よしひろ・まさみち
映画ライター
東京都出身。音楽誌、女性誌などの編集部を経てフリーに。「sweet」「otona MUSE」で編集・執筆をするほか、他誌でも多くの連載を持つ。日本テレビ系「スッキリ」でも月1回レギュラーで映画紹介を担当。
実際の謎多き歴史的事件。
判決を神に委ねる究極の裁判
中世の実話なのに現代社会の縮図を見事に表現しています。
リドリー・スコット監督とマット・デイモン、アダム・ドライバーら豪華俳優陣の組み合わせ。それだけでも注目なのですが、本作は予想をはるかに超える素晴らしい内容でした。
舞台は14世紀フランス。騎士カルージュの妻マルグリットが、カルージュの旧友ル・グリに乱暴されたと訴え、夫婦の名誉と命を懸けて戦ったという、実際に起きた決闘裁判が題材となっています。600年以上経った今もこの史実の真相は闇の中。歴史家の間でも今なお議論されています。判決後、様々な臆説を語る年代記や記録が発見されたからです。
主観によって真実は違う。
3者の視点を見事に表現
果たして真実は何だったのか。
本作は一つの事実が、夫、旧友、そして被害者である妻の三つの異なった視点から語られる3部構成になっています。これは黒澤明監督作『羅生門』と同じ手法ですが、違うのは、全員が当事者であること。特に、被害者マルグリットの視点で描かれている点が秀逸なのです。この三者三様の視点のズレの描き方が実にスリリングで、後半に向かうほど緊迫感が増していきます。トリックやギミックの手法ではないミステリーに、時間が経つのを忘れるほどでした。
そもそも人間とは罪深い生き物で、自分の都合の良いように過去の出来事を解釈してしまいがちです。事実は一つしかないのに、それぞれの主観によって全く違う真実になってしまうわけです。それを映像で見事に見せてくれるところがリドリー監督と役者陣の素晴らしさ。とりわけ惹かれたのは、マルグリット役のジョディ・カマー。彼女の視線の動き、一挙手一投足から目が離せませんでした。
既得権益や自尊心、古い価値観。
今こそ公開されるべきテーマ
本作は中世の実話を扱いながらも、まさに現代社会の縮図と言えます。特に被害者マルグリットが何を見ていたかという視点は、10年前だったらフォーカスされなかったかもしれません。
事実は一つにもかかわらず、誰かの主観によってねじ曲げられることは私たちの暮らしの中で現実に起こっています。自分の既得権益や自尊心を守ろうとするあまり、自分の考え方をアップデートできない人も多い。現代社会には14世紀と何ら変わらない面が多々あるわけです。
この映画は、古い価値観がいかに理不尽なのかを知り、現代にアップデートする必要性を私たちに伝えてくれています。今だからこそ観るべき傑作です。(談)
◆『最後の決闘裁判』infomation
STORY:中世フランス、騎士カルージュ(マット・デイモン)の妻マルグリット(ジョディ・カマー)が夫の旧友ル・グリ(アダム・ドライバー)に乱暴されたと訴える。だが、ル・グリは無実を主張、目撃者もいない。真実の行方はカルージュとル・グリの生死を懸けた“決闘裁判”に委ねられる。それはフランス国王が正式に認めた、神による絶対的な裁きだ。
監督:リドリー・スコット 出演:ジョディ・カマー、マット・デイモン、アダム・ドライバー、ベン・アフレックほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
原作:エリック・ジェイガー『最後の決闘裁判』ハヤカワ・ノンフィクション文庫(栗木さつき訳)
10.15(金)劇場公開
(C) 2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.