カナダ出身の映画監督には、“クセの強い”鬼才が多い!
湿り気のある恐怖を描くデヴィッド・クローネンバーグ、社会の不条理を鋭く暴き出すアトム・エゴヤン、優れた女優でありインディペンデント映画シーンを代表する監督でもあるサラ・ポーリー、若くして天才の名を欲しいままにするグザヴィエ・ドラン……。もちろんジェームズ・キャメロンという偉大なる例外はいるものの、独特の感性を発揮するアート系フィルムメーカーが多数派を占めている印象がある。
そんな中、芸術性と娯楽性を両立できる比類なき才能として注目されているカナダ人映画作家が、ドゥニ・ヴィルヌーヴだ。抑揚の効いた演出、グラフィカルな絵作り、そして鑑賞後に深い余韻を残すストーリーテリング。
フィルモグラフィーの初期にはサスペンス映画を手がけることが多かったが、テッド・チャンの短編小説「あなたの人生の物語」を映画化した『メッセージ』、カルト的な人気を誇る伝説的映画の続編『ブレードランナー 2049』と立て続けにSF作品を発表し、デヴィッド・リンチによって一度映画化された『砂の惑星』リブート版の監督を務めることも正式アナウンスされている。
なぜ彼は、突如としてSFの旗手となったのか?【フィルムメーカー列伝 第九回】は、カナダが生んだ俊英ドゥニ・ヴィルヌーヴについて考察していきましょう。
まさに天才!順風満帆のフィルモグラフィー
まずは、ドゥニ・ヴィルヌーヴの簡単プロフィールから。
彼は1967年10月3日、カナダのケベック州生まれ。カナダの若手映画コンクール「La Course Europe-Asie」で優勝し、若くしてその才能を発揮すると、2000年に発表した『渦』でベルリン映画祭国際批評家連盟賞、トロント映画祭最優秀カナダ映画賞、モントリオール映画祭最優秀カナダ映画賞など、様々な映画祭で賞を総ナメ。ある一人の女性の“転落”と“再生”を冷徹に見つめたその作家性が高く評価された。
2010年には、劇作家ワジディ・ムアワッドの戯曲「焼け焦げるたましい」を映画化した『灼熱の魂』を発表。双子の姉妹が母親の数奇な人生を辿る過程を、中東の宗教問題を絡ませつつヴィヴィッドに描いた野心作で、ニューヨーク・タイムズが2011年の「ベスト・フィルム10」の1つに選出し、第83回アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされるなど、これもまた世界から賞賛を浴びた。
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傑出した才能を買われてハリウッドに進出すると、2013年にクライム・サスペンス『プリズナーズ』、新感覚ミステリー『複製された男』と、異なる作風の傑作を立て続けに発表。さらに2015年にはメキシコ麻薬戦争を描いたサスペンス・アクション『ボーダーライン』を監督し、リアルな暴力描写と臨場感あふれるタッチが観客の度肝を抜いた。
普通の映画作家なら1つや2つくらい失敗作があるものだが(もしくは全部が失敗作という場合もありますが)、ドゥニ・ヴィルヌーヴの場合はどれもこれもが超絶傑作という、もはや天才としか言いようのない完璧なフィルモグラフィーなのである。
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そして、日本では今年の5月に公開された『メッセージ』で初めてのSF映画に挑戦。もともと科学を勉強していた理系少年で、映画への愛情が捨てきれずフィルムメーカーへの道へ進んだというドゥニ・ヴィルヌーヴにとって、SFを撮ることは少年時代からの夢だった。
『ボーダーライン』までのフィルモグラフィーは、彼がSF映画作家として覚醒するまでの準備期間だったのかもしれない。
ドゥニ・ヴィルヌーヴの作家的特徴を探る!
