ダーレン・アロノフスキーは何故、精神と肉体を徹底的に傷つけるのか?【フィルムメーカー列伝 第十三回】

2018.04.26
映画

ヒットガールに蹴られたい

竹島ルイ

ダーレン・アロノフスキーは、かつてのロマン・ポランスキーやルイス・ブニュエルと同じ系列に属する、神経症的でアブノーマルな映画を撮り続ける現代の映像詩人だ。

彼の作品では、主人公の精神と肉体が徹底的に傷つけられ、観る側である我々の精神もそれにシンクロして蝕まれていく(辛い……)。アロノフスキー作品はいつだって、観賞要注意系ばかり。最新作の『マザー!』も、ベネツィア国際映画祭のコンペティション部門で上映されると、その衝撃的な内容に評価が真っ二つに分かれ、日本では劇場未公開のDVDスルー作品となってしまった。

ダーレン・アロノフスキー

という訳で【フィルムメーカー列伝 第十三回】は、物議を醸し続ける現代の映像詩人ダーレン・アロノフスキーについて考察していきましょう。

6万ドルの低予算映画『π』が、サンダンス映画祭で最優秀監督賞を受賞

ダーレン・アロノフスキーは1969年2月12日、ニューヨークのブルックリン生まれ。父親はユダヤ教保守派で、幼少時からユダヤ人らしく育てられたという。ティーンエイジャーになるとケニアやアラスカで生物学を学び、野外研究に明け暮れる日々を送る。1987年に入学したハーバード大学では、社会人類学を専攻し、フィールドワーク系研究者として順調にキャリアを重ねていった。

そんな彼に転機が訪れる。大学のアニメーター志望の友人の影響で、映画の面白さに目覚めてしまったのだ。勢い余ってアロノフスキーは映画を制作しはじめ、学生のアワードで最終候補作品に選出されるほどの高い評価を得る。これに気を良くした彼は「自分の生きる道は映画以外なし!」とフィルムメーカーとして完全覚醒。円周率に取り憑かれた男の精神崩壊を描いた商業用映画処女作『π』で、映画界に殴り込みをかける。

π

「世の中のあらゆる事象は数学的パターンに置き換えられる」という信条を持つ天才数学者マックス・コーエンが、次第に精神崩壊していく過程を描いた、パラノイアックなドラッグ・ムービー。わずか6万ドルという低予算で作られたこの作品は、「デヴィッド・リンチとキューブリックの世界を合わせもつ」と絶賛され、1998年のサンダンス映画祭で最優秀監督賞を受賞!

続いてアロノフスキーは、麻薬に溺れて自滅していく一般市民を描いた『レクイエム・フォー・ア・ドリーム』を発表。映画雑誌エンパイアによる「落ち込む映画」ランキングで1位に選出されたほどに、絶望MAX気分が味わえる生き地獄ムービーである(未見の方は体調の良い時にご覧ください)。

レクイエム・フォー・ドリーム

その後も、不治の病にかかった妻とその現実を直視できない夫が、やがて中世スペインを舞台にした小説世界にリンクしていく『ファウンテン 永遠につづく愛』など独特すぎる作品を世に放ち続け、コアな映画ファンからは「アロノフスキー、マジでヤバい監督」という評価を得るに至るのだ。

ファウンテン 永遠につづく愛

ズタボロ中年レスラーの悲哀ムービー『レスラー』

2008年には、ステロイドの過剰摂取でズタボロになった中年レスラーの悲哀ムービー『レスラー』を発表。

「医者からは引退勧告を受けるものの、死を賭(と)してリングに上がろうとする、不器用で無骨な男を描いた作品」というアウトラインだけ聞けば、さぞかし老若男女が楽しめる感動作に仕上がっているだろうと思いきや、そうは問屋がおろさない。もちろん感動できることは間違いないのだが、ザラついたルックとドキュメンタルな手持ちカメラによって、格闘シーンがあまりにも生々しく、あまりにも痛すぎる描写になっているのだ。

そう! ダーレン・アロノフスキーもはや精神のみならず、肉体の崩壊をもフィルムに映し出す鬼畜と化したのである(いい意味で)!

ダーレン・アロノフスキー

元々はこの映画、主人公のランディ役をニコラス・ケイジが演じる予定だった。結局ケイジは役作りに時間がなさすぎるという理由で自ら降板してしまうのだが、そこでアロノフスキーが強く推薦したのがミッキー・ローク。1980年代に『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』、『ナインハーフ』、『エンゼル・ハート』といった大ヒット作品に立て続けに主演、一世を風靡したかつての二枚目スターだ。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

しかし1990年代以降は転がり落ちるようにスターダムから転落し、おまけに整形手術の失敗で顔面崩壊。かつての面影がすっかり消え失せてしまった、「あの人は今」状態の役者でしかなかった。しかし、かつての栄光を取り戻そうと奮闘する中年レスラー役にはミッキー・ロークしかいないと、アロノフスキーは確信を抱いていた。

結局、ダーレン・アロノフスキーのゴリ押しが認められてミッキー・ロークの出演が決定。大ヒットは見込めないと踏んだ制作会社は予算を大きく削って600万ドルで制作したのだが、フタを開けてみればアメリカ国内だけで制作費の4倍以上となる興行収入を記録。作品は高い評価を得て、ヴェネツィア映画祭では金獅子賞を受賞するまでに至る。

ダーレン・アロノフスキーは、一流のフィルムメーカーとして誰もが認める存在となったのだ!

