5月11日(金)から公開中の映画『ボストン ストロング ダメな僕だから英雄になれた』。本作は2013年のボストンマラソン開催中に起きたテロで、両脚を失ったひとりの男の覚醒の物語だ。
本作の観賞前にいま一度、この事件について触れたい。
「ボストンマラソン爆弾テロ事件」のあらまし
ボストンマラソンは毎年4月の第三月曜日、「愛国者の日」にアメリカのマサチューセッツ州・ボストンで行われるマラソン大会。資格タイムをクリアしていないと参加できないため「選ばれし者のマラソン」と称され、1987年から続いている、近代オリンピックの次に歴史の古い由緒あるスポーツ大会のひとつだ。
2013年4月15日14時45分、そのレース中、ゴール付近の沿道で2回の爆発が立て続けに起きた。その爆発での死者は3名、負傷者は282人(※The Boston Clobe調べ)。事件発生後ただちにマラソンは中止され、ランナーや観客をはじめとした近隣の人々は全員退避。当時の映像は世界中のニュース番組で流され、私たちに大きなショックを与えたことは記憶に新しい。
あのとき、いったい何が起きたのか。
今回、2つの映画からこの事件を掘り下げてみようと思う。
「ボストンマラソン爆弾テロ事件」を描いた映画
『パトリオット・デイ』(2016)
本作はマーク・ウォールバーグ演じるボストン警察に務める巡査部長を主人公に、事件から犯人逮捕までの102時間を描いている。
事件当日、大会のゴール付近で警備にあたっていた刑事課の巡査部長トミー・サンダースは、爆発を目の当たりにし、動揺しつつも必死の救護活動を行う。凄惨な光景に必ず犯人を捕まえるという決意のもと、FBIが指揮する捜査の中で特定された二人の容疑者を追い詰めるために奔走する。指揮を取るFBI捜査官リック・デローリエを演じたのはケヴィン・ベーコン。他にも警察のメンバーにジョン・グッドマン、J・K・シモンズなどが出演している。
原題は「Patriots Day」。パトリオット・デイとは「愛国者の日」のこと。まさに事件の起きた“その日”がタイトルになっている。
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本作の主人公は、遅刻常習犯のコストコ従業員ジェフ・ボーマン。後にボストンマラソンで両脚を失うことになる平凡なダメ男・ジェフは、何度も破局と復縁を繰り返しているガールフレンド・エリンと再び復縁するために猛アプローチの最中。そこでジェフは、エリンが出場するボストンマラソンのゴールで彼女を待つと約束する。
そして約束の日。エリンのゴールを待つ中で起きた爆発に巻き込まれ、ジェフは両脚を失うことに。マスコミに追われ、家族や世間から“英雄”として称賛された彼は、現実の自分自身と英雄視する世間とのギャップに苦しむことになる。
原作は被害者であるジェフ・ボーマンとライターのブレット・ウィッターによる共著「Stronger」。本作の原題も「Stronger」。原題のとおり、“より強く”とあがくことになる主人公ジェフを『ドニー・ダーコ』『ナイトクローラー』のジェイク・ギレンホールが好演している。エリンを演じたのは『黄金のアデーレ 名画の帰還』で若きマリア・アルトマンを演じたタチアナ・マスラニー。
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今回紹介した2作それぞれの視点を合わせて、もう一度事件の経緯を追ってみよう。ただし、『パトリオット・デイ』に登場する巡査部長トミー・サンダースとその家族だけは架空のキャラクターだ。しかしトミーはあの日、あの現場にいたボストン警官の象徴であり、事実を時系列で追うためには欠かせない存在である。
(※『パトリオット・デイ』=P『ボストンストロング』=B、事実の補足などは無印)
2013年4月14日、日曜日。チェルムズフォードの小さなバーで、ジェフ・ボーマンは偶然出くわしたエリンに、明日、ゴールで待つと約束をする(B)。
一方、深夜の通報に駆け付けたトミー・サンダース含む警官数名は、パンツ一丁の男を傷害事件で逮捕、明日のマラソン警備を終えると解ける停職処分を前に、帰途につく(P)。
2013年4月15日、月曜日、愛国の日。この日はアメリカ独立戦争の始まりを記念し、マサチューセッツ州、メイン州、ウィスコンシン州の3州に設けられた祝日。ボストン市民たちがこの日にしていいのは、
1.ボストンマラソンに出場する
2.ボストンマラソンを応援する
3.ボストン・レッドソックスの試合を観戦する
だけ、と冗談半分でも言われるほど。(P)
人々はそれぞれの朝食を済まし、自宅のテレビの前で、バーで、沿道で、思い思いの祝日を過ごしていた。ゴール地点であるボイルトン通り、設営準備に追われる会場でボストン警察は警備の準備を進めていた。
そして10時、4ヵ月前にコネチカット州で起きた小学校銃乱射事件で亡くなった26人へ26秒の黙祷が捧げられ、マラソン大会はスタートした。
