『ゴッドファーザー』で知られる巨匠フランシス・フォード・コッポラの実娘としてこの世に生を受け、自身もフィルムメーカーとして順調にキャリアを重ねているソフィア・コッポラ。2月23日からは、待望の新作『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』が全国ロードショーされている。
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怒らないでいただきたいのだが、筆者のソフィア・コッポラに対する偏見に満ちた印象は、「父親のお金と人脈をフル活用して、ありとあらゆるクリエイティヴなお仕事をしてみた挙句、映画監督に挑戦してワールドワイドに認知された女の子」である。だって彼女の血縁関係だけでも、「映画界のコルレオーネ・ファミリー」とでも形容すべき陣容を誇っているのだ。
(祖父)カーマイン・コッポラ/作曲家
(祖母)イタリア・コッポラ/俳優
(父)フランシス・フォード・コッポラ/映画監督
(母)エレノア・コッポラ/映画監督
(兄)ジャン=カルロ・コッポラ/映画プロデューサー
(兄)ロマン・コッポラ/映画監督
(従兄弟)ジェイソン・シュワルツマン/俳優
(従兄弟)ニコラス・ケイジ/俳優
(叔母)タリア・シャイア/俳優
(夫)トーマス・マーズ/ミュージシャン(フェニックスのボーカリスト)
(元夫)スパイク・ジョーンズ/映画監督
この強力なコネクションを武器に、生き馬の目を抜くようなハリウッド業界で、彼女は鮮やかに、軽やかに、華麗なフィルモグラフィーを築き上げている。という訳で【フィルムメーカー列伝 第十一回】は、“映画界最強のサラブレッド”ソフィア・コッポラについて考察していこう。
女優業の挫折を経て、導かれるようにフィルムメーカーの道へ
パパ・コッポラがアカデミー賞のプレゼンターとして登場した際に、『ゴッド・ファーザー』のマーロン・ブランドの口調を真似て「遂に家業を継いでくれる気になったんだね、ソフィア」とジョークをかましていたが、ソフィアは最初からフィルムメーカーを目指していた訳ではない。
生後間もなく『ゴッド・ファーザー』に出演。15歳でインターンとしてシャネルで働き、著名なファッション・デザイナーのカール・ラガーフェルドの元でデザインを学ぶ。23歳で自身のブランド「MILK FED.」を立ち上げ、その傍らでティーン女性誌のモデルとしても活躍……。金もコネもある己の出自を疎むことなく、ある時は演技者として、ある時はクリエイターとして、実にアッケラカンとクリエイティヴ・ライフを奔走してきたのだ。
1991年、そんな彼女に転機が訪れる。16年ぶりに製作されたシリーズ第三弾『ゴッドファーザーPART III』で、主人公マイケルの娘という大役を演じることになったのだ。元々は当時人気絶頂のウィノナ・ライダーが演じるはずだったものの、体調不良を理由に降板。代役としてパパ・コッポラが指名したのが愛娘だったのである。
しかし彼女の演技は、ゴールデンラズベリー賞のワースト助演女優賞とワースト新人賞をW受賞してしまうほどの大酷評を受けてしまう。その後もなぜか、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』にアミダラ女王の召使の一人として端役出演し、これまたゴールデンラズベリー賞で最低助演女優賞にノミネートされてしまうなど、イケイケだったクリエイティヴ・ライフに暗雲がたちこめてしまう。
おそらく彼女はこれを契機にして、アクトレスではなくクリエイターとして生きていくことを決意したのではないだろうか? 思えば『ゴッド・ファーザー』の主人公マイケルも、マフィア稼業に嫌悪感を示しながら、最終的には父親の座を継いでファミリーのボスにおさまった。ソフィア・コッポラもまた運命に導かれるように、偉大な父親と同じフィルムメーカーの道を歩むことになる。
処女作にしてガーリー・ムービーの古典となった『ヴァージン・スーサイズ』
