【考察】映画『シン・ゴジラ』と1954年初代ゴジラの関係を探る《ネタバレあり》

2018.05.24
映画

物語の嘘が、世界を変える

井中カエル

2016年に庵野秀明監督の手によって現代によみがえり、興収82.5億円を記録。同年公開の『君の名は。』とともに、2016年の日本映画界の顔として、多くの観客を巻き込み話題となった『シン・ゴジラ』。

シン・ゴジラ

その内容についてはすでに様々な切り口で語られているが、今回は1954年の初代『ゴジラ』を現代に甦らせた“ゴジラ再興の作品”として『シン・ゴジラ』を考察していきたい。

※以下、映画『シン・ゴジラ』『ゴジラ』のネタバレを含みます。

1954年の『ゴジラ』とは

ゴジラ

まず、1954年に公開された『ゴジラ』について、当時の時代背景を踏まえて振り返ってみる。

核とゴジラ

『ゴジラ』が公開されたのは、終戦から9年後の1954年。戦後の復興に活気づく一方、ビキニ諸島での水爆実験、第五福竜丸の被曝など、核にまつわる事故・事件も相次いでおり、依然として、核兵器がすぐそこにある恐怖として、人々に暗い影を落としていた時代だった。

そこに登場したのがゴジラである。当時のポスターで「水爆大怪獣映画」と打ち出されている通り、原水爆実験が生んだモンスターが初めてスクリーンに現れた。

観客動員数は961万人を記録。1954年公開の東宝映画としては、黒澤明監督の『七人の侍』、三船敏郎主演の『宮本武蔵』に次ぐ興行収入を叩き出した。ヒットの要因のひとつに、核の恐怖を具現化した存在に対する“怖いもの見たさ”があったことは間違いないだろう。

1954年ゴジラ_ポスター

戦争とゴジラ

『ゴジラ』には、戦争が色濃く反映されている。ゴジラ抹殺のために壮絶な最期を遂げた芹沢博士は右目に眼帯をつけているが、これは戦争によって受けた戦傷である。登場人物の造形に現在進行形のリアルな戦後が刻まれる、そんな時代。

ゴジラ_芹沢博士

東京の街に突如現れ、熱線を吐き、街を火の海と化すゴジラの脅威に、東京大空襲の恐怖を重ねた観客も多かったのではないだろうか。

どんな銃器も効かないゴジラは、「太平洋戦争で亡くなった人々の怨念の集合体である」という解釈も飛び出したほどだ。

初代ゴジラの進行ルートは、東京大空襲時に飛来したB-29爆撃機の進行ルートと重なることで知られる。

水爆実験によって生まれたゴジラが核の象徴だとすれば、もし東京に原爆が落ちていたら…というifを描いた映画が『ゴジラ』であったともとらえられる。ゴジラは戦争の恐怖体験を生々しく蘇らせる存在でもあったわけだ。

オキシジェン・デストロイヤーとは

オキシジェン・デストロイヤー

Photo credit: Al Pavangkanan on VisualHunt.com / CC BY

『ゴジラ』のラストでは、芹沢博士が開発したオキシジェン・デストロイヤーという科学兵器によって、ゴジラはこの世から葬り去られる。

「オキシジェン(Oxygen)」は英語で“酸素”を意味し、「デストロイヤー(Destroyer)」は“破壊するもの”。直訳すると「酸素で破壊するもの」になる。

その名が示す通り、水中の酸素を破壊し、その場にいる生物を死滅させる恐ろしい兵器だ。水爆(水素爆弾)によって生まれたゴジラに対抗するものとして、水の主成分である水素に対応するように酸素が用いられている。もちろん、オキシジェン・デストロイヤーは架空の兵器ではあるが、水爆を超える最悪の兵器が登場する可能性を示唆するものでもある。

その後、オキシジェン・デストロイヤーは対ゴジラ兵器として、ゴジラシリーズの中でも特別な役割を果たす。唯一ゴジラを滅ぼし得る最終兵器であるがゆえに、その製法については、芹沢博士の死去によって不明という設定になっている。

1995年、「ゴジラ死す」というキャッチフレーズで、ゴジラの“最後”を描いた、平成ゴジラシリーズの完結作『ゴジラVSデストロイア』では、オキシジェン・デストロイヤーから生まれた怪獣デストロイアがゴジラ最後の敵として登場する。