若さと老い、美と醜を残酷にも暴きだす『ブラック・スワン』

2010年に発表した『ブラック・スワン』は、間違いなくダーレン・アロノフスキーの代表作の一本だろう。

ダーレン・アロノフスキー

「白鳥の湖」の主演に抜擢された若きバレリーナが、清廉な白鳥と官能的な黒鳥を演じ分けなければならない重圧から、徐々に精神と肉体に変調をきたしていくサイコ・サスペンス。彼はこの映画の製作にあたって、ロマン・ポランスキーが1968年に発表した『反撥』の影響を公言しているが、主人公が強度の“性の抑圧”にさらされている設定あたり、確かにその残響がみてとれる。

反撥

だが、女優の扱い方は全くもって異なる。『反撥』のカトリーヌ・ドヌーヴは、その肢体から病的なアブノーマリティをぷんぷんと放っていた。純白で怜悧(れいり)な表情の奥底に、精神疾患的狂気が見え隠れ。ルイス・ブニュエルの『昼顔』で隠蔽されたエロスを開花させたカトリーヌには、ポランスキーの要求する異常心理とセクシャリティを標準装備していたのである。

しかしながら、『ブラック・スワン』のナタリー・ポートマンに濃厚エロスなど望むべくもなし。「ボーイフレンドは何人かいたけど……」と彼女がハニカミながら語るシーンがあるが、娘の私生活に干渉しまくる母親のせいで、彼女は未だに処女のまま。その肉体は少女のように穢れないのである。

穢れなき肉体には、傷痕がつけられなければならない。だからこそ、アロノフスキーは背中の傷や爪への執着といった「自傷行為」で、彼女の異常性を際立たせようとする。スーパー16mmのザラついた映像に浮かび上がる、血で滲んだ傷だらけの皮膚。『レスラー』と同じく、我々はまたしてもフィジカルな苦痛を味わう羽目に陥ったのだ!!

アロノフスキーはしかも、かつて筆者のミューズだったウィノナ・ライダーに「お払い箱になる年増のプリマ」という悲惨極まりない役をあてがって、小生の軟弱なハートをさらに突き破らんとするのである。「あたしなんて空っぽな存在なのよ!」と刃物で自分をメッタ刺しにするシーンなんぞ、あまりにも現実とリンクしすぎていて正視できませんでした(ブティック窃盗事件以降の彼女の凋落ぶりについては、特に多くを語る必要もないだろう)。『リアリティ・バイツ』の頃なんて、ホント超可愛かったのにー!

リアリティ・バイツ

2000年代の正統派美人女優ナタリー・ポートマンが、1990年代の正統派美人女優だったウィノナから、プリマドンナの座を奪うという設定自体もシニカルすぎ。この現実とのリンクぶりは、『レスラー』の主役にミッキー・ロークを起用したのと全く同じ構図だ。

ダーレン・アロノフスキー

『ブラック・スワン』は、若さ(=ナタリー・ポートマン)と老い(=ウィノナ・ライダー)、美と醜を残酷にも暴きだす物語である。ナタリーの内面で蠢く純白の野心と漆黒の狂気は、それを補完するサブテキストでしかない。

幻で終わったアロノフスキー版『バットマン』

実は、映画ファンなら垂涎モノの企画がアロノフスキー監督作品として企画されていた。バットマン1年目の活躍を描いたDCコミックス「バットマン: イヤーワン」の映画化プランが、2000年代の半ばにワーナー・ブラザース主導で進行していたのだ。

ダーレン・アロノフスキーはシナリオの共同執筆者として、原作を手がけたコミックライターのフランク・ミラーを指名する。フランク・ミラーといえば、それまでお子様向けでしかなかったアメコミというジャンルを、暴力と残酷性というハードボイルドな世界観に作り替えた立役者。しかしそのフランク・ミラーですら閉口するほどアロノフスキーが考えていたバットマンは残酷趣味全開だったらしく、後に彼は「自分よりもヤバいバットマン像を頭に描いている奴に初めて会った……」と述懐している。

そもそもダーレン・アロノフスキーが「バットマン: イヤーワン」を製作するにあたって参考にしていた作品が、何と『タクシードライバー』!

タクシードライバー

後年アロノフスキーが去るインタビューで語った内容によると、「何の特殊能力もない男が犯罪組織と戦うハメになり、ハイテクなバットモービルを作る資金もないので、馬力のあるバスのエンジンをリンカーンに取り付けるんだ。かなりR指定の作品で、堕落を描く作品となる」というから、マジでどうかしている。もちろんそんな映画にワーナー・ブラザースがGOサインを出す訳もなく、企画は頓挫。

やがてこのバットマン・プロジェクトは、クリストファー・ノーラン監督『バットマン ビギンズ』として日の目をみることになる(この映画も相当にクラいのだが)。

バットマン ビギンズ

精神と肉体を徹底的に傷つけないと気が済まない男、アロノフスキー

数学者の話だろうが、レスラーの話だろうが、プリマドンナの話だろうが、もしくはバットマンの話だろうが、ダーレン・アロノフスキーは精神を傷つけるか、肉体を傷つけるか、もしくはその両方を傷つけるかしないと気が済まない男である。

個人的には、その極限とも言える作品が『ノア 約束の舟』。聖書の「ノアの箱船」にインスパイアを受け、人類の原罪そのものを描かんとする壮大すぎる試みだ。

ノア 約束の舟

筆者としては作品の出来自体は優れているものとは思わないが、「精神と肉体を傷つける」というテーマに囚われた映画作家の、ある意味で最終形態とも言える作品なのではないだろうか。

ダーレン・アロノフスキーの容赦のない映画的冒険は、まだ始まったばかり。願わくは、次回作は劇場公開されますように……。

(C)2017, 2018 Paramount Pictures.、(C)2008 Wild Bunch、(C)2010 Twentieth Century Fox

フィルムメーカー列伝

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