【ネタバレ考察】ゲイ映画として『マルホランド・ドライブ』を解説

腐女子目線で映画をフィーチャーしてみる。

阿刀ゼルダ

2016年BBCカルチャーが発表した「21世紀の最も偉大な映画TOP100」で1位に選ばれるなど、世界で高く評価されており、リンチ映画の中で唯一同性愛が絡む作品『マルホランド・ドライブ』(2001)を考察。

マルホランド・ドライブ

デヴィッド・リンチならではの情け容赦のない謎だらけの構成に、多くの人が七転八倒しながらも大ハマリしたカルト作品でもあります。

『マルホランド・ドライブ』はまさにメビウスの輪

(以下は決定的なネタバレを含みますので、これから本作の謎解きにチャレンジしたい方は、観終わってからお読み下さい)
本作を一言で言えば、ストーリーそのものが「謎」の本体になっているサスペンス映画
クリストファー・ノーランの『メメント』同様に時系列がシャッフルされているだけでなく、「夢」と「現実」という2つの世界が絡んでいることで、謎解きの難易度はさらにワンランク上がっています。

大きく前半部と後半部に分けられる構成。
前半・後半ともナオミ・ワッツローラ・ハリングが登場し、「2人は恋人関係」「ナオミ演ずるキャラクターは女優」という設定は連続しています。

ただ、前半と後半で2人の名前が変わるうえ、前半で前途有望な女優だったナオミは後半では泣かず飛ばずの端役女優に。一方ローラは、前半では何者かに殺されかけたものの辛うじて助かり、その後遺症で記憶喪失に……という身の上だったのが、後半では前半のナオミ以上の人気女優に……前半と後半では2人の立場も逆転しています。

前半と後半で大きく物語がねじれ、なおかつ冒頭シーンと終盤の展開がつながっていることから、「メビウスの輪」と表現されることもあるこの作品。
デヴィット・リンチは、謎解きのヒントは示しているものの、答えは決して明かさない……巧みなリンチの戦略にまんまと乗せられてしまった感じですが、口惜しいけど面白い!!
文句は言えません。

もっとも、公開から16年、解釈については「前半はナオミ・ワッツ演じるダイアンの願望が詰まった夢、後半が彼女の不幸な現実」というところでおおむね決着しているようです
そう解釈すると、あら不思議、前後半の分裂したストーリーが、下のような一本の完結したストーリーに。

女優を目指してハリウッドにやってきたダイアンは、思うような成功を掴めず売れない女優のまま。
一方恋人のカミーラは監督に気に入られて大役を掴んだ上、ダイアンを捨てて監督と婚約する。裏切られた怒りと嫉妬に狂ったダイアンは、カミーラを殺そうとする(或いは殺した)が、警察の捜査の手が迫り、自殺。
死の直前にダイアンの脳裏をかけめぐった夢が、彼女もカミーラも別人になっている前半部。夢の中では前途有望な女優であるダイアンは、何者かに殺されかけたことで記憶喪失になり、彼女の家に迷い込んできたカミーラを助ける。

でも、謎が解ければ途端に色褪せてしまう月並みなサスペンス映画と違って、何度観ても面白いのが『マルホランド・ドライブ
謎が解けた瞬間、今度は「ハリウッドの舞台裏」を描いたストーリーそのものの魅力に憑かれ始めます。
心に響く物語があってこそ、映画。そういう意味でも、『マルホランド・ドライブ』は名作の要件を備えているんです。

ゲイ映画としての『マルホランド・ドライブ』

熾烈なモデルの世界を描いた『ネオン・デーモン』(16)など、美女と美女が火花を散らす物語には、人を惹きつける華やかな毒がありますよね。
この映画に登場する女性たちも、女の戦いの世界に生きる女優。しかし2人の間には、カミーラは大女優、ダイアンは稼げない端役女優という格差があります。
そんな現実に反して、自らの夢の中では注目の大型新人になっているダイアン……なんとも残酷な描写です。

