孤独な少年を独特の彩度で描くウェス・アンダーソンの映画世界【ネタバレあり】

2018.05.22
映画

腐女子目線で映画をフィーチャーしてみる。

阿刀ゼルダ

孤独な少年を描き続ける映画クリエーター=ウェス・アンダーソン

際立った作家性で、今アメリカで最も注目される映画作家の一人ウェス・アンダーソン
待望の新作『犬ヶ島』が、いよいよ5月25日(金)から公開されますね。

犬ヶ島

こだわりをびっしり詰め込んだ2つとない箱庭のような世界観が魅力のウェス・アンダーソン作品。特に今回は、日本を舞台にしたストップモーション・アニメーションということで、いつにも増して期待が膨らみます。
今作の主人公は、事故で両親を亡くし、おじである市長の養子になった12歳の少年・小林アタリ。孤独な少年アタリと彼の愛犬スポッツとの絆が繰り広げる冒険物語です。

ところで、ウェス・アンダーソンの作品には、今作のアタリ少年と同じく、孤児や親との別離を経験した少年がしばしば登場します。
実は、ウェス・アンダーソン自身の両親も、彼が8歳の時に離婚していて、その経験が彼に孤独な少年への共感を抱かせるのかもしれません。

ただ、それぞれの作品を眺めていると、少年たちの孤独は、必ずしも親を失った淋しさだけではなく、それぞれ別の意味を持っているようにも思えます。
なぜウェス・アンダーソンは孤独な少年を好んで描くのか? その先にある彼の想いとは……?

まずは、具体的に作品を覗いてみましょう。

※以下はネタバレを含んでいますので、観賞前の方はご注意ください。

マックス・フィッシャーの場合:『天才マックスの世界』(1998)

天才マックスの世界

作品解説

ウェス・アンダーソンが、テキサス大学時代からの映画仲間オーウェン・ウィルソンとの共同脚本で製作した作品。町山智浩氏はじめ多くの映画評論家たちが「傑作」と評する、隠れた名作のひとつです。

主人公のマックス・フィッシャー(ジェイソン・シュワルツマン)は、プレップスクールに通う15歳の少年。母親をガンで亡くし、理髪店を営む父親と2人暮らしのマックスは、クラブ活動を19も掛け持ちするスーパーマルチな能力の持ち主である反面、学校の勉強は落第点ばかり。

スケールが大きすぎるがゆえに学校という枠からはみ出し、問題児扱いされるマックスの孤独と、同級生の父親ハーマン(ビル・マーレイ)との恋のライバル関係、不器用な親子関係などを、ユニークなタッチで描いた青春コメディです。
マーク・マザーズボーの曲をはじめ、ウェス・アンダーソンならではの選曲センスも、本作の目玉のひとつ。

大人以上で子供未満、異端児ゆえの孤独

演劇部をはじめ多数のクラブで活躍するマックスの姿は、少年時代から映画作りをはじめ、演劇部にも関わっていたというウェス・アンダーソン自身の姿に重なります。
片親との別れを経験しているのも彼とマックスとの共通点ですが、その辺はセンチメンタルに傾きすぎず、さらりと流すのが、ウェス・アンダーソン流。
マックスが大人の女性にばかりアプローチするのも、母の面影を求めているというよりは、早熟すぎて子供の枠にははまりきれないマックスらしさ。ジェイソン・シュワルツマン演じるマックスの、とても15歳には見えない老け顔が、彼の「はみだし感」を絶妙に醸し出しています。

学校の試験でしか子供を評価しない大人に対する疎外感・閉塞感という要素は、フランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』などとも通じるものが。
ただ、本作のマックスは、並みの大人を超える能力と子供の遊び心とを両方併せ持っているのがユニークなんです。
常識にとらわれない自由な精神と独創性ゆえ、人に理解されないマックスの孤独が、母親のいない孤独と混ざり合って、コミカルなストーリーに一滴のセンチメンタルなエッセンスを加えています。

大人以上かつ子供未満の部分もあるマックスと、ビル・マーレイ演じるいまだに反抗期のような大人ハーマンとの、大人と子供という枠を超えた対等な友人関係も、お互いの孤独をベースにした上での距離感がさわやか。観終わった後、心地よいぬくもりが心に残ります。

サム・シャカスキーの場合:『ムーンライズ・キングダム』(2012)

ムーンライズ・キングダム1

作品解説

こちらは12歳の孤児・サム(ジャレッド・ギルマン)が主人公。1965年の、とある小さな島が舞台です。
両親の死後、里親に引き取られたサムは、ある日突然、参加していたボーイスカウトのキャンプから脱走。彼と同じく日常に孤独を感じている少女・スージー(カーラ・ヘイワード)と2人、島の秘境を目指して逃避行の旅に出ます。

