【ネタバレ】『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM [後編] 僕は君を愛してる』10年の時を経て、伝えたいこととは

7/22に劇場公開が始まるや否や、ファンの心を鷲掴みにしている『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM [後編] 僕は君を愛してる』。本作は、かつて2011年に放送されたTVアニメ『輪(まわ)るピングドラム』に新規シーンの追加と再構成を行い、新たな前後編の劇場公開作となった作品の後編にあたる作品です。
今なお熱狂的な人気を誇る、『輪るピングドラム』がなぜ今復活し、どういった描かれ方で復活したのか、ネタバレ有りでその内容を追っていきます。

2011年7月にテレビ放送されたアニメシリーズを、劇場版として再構築


2011年7月よりTVアニメ『輪るピングドラム』が全24話で放送されました。『少女革命ウテナ』や『ユリ熊嵐』、『さらざんまい』などで知られる幾原邦彦が、監督、そしてシリーズ構成・脚本を務めた作品です。

そんな『輪るピングドラム』の放送から10年の時を経た2021年に、10周年をみんなでお祝いしたいという理念のもと、“『輪るピングドラム』10周年プロジェクト”が始動します。このプロジェクトでは、劇場版「RE:cycle of the PENGUINDRUM」の制作のためのクラウドファンディング企画を実施し、最終的に集まった支援金額は1億円をも越える金額となったのでした。

こうして、制作されたのが今回の劇場版。2022年4月29日には前編にあたる『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM [前編] 君の列車は生存戦略』が公開され、TVアニメシリーズの前半を中心に物語が描かれました。その続きとなる後編が、今回『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM [後編] 僕は君を愛してる』として描かれます。

今回の劇場版はTVシリーズを再構成したものと言いながらも、ただの総集編ではありません。前編では、TVシリーズの最終回で登場した少年姿の冠葉(CV.木村昴)と晶馬(CV.木村良平)の動向から物語が始まり、続けて新キャラクターであるプリンチュペンギン(CV.上坂すみれ)や、プリンセス・オブ・ザ・クリスタルのような衣装に身を包んだ、成長した姿の荻野目桃果(CV.豊崎愛生)が登場します。後編ではさらにやくしまるえつこメトロオーケストラによる新たな主題歌「僕の存在証明」にあわせたオープニング映像も完全に新規で制作されたりと、映画の各所に10年後の今、新たに追加された要素が見つかります。

そんな新規映像の中でも、特に目を見張るのが、実写映像を用いた新作パートです。『輪るピングドラム』はもともと東京を舞台にしており、作中にも丸の内線の各駅が意味深に登場します。今作のいくつかのスポットは実在する場所の実写映像で、これはただのインターミッションとしての役割だけでなく、作中の物語が架空のものではない、現実と地続きの出来事だと強く感じさせる効果があります。観ているこちら側に、より“自分の物語”として捉えさせてくれる仕掛けになっていると言えるのです。

実際に丸の内線に乗って、聖地巡礼に行ってみるのもオススメしたいところで、実は主人公たちが暮らす荻窪から、兄弟妹にとっての因縁の場所となるサンシャイン水族館の最寄り駅である池袋は、始発駅と終着駅として丸の内線で繋がっていることに気づくはず。物語に沿って丸の内線を巡ってみると、“乗り換え”をすることで実は二つの駅がかなり近い場所にあることにも気づかされるはずです。そう、ここは実際に行こうと思えば行けてしまう“リアルな”場所なのです。

今回の劇場版の決定的な違いは「届く」こと?