しかも、2人はライバルというだけでなく、恋人同士でもあります。
同じ人物の間にこの2つの設定が成り立つのは、同性愛ならではかもしれません。
ダイアンはカミーラの成功を複雑な思いで眺めながら、彼女と距離ができることに不安と焦りを感じています。
後半=現実のシーンで、ダイアンことナオミ・ワッツが、カミーラを想って泣きながらマスターベーションをするシーンは、本作最大の見どころの一つ。
フレーム一杯に大写しになった中でパンティに手を突っ込むダイアン……限りなくポルノ的なシーンでありながら、エロティシズムよりも狂おしいほどの哀しみが伝わって、胸が締め付けられます。
このシーン、女優ナオミ・ワッツの演技へのすさまじい執念を見せつけられる場面でもあって、そういう意味でもこの女優達の光と影の物語にこれ以上ないほどの生々しさと凄みを加えてるんですよね。

実はこの作品は、当初はテレビドラマとして企画されたものだとか。
しかしパイロット版の評価が芳しくなくお蔵入り、後日映画化の話が持ち上がった時、まったく結末を考えていなかったリンチは慌ててストーリーを練り始めたのだそうです。

登場する2人の女優が同性愛関係という設定も、どうやら後から付け加えられたもの。
ただ、この設定が加わったことで、2人の関係はよりビビッドに。
大胆なベッドシーンなどセクシー度の面でも花まる! 
全体構想なく作り始めて、ここまで完成度の高い作品が出来あがるとは……当時のデヴィット・リンチは神がかっていたとしか思えません。

マルホランド・ドライブ2
劇中に登場するパラマウント・スタジオのゲート

ダイアンの夢では何故、カミーラは記憶喪失だったのか?

女優として成功を掴みたかったというダイアンの思いが滲み出た、前半部の夢。
彼女の夢にはまた、カミーラへの断ちきれない愛情も顔を覗かせています。
ダイアンはカミーラを殺したいほど憎みながらも、一方で、カミーラが過去の全てを水に流して自分の元に戻ってきてくれることを望んでいた……そのダイアンの想いを、前半部の顛末ははっきりと物語っています。

殺意は愛情と表裏一体。断末魔のダイアンの脳裏によみがえったのは、憎しみよりも愛でした。
『マルホランド・ドライブ』の世界観には、ミステリアスな空気とともになんとも言えない薄気味悪さが漂っているのですが、一旦ストーリーが見えてくると、それがハリウッド・ドリームも愛も失い死んでいった女の哀しい怨念に感じられてきます。

ダイアンは当時のナオミ・ワッツに重なる

この映画で描かれるハリウッドの舞台裏の物語に一層のリアリティーを添えているのが、ダイアン役を演じるナオミ・ワッツの当時の境遇。
十代から演劇学校に通い、女優を目指していたナオミ・ワッツは、同じオーストラリア出身のニコール・キッドマンとは1歳違い。2人は長年の親友として知られています。
21歳でハリウッド進出、その後まもなくトム・クルーズと結婚……と順風満帆にスターダムを駆け上がったニコール・キッドマンの経歴は、『マルホランド・ドライブ』のカミーラを思わせます。
一方、ナオミ・ワッツは挫折の連続……一時は女優の夢をあきらめかけた時期もあったとか。

『マルホランド・ドライブ』の主役に抜擢された時点では、ナオミ自身が売れない女優、まさにダイアンに近い立場でした。
勿論ナオミ・ワッツとニコール・キッドマンの関係は、映画の2人とは違って恋愛関係ではないものの、どことなく本作の2人の姿に重なる部分があります。

ハリウッドサイン
(C)Der Wolf im Wald

ナオミ・ワッツはこの作品で大ブレイク。
ハリウッドで成功を掴めず消えていった女優を演じて、ハリウッド・ドリームを叶えたナオミ……まるでハリウッドという陰影深い世界の縮図のような話ですね。

そして本作には、まだまだ解明されていない謎がいくつも……
年月を経ても古びることのない『マルホランド・ドライブ』、もう一度観直してみると、きっと前回観た時には気づかなかった新たな発見に出会えるのではないでしょうか。

