普通、恋愛映画の主演というと、美しい男女の画を想像するが、この男・阿部サダヲは汚くいるべく心を砕いたという。沼田まほかるが2006年に刊行した、ある愛の形を描いたミステリー小説「彼女がその名を知らない鳥たち」を、センセーショナルな映画『凶悪』や『日本で一番悪い奴ら』を手掛けた白石和彌監督が撮るというから、一筋縄ではいかないことは想像に難くない。
しかし、白石監督から「芝居マシーン」と言わしめる阿部は、蒼井優演じる北原十和子に、たとえ求められなくても愛し続けた佐野陣冶でいるため、説得力を持って翻弄され切った。「イメージにない役がやりたかった」と語る阿部にとって、薄汚れて、不潔で、下劣、狂気に似た愛を抱えた陣冶は、打ってつけだったのかもしれない。歪んだ愛、大人の愛、一途な愛……観客は、この作品の愛をどう受け取るだろうか。阿部のインタビューには、様々な想いがこもっている。
――演じられた佐野陣冶という男は、強烈なキャラクターでした。
一番最初に白石監督の話を聞いたとき、すでに監督自身が陣治に惚れ込んでいたんです。陣治に対する思い入れをすごく感じたので、ただ汚いだけの人物ではダメで、愛されるキャラクターを作っていかないといけないなと思って、皆に作っていただいた感じがしました。流れとしては、先に僕と蒼井さんの場面を撮っていて、後々(松坂)桃李くんや、竹野内(豊)さんのシーンを撮ったんです。陣治が愛されているぶん「明日からは悪いやつらが来る!」という雰囲気だったのが印象的です(笑)。
――阿部さん自身も、陣治を好きになりましたか?
そうですね。好きじゃないと、なかなかできないですね。
――陣治になるために、中身や外見で工夫されたことは何でしたか?
見た目的なものは全部スタッフさんが作り込んで下さいました。衣装もいくら汚れてもいいし、どこに寝転がってもいい、みたいな。本当にだらしない感じになっていましたね。団地で陣治の家のロケをしていたんですけど、空き部屋が控え室で畳張りで昭和っぽいところなんですよ。そこに寝そべってダラダラしたり、僕はタバコを吸わないんですけど、劇用のタバコを吸ったり。コンクリの上に寝たりもしましたし。お弁当で落ちたものとかも、普通に食べられました(笑)。
――すっかり(笑)。
(笑)。気持ちも、そういう気持ちになっていたのかもしれないですね。
――外的なことで言えば、今回は関西弁の苦労もあったのかと思うのですが、いかがでしたか?
そうですね、相当ありました。毎日、方言指導の先生に吹き込んでもらった音源を聞いて、それで寝るという繰り返しでした。ずっと聞いていないと、不安で仕方ない感じでした。自分では気づかないんですけど、感情が入ってくるとイントネーションが変わってくるらしいんです。そのたびに直されるので、難しいですよね……。イントネーションで違うと思った瞬間に、芝居が止まっちゃったりするのも、すごく嫌だったので……。そこは本当に苦労したところでした。ずっと関西で撮影していたので、なるべく日常会話を聞こうと思って、居酒屋とかに行ったりもしましたね。大阪に住む友達もいたので、その友達としゃべるようにしたりとか。自分が本当はしゃべれないから、恥ずかしいのもあるんですよ。
――「阿部さんは汚れた役をやりたかったのでは」という白石監督のコメントもありましたが、その思いはありましたか?
基本的には、何でもやりたいんです。最近のドラマなどでは「いいパパ」みたいなイメージの役をやらせていただくことが多かったので、イメージとは違った役もぜひやりたかった、というのはありますね。
――内面的に大事にされていたことはありますか?
台本で書かれていたことで十分でした。お客さんに楽しんでいただくための演出は気にしたりもしていましたが……。ネタバレになってしまうので詳しいことは言えないですけれど、最後までいけば何もかもわかるんです。なかなか、ここまでの愛はないですよね?……ということまでは言っておきます(笑)。
――阿部さんの心情的に、陣治の行動に理解できますか?
いやあ、なかなか理解できないですよね。最初、原作や台本を読んだときにも「えーっ、どういうことなの!?」と思って、すごい考え方だな、と。あまり出会ったことのない話だったので、恐ろしい男だと思いましたけど。僕は、あんな恋をしたことがないですし、これから先もないでしょうからね。こういう愛のカタチもあるんだ、という捉え方でした。
――蒼井優さんとの絡みのシーンもありましたよね。そのあたりも、なかなかテレビの阿部さんではお見掛けできない部分という気がします。
そのシーンでは、僕は恥ずかしがらないようにしていました。蒼井さんはさっぱりしているというか、格好いいんですよね。とにかく時間がかからない方で、何でも早い。すごく堂々とした方なので、助かりました。ベッドシーンでは、白石監督も「ここを触るとそう見えるから」、「そこを揉んでおくんですよ」と指導してくださって、演じやすかったです。実際には触らないので、触っているように見える方法とかを聞いて、「なるほど~!」と勉強になりました(笑)。
――撮影中、竹野内さんと「松坂桃李はうまかったらしい」というベッドシーンの反省会をしていたという噂は本当ですか?
(笑)。松坂くんはお手の物だったらしい、という話はしてました。誰の指導もなしらしいですからね(笑)?
――陣治、水島真(松坂)、黒崎俊一(竹野内)の中で、一番気持ちがわかるキャラクターは……いますか?
出てきた人の中で……。やばい人たちばかりですよ(笑)? うーん……少しもわからないなあ。いない……黒崎と言いたいところだけど……、ダメだもんなあ……。一番ダメなのは水島ですよね。どうしようもないですよね(笑)。
――完成作を御覧になって、特に思い出される場面はありますか?
水島がホテルで十和子にタッキリ・マカン、砂漠の話をしているときに砂が降ってくるところがありますよね? 「何、この演出!? 監督はいろいろなことを考えるなあ」と驚きました。台本には「砂が降ってくる」なんてなかったので。
――今回、初の白石組の参加になりました。最後になりましたが、監督のイメージもお聞きしたいです。
『凶悪』や『日本で一番悪い奴ら』を観ていて、白石監督のイメージとして怖い人なんじゃないか、と思っていました(笑)。大きくて、いかつい感じの監督かなと想像していたら全然違って、優しい雰囲気のいい方でした。イメージが全く違ったのでびっくりしました。お芝居の作り方で言えば、僕はすごく合っていたというか。その場で「こうやって動いてやってください」と全部説明してくれて、監督の頭の中にその日撮りたいものが全部あるので、僕はすごくスムーズで助かりました。
――白石監督からの伝言で「今度は標準語でやりましょう」と!
ぜひ、よろしくお願いします!
『彼女がその名を知らない鳥たち』は10月28日(土)より全国ロードショー。
(C)2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会
(インタビュー・文:赤山恭子、撮影:市川沙希/ヘアメイク:中山知美(R.I.S E)、スタイリスト:チヨ(コラソン)、衣装協力:zinze)
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