のメソッドがある。笑いのあるシーンは、その役者は無みたいな状態になっていないとOKが出ないんです。計算されていないといけないんだけど、笑いを取りに行ったり、過剰にサービスしたりすると、山田監督はすごく怒るんですよ。「役者が楽しいでしょって思いながらやっている笑いなんかは面白くないんです」とおっしゃっていたので。私はそういうの、好きなんですよね。かといって、できあがった作品は軽やかですし。
――蒼井さんご自身は、前作以前から山田監督の作品をご覧になっていたんですか?
そうです、もともと山田監督のファンだったんです。かつて、岩井俊二監督の作品に出させていただくことが決まって、岩井さんの作品を全部観たんですね。そこからなんですけど、当時、レンタルビデオ屋さんに行ったとき、少し前の作品に惹かれる傾向が私にはあって。山田監督のことを、名前は耳にしたことはあったけど、映画やテレビをまったく観ないような子供だったので、「どういう作品なんだろう?」って単純に興味があった。それからいろいろ拝見して、ハマって、劇場に足を運ぶようになって……、という感じです。
――山田監督作品は、喜劇から入られたんですか?
最初に『遥かなる山の呼び声』から始まったのかな。それから『幸福の黄色いハンカチ』を観て。あと「男はつらいよ」の寅さんシリーズはボックスを買いました。高いほうはすごい高かったから、安いほうですけど(笑)。
――(笑)。
Filmarksの読者さんも、もしかして馴染みがない方もいらっしゃるかもしれません。映画って、好みですから別に無理して観なきゃいけないものでもないけれど、でも、観てみてほしいなとは思います。映画の多様性というか多面性というか、映画っていう世界のびっくり箱感というか、いろいろなものが詰まって「映画界」があることを体感してもらえる作品のひとつでもあるだろうから。
――実際、山田組に入って、あらためて魅力はどこだと思います?
皆、キャリアがゼロになる感じというか(笑)。皆、山田監督から怒られるのをビクビクしているという。ドキドキを皆で共有しながら逃げたりとか(笑)。
――(笑)。逃げるんですか?
「自分には来ませんように!」って(笑)。山田監督にも「本当怖いです」みたいに、後から話せるんです。でも、橋爪さんは皆が厳しく演出を受けているのを、すごくニヤニヤ笑って見ているから、私たちは家族っぽいところもあります。このチームだから楽しいし、皆で笑い合える現場でした。
――特に記憶に残っていることはありますか?
今回は、西村(雅彦)さんの反抗期っていうのがありました(笑)。山田監督に対して、ちょっとかぶせ気味で返事をするっていうのが1日だけあって、もう皆ビクビクしていて(笑)。そのときは……すごかったですね。西村さんに山田監督の視線がずっと集まっていたと思ったら、西村さんがそういう返事の仕方をされるという暴挙に出られて(笑)。そういうこととかも、後で皆で笑えるんですけど。
――役者として襟を正されるのも魅力なんですね。
やっぱり山田組は特殊です。自分のカット、台詞の前にまばたきをしちゃいけないとか、山田監督は「まずは真っすぐ立つことからです」、「ちゃんと自分がここに立っている、という意識から始めてください」とおっしゃるんです。そういうことはほかの現場ではあまり言われないので。たぶん皆さん、また声をかけていただいたとなったときに、自分がもう1個何かを挑戦しようって、自分を試す場でもある気がします。
――今回、蒼井さんが演じた憲子は大活躍でした。
私は作品によって登場人物がデフォルメされていいと思っているから、憲子のような性格のいい子を演じるのが楽しいんです。私みたいな役が主人公じゃないのもまたよくて、主役はめちゃくちゃな家族たちで、「どうなの?」っていう人たちが多いから(笑)。私は笑いを担当する役ではないので、そこは少し気が楽というか。笑いを求めるとなると、山田監督はすごく厳しいので。だから西村さんや(林家)正蔵さんに厳しかったりするんですけど。私は楽しくやっていました。
――憲子はお嫁さんの立場ですが、平田家の皆をどう思っているんでしょうね?
深くは関わっちゃいけないけど(笑)、すごく愛おしい人たちだなと思っています。皆、いい人たちですもん。ただ集まると大騒ぎになってしまうっていう。憲子の家はドライなことがあった家庭なので、平田家には別の温かさがあって、逆に羨望の眼差しがあるというか。
――劇中、橋爪さん演じる周造の旧友・丸田(小林稔侍)に不幸が襲いかかるシーンで、憲子が「かわいそう」と言い涙をこぼすシーンがとても印象的だったんですが、エピソードはありますか?