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    5.0
    私が尊敬しているRoger Ebertの批評を全文日本語に訳しておきます。 David Lynch has been working toward "Mulholland Drive" all of his career, and now that he's arrived there I forgive him "Wild at Heart" and even "Lost Highway." デヴィッド・リンチは、この『マルホランド・ドライブ』に向けて、彼のこれまでの全キャリアの仕事をしてきた。そしていまや、『ワイルドアットハート』や『ロスト・ハイウェイ』でさえも、私が許せるところにまで、彼は到達した。 At last his experiment doesn't shatter the test tubes. The movie is a surrealist dreamscape in the form of a Hollywood film noir, and the less sense it makes, the more we can't stop watching it. 彼の映像実験は、ついに今回は、試験管さえも破壊してしまうことがなかった。この映画はフィルム・ノワールの形を取ったシュールレアリストの夢であり、訳がわからなければわからないほど、我々はこの映画を見るのをやめられなくなるのだ。 It tells the story of . . . well, there's no way to finish that sentence. There are two characters named Betty and Rita who the movie follows through mysterious plot loops, but by the end of the film we aren't even sure they're different characters, and Rita (an amnesiac who lifted the name from a "Gilda" poster) wonders if she's really Diane Selwyn, a name from a waitress' name tag. この映画は、どういうストーリーなのかというと、いや、これ以上言うのは野暮だ。この映画には、ベティとリタというふたりの登場人物がいて、このふたりを、この映画はプロットがループを描きながら追っていく。しかし、最後の最後まで、このふたりが別人なのかさえ定かでないし、リタ(ギルダのポスターから名前を拝借した記憶喪失の女性)は自分が本当にウェイトレスのネームタグによって閃いた通り、ダイアン・セルウィンという女性なのかしら、と考えている。 Betty (Naomi Watts) is a perky blond, Sandra Dee crossed with a Hitchcock heroine, who has arrived in town to stay in her absent Aunt Ruth's apartment and audition for the movies. ベティ(ナオミ・ワッツ)は、女優のサンドラ・ディーがヒッチコックのヒロインと、かけあわされたような、元気なブロンド娘で、留守にしている叔母のルースのアパートメントに滞在し、映画のオーディションを受けるためにハリウッドの市街地に着いたところだ。 Rita (Laura Elena Harring) is a voluptuous brunet who is about to be murdered when her limousine is front-ended by drag racers. She crawls out of the wreckage on Mulholland Drive, stumbles down the hill, and is taking a shower in the aunt's apartment when Betty arrives.Rita doesn't remember anything, even her name. リタ(ローラ・エレナ・ハーリング)は、妖艶なブルネットで、ドラック・レーサーたちがリムジンに激突したせいで殺されかけた。彼女はマルホランド・ドライブの事故現場を這い出して、よろめきながら丘を下り、ベティがそこへ到着したときには、ルース叔母さんの家でシャワーを浴びていた。リタは自分の名前を含めて、何も覚えていなかった。 Betty decides to help her. As they try to piece her life back together, the movie introduces other characters. ベティはリタを助けることにした。ふたりがリタの人生のかけらを拾い集めるなかで、この映画は他のキャラクターたちを紹介していく。 A movie director (Justin Theroux) is told to cast an actress in his movie or be murdered; a dwarf in a wheelchair (Michael J. Anderson) gives instructions by cell phone; two detectives turn up, speak standard TV cop show dialogue, and disappear; a landlady (Ann Miller--yes, Ann Miller) wonders who the other girl is in Aunt Ruth's apartment; Betty auditions; the two girls climb in through a bedroom window, Nancy Drew style; a rotting corpse materializes, and Betty and Rita have two lesbian love scenes so sexy you'd swear this was a 1970s movie, made when movie audiences liked sex. One of the scenes also contains the funniest example of pure logic in the history of sex scenes. 