是枝裕和が思う「日本で一番うまい役者」役所広司と福山雅治の真剣勝負『三度目の殺人』【ロングインタビュー】

映画のインタビュー&取材漬けの日々是幸也

赤山恭子

是枝裕和監督が、また名作を世に放った。『三度目の殺人』は弁護士、被告人、被害者の娘らを取り巻く「法廷を舞台にした心理サスペンス」と銘打たれる、接見室で起こる心理戦が物語をリードする、緊迫感あふれる映画となっている。それは、同時に、真実は二の次で法廷で勝つことを最優先させる弁護士・重盛を演じた福山雅治と、現れるたびに供述も表情もうす気味悪く変える、三隅役の役所広司という百戦錬磨のふたりによる、迫真の演技バトルになっていたりもする。底知れない三隅に惑わされ、涼し気な顔を少しずつゆがめていく重盛――福山と役所――の一挙手一投足は、一瞬たりとも気が抜けない。真実はいつもひとつのはずなのに、人は見たいものを見て、信じたいものを信じる生き物だと、自分への問いかけを禁じ得ない作品を手掛けた是枝監督に、ロングインタビューを敢行した。

三度目の殺人

――『三度目の殺人』は是枝監督のオリジナルストーリーです。着想はどこにありましたか?

「人は人を裁けるのだろうか?」ということを考えてみよう、というところからスタートしました。知り合いの弁護士さんとのやり取りで、「法廷は別に真実を明らかにする場所ではないです」という言葉がポッと出てきたときに、「じゃあ、何をする場所なんですか?」と尋ねたら「利害の調整をする場所です」と言われたんです。検察は、おそらく「真実」という言葉を使うと思うんだけど、僕が取材した限りでは、弁護側は「真実」という言葉は使わないんです、やっぱり。その辺の面白さを、どう脚本にしていくかと考えたときに、利害調整だと思っていた弁護士が、真実を知りたくなる話をやってみようかなというのが、一番具体的なスタートだったと思います。誰も本音を言わない、面白くないことを、嘘をつかずにどう面白がるか、ということをやったつもりです。

――脚本に応えるかのように、キャスト陣も素晴らしい演技でした。福山さんとは『そして父になる』以来ですよね。

そうですね。『そして父になる』が終わった直後に、「もう1回やりましょう。次は何をやりましょうか?」という話をしていて、この4年間、ずっと企画のキャッチボールを続けてきたんです。その中のひとつなので、最初から当て書きでした。

――是枝監督が思う、福山さんの俳優としての魅力はどこにありますか?

『そして父になる』のときに、黙っている顔が雄弁であると思ったんです。台詞を言っていないときに、こちらの感情が動く、と。自分の目の前にいる子供の血がつながっていないと気づいたときの表情が、そんなに大きく変わるわけじゃないのに、観ているこちらがいろいろなことを想像したくなった。それが、非常にいいなと思ったんです。動かないときに色気が出るっていうのかな。だから、『三度目の殺人』では蔑み、うろたえ、畏怖などの表情が見えてくることをやってみたいと思いました。

――となると、具体的に好きなシーンを挙げるなら、どこでしょうか?

意外と……いろいろなところで好きなんです。言うと、人間的にはダークなところばかりなんだよなあ(笑)。そう、福山さんは嫌なところがすごく上手なんです。市川実日子さんが「真実」という言葉を口にしたときに「真実」と言ってフッと笑うでしょう? 殺してやろうかと思うくらい(な表情)。でも「こういう弁護士っているんだよなあ」と思うから、あの嫌な感じはすごく上手だったよね。ああいうところ、好きです。

でも、今回は何と言っても接見室じゃないですか。接見室の役所さんとのやり取りの中で、彼が壊れていく。最初は鎧を着ているんだけど、段々壊れていくじゃないですか。それで感情が露わになってきますよね。ああやって壊れて顔をゆがめていくプロセスが、一番魅力的じゃないですか。

三度目の殺人

――福山さんの2枚目イメージを、ちょっと崩したかった?

