【ネタバレ】映画『シン・ウルトラマン』はなぜ賛否両論が渦巻くのか?『シン・ゴジラ』にも繋がるメッセージとは?徹底考察

ヒットガールに蹴られたい

竹島ルイ

2022年特大の話題作、『シン・ウルトラマン』。記録的大ヒット作品『シン・ゴジラ』(2016)を手がけた庵野秀明氏と樋口真嗣氏による、極上のエンターテインメント作品だ。

という訳で今回は、待ちに待った『シン・ウルトラマン』について、ネタバレ解説していきましょう。

映画『シン・ウルトラマン』あらすじ

次々と巨大不明生物【禍威獣(カイジュウ)】があらわれ、その存在が日常となった日本。通常兵器は全く役に立たず、限界を迎える日本政府は、禍威獣対策のスペシャリストを集結し、【禍威獣特設対策室専従班】通称【禍特対(カトクタイ)】を設立。

班長:田村君男(西島秀俊)
作戦立案担当官:神永新二(斎藤工)
非粒子物理学者:滝明久(有岡大貴)
汎用生物学者:船縁由美(早見あかり)

が選ばれ、任務に当たっていた。

禍威獣の危機がせまる中、大気圏外から突如あらわれた銀色の巨人。禍特対には、巨人対策のために分析官:浅見弘子(長澤まさみ)が新たに配属され、神永とバディを組むことに。

浅見による報告書に書かれていたのは…【ウルトラマン(仮称)、正体不明】。

 

※以下、映画『シン・ウルトラマン』のネタバレを含みます

庵野秀明氏の宿願だったリブート版『ウルトラマン』

庵野秀明氏がリブート版『ウルトラマン』を手がけることは、ある意味で運命だったのかもしれない。事の起こりは、ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパンでゼネラルマネージャーなどを歴任してきた塚越隆行氏が、2017年に円谷プロの新社長に就任することから始まる。彼は、ウルトラマンという偉大なる特撮シリーズを新しい世代にも伝えるべく、庵野秀明氏に新しいプロジェクト開発を依頼。2年の歳月をかけて脚本検討稿が完成し、2019年8月1日に『シン・ウルトラマン』の製作が正式にアナウンスされる。

有名な話だが、庵野秀明氏はかつて自主映画『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』で監督を務め、『ウルトラマン』にオマージュを捧げている。しかも彼はこの作品で、自らウルトラマン役まで演じているのだ(しかも素顔で!)、偉大なる特撮シリーズを自らの手で蘇らせることは、彼の宿願だったに違いない。

かくして完成した本作には、オリジナル『ウルトラマン』シリーズへの最大限の愛とリスペクトが詰まっている。カラータイマーを排したウルトラマンのデザインは、初期シリーズの造形を務めた成田亨氏による油彩画から着想を得たものだし、最初の登場時はタイプA、再登場時はタイプCと、3種類存在するウルトラマンのマスクにも抜かりなく目配せ。

オープニングでざっくり説明されるゴメス、マンモスフラワー、ペギラ、パゴスといった怪獣(禍威獣)たちは、『ウルトラマン』ではなく『ウルトラQ』からの出演組だし、オリジナル・シリーズの撮影時にネロンガ、ガボラの着ぐるみが流用されていたという内輪ネタにもそれとなく言及。オタク魂炸裂である。

最大のサプライズは、最後に登場するのが“ゾフィー”ではなく“ゾーフィ”であることだろう。ゾフィーは、光の国の宇宙警備隊隊長であり、ウルトラ兄弟の長兄に当たるキャラクター。オリジナル版では、ゼットンに敗れたウルトラマンに新たな生命を与えて、光の国へと連れ帰っている。

だが当時の児童誌に“ゾーフィ”と誤記されてしまったばかりか、「宇宙からやってきた怪獣。宇宙恐竜ゼットンをあやつって大あばれをする」という嘘情報が掲載されてしまう。このネタはウルトラマン・オタクの間では有名な話なのだが、まさかそれを『シン・ウルトラマン』のストーリーとして組み込んでしまうとは! 庵野秀明氏、おそるべし。

シン・アンノ・シネマティック・ユニバースの誕生

シン・ウルトラマン』では、何度か「マルチバース」という表現が登場する。MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)ですっかりお馴染みとなったワードだが、この映画自体も『ウルトラマン』をリブートした作品なのだから、そもそもマルチバース的な立ち位置にある作品と言える。だが面白いのは、本作が『シン・ゴジラ』とも緩やかに繋がっていることだ。

かつて『ウルトラマン』のオープニングでは、マーブル模様の背景に『ウルトラQ』のロゴが出現し、それを打ち破るかのように真っ赤な背景に切り替わって、『ウルトラマン』のタイトルが大きく打ち出された。これは、『ウルトラマン』と『ウルトラQ』の作品世界(=空想特撮シリーズ)が地続きであることを示している。

そして『シン・ウルトラマン』では、『シン・ゴジラ』のロゴを打ち破るように『シン・ウルトラマン』のタイトルが打ち出される。この映画はオリジナルの『ウルトラマン』リブートでありながら、『シン・ゴジラ』にも目配せしているという、かなりややこしいマルチバース作品なのである。