映画監督(ジャスティン・セロー)は、「ある女優をキャスティングせよ、さもなくば殺す」と脅されており、車椅子のドワーフ(マイケル・J・アンダーソン)は携帯電話でいろいろと指示を出し、ふたりの刑事が現れて、安っぽいテレビの刑事ドラマのお決まりの会話をし、地主の女(アン・ミラー、そう!アン・ミラーなのだ!)は、「ルース叔母さんのアパートに勝手に滞在しているもうひとりの女は誰なのか」といぶかる。ベティのオーディションもある。ふたりの女が寝室の窓から忍び込む様子はさながら『女探偵ナンシー・ドリュー』のようだ。そこで見つけたのは、まさにそこにある腐った死体であった。ベティとリタは、とてもセクシーなレズもののラブシーンをふたつも演じており、観客は「これは、オーディエンスがセックスに寛容だった頃につくられた70年代の映画だ!」と思うことだろう。しかもそのうちひとつは、セックス・シーンの歴史の中で最も可笑しい定石理論の例をまたも含んでいる。 Having told you all of that, I've basically explained nothing. The movie is hypnotic; we're drawn along as if one thing leads to another--but nothing leads anywhere, and that's even before the characters start to fracture and recombine like flesh caught in a kaleidoscope. これらのことを読者に伝えたうえで、私は要するになにもまだ説明していない。この映画は催眠的で、我々はひとつのことが他のことにつながっているかのように思わされるのだが、実際には、すべてのことはどこにも繋がっていない。登場人物たちが、万華鏡の中に捕まった肉体のように分裂と再結合を始めるよりも前でさえ、そうなのである。 "Mulholland Drive" isn't like "Memento ," where if you watch it closely enough, you can hope to explain the mystery. There is no explanation. There may not even be a mystery. 『マルホランド・ドライブ』は、注意深く見れば、謎を説明できると望めるような『メメント』のような映画とは、似ていない。この映画に説明はない。この映画には謎さえもないのかもしれない。 There have been countless dream sequences in the movies, almost all of them conceived with Freudian literalism to show the characters having nightmares about the plot. "Mulholland Drive" is all dream. There is nothing that is intended to be a waking moment. この映画にあるのは、数えきれないほどの夢幻的なシークエンスであり、これらのシークエンスのほとんどが、登場人物たちが物語の筋についての悪夢を見ていると示すために、フロイトに忠実な仕方で、考案されている。 Like real dreams, it does not explain, does not complete its sequences, lingers over what it finds fascinating, dismisses unpromising plotlines. 本当の夢がそうであるように、この映画は何も説明しないし、シークエンスを完遂させることもせずに、魅惑的なものの周りでウロウロとして、信頼できないプロットラインなど問題にさえしない。 If you want an explanation for the last half hour of the film, think of it as the dreamer rising slowly to consciousness, as threads from the dream fight for space with recent memories from real life, and with fragments of other dreams--old ones and those still in development. もしこの批評の読者が、この映画の最後の30分間についての説明が欲しいのであれば、これは、①夢からやってくる脅威と、②現実の直近の記憶と、③他の夢の断片(古い夢もあれば、成長中の夢もある)とが、場所を争って闘っているような、そういうゆっくりと覚醒に向かっていく寝起きの夢想者についての話だと捉えてみればよい。 This works because Lynch is absolutely uncompromising. He takes what was frustrating in some of his earlier films, and instead of backing away from it, he charges right through. この映画は、デヴィッド・リンチがまったく妥協しないからこそうまく作用した。デヴィッド・リンチは、彼の初期作品のいくつかにおいてフラストレーションとなっていたものを取り上げ、退却するどころか、むしろそれに向かって突進して行ったのだ。 "Mulholland Drive" is said to have been assembled from scenes that he shot for a 1999 ABC television pilot, but no network would air (or understand) this material, and Lynch knew it. He takes his financing where he can find it and directs as fancy dictates. 