ムーンライズ・キングダム3
地図を片手に冒険の旅に出るサムとスージー

ファンタスティック Mr.FOX』(09)以降、ウェス・アンダーソン作品の音楽を担当するフランスの作曲家アレクサンドル・デスプラの楽曲が、ウェス・アンダーソンのパステルカラーの世界観に、洗練されたヨーロッパの息吹を吹き込んだ美しい作品。
60年代のレトロなファッションもまた彼の世界にハマっています。

ただ、本作の最大のトピックスは、現在もウェス・アンダーソン​のパートナーであるジュマン・マルーフに捧げられているという点ではないでしょうか。
ジュマン・マルーフは、レバノン出身でイギリス育ちのデザイナー。『ファンタスティック Mr.FOX』では声優(狐のアグネス)として、『グランド・ブダペスト・ホテル』(14)では美術担当としてウェス・アンダーソンの作品作りに参加しています。

ウェスとジュマンの間には、16年に長女も誕生しており、現在は恋人以上の関係。
本作をジュマン・マルーフに捧げた作品として眺め直すと、作品の観え方はガラリと変わります。

孤独が深める2人の絆

ムーンライズ・キングダム2
いつもポーカーフェイスのサム。でも、胸に付けた母の形見のブローチに、母への想いが

主人公・サムはアジア系の顔立ちにロシア帽がトレードマークの、一見してマイノリティの少年。
そして、サムのガールフレンドのスージーも、派手めの顔だちに滅多に人になつかなさそうなクセの強さを覗かせている少女です。
2人はお互いに家庭で孤独を感じている者同士というだけでなく、どちらも“問題児”、かつ世間一般とはかなりズレた価値観の持ち主という共通点があります。
そのくせ、お互いの価値観はなぜかとても理解できる。まさに運命的なパートナーなんです。

本作の中で最も印象深いのが、2人だけの浜辺で、サムがスージーに釣り針で作ったピアス(チャーム代わりにカメ虫がぶら下がっているシュールなデザイン!)をプレゼントするシーン。
サムが釣り針をスージーの耳に刺す(!)間、スージーはとても痛がりながらもじっと耳を差し出しているんですよね。そして、鏡で確認して「可愛い。もう片方も(ピアス穴を)開けて」とサムを見つめて言うんです。
このシーン、スージーは下着姿。ちょっとメタフォリカルなシーンでもあって、なんとも危うい2人の行為が、ウェス・アンダーソン作品らしからぬ鮮烈なエロチシズムを掻き立てるひとコマ。
この作品では、サムとスージーの「誰にも理解されない孤独」が、むしろ2人の絆を深める要素になっています。

本作には、自身の親に問題児とみなされていたウェス・アンダーソンの経験も盛り込まれているそう。
また、劇中でスージーがファンタジー小説を読むシーンがありますが、この辺りも、ファンタジーが大好きで作家になることを夢見ていたというウェス・アンダーソンの少年時代だけでなく、つい最近ファンタジー小説を出版したジュマン・マルーフに重なるものがあります。
これまでもウェス・アンダーソン作品にアイディアを提供しているだけあって、ジュマン・マルーフのファンタジー世界はウェス・アンダーソンの世界観と見事に地続き。ウェス・アンダーソンとジュマン・マルーフのカップルは、2人だけの世界を築くサムとスージーの関係と驚くほど相似形をなしているんです。

本作の中でサムとスージーが結婚式を挙げていることを考えると、この作品はウェス・アンダーソンとジュマン・マルーフ​の実質的な結婚宣言、あるいは2人の創作世界のマリアージュを意味していたのかも? いずれにしても、ウェス・アンダーソンにとって大切な作品であることは間違いない気がします。

ゼロ・ムスタファの場合:『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)

グランド・ブダペスト・ホテル

作品解説

ひとりの作家(ジュード・ロウ)が、若き日に訪れたグランド・ブダペスト・ホテルで、オーナーのゼロ・ムスタファから聞いた昔話、という体裁で物語が始まります。
ホテルのロビーボーイとして働き始めた頃のゼロ・ムスタファ(トニー・レヴォロリ)は、祖国の戦争で孤児になり、ズブロスカ共和国にやってきた少年。当時グランド・ブダペスト・ホテルのカリスマ・コンシェルジュだったグスタヴ・H(レイフ・ファインズ)に気に入られ、彼に付いて修業をはじめます。
ところが、グスタフ・Hの得意客だったマダムD(ティルダ・スウィントン)が何者かに殺され、彼女が遺産相続人にグスタフ・Hを指名していたことから、ゼロとグスタフ・Hは遺産相続争いに巻き込まれて……。