初期の空想特撮シリーズでは、「前作で主要キャラクターを演じた俳優の一人が、次作でも再登板する」というお約束があった。『ウルトラQ』で女性カメラマン江戸川由利子を演じた桜井浩子は『ウルトラマン』でもフジ・アキコ隊員役で出演しているし、『ウルトラマン』でアラシ隊員を演じた毒蝮三太夫(当時の名義は石井伊吉)は、『ウルトラセブン』でフルハシ隊員を演じている。

そして『シン・ウルトラマン』でも、『シン・ゴジラ』で登場したメンバーが複数人存在する。

斎藤工(齊藤工)

『シン・ゴジラ』第1戦車中隊長
『シン・ウルトラマン』神永新二

竹野内豊

『シン・ゴジラ』赤坂内閣総理大臣補佐官
『シン・ウルトラマン』政府の男

嶋田久作

『シン・ゴジラ』片山副総理兼外務大臣
『シン・ウルトラマン』大隈内閣総理大臣

高橋一生

『シン・ゴジラ』安田龍彥
『シン・ウルトラマン』ウルトラマンの声

特に竹野内豊演じる“政府の男”は、役柄的にも明確に『シン・ゴジラ』との繋がりを示すものだろう。だが、筆者が特に注目したいのは総理大臣役の嶋田久作。彼がかつて『帝都物語』(1988)で注目を浴びた俳優であり、この映画の監督がオリジナル『ウルトラマン』で演出を務めた実相寺昭雄であることを考えれば、『シン・ゴジラ』と『ウルトラマン』両方のユニバースを意識した人選であることは間違いない。

監督の樋口真嗣氏は、「『シン・ゴジラ』に続いての“シン”を冠した作品として、繋がっている何かはあるのでしょうか」という問いに、こんな風に答えている。

「1954年に作られた『ゴジラ』の第1作で起きたことを現代に置き換えて、今の世界に異物としてゴジラが現れたら、こんなことになるだろうと。それを今度はウルトラマンでやってみようということで、作る姿勢は『シン・ゴジラ』と似てますね」
( 出典:『シン・ウルトラマン』パンフレット インタビューより抜粋 )

ちなみに、庵野秀明氏が監督と脚本を務める『シン・仮面ライダー』(2023年公開予定)では、本郷猛(仮面ライダー)役の池松壮亮、緑川ルリ子役の浜辺美波、一文字隼人(仮面ライダー第2号)役の柄本佑のほかに、塚本晋也、手塚とおる、松尾スズキの出演がアナウンスされている。彼らは皆『シン・ゴジラ』出演組。『シン・仮面ライダー』もまた、オリジナル『仮面ライダー』リブートでありつつも、庵野秀明氏のシン・シリーズに繋がりをもたせたマルチバース作品かもしれない。

今、MCUに対抗できるメイド・イン・ジャパンのマルチバースは、シン・アンノ・シネマティック・ユニバース、すなわちSACU(完全に筆者による造語です)なのだ!!

オリジナル版から受け継がれた「日本の自衛」というメッセージ

『シン・ゴジラ』でも感じたことだが、『シン・ウルトラマン』にもポリティカルなメッセージがたんまりと詰め込まれている。テーマはズバリ「日本の自衛」だ。

ざっくり言えば、『シン・ゴジラ』は「アメリカの傀儡国に成り下がっている日本が、壊滅的な状況に追い込まれながらも国家としての威信を取り戻し、多国籍軍による核攻撃が開始される前に自分たちの力でゴジラを倒す」という映画だった。日本が武力攻撃された場合、アメリカは本当に日本を守ってくれるのか? 日米安全保障条約に対する疑念、異議申し立てが『シン・ゴジラ』のメイン・プロットに据えられているのである。

そして『シン・ウルトラマン』では、ザラブ星人が圧倒的な科学技術力を見せつけて、日本政府に不平等条約の締結をさせてしまうエピソードが登場する。本作において宇宙人が外国人を模した“外星人”と呼ばれていることからも、ザラブ星人が何の象徴なのか、不平等条約が何を指し示しているのかは明白だろう。

メフィラス星人の策謀によって、ベータシステムを活用した「人類の巨大化」計画にまんまと乗ってしまう日本政府の姿は、『シン・ゴジラ』で巨大不明生物に右往左往する大河内(大杉漣)内閣と完全に重なる。庵野秀明氏は、外交力の弱い日本の姿を徹底的に描いている。

だが、ゼットンが超高熱球が発射して地球を壊滅するまでのカウントダウンが始まり、世界中が絶望に沈むなか、(ウルトラマンの助力があったとはいえ)日本だけが人類が生き延びる方法を編み出す。シニカルな視線を向けつつも、庵野秀明氏はやっぱり日本という国を信じているのだろう。

思えば、オリジナル版『ウルトラマン』最終話「さらばウルトラマン」でも、パリに本部があるにも関わらず科特隊は他国の助けなしで地球侵略を目論むゼットン星人を蹴散らし、ウルトラマンを倒した宇宙恐竜ゼットンも「無重力弾」で倒す。「日本の自衛」は、オリジナル版から受け継がれたメッセージなのかもしれない。

