ロードムービーの特性を活かした『わたしに会うまでの1600キロ』が描く人生の縮図

映画館に頻繁に出没する横分けメガネゴリラ

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8月28日から公開が始まった『わたしに会うまで1600キロ』は、第86回アカデミー賞において主演男優賞と助演男優賞のダブル受賞へ導いた『ダラス・バイヤーズ・クラブ』のジャン=マルク・ヴァレ監督の最新作です。
 
邦題は『わたしに会うまでの1600キロ』という情報過多なタイトルですが、原題はシンプルに『Wild』。この『Wild』には、重層的に意図や意味が結晶化されています。考えて作られたことがしっかり伝わってくる素晴らしいタイトルです。
 
あらすじは邦題からおおよそ予想が付くと思うので割愛しますが、「主人公が困難を乗り越え、自問自答を繰り返すことでなりたかった本来の自分自身を発見する」というのが本作の主題であり、中心軸です。
 
こうやって書くとまるでロードムービーじゃないように思えますが、本作はロードムービーの特性や構造を活かした手法で、誰もが寄り添うことができる女性神話的な主題を引き立てています。

ロードムービーは人生の縮図

ロードムービーというジャンルを簡単に噛み砕くと「中心人物が行きたい、又は、中心人物が達成したい何か」へ向かう旅の映画です。
 
達成しようとしている「何か」というのは、どんな映画にも欠かせない要素です。ここでいう「何か」は、物語上の明確になっていない事柄であったり、登場人物の達成されるかどうかわからない作劇上の目的のことを刺しています。すなわち物語を宙吊り(サスペンド)にする技術、手法のことです。
 
アクション映画もホラーも極々一般的なラブコメでさえも「何か」があることで、ストーリーは推進力を持ちます。ロードムービーというジャンルは、その推進力となる「何か」が本質的に明快です。
 
さらにロードムービーの構造を砕きますと、描かれる物語は「出発地点と到着地点」の間にあります。これは上映時間のある映画自体もその構造を抱えていますが、何より誰もがその間の時間を生きています。
 
つまりロードムービーは、「出発地点と到着地点」のある人生の縮図です。
 
初めて訪れた場所で初めての経験をして、一期一会を繰り返し、時に挫折しそうになりながら目的地を目指す。本作の旅路で起きる出来事の多くが、人が成長する上で欠かせない人生のファクターと重なります。そのため、旅と人生は同義語として描かれているのです。

『Wild』の中で『Wild』になる物語

巷でよく「自分探しの旅」という言葉を耳にしますが、旅に出ればはたして本当に自分を見つけることができるのでしょうか?また、旅をしなければ自分自身は見つからないのでしょうか?ぼくは全くそう思いません。
 
彼女がこの旅で歩くことと同じくらい行ったことは、自分自身について自分自身と語り合ったことです。
 
旅に出るまでの彼女は、自分自身と向き合うことから逃げていました。自分の心の声を聞けば聞くほど、悲しみと絶望に触れてしまうので、背を向けていたのです。
 
しかし、日常はそれでも過ぎていきます。歩くという行為は、日常における全ての行動のシンボルです。彼女は歩くことから逃げ、自分自身と語り合うことから逃げていたのです。
 
自分自身が真に望む「あるがまま(Wild)」な心の声に耳を傾け、「未開拓(Wild)」な自分自身に気付き、「力強く(Wild)」自分自身を築いてゆき、「自然なまま(Wild)」の自分自身になる。
 
彼女は、孤独なWild」にその身を置くことを強制したことで「Wild」になったのです。

誰もが孤独なロードムービーの主人公

自伝映画は、そもそも極めて私的な物語です。本作と似たような実話ベースのロードムービーは数多くありますが、感動したり驚愕して、知識としてそれらの情報を得ることができたとしても、自分と重ね、自らの実人生にフィードバックできる作品はそう多くありません。
 
本作はそういった仰ぎ見るだけの自伝映画ではないのです。
 
 
旅の途中で他人に自分を決めつけられ腹が立つことも、進むのを辞めたくなるほどの失敗や困難に見舞われることもあります。背負った何かに押しつぶされそうになることもあるはずです。
 
そんな痛みの一方で、幸福な出来事や出会いもあります。背負った荷物の軽くする方法や励みになる助言、分岐点になる出会いや力をくれる音楽。その全ての出会いが自分を認め、自分を信じる力を与えてくれるはずです。
 
なりたい自分自身を自分の中から見つけ、作り上げ、そこへ辿り着こうとする人生という長い長い旅。
 
主題と手法の目的が重なっていることで、監督や原作者のシェリル・ストレイドや、プロデューサーも兼任したリース・ウィザースプーンの伝えようとしたことを追体験し、寄り添って自分のことのように感じることができるのです。
 