役所さんを使ってね、2枚目に対する恨みつらみ(笑)。

――(笑)。では、本作にて是枝組初参戦となった、役所さんについてなんですが……。役所さんが登場するたびに緊張感が高まり、その底知れなさに震えました。

だって、底知れないんだもん、役所さん(笑)。底が知れないから、底が知れない役をやってもらおうと思ったんです。僕は役所広司って、日本で一番うまい役者だと思っています。何の役をやっても、ちゃんとその役に見えるんですよね。いつも思うけど、何でそんなことができるのかが、本当によくわからない。ごくごく普通に田舎の林業のおっちゃんを演じたらそう見えるし、本当に人を殺したわけではないのに、人殺しにだって見える。逆に言うと、僕みたいに素人に近い役者や子供を撮ってきた監督にとっては、役所広司という存在は、撮るのは怖いし、覚悟がいる役者なんです。でも、「いつかやらないと。やりたいな」と思っていたので、今回お願いしました。

出てくるたびに違う人に見える――善人にも見えれば、悪人にも見えるし、誰かを救おうとしたようにも見えれば、裁こうとしたようにも見えるし、もしかすると(殺人を)やっていないようにも見える。そういう多面性のようなものを、役所さんなら表現できるだろう、と思っていました。でも、僕が思っていた以上に出てきたので、正直、僕も見ながら「これ……殺していないんじゃないかな……こんな脚本を書いたかな……」という瞬間が結構ありました。僕は現場にいるから、感じてもらった以上に、もっとゾッとするわけですよ。役所さんが鳥を殺す仕草をしたときに、「あれ……今朝鳥を殺してきているね……」って(笑)。

――(笑)。

「今朝、本当に鳥を殺してきていないと、あんな演技はできないんじゃないか」と皆が言うくらい、現場にいてもゾッとするんです。

三度目の殺人

――そんな役所さんの凄さに引っ張られるかのように、福山さんも初めて観るような表情をたくさんしていらっしゃいました。

そうそう、そうですね。ふたりが非常にいい化学反応をしていましたよね。接見室のシーンは順撮りでやりましたけど、やっぱり回数を重ねていく中で、「すごいものが引き出されているな」と僕も思っていましたし、ふたりの間でもあったんじゃないですか。福山さんにも、やっていて充実感があったと思います、たぶん。

――接見室のシーンは、5回から7回に増やしたそうですね。

はい。脚本の第一稿では、もう少し法廷シーンが多かったんですけど、途中から増やしました。脚本読みをクランクインの1か月前にやって、福山さんと役所さんのシーンをビデオで撮影させてもらったんです。最初、接見室は動きようがないので、あまり持たないなと思ったんだけど、編集したものを観たら、「ここが一番面白い。これは接見室の映画なんだ」と自分の中で見えたので、増やしました。法廷は嘘をつくだけで、誰も本当のことを言わない場所にして、いろいろなものがぶつかり合うのは法廷ではなくて、接見室にするほうがリアルだし、面白いだろうと。接見室の数を増やして5回から7回にして骨格が見えたのが大きかったかな。接見室でも、最初は手元、ドア、天井、明かりとか、いろいろなものを撮ったんです。けど、編集で全部落としました。顔、顔、顔、顔でいったほうがむしろ集中力が切れないと思ったんです。

――広瀬さんもすごく重要な役で出演しています。『海街diary』からの成長を、撮っていて感じられましたか?

僕が撮っている、撮っていないは関係なく、あの世代では断トツの演技力なんじゃないですか。言葉の繊細な表現も含めて、やっぱり声がいい。今回はそんなに細かい指示は出していないですし、彼女も聞いてこない。そもそも台本を現場で開いているのを見たことがないですから。全部役柄が入って現場に来ていましたね。現場で台詞を結構直しましたけど、「はい」と言って全く動じませんし。ちょっと悔しいくらい堂々としているので、大したものだよね。

元々『海街diary』でやっているときも、「この子はすごい女優になっていくんだろうな」とは思っていたんです。それは(樹木)希林さんを相手にしようが、大竹(しのぶ)さんを相手にしようが、緊張したり、声が上ずったりすることがない子だったので。今回も非常に安定していました。堂々としています。

――特に広瀬さんは正面から捉えた表情が印象的でした。その意図はありますか?