ソフィアが28歳の時に、満を持して初監督に挑んだのが『ヴァージン・スーサイズ』。ジェフリー・ユージェニデスのベストセラー小説「ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹」を原作にしたこの映画は、1970年代のミシガン州が舞台。題材としてはヘビー級に重いにも関わらず、どこかポップな軽やかさを漂わせる作品だ。
少女時代とは、その鋭敏すぎる感受性で世界のざわめきを感じ取り、死と生の狭間を孤独に泳ぐ日々だ。現実と空想の世界に心身が切り裂かれ、不規則な鼓動音を奏でる季節だ。そんなガーリー・デイズを切り取るにあたって必要なのは、卓越した技術でも計算し尽くされたロジックでもなく、研ぎすまされた“センス”である。
産まれた頃からクリエイティヴの英才教育を受けてきたソフィア・コッポラは、たぶん自分自身のセンスを信じきっている。デザインも写真も音楽も、彼女が愛好するサブカルチャーは最高にグッド・センスなものばかり。ソフィアはその鋭敏な嗅覚を頼りに、繊細さと危うさがギリギリのところで共存じている少女たちの思春期を素描する。
彼女は処女作にして、ガーリー・カルチャーの古典的作品を創り上げてしまったのだ。
プライベート・フィルム的作品『ロスト・イン・トランスレーション』、青春王宮絵巻『マリー・アントワネット』
監督第二作目として製作された『ロスト・イン・トランスレーション』は、世界で最もクリエイティヴを発信するのに恵まれた環境にある女の子による、プライベート・フィルム的作品だ。
なぜプライベート・フィルムと断言できるかというと、スカーレット・ヨハンソン演じる写真家の若妻が、ソフィア・コッポラ自身であることが明白だから!
彼女はビル・マーレイ演じる俳優のボブに「作家を目指しても文章は最悪だし、写真を撮ってもロクなものができない」と心情を吐露し、「どうしたらいいのかわからないの」と告白する。これはソフィア・コッポラ自身の逡巡でもあるハズだ。だからこの映画は、異国で出会った男女のアバンチュールを描いた物語ではない。大都会TOKYOで孤独や疎外感を増幅させてしまった男女による、「自分探し」の物語なのである。
パーソナルで私小説的なこの作品は批評家から絶賛を浴び、アカデミー賞でも主要4部門にノミネートされて、見事アカデミー脚本賞を獲得。一躍アメリカを代表する新鋭女流監督となったソフィアは、続いて『マリー・アントワネット』を発表。
時代に翻弄される歴史劇ではなく、あくまでガーリーな青春宮廷絵巻として描いてしまうあたりがソフィア流。若くして異国に連れてこられ、そのギャップに戸惑いつつも“自分探し”に没頭するという基本ラインは、舞台を18世紀のフランスに移しただけで、実は前作『ロスト・イン・トランスレーション』と一緒だ。
マリー・アントワネットという古典的マテリアルを、POP&CUTEなテクスチャーに彩られたソフィア・ワールドに引きずり込んでしまうのは、やっぱり彼女のアーティストとしての自信の表れだと思う。
セレブのグダグダライフを描く『SOMEWHERE』、ティーン窃盗団の冒険『ブリングリング』
『SOMEWHERE』もまた、ソフィア・コッポラでしか撮りえない映画である。
ハリウッドの伝説のホテル、シャトー・マーモントに暮らす俳優のジョニー・マルコ(スティーヴン・ドーフ)のグダグダ退廃ライフを、ひたすらミニマルに描くだけ。双子ポールダンサーを部屋に招いたり、娘のクレオ(エル・ファニング)とwiiに興じたり、パーティで知り合ったエロギャルと一戦交えたりと、レイジー極まりない日々。ワンカットワンカットの冗長さが、「時間を持て余している感」をありありと付与してくれる。
砂漠地帯のサーキット場で、大きなエンジン音を鳴らしながら黒のフェラーリが走り回るというシーンで映画は幕を開けるのだが、これは「どれだけセレブな生活をしていても俺の人生は円をグルグル回っているだけだ!」という分かりやすい暗喩になっている。そんな記号的表象を、サラリとミニマリズムのなかで昇華させてしまう手管は、やっぱりソフィアならでは。
一貫してセレブ視点で映画を撮ってきた彼女が、一転してセレブに憧れるティーンの窃盗団という立ち位置から物語を構築したのが、『ブリングリング』。
