映画は、時間を自在に操れるメディアだ。最初から最後までカットを切らずにカメラを回し続けてもいいし(いわゆるワンシーン・ワンカット)、過去や未来の時制を入れ込んでもいいし(いわゆるフラッシュバック&フラッシュフォワード)、時間そのものを伸縮させてもいい(いわゆるスローモーション&クイックモーション)。
優れた映画監督の定義は難しいが、その一つとして「時間を上手にコントロールできる能力」を挙げてもいいのではないか? いいと思う!
いま、“時間”に対して最も自覚的に映画を作り続けている作家といえば、リチャード・リンクレイターだろう。といっても、彼は映画技法的に時間を操るのではない。映画そのものが、時間を感じさせる構造になっているのだ。
あるインタビューでリンクレイターは、こんなコメントを残している。
The most unique property of cinema is how it lets you mold time, whether it’s over a long or a very brief period.
(映画の最もユニークな特性は、それが長いか短いかに関わらず、どのように時間を形成しているかということです。)
リンクレイターにとって映画とはまさに時間の連なりであり、それがどのように扱われているかが最も重要なポイントなのだ。
そんな訳で【フィルムメーカー列伝 第五回】は、“アメリカ映画界の異端児”リチャード・リンクレイターについて考察していこう。
青春、それは恋と友情と馬鹿騒ぎ!
リチャード・リンクレイターはテキサス生まれのテキサス育ち。元々は野球選手志望で、その実力は奨学金をもらってサム・ヒューストン大学に進学するほど。しかし持病が原因で引退し、映画監督への道に進んだという異色の経歴の持ち主だ。
そう!映画監督という職種から、我々は勝手にタイプとしてナード(文化系)を想像してしまうが、彼は正真正銘のジョック(体育系)。超イケてるスクール・デイズを過ごしてきたリア充なのだ(筆者の敵ナリ!)。
その頃を懐かしんでかどうかは分からないが、リンクレイターのフィルモグラフィーには、生まれ故郷テキサスを舞台にした青春ドラマが多い。しかも内容はかなりIQ低め、恋と友情と馬鹿騒ぎに明け暮れる話ばっかりなのである。
例えば、彼の長編2作目にあたる『スラッカー』。テキサスのオースティンに住む若者達のグダグダ生活を描いた群像劇だ(ちなみに『世界で一番パパが好き!』や『コップ・アウト 刑事(デカ)した奴ら』で知られる映画監督のケヴィン・スミスは、21歳の誕生日にこの映画を観て映画監督になる決意を固めたそうな)。
(C)1991 Detour,Inc
この映画、特に何か特別なことが起きる訳ではない。人々がすれ違うたびにカメラが別の登場人物に切り替わり、その連鎖によって小さな町の小さな日常が映し出される仕掛けになっている。
ポイントは、ある一日の早朝から始まって翌日の早朝で終わるということ。オースティンの24時間を定点観測しているかのような構成になっているのだ。
次作の『バッド・チューニング』もまた、テキサスの高校を舞台にした青春群像劇である(ちなみにこの作品、マシュー・マコノヒー、ミラ・ジョヴォヴィッチ、ベン・アフレックといった若かりし頃のトップスターが大挙出演している!)。
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パーティでガブガブ酒を飲んだり、ドラッグやりまくってハイになったり、意味のないバカ話をしたり、不純異性交遊したり。はっきりいってそれだけの話なんだが、観ているだけでサイコーに楽しい。
ポイントは、夏休み最後の授業が終わってから、翌日の朝を迎えるまでの24時間が描かれていること。将来に漠然とした不安と抱きつつ、最後のサマーバケーションに胸をときめかせている高校3年生たちの“ある一日”がユーモラスに活写されているのだ。
2016年に公開された『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』は、その『バッド・チューニング』の“精神的続編”ともいうべき作品。
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南東テキサス州立大学に野球推薦で入学することになった新入生たちが、パーティでガブガブ酒を飲んだり、ドラッグやりまくってハイになったり、意味のないバカ話をしたり、不純異性交遊したりするだけの話。←『バッド・チューニング』でも同じようなことを書いた気がするが、内容が一緒だからそれでイイのだ!
