【ネタバレ解説】映画『ゲット・アウト』が暴いたアメリカの根深い差別意識を徹底考察

映画『ゲット・アウト』をネタバレ解説。アメリカにはびこる差別意識を暴く、社会的意義のある傑作として徹底考察。

全米No.1映画批評サイトのRotten Tomatoes(ロッテントマト)で満足度99%という異例の高評価を叩き出し、2018年アカデミー賞脚本賞を受賞した映画『ゲット・アウト』。

本作は、ドライな笑いと荒唐無稽ともいえる展開を持ち味としたホラーコメディですが、アメリカにおける「深層意識にある差別」を暴き出したことに深い意味があります。

ゲット・アウト

ポスターで驚愕・恐怖の表情を浮かべ、何かに怯えるこのアフリカ系アメリカ人の青年を主人公に、どのようにしてアメリカ人の深層心理に光を当てたのでしょうか。

まず、現在のアメリカ映画をめぐる差別問題から解説していきます。

アメリカ映画と差別問題のいま

近年、アメリカでは人種問題やLGBT、社会的弱者をテーマとする映画が、大きな注目を集めるようになってきました。黒人の男性社会の中にある同性愛差別を描き、2016年のアカデミー賞作品賞を受賞した『ムーンライト』などは、その典型的な例です。

他にも、『ブラックパンサー』や『ワンダーウーマン』のようなアメコミ・ヒーロー映画も、人種・男女の平等性に配慮しており、またそのことが作品の評価を高める要因のひとつにもなっています。

ムーンライト

また、映画そのものだけでなく、映画産業全体を見渡すと、雇用機会やギャランティの均等性が叫ばれるようになり、業界全体で差別根絶を推し進める動きが活発化しています。それらを背景に「#MeToo」運動や「白すぎるオスカー」問題などが大きく話題になってきました。

さらに、近年のアカデミー賞では、マイノリティへ眼差しを向けた作品が賞レースに加わるケースが増えています。そんな中、2018年のアカデミー賞で注目されたのが『ゲット・アウト』です。低予算のインディペンデント映画で、賞レースには不利と言われるホラー映画でありながら、見事アカデミー賞脚本賞に輝きました。

『ゲット・アウト』で描かれる人種差別は、加害者と被害者のわかりやすい対立や制度的な差別ではありません。加害者側にあるねじれた劣等感とリベラル(自由主義者)と言われる人々の欺瞞を暴き出したことが特筆すべき点です。

※以下、映画『ゲットアウト』のネタバレを含みます。

活躍目覚ましい黒人に嫉妬!?

『ゲット・アウト』は、主人公のアフリカ系アメリカ人の青年クリスが、恋人である白人女性の自宅に招かれ、そこでひどい目にあうという内容です。

プロットを要約すると、「白人=加害者/黒人=被害者」という現実にも映画にもよくある差別の構図であり、特別珍しさを感じないかもしれません。しかし、本作で注目すべきは、「なぜ白人家族が黒人に対してひどい行いをするのか」の動機づけがユニークであるということです。

ゲット・アウト01

やがて恋人の白人一家に招き入れられたクリス。そのディナーで、白人一家の兄ジェレミーが、ディナーで泥酔し、クリスに言い放つ言葉の数々が、端的にその動機を物語っています。

「スポーツや音楽の世界で活躍するのは黒人ばかりだ」と言い放つのは、特に印象的です。そして、ジェレミーの言動は差別的でありながらも、どこか黒人に対する劣等感が漂うのです。

ディナーでの会話の中で、主人公クリスは「バスケットボールが好きだ」という話をします。バスケットボールといえば、言わずと知れたアメリカの人気スポーツで、特に黒人選手の割合が多いスポーツです。

NBA選手の8割近くが黒人であり、アメリカ最大の人気スポーツであるアメリカンフットボールでも、黒人選手の割合は65%と言われています。

NBA

Photo credit: Wake Up Freeman on Visual hunt / CC BY-NC

アメリカの人口比率では黒人が13%前後であることを考えると、いかに多くの黒人選手がプロスポーツの世界で活躍していることがわかります。またアメリカはジャズやロック、ヒップホップなど多彩な音楽を生み出してきましたが、それらの多くは黒人によって生み出されたものです。

スポーツの世界ではその身体能力で白人を圧倒し、芸術の分野ではオリジネーターとして才能を発揮する黒人たち。

白人は多数派であり、常に社会的に上位に居続けていましたが、その内心には黒人の才能や身体能力の高さに対する嫉妬心や劣等感が潜んでいるのかもしれません。

本作後半の展開は、まさに黒人たちへの嫉妬の発露から来るものであると言えるでしょう。彼らの取る行動には、黒人への劣等感やゆがんだ羨望意識が見事にあぶり出されていると言えます。

ゲット・アウト02

リベラルな白人たちの欺瞞を暴く

『ゲット・アウト』監督のジョーダン・ピールは、「本作の構想を初めたのは最近ではなく、オバマ政権下の時期であった」とインタビューThe Asahi Shimbun Globe)で語っています。