本作は、誰もが彼女同様、孤独で過酷なロードムービーの主人公であることに気付かせてくれます。
 
今この瞬間に何かしらの困難な「何か」にぶつかっている人ほど、本作との出会いが掛け替えのないものになるのではないでしょうか。

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  • imurin4
    4.5
    序盤に、自分の傷と力の源は同じ、っていうフレーズ出てきた。もうこれで持ってかれたな。そんなこと考えたことなかったけど、人にはそれっぽいこと言ってた気もするけど。 あ、なんかこのレビュー長くなるな。多分レビューじゃなくなるなこれ。 今いる場所がとても辛いなら、もうダメだって思ってるなら環境を変えればいい、今がどん底なら、環境変えるべきだと思う。変えてどん底でも同じやし、少しでも良くなるならそうすべきだ。そんな背中押してくれる映画。 自分も800kmほど歩いて旅したから、少しはシェリルの辛さもわかるし、歩こうとする動機も程度の差はあれわかる。はっきり言って旅して気付く内容に関しては、まあわからんでもないけど、頭でわかるのと極限の状態に置かれて、自分の経験として感じることは死ぬほど違うと思う。 部屋の中で悩み続けるよりも、外の世界へ出て体で感じてほしい。それがどれほど尊いことか。 騙されたと思ってクソ重い荷物を持って、知らない世界に飛び出してほしい。自分でどうにもできない環境で、たくさん助けられたら良いと思う。そうした経験を他の誰かに還元できたなら世界はもっと優しくなるはず。 自分が行った旅から4年、そのあともたくさんいろんな人に迷惑かけたけど、やっとそういう気持ちがわかるように気がするな。 旅する前に見て、旅が終わった後にもう一度観ればいい作品かもしれんな。
  • りか
    3.6
    旅に出たい旅に出たい旅に出たい! といってもここまでハードなのはちょっと無理だけど、バックパックひとつでちょっと長めのソロ旅がしたくなる作品🥺 学生の頃、バックパックでひょいひょい旅に行けちゃう友達が本当に羨ましかった。 わたしはどうにもビビリだわ、英語も話せないわ、旅もそんなに興味がないわ、おまけに綺麗好きでバックパックなんて一生することないな、なんでわざわざ苦労しに行くんだって思っている一方で、人生の経験値で言うと全然違うのだろうなあと思っては、心底チャレンジできる友達が羨ましかった。 そんな風に当時は思っていたのに、その10年後には(つい最近。といってもコロナ前のこと)、思い切って海外のひとり旅に挑戦して帰ってこれたもんだから、自分の誇らしさと成長を感じられた気がして、「やっぱり人間には旅が必要だよな」と一丁前に思うようになった😂 人間、生きてりゃいろんなことあるよね。 人生には思いもよらない出来事がわんさか待ち受けているし、乗り越えられた時は前よりも強くたくましくなっているけれど、タイミングと心の器によってはとても受け止めきれないこともある。 そんな時に人は旅したくなるんだろうなあ。 いや、ちがうな、旅しようと思うのは、自分を取り戻したいという少しの希望と祈りだな。 にしても人間てほんとに弱いよなあ。 動物のがよっぽどたくましい。 ひとたび傷つくことがあると、途端に転がり落ちてしまって、あっという間に沼に飲み込まれそうになる。 記憶と感情が人を脆く弱くさせるんだろうな。 でも、強い人なんているんだろうか。 みんな弱いよな。 でもこういう旅に出て、弱い自分と嫌というほど向き合って、少ししか進んでいないように見えて、でも少しずつ何かができるようになって、情けないように思えた自分でも振り返れば大きなことを成し遂げられたということが、少しだけ自信をつけさせるんだろう。 まあ全体的にはよかったけど、なんだかラストがのっぺりしていたような。 良かったけどね! 朝日と夕日を見ようと思えば毎日見れる というようなメッセージは、刺さったなあ。 ほんと、仕事ばっかりしてると心がくさくさしちゃうけど、自然に触れることを忘れちゃだめだなあ。 にしても、起きてカエルまみれになってら、絶叫して暴れまわるわ😱😱😱😱
  • Yuu114
    3.5
    記録
  • だいそん
    -
    刺さりすぎた
  • なつん
    3.6
    虫がとにかくダメな私にはとてもじゃないけどできない。起きたらカエルでびっしりもゾッとするし、テントで寝るのも怖い。だけど、だからこそ憧れる。 シェリルが悪態を吐く回数が気づいたら減っていくのが、パンチはないけど印象的だった。PCTを歩くことで洗われるっていうよりは、それこそ亡き母が望んだ自分を「取り戻していく」という感じ。 そのシェリルにとっての全てだった母、ボビーを演じたローラ・ダーンがまた素晴らしかった。病床にあってもなお慈愛と明朗さに溢れたボビーが可愛くて、愛しくて。 母親を亡くすその悲しみと絶望は想像しかできないけど、想像するだけで泣けてくるし、母に会いたくなった。いつかその日が来たら、ボロボロになったら、私もどこかへ歩きに出るんだろうか。
わたしに会うまでの1600キロ
のレビュー(9000件)