先生おしえて! 韓国語にも方言はあるんですか?

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Netflix Japan編集部

日本と同様、たくさんの方言が存在する韓国。その中でも南東部のプサンなどがあるキョンサンド(慶尚道)と韓国南西部のチョルラド(全羅道)の方言について、在韓歴17年の韓国語教育者「ゆうき先生」こと稲川右樹さんに解説していただきます。(ネトフリ編集部)

稲川右樹(ゆうき先生)

滋賀県出身。現在、帝塚山学院大学准教授。専門は韓国語教育。2001年から2018年まで韓国・ソウル在住。ソウル大学韓国語教育科博士課程単位満了中退(韓国語教育専攻)。韓国ではソウル大学言語教育院、弘益大学などで日本語教育に従事。近著「高校生からの韓国語入門」(Twitterアカウント:@yuki7979seoul

【キョンサンド(慶尚道)編】

キョンサンドの方言は関西弁的位置付け

プサンのあるキョンサンドの方言は、日本で言うところの関西弁のようなもの。強くて勢いがあって、ちょっと面白いとか、そういうキャラクター色を出すときにキョンサンドの言葉が使われることが多いです。

日本では関西弁を喋るキャラは面白いとか、ちょっとがめついとか、そういうステレオタイプを生かすために演出で使われることがありますよね? 韓国のドラマもそうで、例えばプサンの方のキョンサンドの方言だったら、迫力がある感じを出したい時に使われます。当然のことながらこれはあくまでも演出であって、ドラマでそういう方言が使われているからといって、「この地域の人たちはこうなんだ」と決めつけて見るのではなく、1つの参考として見ていただければと思います。

イントネーションに注目を

キョンサンドの方言は韓国の他の方言とはかなり違って、抑揚や声調があるのが特長です。例えば「私が」というのは、ソウルだと柔らかく平板型のアクセントで「ナヌン」「チョヌン」となりますが、「ナ(↑)ヌーン(↓)」とか「チョ(↑)ヌーン(↓)」とか、上がり下がりがあるのが聞こえてきたら、これはキョンサンドの人かな?と考えていいと思います。

秘密の森』でユ・ジェミョンさんが喋っているのは、表面上はソウルの言葉ですが、独特のアクセントがあるので韓国の人はソウルの人間だと思わないんです。キョンサンドの方言というのは抑揚があるので、「これはきっと、キョンサンドの人だろうな?」ということが、なんとなくわかります。

それからキョンサンドは、近代の韓国において非常に優先的に発展して、エリートをたくさん輩出してきた地域で、そのような時代的背景から、キョンサンド訛りの言葉を喋る実力者やエリート政治家がたくさんいる。そうしたことが、この作品の設定にも反映されています。

ソウル出身者の方言に対する意識とは?

ソウルの人たちの方言に対する意識がよく表れているのが、『ラケット少年団』のシーン。

へガンというソウル出身の男の子と、テグ出身の女の子が大会に出場するためにプサンに来た。するとへガンのほうが「君はキョンサンド出身じゃなかったの? 何でプサンの言葉使わないの?」と言うと、女の子は「私はプサンじゃなくてテグ出身だよ。そんなこと向こうにいるプサンの人たちに聞かれたら、大変なことになるよ」と怒る。

ソウル生まれのへガンにとっては、プサンもテグも同じキョンサンドというぐらいの認識しかなくて、本当にざっくりとしか違いが分からないんです。けれどもキョンサンドの人たちからすると、それぞれの地域にプライドがあって、プサンとテグは全然違うと思っている。日本でも、「大阪と京都は同じ関西弁でしょ?」と言われたら、主に京都の方が大変怒ったりしますよね。それと非常に似たことが韓国でも起こっているんです。