そして、オバマ大統領の当選と現在のトランプ政権に関して以下のように発言しています。

「オバマが大統領になって人種をめぐる議論が喚起され、人種差別を克服する意味で『よくやった』という感覚が漂い、人種問題は過去のものと思われるようになった。だがそうして多くの人たちがしばらく誤解していたが、黒人の大統領が誕生したところで何ら前進しなかった。人種差別主義という怪物をやっつけることなどできず、問題を正すことにはならなかった」

「潜在的な人種差別をかえって見落とすことになり、トランプが『よそ者』への恐怖をあおるのを許し、トランプ支持者が力を持つ余地を与えた。その意味では怠慢な結果となったよね」

(出典:「私はオバマ支持。だから人種差別しない」の欺瞞を突く~『ゲット・アウト』The Asahi Shimbun Globe

この監督の言葉からは『ゲット・アウト』の他に、人種差別をテーマにしたふたつの映画を想起させます。

そのひとつめが『フルートベール駅で』(2013)。2008年11月の大統領選挙でオバマ陣営が勝利したそのすぐ翌年の1月1日に起きた、白人警官による黒人の射殺事件を描いた作品です。

フルートベール駅で

アメリカ史上初の有色人種の大統領オバマ就任1年目に起きたこの事件は、社会が差別根絶に向かうことを期待する人々の心を折るような出来事でした。

ピール監督が語ったように、多くのアメリカ人が「人種問題は過去のものではなく、これからも続くのか」と暗澹たる気持ちにさせられたことでしょう。この事件を極めて忠実に再現した『フルートベール駅で』を観ると、黒人というだけで殺害の対象になってしまう現実がアメリカにあることを感じざるを得ません。

ちなみに、この事件が起きたフルートベール駅は、リベラルな気風で知られるサンフランシスコの郊外にあります。保守的な街で起こった出来事ではないのです。

もうひとつ想起させる映画が『クラッシュ』(2004)です。ロサンゼルスで起きた交通事故をきっかけに、さまざまな人種、階層、職業の人々の人生が連鎖反応を起こす様を描き、アカデミー賞作品賞に輝きました。

クラッシュ

この映画には、2人の対称的な警官が登場します。

ひとりはあからさまな差別主義者だが、いざとなると危険をかえりみず、黒人女性を助ける活躍をします。

もうひとりの警官は、差別主義者の相棒とは反対にとてもリベラルな態度をとっています。しかし、彼は夜中に若い黒人に出くわした時、その黒人が自分を撃ち殺すのではいかという疑念にかられ、理由もなく撃ち殺してしまいます。若い黒人がポケットに手を入れ、人形を取り出そうとした仕草を、銃を出すのではと勘違いしてしまったのです。

黒人、夜中、ポケットに手を入れる。それだけの情報で、“リベラル”なはずの白人警官は黒人青年を射殺してしまうのです。

潜在的差別がはびこるアメリカ

ゲット・アウト_クリス

話を『ゲット・アウト』に戻しましょう。

『ゲット・アウト』で描かれている差別は、先ほど想起した2つの映画とは異なる、人の内面に存在するいわば目に見えない差別意識です。主人公クリスを苦しめた白人一家は、おそらく普段は平等主義的に振る舞い、差別根絶へ向かうオバマ大統領の誕生も喜んだでしょう。

しかし実際に心の奥底ではどう感じているかというと、前述の酔っ払った兄のような偏見・差別が巣食っているのです。

一家にしてみれば、自分たちは「黒人の使用人にも優しく接している」「オバマを支持しているし、差別主義者たちとは違う」と信じてやみません。しかし、そもそも「使用人」という職種に経済的差別の構造があることにさえ、彼らはまったく無自覚なのです。

ゲット・アウト

トランプ政権で変化は起こるのか

2018年4月現在、アメリカ政権はオバマからトランプへと変わり、むき出しの差別主義的思想が目立つようになってきました。

はからずしも「差別」について世界が再び考える機会が生まれていますが、『ゲット・アウト』で描かれている差別は、それとは異質です。ピール監督が指摘した通り、オバマ政権以降「人々が心の奥底にある潜在的な人種差別について考える機会」を失ったままなのです。

もし次の選挙でトランプが敗北し、再びリベラルな政権が誕生したとしても、『ゲット・アウト』の白人一家のような差別の根が残り続けてしまう可能性は、残念ながら極めて高いのではないでしょうか。

ゲット・アウト

荒唐無稽なアイデアが盛り込まれた刺激的なスリラー映画でありながら、複雑なアメリカ社会の有り様を織り込んだ『ゲット・アウト』。

目に見える差別を批判するだけでは解決できない、人の心に巣食う潜在的な差別に目を向けさせてくれる、強い社会的意義をもつ傑作であることに間違いないでしょう。

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