では次に、「脚本」、「上映時間」、「撮影」、「音楽」という4つの視点から、ドゥニ・ヴィルヌーヴの作家的特徴を見ていこう。
1. 脚本について
映画監督にも色々いるが、超おおざっぱに大別すると、「自分自身がシナリオを手がけるタイプ」と「他人にシナリオを任せて、監督業のみに専念するタイプ」に分けられる。
シナリオも手がける映画監督を列記してみると……。
クリストファー・ノーラン (代表作に『ダークナイト』など)
クエンティン・タランティーノ (代表作に『パルプ・フィクション』など)
ウェス・アンダーソン (代表作に『グランド・ブダペスト・ホテル』など)
ポール・トーマス・アンダーソン (代表作に『マグノリア』など)
そして監督業のみに専念している映画監督というと……。
スティーヴン・スピルバーグ (代表作に『E.T.』など)
デヴィッド・フィンチャー (代表作に『ファイト・クラブ』など)
マーティン・スコセッシ (代表作に『タクシードライバー』など)
クリント・イーストウッド (代表作に『許されざる者』など)
いやー多士済々、豪華な顔ぶれですね。ではドゥニ・ヴィルヌーヴはどうなのか? 実は彼はカナダ時代の『灼熱の魂』までは脚本を書いていたのだが、ハリウッドで仕事をするようになってからは監督に専念している。何を描くのか(What)ではなく、どう撮るのか(How)により集中できるように、意図的にシフトしたのではないか?
SFはまさに、どう撮るのか(How)というビジュアルの完成度が高く要求されるジャンル。優れたシナリオライターではなく、優れたビジュアリストに自らを深化させることによって、ドゥニ・ヴィルヌーヴは新時代の“SFの語り手”へとリ・ボーンしたのだ!
ちなみに、第1作の『ブレードランナー』を監督したリドリー・スコットも監督業のみに専念しているタイプです。
2. 上映時間について
筆者が個人的に注目しているのが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ作品の上映時間の長さだ。『渦』以降の長編映画の上映時間を見てみよう。
『渦』(87分)
『静かなる叫び』(77分)
『灼熱の魂』(131分)
『プリズナーズ』(153分)
『複製された男』(90分)
『ボーダーライン』(121分)
『メッセージ』(116分)
『ブレードランナー 2049』(163分)
もう、バッラバラやんけ!!
2013年には『プリズナーズ』と『複製された男』の2つの作品を発表しているが、かたや2時間30分、かたや1時間30分と1時間も上映時間の異なる作品を立て続けに作った訳で、「題材によって語りの長さを変える」という至極当たり前な、とはいえなかなか出来ない芸当をやってのけている。
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最新作の『ブレードランナー 2049』は、これまでで最も長尺の163分。映画館の客の回転率を考えると、配給側としては「もう少し短い映画にしてくれよ!」と愚痴を言いたくなるところだろうが、ドゥニ・ヴィルヌーヴにはこれだけの語りの時間が必要だったのだろう。
映画が長すぎるか否かについては、映画館であなた自身の眼(& 膀胱)で確かめて欲しい!
3. 撮影について
優れた映像をつくるには、優れた撮影監督が必要だ(当たり前だ)。ドゥニ・ヴィルヌーヴが『プリズナーズ』、『ボーダーライン』、そして最新作の『ブレードランナー 2049』で3度目のタッグを組むのが、現在最も偉大な撮影監督の一人であるロジャー・ディーキンスである。
アカデミー撮影賞に過去12度ノミネートされたこの巨匠は、最近でも『ノーカントリー』、『愛を読むひと』、『007 スカイフォール』など、圧倒的にグラフィカルで壮麗な映像を世に放ってきた。筆者的には、『007 スカイフォール』における「上海のビルでの格闘シーン」&「マカオのカジノに浮舟で向かうシーン」は、近年見た映画の中で最も陶酔感に満ちた映像だったと断言いたします!!