状況描写に特化した演出と、エモ全開シナリオとの齟齬

基本的に絶賛モードだった『シン・ゴジラ』と比べて、SNSの反応を見ると『シン・ウルトラマン』は賛否両論が入り乱れている様子。実は、筆者も少なからず本作に対しては否定的な意見を抱いている。という訳で、ここからは(かなり偏った)私見を述べさせていただきます。

思えば『シン・ゴジラ』は、登場人物の内面描写がごっそりと削ぎ落とされた映画だった。日本が太平洋戦争の降伏を決定し、8月15日正午に玉音放送を流すまでの24時間に焦点を当てた岡本喜八監督の『日本のいちばん長い日』(1967)を参考にしただけあって、怪獣映画というよりもディスカッション・ドラマとしての面白さに満ちていたのだ。人物描写よりも状況描写に特化した、極めて特異な作品と言える。

リアリティ・ラインはだいぶ緩くなっているものの、『シン・ウルトラマン』もこの「人物描写よりも状況描写に特化」路線を踏襲している。だが、「空想と浪漫。そして、友情。」というキャッチコピーが指し示している通り、実は『シン・ゴジラ』よりも『シン・ウルトラマン』は遥かにヒューマンで、エモーショナルな作品。自分の生命を投げ打ってまで人類を救おうとするウルトラマン=神永新二の想い、そして浅見弘子とのバディ関係が、ストーリーを牽引する原動力となっている。にも関わらず、肝心の人物描写が希薄なために、そこに説得力が生まれていないのだ(『新世紀エヴァンゲリオン』が巧みだったのは、碇シンジや惣流・アスカ・ラングレーの内面描写を頻繁にインサートさせることで、彼らの“想い”をモノローグで語らせていたことにある)。

最初は“銀色の巨人”として登場したウルトラマンが、まるで血管のように赤い模様を帯びて再登場したのは、非常に示唆的。それは、彼が人間(血管=赤)と外宙人(銀)の中間に存在していることの暗喩ではないだろうか? ゾーフィに「そんなに地球人が好きになったのか、ウルトラマン」と言わしめたのは、彼が人道主義にキャラ変したことに対する言葉なのだ。

演出面における「人物描写よりも状況描写に特化」路線と、シナリオにおける「エモーショナルなドラマ」路線の、食い合わせの悪さ。それが筆者には、『シン・ウルトラマン』の賛否を分けた所以に思われる。

ヒーロー映画としてのカタルシス欠如

もう一つの所以は、ウルトラマンがヒーローとして活躍する場面が圧倒的に少ないことだ。

第1の事件(対ネロンガ戦)

突如“銀色の巨人”ウルトラマンが現れ、スペシウム光線を浴びせてネロンガを倒す。この時点でウルトラマンが人類の味方かどうかは不明。

第2の事件(対ガボラ戦)

体表の色が変化したウルトラマンが登場し、放射性物質を除去したうえでガボラを倒す。人類の味方であることが濃厚となる。

第3の事件(対ザラブ星人戦)

ザラブ星人がニセウルトラマンに化けて破壊活動を行い、ウルトラマンが人類の敵であるように権謀術数を巡らす。

第4の事件(対メフィラス星人戦)

メフィラス星人の陰謀にまんまと乗ってしまった日本政府に敵対して、禍特対と協力してベータシステムを強奪する。

第5の事件(対ゼットン戦)

自らの生命を賭けて、地球を救うべくゼットンと対決する。

人類は、第2の事件で初めてウルトラマンが“正義の味方”であることを認識するが、第3の事件で疑いの目を向け、第4の事件で神永新二の正体がウルトラマンであることを知ってしまう。最近のポスト・ヒーローものにはよくある展開だが、ヒーローがヒーローとして活躍する場が奪われ、その圧倒的な戦闘能力ゆえに人類から奇異の目を向けられる存在に成り下がっている。端的に言えば、血湧き肉躍るカタルシスが欠如しているのだ。

もちろん、「ウルトラマンという過去の遺産を2022年にアップデートするのであれば、当然の帰結じゃないか」と考える方もいらっしゃることだろう。確かにそうかもしれない。筆者が求めるヒーロー映画があまりにも保守的すぎるのかもしれない。

問題なのは、我々が心の中に抱いている「ウルトラマン像」と『シン・ウルトラマン』との乖離が大きければ大きいほど、賛否両論になりやすい、ということだ。もちろん庵野秀明氏は、そんなこと十二分に理解したうえで本作を作り上げたのだろうけど。

2023年、彼は『シン・仮面ライダー』でさらなる無謀な挑戦に打って出る。その勇気と胆力に、筆者はただただ敬服するばかりなり。

 

映画『シン・ウルトラマン』作品情報

監督:樋口真嗣氏
企画・脚本:庵野秀明氏
公式サイト: https://shin-ultraman.jp/
(C)2022「シン・ウルトラマン」製作委員会 (C)円谷プロ

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