ポイントは、寮に入って新学期が始まるまでの物語であるということ。将来に漠然とした不安と抱きつつ、初めての大学生活に胸をときめかせている大学一年生たちの“ある三日間”がクールに活写されている。
リンクレイターは、人生で二度と戻ってくることのない“かけがえのないあの日”に時制を絞って物語を構築している。それは彼自身、映画を通して輝かしい季節を追体験したいからなのかもしれない。
時間を線で捉えた『6才のボクが、大人になるまで。』
‘サイコーにハッピーな高校生活最後の夏休み直前の1日を描いた『バッド・チューニング』、サイコーにクレージーな大学生活最初の3日間を描いた『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』は、いわば時間を“点”で捉えた作品といえる。
一方、2002年から2013年まで断続的に撮影を敢行し、6歳の少年メイソンが18歳の青年に成長するまでを描いた『6才のボクが、大人になるまで。』は、時間を線で捉えた作品といっていいだろう。
(C)2014 boyhood inc./ifc productions i, L.L.c. aLL rights reserved.
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普通の映画なら同一人物であっても少年時代は子役を使うものだが、本作は登場人物がリアルに年を重ねていく。不親切なことにシーンが切り替わっても「今がいつの時代なのか」をテロップで教えてくれないのだが、メイソン君が少し大人になったなーとか、お母さん役のパトリシア・アークエットが激太りしたなーとか、登場人物の肉体的変化によって観客にわからせる仕組みになっているのだ。ここまでくると映画の主人公はメイソン君ではなく、時間そのものと言い切ってしまいたくなる。
もう一つ、観客を手助けしてくれる要素がポップ・ミュージックだ。
リチャード・リンクレイター作品では、しばしば音楽が重要なモチーフとして登場する。それは、例えばクエンティン・タランティーノやソフィア・コッポラのように、監督の音楽センスが映画の個性を際立たせるという使い方ではなく、音楽そのものが時代を反映する装置として機能するのだ。
さっそく『6才のボクが、大人になるまで。』のサウンドトラックに収録されている楽曲を確認してみよう。
1. Tweedy「Summer Noon」(2014年)
2. Coldplay「Yellow」(2000年)
3. The Hives「Hate To Say I Told You So」(2000年)
4. Cat Power「Could We」(2006年)
5. The Flaming Lips「Do You Realize??」(2002年)
6. Gnarls Barkley「Crazy」(2006年)
7. Vampire Weekend「One (Blake’s Got A New Face)」(2008年)
8. Wilco「Hate It Here」(2007年)
9. Cobra Starship「Good Girls Go Bad(feat.Leighton Meester)」(2009年)
10. Bob Dylan「Beyond The Horizon」(2006年)
11. Paul McCartney & Wings「Band On The Run」(1973年)
12. The Black Keys「She’s Long Gone」(2010年)
13. Gotye「Somebody That I Used To Know (feat.Kimbra)」(2011年)
14. Yo La Tengo「I’ll Be Around」(2013年)
15. Family of the Year「Hero」(2012年)
16. Arcade Fire「Deep Blue」(2010年)
WilcoやYo La Tengoを選曲するあたりは、リンクレイターのオルタナ系ロック好きな嗜好性が見て取れるが、基本的にはその年に流行った極めてベタな楽曲ばかり。12年の間にラジオやTVで流れたポップ・ミュージックたちが、主人公の「人生のサウンドトラック」を形成している。
もちろん、音楽は単なる時代反映装置でない。リンクレイターの映画では、他者との相互理解を促すコミュニケーション・ツールとしても使われる。
『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』では、出会ったばかりの野球部員たちが車の中でThe Sugarhill Gangの『Rapper’s Delight』を歌うことで絆を強めた。『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』では、イーサン・ホークとジュリー・デルピーがレコード屋で一緒にKath Bloomの『Come Here』を聴くことで距離を縮めた。
その際たるものが、2003年に発表した『スクール・オブ・ロック』だろう。音楽が絆をつないで人生を輝かしいものにしてくれることを示した、とってもチャーミングな作品だ。
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リンクレイター映画において、音楽は常に青春の構成要素として不可欠な存在なのである!