実写映像のようなわかりやすい新作パートはもちろんのこと、当時TVアニメシリーズを追っていた人にとっては、「そこを変えるのか」「そこに呼応させるのか」という憎い演出も多く詰まっています。

中でも特に、微細ながらも決定的な違いとなっているのが、映画の終盤で苹果(CV.三宅麻理恵)の纏った炎を、晶馬が手に取り「ありがとう、愛してる」と伝えるとともに炎が移っていくシーン。ビジュアルなどほぼTVアニメシリーズと同一なのですが、TVアニメシリーズではここで苹果は言葉をかけられずに晶馬は一瞬にして燃え尽きてしまいます。しかし今回『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM [後編] 僕は君を愛してる』では、「私も」という苹果のセリフが加わっています。物語の大筋や晶馬が消失してしまう結果こそTVアニメシリーズと同じであれ、このセリフが加わり苹果の思いが晶馬に送られていることは、決定的な違いと言えます。

こういった変化は、映画のラストシーンにも製作陣の類似のスタンスが見て取れます。TVアニメシリーズのラストは、幼い姿の冠葉と晶馬が「僕たちどこへ行く?」「どこへ行きたい?」「そうだな、じゃあ」と二人がどこかへ向かう様子で幕を閉じました。一方で、今回はさらにその“どこか”とも受け取れる先が描かれます。幼い陽毬が迷子になったとされる潮干狩りの海岸。そこに兄弟妹だけでなく、多蕗(CV.石田 彰)やゆり(CV.能登麻美子)、真砂子(CV.堀江由衣)に苹果までもが幼い姿で現れ、スクリーンのこちら側に語りかけるように、それぞれの愛を伝え合うような姿が描かれるのです。

これらのシーンを描いた後、再び幼い姿の冠葉と晶馬がどこへ行くのかを語るシーンが描かれるように、着地こそやはりTVアニメシリーズと同じですが、キャラクターたちの思いが届いていること・届き合う姿が描かれることは、物語の感触として決定的な違いを感じます。これまで多くの解釈ができた結末を絞り込むような具体的な表現とも言え、これにより作品自体が多くの人に届く明快さに繋がり、作品のメッセージがより受け取りやすくなっているのではないでしょうか。この劇場版を作ることで、まだ『輪るピングドラム』が届いていなかった人にまで届く映画になっていると言えます。

作品世界のベースとなるのは、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」?

そんな劇場版「RE:cycle of the PENGUINDRUM」を読み解くには、結末だけでなく、作中のいくつかの要素がヒントになります。それらを追っていくとより、キャラクターの心情や製作陣の意図が想像しやすくなります。

例えば、作中に意味深に登場する「りんご」は多くの人が、警戒するアイテムと言えるでしょう。りんごといえば、旧約聖書でアダムとイヴが食べたとされる禁断の果実です。りんごが登場することからも、なんらかの罪にまつわる物語であることを示唆させるわけですが、作中でも幼い晶馬と陽毬にまつわるアイテムとしてりんごが登場する際に、まさにアダムとイヴに付いて触れられ、その上で二人でりんごを食べよう、と語るシーンが描かれます。二人が禁忌を犯すことを示唆させると共に、二人の仲も暗示させるものとなっています。そんなりんごは映画のクライマックスで、子どもたちの決断を示すアイテムとして再度登場します。

また、作中の記号で登場する「95」という数字は、20世紀末の時代感を連想させるものとなっています。90年代末といえば、日本経済のバブルも弾け、大きな自然災害や人為的な卑劣な事件が続いたりと新世紀を前にしながらもどこか閉塞感が残る時代でした。そんな90年代末に幼少時代を過ごし、貧困や不安が募る中で懸命に希望を見出そうとする子どもたちにスポットを当てた作品であることがわかります。

そんな時代感の象徴アイテムとしてもう一つ忘れてはいけないのが、「地下鉄」です。具体的な事件性を連想させるだけでなく、沿線自体が運命の暗喩になっており、止まらない車両の中で登場人物はなんとかして運命を変えようと奔走します。

そして鉄道といえばもう一つ思い出すのが、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」です。「銀河鉄道の夜」は貧しい生まれのジョバンニと、親友のカムパネルラが銀河鉄道に乗ったことで不思議な体験をする物語でした。物語を追っていくことで、ここに登場する銀河鉄道が、実は死に向かっていることがわかり、最後にはジョバンニとカムパネルラの別離が示されるという作品でした。この結末を知っていると、否が応でも『輪るピングドラム』の物語の終着点についても悲劇的なものを想像させられます。だからこそ、作中でなんども叫ばれる“乗り換える”という行動の意味の大きさが、より増してくるのです。

