8月1日に公開され、大変な話題を呼んだ『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』。脚本を担当した映画評論家・町山智浩氏自らが「炎上物件」と公言していた通りの大炎上は落ち着き始めたようです。
巨人の人食描写を始めとしたグロテスクな演出は、映画を見た方なら誰もが衝撃を受けたでしょう。最近の日本映画ではありえないほどの過激な表現は、どうして実現したのでしょうか?
実は、『進撃の巨人 ATTACH ON TITAN』はある業界のスポンサーが製作委員会に参加していない!という大きな特徴があったのです。
日本の映画製作の主流「製作委員会方式」とは
まず、日本映画のスポンサーシステムについて軽く説明しておきましょう。
ふつう、日本の映画は制作委員会方式で制作されます。映画製作には多額の制作費が必要となり、もし興行成績が振るわなければ映画制作会社は大きなダメージを受けてしまうんです。
そこで、リスクを避けるために考えられた手法が委員会方式。複数企業に出資を募ることでリスクを抑え、スポンサーとなる企業は出資を抑えつつヒットした時に利益を分配してもらう。さらに、生じた利権で一儲け狙うこともできるので、制作会社側・出資企業側には都合がいいシステムなんですね。
その一方で、確実に制作費が回収できる人気原作モノの映画ばかりが制作されるようになる等の問題点があり、批判の対象にもなる…というシステムが日本映画の主流です。
東宝映画の『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』ももちろん製作委員会方式で制作されています。博報堂などの有名企業がスポンサーとして製作委員会に参加している中で、テレビ局は参加していません。これが最大の特徴!なんです。
テレビ局が映画のスポンサーになるのは、放映権を獲得するためです。映画がヒットすればヒットした分だけ利益が上がるし、その上テレビで放映してスポンサーを募集すれば、少ない出資で儲けることができるんです。制作側はテレビ局に宣伝を任せることができ、映画の知名度が上がる。WIN-WINの関係なんですね。
その一方で、映画の表現はテレビ放送を前提としたものに留まってしまうため、製作に支障が出る場合があるんです。『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』は、このデメリットを回避するためにテレビ局を製作委員会入りさせなかったので、グロテスクな表現を実現することができたわけです。
スポンサーとの戦いを避けた『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』
ティム・バートンの『エド・ウッド』やフランソワ・トリュフォーの『アメリカの夜』をご覧になったことがある方は、映画製作がスポンサーとの戦いであることをご存知だと思います。あのエド・ウッドでさえスポンサーには苦しめられた。大作映画になればどれだけの制約のもとで映画を作らなければいけないか!
大人気漫画『進撃の巨人』に登場する巨人は人を食う。その漫画を原作にして映画を作る以上、グロテスクな表現から逃れることはできません。
あちこちで批判の声が上がっている映画ではありますが、グロテスクさはズバ抜けています。巨人なんてのはそこら辺にいそうなだらしない体型の人を巨大化させただけ。限りなく人間に近い存在です。それが人間を食うわけですから、ド直球のカニバリズムですよ。普通の映画じゃありえない。テレビ放送なんてできるはずがありません。
最大のデメリットをうまく回避し、観客からの欲求以上の描写を実現した『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』は、今の日本映画を象徴する存在です。実は、去年から今年にかけて、日本映画に変化が見られるようになっています。テレビドラマが原作の映画の興行成績が振るわなくなり、新たなブームが起きているんです。
テレビドラマ映画の栄枯盛衰
2003年に『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』が興行収入173億円の大ヒットを記録し、テレビ局はテレビドラマの映画化が儲かることに気づきました。以降、テレビドラマ映画は興行収入ランキング上位の常連になります。
2005年には『踊る大捜査線』のスピンオフ映画『交渉人 真下正義』『容疑者 室井慎次』がそれぞれ42億円、38億円の興行収入を記録し、2008年には『花より男子ファイナル』が77億円、テレビドラマ『ガリレオ』の映画版『容疑者Xの献身』が49億円のヒットを記録。
そして2009年にはTBSのドラマ『ROOKIES 卒業』が85億円の大ヒット。一時期のTBSはどの番組でも映画の宣伝が行われていました。
2010年代に入ってもテレビドラマが原作の映画がヒットを飛ばし続け、毎年のように興行収入ランキングのトップ10にランクインしていました。ところが、2014年は1本もランクインせず。『相棒 ‐劇場版Ⅲ‐ 巨大密室!特命係 絶海の孤島へ』が興行収入20億円でランキング18位と低迷しました。
2015年の上半期ランキングにも、テレビドラマが原作の映画はトップ10にランクインしていません。現在公開中の『HERO』は30億円以上稼いでいるようですが、同タイトルの前作の80億円と比べると大きく数字を落とすことになりそうです。
ドラマから漫画へのシフトは確実に進んでいる
テレビドラマが原作の映画が衰退した理由は、好視聴率ドラマが減ったことと人気ドラマよりも『進撃の巨人』のような人気漫画を原作にしたほうが幅広い集客が狙えるということの2つが考えられます。
ドラマの視聴者を狙うより、漫画の読者のほうが劇場に足を運んでくれる。2014年のヒット映画『るろうに剣心』も人気漫画が原作です。これまでにも人気漫画の映画化は何度となく行われてきましたが、今後はさらに増えることが予想されます。
テレビドラマが原作の映画は出来が良くないことが多いということも大きいと考えられます。テレビドラマと映画はターゲットが異なります。テレビドラマは家庭で観てもらうこと、映画は映画館で観てもらうことを前提にしている。
そのため、表現方法も変わってくるのですが、テレビドラマの映画化である以上テレビドラマの演出を踏襲せざるを得なくなり、失敗映画になってしまうケースが多いんです。その不信感が募りに募った結果が如実に現れたとも言えるのではないでしょうか。
漫画を映画化する時に生じる問題は、漫画を映画として成立させるためにどうしても改変しなくてはいけなくなることです。漫画ファンは作品が改変されることに敏感ですし、改変したことで作品の良さが消えてしまえば炎上は必至。『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』もキャラクター設定の改変で大炎上してしまいました。
設定改変で炎上してはしまいましたが、テレビ局がスポンサーになることで生じるデメリットを回避した『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』は今後の日本映画のモデルケースになるでしょう。人気漫画を原作にした映画を制作し、原作ファンが納得するクオリティに仕上げる。そのためにはテレビ局をスポンサーから排除することも厭わない。
この姿勢なら、これまで日本では映像化が不可能とされ、ハリウッドに作らせろ!と散々言われてきた漫画の映画化が可能になります。そのこと自体が話題を呼ぶし、若手クリエイターの育成にもつながりますから、いいことずくめです。日本映画がいい方向に進んでくれればいいのですが、漫画ファンにとっては少し苦しい時期が続きそうな感じですね。
※2022年10月31日時点のVOD配信情報です。