『ビフォア』シリーズが描く、経年による“関係性”の変化
作品単体としては時間を点として捉えているが、シリーズとして観ると時間を線として捉えているという画期的な試みが、『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』(1995年)、『ビフォア・サンセット』(2004年)、『ビフォア・ミッドナイト』(2013年)の3作から成る『ビフォア』シリーズだ。
第1作の『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』は、列車で出会ったアメリカ人青年ジェシー(イーサン・ホーク)とフランス人女性セリーヌ(ジュリー・デルピー)が、ウィーンで途中下車し、明朝までの14時間だけ一緒に過ごすという物語。
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この時点でジェシーとセリーヌは恋人同士ではない。二人の間に“恋”という波紋がゆっくり浮かび上がって、それが次第に広がっていくまでを描いている。
注目したいのは、二人が出会って別れるまでに、14時間というタイミリミットが設定されていることだ。ふとした気まぐれでウィーンで途中下車したものの、ジェシーは明朝にはアメリカ行きの飛行機に乗らなければならないし、セリーヌはパリに帰らなければならない。お互いを憎からず思っている二人は果たして結ばれるのか? そんな運命の14時間を、我々観客はドキドキワクワクしながら追体験できる仕掛けになっている。
その9年後に公開されたのが、第2作の『ビフォア・サンセット』。
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この時点でも二人は恋人同士ではない。ジェシーはすでに結婚して子供もいるし、セリーヌにもパートナーがいる。運命的な出会いを果たした男女が、9年後に再び出逢ったという設定だ。
77分という短い上映時間、久々に出会った二人は他愛もないおしゃべりをしながらパリを散策する。ジェシーはすぐに空港に戻らなくてはならないため、一分一秒が貴重な時間。それを最大限に映画的に活かすため、リンクレイターは映画内の時間を現実の時間として進行させるという、リアルタイム形式を採用した。
さらにその9年後に公開されたのが、『ビフォア・ミッドナイト』。
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二人は籍は入れていないものの、双子の娘をもつ実質的な夫婦となっている。もはやそこに恋愛のトキメキはない。いわば今作は、デレク・シアンフランス監督の『ブルーバレンタイン』のごとく、もしくはサム・メンデス監督の『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』のごとく、倦怠期夫婦の“リアル”が描かれた等身大ドラマなのだ。
第1作では恋が生まれるまでの予感、第2作では恋の炎が再び燃え上がるまでの過程、そして第3作では赤裸々な夫婦の倦怠期。経年による“関係性”の変化が、「ビフォア」シリーズの最大の特徴といえる。
9年間のスパンで公開されているシリーズなので、この計算でいくと2022年に第4作が公開されるハズ。ジェシーとセリーヌの関係性はどのように変化しているのか、今から楽しみなり!
“年月を超えて変わらないもの”としての野球
リチャード・リンクレイター作品でもう一つ重要なモチーフが野球。『バッド・チューニング』には中学野球のシーンがあるし、『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』は大学野球部そのものが舞台だ。
もちろん、野球選手を志していたリンクレイター自身の青春時代を反映していることは間違いないが、アメリカにとって野球とは単なるスポーツではなく、文化そのものと言っていい。
例えば’89年のアメリカ映画『フィールド・オブ・ドリームス』の中で、作家のテレンス・マンは、主人公のレイ・キンセラにこう語りかける。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】「昔から変わらないのは野球だけだ。アメリカは驀進してきた…壊しては造り、また壊しながらだ。だが野球は時をこえて残った」
歴史の浅い移民の国アメリカには、ヨーロッパのような古くからの伝統文化が息づいていない。むしろ常に変革することで時代に対応し、超大国として成長してきた。そんなアメリカ人にとって唯一誇れる伝統文化こそがベースボールなのである。
リンクレイターが、かつての名作『がんばれ!ベアーズ』をリメイクした『がんばれ!ベアーズ ニュー・シーズン』を制作したのは、“年月を超えて変わらないもの”、つまり“時間に支配されないもの”を描きたかったからかもしれない。
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しかも、多少のアレンジはあるものの、2005年のリメイク版は1976年のオリジナル版とほぼ同じストーリーなのだ! “年月を超えて変わらないもの”という時間性に対して、極めて自覚的である証左ではないか?
地元愛に溢れ、友達を大切にするナイスガイ、リンクレイター
リチャード・リンクレイターは、仲間と共にオースティン映画協会という映画の非営利団体を立ち上げ、映画の上映活動、地元の映画作家たちへの助成、映画スタジオの運営を行っている。また彼の映画に多数出演しているイーサン・ホークが監督を務める映画『ブレイズ(原題)』に、役者として出演することもアナウンスされている。
地元愛に溢れ、友達を大切にするナイスガイ、リンクレイター! だからいつも彼の作品は理屈抜きでハッピーな空気が漂っている。キャストやスタッフから忌み嫌われる気難し屋系監督も少なくない中、彼は珍しいタイプなのではなかろうか?
なおリンクレイター自身の新作は、引きこもりの母親が家族旅行の直前に疾走してしまい、15歳の娘がその行方を捜すという一風変わったミステリー『Where’d You Go Bernadette?(原題)』。今夏にはクラインクイン予定だから、来年には待望の新作が観られそうだ。
※2021年5月14日時点のVOD配信情報です。
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▼クリント・イーストウッドは何故、ジャンルを越境するのか?【フィルムメーカー列伝 第二回】
▼デヴィッド・フィンチャーは何故、サスペンスを描かないのか?【フィルムメーカー列伝 第三回】
▼デヴィッド・リンチは何故、甘美な悪夢を紡ぎ続けるのか?【フィルムメーカー列伝 第四回】