“SFの語り手”として覚醒したドゥニ・ヴィルヌーヴは、撮影監督の人選も抜かりはない。我々観客は、その美しい映像にただただ酔いしれれば良いのである。
4. 音楽について
ドゥニ・ヴィルヌーヴ作品の音楽を支えるのが、ヨハン・ヨハンソン。元々は現代音楽の作曲家として活動していたのだが、近年になって映画音楽にも進出し、『博士と彼女のセオリー』ではゴールデングローブ賞で作曲賞を受賞している。
この作品では弦楽器やピアノの音が心地よく耳に飛び込んでくるクラシカルな音作りだったが、『ボーダーライン』では一転して不吉な重低音が鳴り響くダークな音像に。また『メッセージ』では、同一モチーフがループするミニマル・ミュージックが繰り広げられる。非常に守備範囲の広いコンポーザーなのだ。
しかし今回の『ブレードランナー 2049』で音楽を担当するのは、ハンス・ジマーとベンジャミン・ウォルフィッシュ。第1作の『ブレードランナー』が革新的だったことの一つは、ヴァンゲリスによるサウンドトラック自体がSF的であり、ディストピアな未来を完璧に音で表現していたことだ。その世界観を踏襲するにあたって、常にオリジナリティあふれる音楽を創造するヨハン・ヨハンソンではなく、数多の作品のサントラを手がけているハンス・ジマーを指名したのは、いかにドゥニ・ヴィルヌーヴが『ブレードランナー』をリスペクトしているかの証左ではないだろうか?
『未知との遭遇』との遭遇
ドゥニ・ヴィルヌーヴは好きな映画の一つに、スティーヴン・スピルバーグの『未知との遭遇』を挙げている。今年で公開40周年を迎えることを記念して、10月18日に『未知との遭遇 40周年アニバーサリー・エディション』が発売されたばかりだが、その映像特典で彼のインタビューが収録されている。
高校時代に学校の大スクリーンで初めて本作を観たドゥニ・ヴィルヌーヴは、その豊かなイマジネーションと芸術性に感銘を受けたという。そして『未知との遭遇』から学んだ事として、こんなコメントを残している。
「この映画は私に、監督の仕事とは何かを気づかせてくれた。映画監督とは映像で物語を描く作家なんだ」
これはまさに、SF映画作家としての資質ではないだろうか?
同じくインタビューに登場しているJ・J・エイブラムスがコメントしているように、『未知との遭遇』のストーリーは所々に説明不足が目立ち、アラが多い。「他人にシナリオを任せて、監督業のみに専念するタイプ」のスピルバーグには珍しく彼自身がシナリオを書いているのだが、その完成度はお世辞にも高いとはいえないだろう。しかし圧倒的な映像の魔力が全てを凌駕している。ストーリーで物語を語るのではなく、映像で物語を語る才能が、SFには必要なのだ。
ちなみに特典映像の中で、スティーヴン・スピルバーグは近年最も感銘を受けたSF映画として『メッセージ』を挙げている。映像で物語を語るフィルムメーカー同士、共鳴しあうものがあるのかもしれない。
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スター・ウォーズ新三部作の幕開けとして、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』を手がけたJ・J・エイブラムスのプレッシャーは相当なものだったろう。『シン・ゴジラ』で全く新しいアプローチの怪獣映画を提示した庵野秀明の心労も想像に難くない。
しかし、カルトSF映画の傑作として名高い『ブレードランナー』を35年ぶりに蘇らせる試みは、ある意味でそれ以上に大きな冒険だったはずだ。そして、芸術性と娯楽性を両立できる稀有な存在のドゥニ・ヴィルヌーヴは、今日現在その偉大な挑戦に最もふさわしい作家なのである。
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日本に先駆けてアメリカでは10月6日に公開されたが、評判は上々。Twitterには賞賛のコメントが書き込まれ、アメリカ在住の映画評論家・町山智浩氏も「号泣せずにいられない」と絶賛している。
10月27日の全国ロードショーまであと少し。みなさん、それまで電気羊の夢でも見ながら公開日に備えてください。もちろん筆者も、初日に駆けつけます!!
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