『マルホランド・ドライブ』という作品は、1999年のABCテレビのパイロット版のためにデヴィッド・リンチが撮影したのだが、どのネットワークも放送したり(理解したりさえ)できなかった素材を集めたものだと言われてきた。そしてデヴィッド・リンチは放送してもらえないことも覚悟していた。彼は融資を得て、洒脱な独裁者のように監督したのだ。 This movie doesn't feel incomplete because it could never be complete--closure is not a goal. この映画は、不完全さを感じさせない。なぜなら、この映画は完成するようなものではそもそもないからである。映画が閉じていることは、ゴールしているということではない。 Laura Elena Harring and Naomi Watts take the risk of embodying Hollywood archetypes, and get away with it because they are archetypes. ローラ・エレナ・ハーリングとナオミ・ワッツは、リスクを取って、果敢にもハリウッドのアーキタイプを演じ切っており、しかもそこから逸脱している。なぜならば、それらはアーキタイプだからだ。 Not many actresses would be bold enough to name themselves after Rita Hayworth, but Harring does, because she can. Slinky and voluptuous in clinging gowns, all she has to do is stand there and she's the first good argument in 55 years for a "Gilda" remake. Naomi Watts is bright-eyed and bushy-tailed, a plucky girl detective. リタ・ヘイワースから名前をちなむことができるほど勇敢な女優はさほど多くないが、ハーリングはそれをやった。彼女にはそれができるからだ。身体にまとわりつくガウンを着て、ラインが際立ち、妖艶な、そんな彼女のやるべきことはそこに立つことだけだった。ハーリングは『ギルダ』のリメイクにとって 、55年ぶり初めての良い論点である。 Like a dream, the movie shifts easily between tones; there's an audition where a girl singer performs "Sixteen Reasons" and "I Told Every Little Star," and the movie isn't satirizing "American Bandstand," it's channeling it. まさに夢がそうであるように、この映画はいとも簡単にトーンを変えていく。"Sixteen Reasons" と"I Told Every Little Star" を女性シンガーが歌うオーディションのシーンがあるのだが、そこでこの映画は、アメリカンバンドスタンドという番組を皮肉るのではなく、むしろそれを放送する。 This is a movie to surrender yourself to. If you require logic, see something else. "Mulholland Drive" works directly on the emotions, like music. この映画は、この映画に対して、あなたを明け渡すべきようなものである。もし何かしらのロジックが必要なら、他の映画を見たほうがいい。『マルホランド・ドライブ』は、さながら音楽のように、あなたの感情に直接作用する。 Individual scenes play well by themselves, as they do in dreams, but they don't connect in a way that makes sense--again, like dreams. The way you know the movie is over is that it ends. And then you tell a friend, "I saw the weirdest movie last night." Just like you tell them you had the weirdest dream. それぞれのシーンが、夢がまさしくそうであるように、それぞれのシーン自体でうまく機能しており、理解可能な仕方で相互に結合されたりはしない。これも夢と同じである。「この映画が終わった」とあなたが知るその知り方は、この映画が単に終わったことをもってである。そしてあなたは、友達に次のように言うだろう。「俺は、昨夜、めちゃくちゃ変な映画を見たぜ。」それはまさしく、あなたが、「昨日むちゃくちゃ変な夢を見たぜ」と友達に言うのと全くよく似ている。
  • 不死鳥の川
    4.1
    マルホランド・ドライブで起こる衝突事故を起点として、虚実入り混じる世界を独特の世界観で描くデヴィッド・リンチ監督の代表作。 これまで『ブルーベルベット』、『ワイルド・アット・ハート』とデヴィッド・リンチ作品を観てきて、独特すぎる世界観について行けずハマらなかったので、かなりの覚悟をして観ました。結果としては…リンチ監督の真髄を観た気がする! 半分以上過ぎるまで全く着地点が見えないし、独特の映像や音楽の使い方は健在、最後まで観終わっても難解なストーリーにちんぷんかんぷん。 しかし、説明がないから全くわからなかったけど、解説を読んで納得。対比を巧みに利用し、さまざまな伏線を張り巡らせ、ミステリー的要素を組み入れながら悲哀を描き切った手腕には脱帽。何度観ても飽きない系の映画だと思います。
  • hina
    -
    記録
  • shell
    4.0
    エスプレッソおじさん好き
  • ゆん
    -
    ‼️
「マルホランド・ドライブ」
のレビュー(11255件)