ポイントなのは、窃盗に手を染める少年少女たちが誰一人ボンビー生活をしていないということ。お金欲しさに悪事に手を染めるのではなく、セレブ豪邸に入り込んでそのリッチ・ライフを疑似体験したい、というアコガレゆえなのだ。ここにも、恵まれた自分の出自を臆面もなくさらけ出してしまう彼女のスタイルが伺える。
Rakuten TVで観る【登録無料】キャッチーでオサレでポップな音楽センス
ソフィア・コッポラを語るうえで、その抜群の音楽センスに触れない訳にはいきません。一例として、『ロスト・イン・トランスレーション』のサウンドトラックに並べられているナンバーを見てみよう。
1. INTRO /TOKYO
2. CITY GIRL(ケヴィン・シールズ)
3. FANTINO(セバスチャン・テリエ)
4. TOMMIB(スクエアプッシャー)
5. GIRLS(デス・イン・ヴェガス)
6. GOODBYE(ケヴィン・シールズ)
7. TOO YOUNG(フェニックス)
8. 風をあつめて(はっぴいえんど)
9. ON THE SUBWAY(ブライアン・ライッツェル & ロジャー・ジョセフ・マニング JR)
10. IKEBANA(ケヴィン・シールズ)
11. SOMETIMES(マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン)
12. ALONE IN KYOTO(エール)
13. SHIBUYA(ブライアン・ライッツェル & ロジャー・ジョセフ・マニング JR)
14. ARE YOU AWAKE?(ケヴィン・シールズ)
15. JUST LIKE HONEY(ジーザス&メリーチェイン)
注目は何といってもケヴィン・シールズ。“伝説のバンド”マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのフロントマンである彼は、当時10年間も沈黙を続けていた。そんなケヴィンが映画のために4曲もオリジナル楽曲を書き下ろしたのは、一つの音楽史的事件だったのだ。
さらには、本家マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの名曲「SOMETIMES」、同じシューゲイザー(ディストーションを効かせたロックのスタイルの一つ)つながりでジーザス&メリーチェインの「JUST LIKE HONEY」、後にソフィアの夫となるトーマス・マーズが在籍するフェニックスの「TOO YOUNG」、そして日本語ロックの偉大な創始者であるはっぴいえんどの「風をあつめて」と、ナイスな楽曲をこれでもかとコンパイル。キャッチーでオサレでポップな音楽を主食にしているであろうソフィアの、趣味嗜好がハッキリと読み取れる。
映画監督の音楽の好みがそのままサントラに反映されるというのは、ソフィアの元カレであるクエンティン・タランティーノにも通じるところだろう。
セレブ系ガーリー・ムービーを撮り続けるハリウッドの女王
ソフィア・コッポラは、唯一無二の存在である。
彼女は自分がスーパーセレブであることを隠そうともせず、むしろその特権性を十二分に活用して、セレブ系ガーリー・ムービーを撮り続けてきた。映画に登場するのは常に容姿端麗なボーイズ&ガールズであり、地位も名誉も兼ね備えたスーパーリッチ達だ。
この「自分の知っている世界だけを描く」という割り切りの良さこそが彼女のストロング・ポイントであって、恵まれすぎている自分の出自に引け目を感じ、「中産階級やブルーカラーの人間を描こう」なんぞ微塵も考えていないのが素晴らしいのである。クリエイティヴに最高な家庭環境、そしてそれを決して疎まない態度によって、彼女は映画界最強のサラブレッドとなったのだ!
最新作『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』は、1971年に公開された『白い肌の異常な夜』のリメイク作品。あのサスペンス映画の傑作を、セレブ系ガーリー・ムービーを撮り続けてきたソフィア・コッポラがどのように料理するのか? 期待に胸を膨らませて映画館に駆けつけよう!
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