デストロイアを倒すことで、ゴジラは遂にオキシジェン・デストロイヤーをも超越した存在として、ファンを熱狂させた。

『シン・ゴジラ』が引き継いだもの

シン・ゴジラ_武蔵小杉

では、『シン・ゴジラ』は初代ゴジラのどんなところを引き継ぎ、また新たな変化をもたらしたのか。

核の脅威を再認識させる

『シン・ゴジラ』もまた、『ゴジラ』と同じように核の脅威を描いた映画である。『シン・ゴジラ』が公開された2016年は、福島の原子力発電所事故発生から5年後。劇中で描かれる時代もまさに「現在」である。

1954年の時と同じように東京湾から現れ、放射性物質を撒き散らしながら街を蹂躙(じゅうりん)するゴジラが、現代の日本において核の存在を顕示化させ、その脅威に向き合わせる役割を担っていることは間違いないだろう。

放射線量を計測するガイガーカウンターの登場に、多くの人が一気に“あの日”に引き戻されたにちがいない。

核との向き合い方を問う

『シン・ゴジラ』で印象的に語られているセリフがある。

ゴジラは人類の存在を脅かす脅威であり、人類に無限の物理的な可能性を示唆する福音でもある、ということか。

ゴジラが撒き散らす放射性物質に未知の元素が多数含まれていることが発見された時、矢口蘭堂(長谷川博)が言うセリフである。

核の象徴たるゴジラが、恐怖だけでなく、人類の未来の可能性を秘めた存在であることも示唆されているのが、初代ゴジラとの大きな違いだ。

巨災対

また、これまでの「ゴジラ」シリーズでは、ゴジラは最後に海へ帰るのが通例のパターンだが、『シン・ゴジラ』では、ゴジラは冷却されて固まったまま地上に残る。また、世界中からいつ核弾頭が発射されてもおかしくない状況でもあることも明かされている。

ヤシオリ作戦で、ゴジラの口へ薬品を注入する様子は、チェリノブイリ原発事故後、原子炉をコンクリートで覆った石棺作業を連想させる。

ミサイルなどの武力としての核、そして、原子力発電所のように平和的に有効利用されるものとしての核。脅威と恩恵、その両方に向き合わなくてはならない、現代における人類と核の問題。

「核の存在から目をそらすな」とでもメッセージするかのように、まるで石像のように固まったゴジラが、日本の首都に立っている。

シン・ゴジラ

東日本大震災とゴジラ

『シン・ゴジラ』には、ゴジラ=天災としての側面もある。

ゴジラの遡上によって車や船を巻き込みながら川が逆流し、街が水に侵される様子は津波を連想させ、他にも、放射能汚染の不安、集団疎開による避難、「想定内」が繰り返される官邸など、3.11を嫌が応にも想起させる仕掛けが『シン・ゴジラ』にはある。

地震というどうしようもない自然の威力と、震災後の最悪のシナリオを入れ込むことで、怪獣同士のプロレス的格闘を演じていたそれまでのゴジラを、人智の及ばぬ畏怖の対象=神(シン)へ先祖返りさせたのが『シン・ゴジラ』であるとも言える。

『シン・ゴジラ』のメッセージ

『シン・ゴジラ』終盤、矢口蘭堂がヤシオリ作戦に向かう隊員たちに向けて、檄(げき)を飛ばすシーンがある。その際、第三者的な視点で撮られた後、最後の「日本の未来を君たちに託します」のセリフでは、カメラに正対して語るように撮られる。

ほぼカメラ目線で語られる矢口のメッセージは、作中の隊員たちはもちろん、スクリーンで本作を観ている若者や子供たちへ向けられたものと考えていいだろう。

本作では膨大なセリフ量を尺に収めるために、早口で多くのセリフが話されているが、この演説シーンは他にくらべて比較的ゆっくりとした口調で語られているのも特徴的。

「10年後に日本を残すことの方が大切だ」といった、未来に向けたメッセージも本作では度々語られる。

長谷川博

「ゴジラ」は1954年にはじまり、2004年の『ゴジラ FINAL WARS』をもって一度終了し、その後12年の時を経て、この『シン・ゴジラ』で復活した。

核の脅威をはじめ、戦後まもなく公開された『ゴジラ』でえぐり出された日本人のトラウマ的事柄をベースにしながら、ある部分では原点回帰し、ある部分ではアップデートし、今観るべき新たなゴジラとして『シン・ゴジラ』は世に出された。

エンタメ大作としてはもちろん、日本人が近年体験した大きな脅威に向き合う機会を与える社会的意義の強い映画として、1954年の『ゴジラ』と並び評価される傑作であることに違いないだろう。

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