もうひとつ、地方都市からソウルに来て感じる言葉のコンプレックスを映し出しているシーンもあります。

地方出身者の2人が、ソウルの人に馬鹿にされないようにと、売店の店員に頑張ってソウル言葉っぽく話すのですが、この店員は彼らが地方出身者だと一瞬で見抜く。「この人はキョンサンドの方の出身だな」とわかるので「プサン? マサン?」と両方違うんですけれども言われてしまう。そこで、もうしょうがないやということで、自分の方言に戻して喋るというシーン。韓国の人からすると、方言を喋る人がソウル言葉を使っている姿がすごく可愛いし愛おしい、そんな風に思えるシーンですね。

【チョルラド(全羅道)編】

方言から韓国国内の格差が見える

チョルラドは韓国の中でも少し虐げられていた歴史があり、ソウルや南東部のキョンサンド(慶尚道)に比べて開発が遅れた地域です。そんな背景もあって、韓国の作品でチョルラド(全羅道)の方言を喋る人物は、裏社会に住むヤクザやチンピラ、あまり教養がない田舎者などのキャラクターを演じさせることが多くありました。

例えば、『梨泰院クラス』で主人公のセロイと、のちに仲間になるスングォンが初めて会ったシーン。

スングォンが喋っているのがチョルラドの方言で、貧しくて学がなくてというところに、いかにもチョルラドだなというステレオタイプが反映されていると思います。もちろんこれはステレオタイプであってチョルラドの実情とは全く無関係ですし、最近は地域性に基づいたステレオタイプはよくないという議論が出ていますし、そうしたことに囚われないキャラクターもたくさん登場していますね。

語尾に「〜イン」と入ればチョルラド

チョルラドのキャラクターを描くときに必ず言わせるのが「アーッタ」という台詞。これは「アーッ」とか「ワーッ」とか、感情がこもったときに出る感嘆詩ですけど、チョルラドの方に行くと「アーッタ」と言う。「この人はチョルラドの人ですよ」と示したければ、「アーッタ」と言わせれば一発でわかります。

もうひとつ、チョルラドの方言には独特の抑揚があって、強いて言うならビヨーンとお餅が伸びるような喋り方をします。「だよね」と言うときに「〜イン」という話し方をしていたら、これはチョルラドのキャラクターだなと考えていいと思います。

チョルラドが印象的に使われた映画作品

タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜』という作品に、チョルラドを印象的に使ったシーンがあります。この映画は、1980年にチョルラドの光州という都市で起こった民主化運動「光州事件」の実話をもとにしたもので、当時韓国は独裁政権だったので、軍隊を投入して徹底的に弾圧していた。そして自由な報道が規制されていたので、一般市民はこの事件を知らなかったんです。そこに「光州事件」の情報をキャッチしたドイツ人ジャーナリストが、ソウルからタクシーで光州に乗り込み、その実情を撮影して命懸けでソウルに戻って報道したことで、世界中の人たちが光州の民主化運動を知った、という事件の裏側を描いたものです。

そして、検閲を抜けるシーン。

ジャーナリストが乗った、光州があるチョンナムという地域のナンバーをつけたタクシーが検問を抜けてソウルに向かおうとする。けれどもこの軍人が、タクシー運転手が喋っている言葉がチョルラドの言葉ではないことに気づくわけです。「何か怪しいぞ、このタクシーはどうもおかしいぞ」と。そしてこの後どうなるのか……?という、視聴者にとっては非常に手に汗握る、緊張感あふれるシーンになっています。

もうひとつ特徴的なのが、この映画に出てくる軍人はみんな標準語を喋っていること。つまり、「ソウルや別の地域からやってきた軍人ばかりが集められている」というニュアンスを残すシーンの作りに思われます。しかも、チョルラドに対しては昔から共産主義者が多いとか、政府に対して不満を持っている人が多いという固定観念があるので、軍人も躊躇せずに弾圧できる。チョルラドの鎮圧をよその地域の軍人にやらせた、というのは非常に考えさせられるシーンですね。とても短いシーンながら、そういう意図まで読み取ることができます。

転載元:Netflix note

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