あのシーンは山田監督が前日から、「明日はですね、すごく大切なカットですからね」っておっしゃっていて。もうプレッシャーで(笑)。家族の皆に、「明日すごく大切なシーンらしいんですよ……」って相談しました。誰よりも山田監督が、「絶対に撮る」みたいに、すごくあのシーンは気合いが入っていましたね。こっちは平常心でいつも通り撮影しようと思っていても、山田監督がすごく熱量を上げてくださっていたんです。
――「大事だよ」と撮影前に予告を受けることはあるんですか?
いや、あそこまでのプレッシャーは初めてでしたね。涙を流すときも、「ほろっとね」って言われて。もう夢にまで出てくるぐらいでした(笑)。
――「ほろっと」した涙は、さすがでした。本作になり、憲子が平田家を見る視点は何か変わりましたか?
前作のときより、今回のほうが近くで見ることができました。橋爪さんや正蔵さんの役が、私に対する声のかけ方が身内になったけど、ちょっと距離があり気を使われている感じがあるのは、やっていて楽しかったです。皆さん、お芝居の中で私の役を家族として受け入れてくれている感じは前回と違いました。私は、あまり今回のようなシリーズ作品をやったことがないので、そういう変化を楽しめるのがいいなと思いました。
――そうしたシリーズならではの面白さは、スクリーンを離れたところでもあります?
最初は、皆でいつもいたんですけど、休憩時間とかはだんだん男性と女性で分かれはじめて(笑)、女子は女子でお菓子を食べたりして。あと、妻夫木くんが結婚したときに、皆で「お祝いしよう」、「お店どこにしよう?」と話していたら、「正蔵さんの家がいいんじゃないか?」みたいになって(笑)。「お前、連絡しとけ」と橋爪さんに言われて、私が正蔵さんに電話をかけて「お家に伺います」と言いました。
――本当にお邪魔したんですか(笑)?
はい(笑)。結局お伺いしたときに、「いつもお世話になっています」と正蔵さんの奥様やお母様が迎えてくださったんですけど、私たちもなんか「お世話になっています」っていう気になっていたのが面白かった(笑)。どっちの家族、って。結局、皆ですごく楽しくて、本当に親戚みたいな感じです。
――そんな蒼井さんご自身にとって、「家族」とは何ですか?
……幻想。
――幻想、ですか。
平田家のように、家族で向き合う時間って実はそんなにないと思っているんです。恋人同士や夫婦の場合、もともと血がつながっていないから向き合って話をしたりするけれど、家族は血がつながっていると思っているから、お互い前を向いて歩いていたり、照れがあったり、「わかっているだろう」という甘えも生まれてしまう。血がつながっているからわかっていると思い込んでいたことでも、実は何もわかっていなかったことがあったりするので、結局家族といえども、単体同士の集団であることを忘れてしまうと家族ではいられなくなるから、家族は本当に幻想のようなものだなと思います。だからこそ、家族という絆を自分たちで作っていかないといけない。決して自動的にできるものではないと私は思います。
――となると、平田家は理想的な家族かもしれませんね。
「こういう家族の形っていいな」って、私も実際に思います。家族会議みたいなことを「面倒くさい」って言いながらも、やらなきゃいけないと思える人たち。大人になったら理由なんていくらでもつけてサボることはできるはずなのに、結果、皆がちゃんと集まっている。もめるんですけどね(笑)、音信不通の人がいないでいられるのはいい家族だと思います。こういう家族が日本にいるって思わせてくれることは、夢があるというか。山田監督の作品は現代劇というよりも、ファンタジー作品だと私は思っているんです。だから山田監督の作品が好きです。現実的な映画はほかにいっぱいあるから、現実的に見せてファンタジーというのは素晴らしいと思っています。忘れていたことやおざなりにしていたことを思い出させてくれるから、この作品が好きなんです。
――いろいろお話いただき、ありがとうございました。もしも、言い足りないことがありましたら……。
はい、山田監督のおっしゃっていた言葉の引用なんですけど、「感動に飽きた方に観てほしい」(笑)。
――(笑)。
「感動に飽きた方はこちらへ、っていうポスターを作ろうかな」っておっしゃっていて(笑)。すごく普遍的で今の時代に大切なことが描かれています。すごく温かい作品なので、「感動に飽きた方」、ぜひご覧ください。(取材・文:赤山恭子/撮影:市川沙希)
映画『家族はつらいよ2』は5月20日(土)より全国にて公開。
※2022年9月29日時点のVOD配信情報です。