10~20代、溌剌とした美しさをたたえていた長谷川京子は、年を重ねて錆びるどころか、輝きを増している。そんな長谷川が、妖艶で男を狂わせてしまう役どころを演じるとなれば、映画『光』はそれだけでも一見の価値があると言えそうだ。大森立嗣監督がメガホンを取り、井浦新が主演を務めた『光』で、長谷川といえばエキセントリックで容赦ない“光”を放った。井浦演じる信之の幼馴染で、中学生時代から彼をずっと翻弄し続けた美花(長谷川)は、自分でも抑えられないほどの強烈な個性で、信之が密かに抱えていた荒ぶる内包を目覚めさせてしまう。撮影を終えた今、実は「もっと出してほしかった」と名残惜しそうに話す長谷川に、大森組で過ごした短かったがとてつもなく濃い、3日間の出来事を振り返ってもらった。
――すごく限られた時間で撮影したそうですが、実際、長谷川さんのパートは何日間で撮られたんですか?
3日でした。基本的に順撮りだったので、私のクランクインのときに、島の子供たちの映像をちょっと見させてもらいました。幼少期の温度感を確かめておかないと、どうやっていいかも分からなかったので。
――子供時代の映像も、かなり衝撃的でしたね。
思った以上に、すごく湿度の高い映像ですよね。私の幼少時代をやってくださった紅甘(ぐあま)ちゃんが、何とも言えない感じで。ティーンのときの、成長するけど心がまだちょっとついていかない、心と体の不協和音みたいなものがぶわーっと出ていて、何とも言えない色気がありましたよね。
――映像をご覧になった後で、それを受けて芝居をしなければいけないのは、かえってプレッシャーになりませんでしたか?
いえ。自分が美花という役を作る上で、すごく大きな柱になりました。脚本上での私の役が、本当にどの色にも染まれるような書き方をされていたから、正直分からなかったんです。「どうしようかな?」と思いながら初日入っていたので、逆に助かりました。でも、やっぱりあの映像を観たときは「うわー! この流れか!」と、ちょっとゾクゾクっとしましたけど。
――実際、現場ではどう動いていかれたんでしょうか?
幼少期もそうですけれど、大人になってからも、ほかの方の現場を一切見ていないのもあって、温度感やテンポ感が全く分からない中やったんです。自分で色を決めていくと崩せなくなってしまうので、それだけは嫌だなと思っていました。ベースだけを作って、現場では大森監督の言う通りにしようと思い演出をつけていただきました。「もうちょっと感情を入れて」とか「でも、ここちょっと抑えて」とか、本当に微調整をしてくださって。思っているよりも感情的というか、その場で思ったことをバンバン投げつけていっていい役だったから、「あ、なるほど、そういうことか」と思ったりして。大森監督とコミュニケーションを取って役を構築していったんですけれど、結局、答えは終わるまで出なかったです。
――結構迷いながら、やられていたと?
撮影は3日でしたけど、3日続けてではなく、1日と1日の間が結構空いていたんですね。1日目に、何か分からないまま1シーンだけを撮って「お疲れさまでした」と帰ったものの、「うーん、つかめていないなあ……」と。2日目に向かうまで日常生活を送るんですけれど、ずっと頭の中が「わからないなあ」って。
――引っかかっていたんですね。
そう、悶々としていました。撮影がない間も台本をずっと持ち歩いていたので、「あ! こういうことかな?」と思ったら、ちょっと台本を見て、パタンと閉じて。また違う日に、「あ! こういうことかな」って(笑)。どうにでも解釈できちゃうから、結局答えが出ないんです。ずっとモヤモヤしていたけれど、終わってみたら「このモヤモヤがもしかしたら美花だったのかな」という解釈になりました。美花も、おそらく自分自身がそんなに分かっていないんじゃないかな。終わってみると、そう思うんです。
――美花像を表現するなら、とさらに聞いてしまってもいいですか?