開催された第117回ボストンマラソンには、2万7,000人以上のランナーが参加。マサチューセッツ州8つの市や町を通り抜けるコースの沿道は、50万人以上の歓声に沸いた。スタートから4時間以上が経過し、次々とランナーがゴールする中、これまでと同じように、遅刻ギリギリでジェフ・ボーマンはゴール付近に到着。エリンを待って歓声に加わる(B)。
そして運命の14時45分。1度目はボイルストン通りの「マラソン・スポーツ」前で、そのわずか12秒後に100m離れた地点で2度目の爆発が起きた。
トミーをはじめとする警官たちは、混乱する現場でランナーを避難させ、負傷者の救助を行う。まもなく到着するメディカルスタッフたちも加わり、負傷者たちはそれぞれの病院へと緊急搬送される。負傷者の中にはひどく足を損傷している人もいて、ジェフ・ボーマンもその中のひとりだった。彼を救ったのは、カウボーイハットをかぶったカルロス・アレドンド。息子二人を以前に亡くしていた彼が車いすでジェフを搬送する様子は、当時の新聞にも大きく掲載された(B)。
その後到着したFBI捜査官リック・デローリエの指揮で、事件から2時間後、ブラック・ファルコン・ターミナルに捜査本部を設置。事件現場が再現され、聞き込みや巡回に加えや市民から情報を募った。FBIには1分間で1万2,000件の情報が寄せられ、サーバーはまたたく間にパンク(P)。意識を取り戻したジェフは、自分が不審人物を目撃したことを告げ、FBIの事情聴取に協力する(B)。
監視カメラなどの映像を多くの専門家たちがひとつひとつ確認していくという地道な作業が続く。ある捜査官のコメントによればビデオの同じ箇所を400回確認したとのこと。やがて犯人が2002年にチェチェン紛争で難民として渡米したツァルナエフ兄弟の二人だと特定するに至る。
どちらの映画でもさほど触れられていないが、犯人逮捕を短期間で実現したのには、スマートフォンの普及も大きく貢献している。ボストン市警が容疑者の写真公開と注意喚起の拡散などをツイッターで行い、市民は当日スマホで撮影していた現場の写真や動画を捜査本部に寄せた。これは監視カメラの映像と写真愛好家たちの写真に加え、有力な手掛かりとなったことは言うまでもない。
4月18日、兄弟はマサチューセッツ工科大の警備警官を射殺し拳銃を強奪。そのままカージャックをしたが、人質となった中国人男性が逃走に成功し通報したことで、事件は急展開を迎えることになる(P)。
4月19日、金曜日。追い詰められた兄弟はウォータータウンで銃撃戦を繰り広げ、事件はツァルナエフ兄弟二人によるテロであり、実行犯のひとりが死亡、ひとりが拘束という形で幕を下ろす(P)。
一連の様子は連日大きく報道され、日々、病室でそのニュースを追っていたジェフの家族は、実行犯の死と拘束の知らせに沸く(B)。
事件解決後の4月20日。テロ当日から中止となっていたレッドソックスの試合が本拠地フェンウェイパークで開催。
スタジアムアナウンサーは「We are one. We are strong. We are Boston. We are Bonson strong. 」(わたしたちはひとつだ。わたしたちは強い。わたしたちはボストン市民だ。わたしたちはボストンストロングだ)とスピーチ。スター選手のオルティーズもまた「Stay strong.」(たくましくいよう)とボストンを勇気づけた(P)。
6週間後、ジェフは病院を退院。彼はこの頃には「ボストンストロング」の象徴となっていたが、ここからが彼の苦悩の始まりだった─(B)。
まとめ
2001年9月11日に起きたアメリカ史上最悪のアメリカ同時多発テロ事件以降、人々のアメリカ社会への疑念が数々の陰謀説を生んだが、本事件も例外ではない。実際、今回紹介した2作でもそのことにチラリと触れている。『パトリオット・デイ』では劇中、「テレビで言っていることは全部嘘っぱちだ、政府がコントロールしているんだ」というセリフがある。『ボストンストロング』でもジェフがバーにいる最中に「政府からギャラをもらったんだろ?」と絡まれるシーンがあり、この事件にまつわる世間の反応の現実を垣間見ることが出来る。
9・11以後、テロは世界中の人々にとって身近な脅威となった。特に近年では「ホームグロウンテロ」と呼ばれる国内出身者が起こすテロや、単独か2、3人で行う「ローンウルフテロ」と呼ばれる事件が多発している。日本も他人事ではない。
この事件で亡くなったのは最終的には4人。負傷者282人。その中で両脚あるいは片脚を失った被害者は17人。何人かの被害者のその後の様子がこの2作を通して語られている。
今回紹介した2作が描くのは、凄惨さがもたらす憎悪ではなく、希望である。そこにあるのは、ひとりのスーパーヒーローの物語ではなく、普通の人々が生む奇跡の数々だ。少しでも多くの人に、その奇跡を見届けて欲しい。
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