ちなみに、そんな本作が描く意味を見つめ直す別のヒントとして、トリプルHによる楽曲も忘れてはならないポイント。“トリプルH”とは、劇中で陽毬が小学生時代に結成した幻のアイドルユニット。本作の音楽もTVアニメ版から重要な要素の一つですが、今回の劇場版「RE:cycle of the PENGUINDRUM」の制作にあたって、トリプルHも新たに追加のカバー曲が新録されています。20世紀末に活躍したロックバンド・ARBの楽曲のカバーとなっているのですが、楽曲の歌詞がストーリーともリンクしていたりと、合わせて楽しむのに最適です。

10年の時を経て、変化した時代と今も変わらぬ愛

これらの作中の要素は、10年前にも存在したものですが、こうして今作品を観ていると当時との時代の変化も感じます。作中でさり気なくテーマを示唆してきたサイネージ広告も、当時以上によく見かけるものとなりました。この10年で道具の性能としての豊かさは増してきました。

一方で、子どもたちの生活が同じく豊かになったかと言えば、そうとも言えません。2020年代を迎えた今もなお、少子化問題であったり、貧困問題であったり、未来に対する課題は解決するどころか、今もなお解決せずに拡大していく感覚があります。

当時以上に生きづらさが語られることが多くなった今、かつて『輪るピングドラム』で描かれた家族や兄弟妹、もしくは隣人といった繋がりは意味を増していると言えます。監督の幾原邦彦自身も、その時代感を意識して今回の劇場版の制作に取り組んでいたことは映画のパンフレットなどでも語っています。

TVアニメシリーズの頃からの軸はそのままに、新たな表現で描かれた劇場版「RE:cycle of the PENGUINDRUM」の不変的な愛。より明快になったことで、今の時代でも多くの人が楽しみやすいものとなったのではないでしょうか。そして描く愛は変わっていなくとも、時代ごとの価値観や常識によって、作品で描かれる愛の見え方や受け取り方は今後どんどん変わっていくはず。より明快に愛を描いていた本作からは、『輪るピングドラム』がこんな時代だからこそ必要性を増していると、制作陣も自覚的になっている証拠のように感じます。

まとめ

時代は変われど、まだまだ解消されない閉塞の時代。そんな中でも「何者かになれる」と背中を押してくれる劇場版「RE:cycle of the PENGUINDRUM」は、これを観ている人たちだけでなく次世代にとっても、生きていくための希望の導き手となる力があると言っても過言でないでしょう。当時『輪るピングドラム』を観ていた人も、これを機に新たに知る人も、劇場版「RE:cycle of the PENGUINDRUM」で改めて新たな時代をどう生きていくか、考えていきたいですね。

◆『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM [後編] 僕は君を愛してる』information

上映時間:142分
配給:ムービック
公式サイト:https://penguindrum-movie.jp/
7月22日(金)より公開中
(C) 2021 イクニチャウダー/ピングローブユニオン

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  • もうむりです
    -
    一途にひまりを想い続ける冠葉の熱量に圧倒されてた。唯一の人を想うことって素敵だな、、 愛してる、この言葉の重みを強く感じた作品。とても良かったです。
  • みそ
    -
    20220723 20220810
  • conax
    4
    良かったです
  • みね
    5
    ありがとう………………
  • けいり部
    4.3
    ‖ ◤ 愛してる ◢ ‖ 言葉と記憶。 最初から何者にもなれないことを運命づけられてしまった子どもたち。 そして大切な人を失ってしまった人たち。 誰もが、自分は"透明な存在"では無く "何者か"であると、何者かになれると確信を得られる言葉を待っているのかもしれない。 テレビアニメが放送された2011年から10年経ち、職業や年齢、趣味など色々なものでレッテルを貼られて記号化されてしまうことが多いのは相変わらず、むしろ他者の情報が多く手に入るからこそ、より苦しく感じてしまうことが増えたかもしれない現代。 監督から観客へ向けられた優しさ。 キャラクターから観客へ受け渡されるピングドラム。 この作品の優しさに救われる人はきっといる。
劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM [後編] 僕は君を愛してる
のレビュー(1527件)