実話映画が描く真意【知れば知るほど解らなくなる映画の話(11)】

2017.11.07
洋画

Why So Serious ?

侍功夫

どうも、侍功夫です。

クリストファー・ノーラン監督が初めて実話に挑んだ!」という惹句で売りだされたダンケルク 。実在した違法な運び屋をトム・クルーズが演じるバリー・シール アメリカをはめた男。チェ・ゲバラと行動を共にした日系人を描くエルネストなどなどなど。実際の事件や実在した人物をテーマにした映画が数多く公開されている。

しかし、なまじ実際に起こった出来事だけに「過去にこんな事件があった」「こんな人がいた」といった印象で止まってしまってはいないだろうか?

今回はいくつかの「史実を元にした映画」を取り上げ、その作品の持つ意図を詳らかにしていく。

人間の孤独『ソーシャル・ネットワーク』

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フェイスブックのアイデアを盗用されたと訴えるウィンクルヴォス兄弟との裁判を軸に、創設者であるマーク・ザッカーバーグの寄る辺ない孤独を描くソーシャル・ネットワーク

本作を観て不思議に思うのは、ザッカーバーグの“造形”だろう。劇中のザッカーバーグは痩せ型で落ち着かず早口でまくしたてるように喋る描き方をしている。しかし、実際のザッカーバーグは均整のとれた(マッチョと言ってさえ良い)健康的な肉体を持ち、講演会では巧みに弁舌を操る、いわゆるカリスマCEOといった風情である。

この違いに監督の意図がある。

劇中のザッカーバーグが求めたのは、ウィンクルヴォス兄弟に代表される選ばれた人々のハイソで排他的なグループとも、エドゥアルドが目指した一般的な企業が開発する開かれた場所とも違っていた。ただただ自分を深く理解してくれる相手と、その相手を探すシステムだった。

ラスト、映画冒頭でデートをしていた相手のアカウントを見つけ友達申請をする。この「相手の女性」は映画独自の虚構の存在だ。そして、この女性との関係を象徴として語られるのは「たった一人の相手とさえマトモな関係を築けない男が、世界中の人々を“繋げる”システムを作った」という皮肉である。

女の子、今/昔『マリー・アントワネット』

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「パンがなければケーキを食べればイイじゃない?」で有名なマリー・アントワネット(発言は別の人物のものだが)の半生を描いたマリー・アントワネット。世間知らずなまま贅沢に育った彼女は政略結婚でフランス国王ルイ16世に嫁ぐと、さらに放蕩を極める。対して厳しい税を課せられたフランス国民の怒りは頂点に達し、遂に「フランス革命」を引き起こす。映画の焦点は、結婚してから革命により囚われるまでのマリーの日々にあてられる。

結婚してからの“マリーの日々”とは、「かわいいお洋服サイコー!」「スイーツおいしー!」「彼氏のオタク趣味が理解できない!」「気に入らない子と仲良くしなきゃいけないのムカつく!」「夜にこっそり抜け出してパーティするのサイコー!」「パーティもイイけどガーデニングもチョー癒される!」などなど。しかし、そんな楽しい日々もいつかは終わってしまう。「遊んでたらチョー叱られたんですけど……」。

これって今の女の子でも同じでしょ?

アメリカ的なるもの『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』

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ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ
ミキサーのセールスマン、レイ・クロックがマクドナルド兄弟の経営するハンバーガー店「マクドナルド」フランチャイズ化に尽力しつつも結果として乗っ取ってしまった史実を元にした作品。

登場人物の苗字に注目すると本作の“奥行き”が見えてくる。「マクドナルド」はスコットランド系。つまり、イギリスからアメリカへの入植が始まった頃の移民の末裔であろうことが伺える。対して「クロック」はチェコ系の苗字である。

そもそも、アメリカ大陸にはネイティブ・アメリカンが住んでおり、彼らを虐殺し、生き残りを僻地に追いやることで築いたのが現在のアメリカだ。本作で描かれるのは初期入植者の末裔であるマクドナルド兄弟の築いた店や名前を奪うのが、あとから来たチェコ系移民の末裔クロックだということ。

さらに現代へ目を移せば「Make America Great Again!(アメリカをもう一度偉大な国へ!)」をスローガンに掲げた大統領ドナルド・トランプはドイツ移民の孫だ。アメリカでは移民たちが常に「アメリカ的」なるものを奪いあっている、という情景が立ち上がってくる。