「作家の回想の中のゼロ・ムスタファの回想」という、2階層の回想世界。それだけで、郷愁の靄に包まれたはるかな過去へといざなわれる心地がしてきます。
山あいの街にそびえ立つ、砂糖菓子のようなホテルのパステルピンクも、心なしかノスタルジックなトーン。
ホテル名の「ブダペスト」はじめ、随所に散りばめられた中央ヨーロッパの香りが、アレクサンドル・デスプラの音楽に響き合い、独特のエキゾチシズムを盛り上げています。

中央ヨーロッパの激動の20世紀に響き合う、ゼロの郷愁と喪失感

主人公のゼロを演じたトニー・レヴォロリはグァテマラ系アメリカ人。『ムーンライズ・キングダム』のサムと同じく、一見してマイノリティです。
また、彼が結婚相手に選んだアガサ(シアーシャ・ローナン)も、頬に「メキシコの形」の大きなアザを持つ少女。
やはり本作でも、世間では必ずしも肯定されない個性を持ったカップルが登場するんですよね。

ただ、本作のゼロの孤独は、周囲と違っているがゆえの孤独にとどまりません。
年老いたゼロの少年時代の回想という形式を取ったこの作品では、回想の中の年代を1932年からスタートさせていて、ゼロに第二次世界大戦に向かう暗い時代から、戦後の共産主義体制への移行を経験させています。
ゼロが語る物語には、二度と戻ることのない古き良き時代への郷愁と、戦争・体制の移行で大切な人々や彼らとの思い出の詰まった世界を失った深い喪失感が。
それらが、ゼロの天涯孤独の境遇に共鳴し合い、ウェス・アンダーソンの美しい箱庭世界に柔らかい悲しみのトーンをプラスして、ウェス・アンダーソンならではの独特のセンチメンタリズムを醸し出しています。

考えてみると、死や別離はウェス・アンダーソンが彼の箱庭の隅に毎度描き続けている要素。どんな人にも必ず訪れる人生の苦しみです。
そういう意味では、本作のゼロの孤独は、人生の孤独そのものにもリンクしている気がします。

結び:パステルカラーの箱庭に秘められた反骨

ぼくの理想は、幼年期に向けて成熟することです。
それこそが真の成熟となるでしょう。

(ブルーノ・シュルツ著『二度目の幼年期』より)

これは、ポーランドの小説家ブルーノ・シュルツ(1892-1942)の言葉です。
「幼年時代に向けての成熟」という言葉、そのままウェス・アンダーソンの言葉だと言っても誰も疑わないのではないかと思うほど、少年の感性で独自の世界を紡ぎ続けるウェス・アンダーソンに通じるものがあります。

ウェス・アンダーソンが描く少年たちは、彼自身の涸れることのない創造性の象徴。
少年たちの孤独は、突出しているがゆえに孤高であるウェス・アンダーソン自身の孤独……そういう一面もたしかにあるでしょう。
ただ、同時に、個性的であるがゆえに必ずしも万人には受け容れられず、孤独感を感じている多くの人々の姿でもあるのでは?

「違いは個性」という発想は、普通はずる賢い動物として描かれがちな狐を『ファンタスティック Mr.FOX』の中でヒーローとして描き、人間の家畜を盗む狐の本能を決して悪とはみなしていないことや、『アンソニーのハッピーモーテル』での落ちこぼれ3人の描き方にも表れています。

人に流されない無垢な魂、子供のような純粋さを持つ人々を愛してやまないからこそ、ウェス・アンダーソンは孤独をものともせず自分の世界を探し求める少年たちを描き続けるのでは……彼の美しい箱庭は、少年の心を持つ異端児たちのパラダイスでもあるのかもしれません。

色彩美とオシャレな小物、高感度の音楽…ウェス・アンダーソンの作品は表層的な要素を評価されることが多いのですが、切り口を定めて断面を覗いてみると、彼の作品の意外な一面が見えて来るのではないでしょうか?
犬ヶ島』公開に合わせて、ぜひ過去作もチェックしてみてくださいね。

ムーンライズ・キングダムDVD

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・作品名:ムーンライズ・キングダム
・発売日:DVD&Blu-ray好評発売中
・価格 :1,800円 (税抜)
・発売元 ・販売元:(株)ハピネット
・(C)2012 MOONRISE LLC. All Rights Reserved.
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