美花も信之も輔(瑛太)も、育った島のエネルギーに幼少期に憑りつかれて大きくなったというのがあって。鎖で片足と島をつながれているような感覚なのかな、と思っていたんです。そんな中で、こうした体を持って生まれてしまった美花には、やっぱり男の人が来ちゃうんでしょうね。それに対して、美花がすごく恨んだ時期っていうのが絶対あるはずなんだけれど、何かのきっかけで悟った瞬間もあるのかもしれない。例えば、美花は女優になるわけですけれど、変な話、業界の人といろいろと体の関係を持ってのし上がっていって、自分で道を切り拓いてきたとすれば「自分はそういう人間なんだ」とする一面もあると思うんです。だから「光なんかない」と思っている部分と、「でも、もしかしたらどこかで光があってほしい」と望んでいる部分もあるんじゃないかな、という解釈を私はしました。
――なるほど。長谷川さんが演じる美花という人間を表すためにも、井浦さんとのシーンはすごく重要ですよね。
信之は、とにかく美花のことを、ホントに好きで好きでしょうがないっていう状態で。だからこそ、「信之から見た美花」というものを演じたほうがいいのか、反対に「汚れた部分も全部隠さずに生きている美花」でいたほうがいいのか、表現に困っていました。大森監督に正直にお話をしたら、「どちらかと言えば後者だけれど、とにかく現場で思っていることをやって、感じたことをやって。あとの微調整は僕がするから、信用してください」と答えてくださったんです。とにかくそこからは、新くんやスタッフさんが撮影を順撮りしてずっと背負ってきたものを、私がなるべく現場で感じられるように徹していました。
――井浦さんがずっとやってきたことを受けて、撮影中にご自身の中で変わったことはありましたか?
新くんって、すごい独特なテンポがある人で。それがまた、美花としても、私としても、すごい狂わされるんですよ(笑)。例えば、「セリフ、来て、来て」と思うんだけれど、来ない、みたいな(笑)。でも、それって信之としてだから、本当に何を考えているかが分からないというか。
――結局、美花にとって信之は何だったんでしょうね?
美花は信之の気持ちは分かっているんだけれど、何だろうなあ……。信之を受け入れないのは……必要ないからかな。彼がやっぱり思い出したくない過去の一部だから。親近感もあるけど、煙たくもあって、一緒にいると「なんか嫌だ、何? 何なの?」みたいな(笑)。でも、いなくなると自分のひとつもいなくなっちゃう、という感じなのかな。
――出番として多いわけではないですけれど、ミステリアスなインパクトを残すのが長谷川さんの美花で、信之が惹かれて輔が嫉妬するのもわかる気がするんです。
ああ、嬉しいです。捉え方によっては、美花はすごく悪役に徹することもできるし、どうにでも取れる存在ですけど、たくさん出るわけではないからこそ、あえて象徴的な立ち位置でいなくてはいけないなと思ったんです。自分が悪役になってしまうということは、作品自体を汚してしまうことになると感じたから。だから、絶対にそうはさせたくないなと思って。
そういえば、私、撮影が終わった後、大森監督に「もっと出してほしかった」と言ったんですよね(笑)。
――(笑)。
「もっと出たかったのにー!」とか言って。だって、大森組が楽しかったから、もっとやりたかったんです。新くんや瑛太くんは大森作品に結構出られていて、橋本(マナミ)さんもワークショップに行かれていたから、私だけが今まで本当に面識がなかったので。自分だけ、ちょっと蚊帳の外感はあったんです。
――でも、入ってみたかった世界ですよね。
そうそうそう、入りたかったし。だからキャスティングしてもらえたのは、非常に嬉しかったです。
――大森組での経験が、また次の作品に活かせる感じがしていますか?
うん、本当に、それはあるかもしれないですね。『光』以降にお芝居をさせていただいても、現場の空気感は、より大事にしたいなと思いますし、瞬発力みたいなものをつけるために、考えすぎないようにしたりしています。けど、準備が足りないと不安もあるので、ある種の準備と余白を作るというのが、楽しんでやれる方法なのかな、と。
――女優としての新しいビジョンが見えたりもしましたか?
人間の深い部分を掘り下げるような、女性の人生を描いたりする作品もいいなと思いますし、人間を深く抉りたいという願望があるんです。そういう機会があれば、いつでも全然フリーにしています、私は。(インタビュー・文:赤山恭子、写真:You Ishii)
映画『光』は11月25日(土)より、新宿武蔵野館・有楽町スバル座ほか全国ロードショー。
(C)三浦しをん/集英社・(C)2017『光』製作委員会
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