劇中、クロックが土をすくい上げるカットが象徴的に映し出される。クロックのマクドナルドが“不動産収入”でフランチャイズに成功したことを現しているのだが、ドナルド・トランプもまた、“不動産王”として財を成している。

こんな家族が欲しかった『エド・ウッド』

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エド・ウッドことエドワード・D・ウッド・Jrが映画制作を志し、「史上最低の映画」として名高いプラン9・フロム・アウター・スペース制作、公開までを描くエド・ウッド

監督のティム・バートンは少年時代を陽光まぶしいカルフォルニアのバーバンクで、その陽光を「自分には不釣り合い」だと強く想いながら過ごしたそうだ。家族との折り合い(特に父親と)は悪く、毎日学校が終わると自室にこもり、50年代の怪奇映画に没頭する日々を過ごした。この少年時代はバートン作品に色濃く影を落としている。

中でも『エド・ウッド』はそんな彼の、少年時代の願望を叶えていると言えるだろう。

かのドラキュラ伯爵を演じたベラ・ルゴシ。テレビで怪奇映画を紹介する人気タレントのヴァンパイラ。霊能力者を自称するクリスウェル。それにエド・ウッドの女装趣味に渋々ながら理解を示し、あまつさえ制作資金を出資する歴代の“主演女優”たち。エド・ウッドはそんな仲間とともに、向上心や制作理念のようなヤヤこしい心情を一切持たず、ユルく、気分良く映画を作り続けていく。

これはバートンにとっての“理想の家族像”だ。あこがれの“おじいちゃん”に、ゴスファッションでキメた“お姉ちゃん”。陽気で面白い“お兄ちゃん”、理解があって美人の“奥さん”。バートンは互いに批判することなくワイワイと楽しく過ごす理想の家族をエド・ウッドの半生から抽出してみせたのだ。

人間なんて所詮俗物(But I Like It !)『ウルフ・オブ・ウォールストリート』

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ウルフ・オブ・ウォールストリート
ジョーダン・ベルフォードは巧妙な言葉選びで二束三文のペニー株を大量に売りつけて多額を手数料を得て、パーティ三昧の毎日を過ごす。そんな日々も長くは続かず、ド派手な生活がFBIの興味をひいてしまう。

本作の約3時間に及ぶ長尺のほとんどはアホほど派手なパーティや狂ったドラッグ体験に費やされる。特にFBIに目をつけられた後、捜査官とジョーダンの日々を交互に見せていく編集は見事だ。

毎日同じ電車に乗り、壁だらけの灰色のオフィスでミッチリ並ぶ数字を朝から晩まで見つめる捜査官。対して豪華なボートの上でシャンパンのコルクを飛ばし、モデルばりの女性をはべらせ、享楽的な日々を送るジョーダン。慎ましやかに禁欲的な日々を健康的に長く過ごす捜査官と、身体を痛めつけてでも快楽的な人生を超特急に駆け急ぐジョーダンを対比して見せる。監督マーティン・スコセッシの視点は明らかにジョーダンの生活へ寄り添っている。

法律的にも道徳的にもFBI捜査官の生活こそ賞賛されるべきものだろう。しかし、どうしてもジョーダンの生活に憧れてしまう。人間に生まれたからにはイケイケな日々を過ごしてみたいと、それが悪いことだと解っていても思ってしまう。

スコセッシはグッド・フェローズ』『カジノで同じような「悪党どものイケイケな日々」を繰り返し描いている(共に史実を元にした映画)。また、これらの作品を踏まえれば、スコセッシがキリストの最期を描いた最後の誘惑も、同じ系列の作品として作られているのが解る。

つまり、俗物への焦がれるような想いだ。I know. It's Only Rock'n'Roll ! But I Like It !

作品は作者のもの

たとえ元が実際にあった話でも、仕上がった映画は製作者たちの「作品」であり、そこには当然製作者の意図や思いが込められている。これはドキュメンタリーの項でも述べたが、「監督」という「作者」が存在する以上、「作者」によって作られた「作品」は必ず「作者の意図」を現すものになる。

もちろん「史実を元にした映画」であっても、それは監督が、その史実から何を見出したか、が語られているのである。

つまり、ドキュメンタリーも、「ハリーポッター」シリーズのような完全なフィクションも、史実を元にした作品も、並列に「作者の意図」だけを反映した作品なのである。

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