(場面写真を見て)いい顔してるよねえ。

三度目の殺人

――はい。

観ている人が、彼女が本当のことを言っているのか、嘘をついているのか、探ってほしいから、そうしたんじゃないかな。僕も探りながら見ているし。そういう意味で、語尾にいろいろな感情を込めているから、聞き逃さないようにするために、正面、正面にいっているかもしれないです。横(からのカット)も実は撮っているんですけど、使っていないんです。正面が強かったからかな、やっぱり。

――その術中にはまったからか、観た後にすごく疲れました。

皆に言われるんですよ(笑)。読み取ろうとするのは必要な作業ですね。重盛と同じくらい疲れてほしいのが、狙いだと思います。

――広瀬さんも福山さんも是枝監督と組むのは2回目で、別作品ですが阿部寛さんとは4回ご一緒されています。同じ俳優さんとやることについて、どう考えていますか?

新しいものを引き出したい気持ちはあります。すずなんかは、やっぱり嫌がられなければ成長の度合いに応じて撮りたいと思う役者だったりします。阿部さんは自分と同世代っていうのがあるから、自分を担ってくれる役をお願いしやすいんだよね。福山さんは……、もっといじめたい。いじめ甲斐がある。

――S心ですか(笑)?

そうですね、S心が働く(笑)。追い詰められているときが魅力的だからじゃないですか。

――3回目もありますか?

「また何かやりましょう」という話はしているんですけど、ちょっと先になるかもしれないです。

そういえば、今回、福山さんの素晴らしい最終弁論を撮ったんです。すごくいいシーンです。けれど、使っていません。

――えっ、判決の前に入る最終弁論のシーンということですか?

そう。すごい文量の台詞を全部覚えてもらって、法廷セットの裁判長の後ろの壁を外して、大型のクレーンを入れて、1カットでずっと福山さんのアップに寄っていく5分くらいのカットなんですけど、全部カットしました(笑)。でも、素晴らしかったですよ。役所さんにも「いい最終弁論になったね」と言われたんだけど。

三度目の殺人

――なぜ切ったんでしょう?

比較的、本音を言う最終弁論だったんです。普段、本当のことを言わない弁護士が、法廷で本音を言ってしまう。けれど……、全体を作ったときに、裁判では誰も本当のことを言わないほうが怖いと思ったので、泣く泣く切りました。切ったほうが、あの弁護士がこれから抱えて生きていかなければいけない荷物が重くなったので、いいと思って切りました。福山さんも結果的には「よかったですね」と言ってくれてはいたけど……(笑)。

――いたけど……(笑)。

接見室を撮り切るまで、僕が最終弁論を書けなかったので、台本にはそこが書かれていないままだった。文量が文量なので、「覚えるのに2日はいると思います」と福山さんに言われていて、接見室の後にようやく書けたんですけど……えーっと……。

――何ページ書かれたんですか?

もう、思い出したくないくらい(笑)。福山さんは全部覚えてくれて。半日くらいかけて撮ったんですけど、使いませんでした。今、告白しますけど……。

――パッケージ化されるときに、ぜひ特典映像でお願いします。観たいです。

そうですね。いいシーンでしたよ。

――最後に。本作に込めたテーマをあえて言葉にするなら、どういうことになりますか?

どうだろう……。いや、シンプルに「役所広司、怖い!」でいいと思います(笑)。「何だろう、この人!」みたいなことでもいいですし。エンターテインメントとして観てもらって全然構わないんです。撮っているときはシネスコということもあって、『夕陽のガンマン』とかを観直したりもしました。接見室の中で、ガンマンがふたりで向き合っていて「どっちが今優勢なの?」みたいなことなんだよね。ふたりの対決映画だと思って楽しんでもらっても全然いいかなあと思います。

三度目の殺人

真面目な答え方をすると、「見て見ぬふりをする」というのが、ひとつ大事なキーだとは思っています。いろいろな人がいろいろなものを見て見ぬふりをする、と。皆が無意識のうちにやっていることを、物語のあちこちに落としていますよ。(取材・文:赤山恭子、写真:市川沙希)

三度目の殺人

映画『三度目の殺人』は9月9日(土)より全国ロードショー。

(C)2017フジテレビジョン アミューズ ギャガ

Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】

 

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※2021年6月28日時点のVOD配信情報です。

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  • 地獄星レミナ
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    全てを理解できれば面白い映画 残念ながら私には無理でした それこそ3回みたら分かるか? 生まれてこなければ良かった人間はいます 死んで良い人間もいます
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  • tanim
    2.8
    日本アカデミー賞らしい
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    役所広司👏
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三度目の殺人
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