スティーブン・スピルバーグ監督は、数多くの映画監督の中でも屈指のストーリーテリングの名手と呼ばれています。「ストーリーテリングとは何か?」を語り出すと色々な意見がありますが、個人的にはスピルバーグ監督は『カット割り』によってそれを成している稀代の監督だと思っています。
監督の腕の見せどころ『カット割り』とは
映像を構成する最小の単位が【1カット】です。映像が次の映像に切り替わるまで。(【shot】や【Footage】とも言います)カットがいくつも集まりシーンとなります。ひとつの映画は何十・何百のシーンで構成されています。
1つのカットをどう撮るかは主に監督と撮影監督によって決定されます。構図、カメラワーク、背景に映るもの、役者の動かし方、あらゆる要素を決めていくのです。そして、そのシーンにおいて、どういうカットをいくつ撮っておいて、どう編集する予定なのか(予定というのがポイント)を【カット割り】と言います。
カットの数が1つ少ないスピルバーグ監督
スピルバーグ監督は、具体的に言うと「普通の映画監督が3カットで描くところを2カットで済ませる」ことができるのです。それなのにテンポが落ちず、物語をどんどん前に進める力がある。役者やカメラの動きを完全にコントロールできるCGアニメ映画だとそれが顕著にわかるので『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密(2011)』を例にとって見てみましょう。
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あるシーンで愛犬のスノーウィが牛の群れの中に放り出されます。牛の背中にバウンドし、地面に着地してふり上げた頭が牛の乳に当たるまでカメラがずっと追っかけます。それが1カット目。次のカットではカメラは牛の顔をアップで正面から据え、びっくりした牛を映します。すると、このままカメラは後ろに下がっていき、手前の群れの牛たちが次々とびっくりして顔を上げる様子を映していきます。
つまり、この2カット目でスノーウィが手前に走ってきている事実とそのスピード感まで表現しているのです。普通の監督なら、更に、牛の群れの足下を走るスノーウィのカットを追加する場合が多いと思います。
1カットにこめられた3つの要素
また、序盤、タンタンが夜の屋敷に忍び込むシーンがあります。カメラは屋敷の中の月夜に照らされた美術品をシルエット気味に見せながら、ゆっくり横に移動。すると向こう側の窓ガラスからタンタンが忍び込んでくる。屋敷に入ったタンタンが周りを物色しはじめると、手前のシルエットのひとつが突然スッと動き、実は何者かがタンタンの様子を覗いてることが分かります。ここまでたったの1カットです。
この1カットの中で、「屋敷の中の雰囲気」「タンタンが忍び込む様子」「それを覗く誰かがいる」という3つの要素を同時に表現しているのです。それも凝った縦横無尽のカメラワークではなく、ただ横にゆっくり動いているだけのカットで、です。これぞスピルバーグの真骨頂だと思います。
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画で語る
1カットを長くしたり、その中での情報量を増やすほど、普通はテンポは少し落ちていくものです。しかしスピルバーグ監督の作品にその印象はありません。牛の例では、スピード感と、見たことの無い面白い画(牛の次々びっくり)が同居してる楽しいエンターテインメントになっています。屋敷のシーンではカットを切り替えるよりも雄弁に、雰囲気と不気味さを演出しています。
映画は画で語るメディア。それを娯楽と芸術の両側面から自在に操り、まさに”映画たらしめている”スティーブン・スピルバーグ監督。現代最高の映画監督の名は、しばらく疑う余地がないでしょう。
※2022年1月30日時点のVOD配信情報です。