【ネタバレ考察】映画『千年女優』虚構と現実が融解した時代を豊かに生きるヒント

2018.06.14
映画

「虚構と現実」というテーマは、SF映画などでは定番のひとつです。

しかし現代社会においては、虚構と現実は急速に距離を縮め、その2つとどう付き合っていくかについては、もはやSF映画の登場人物だけが抱える悩みではなくなり、私たち現代人が広く抱える問題意識になりつつあります。

そうした社会の到来は、言うまでもなくインターネットとデジタル技術の発達によるものです。

最近のトレンドで言えば、3DCGキャラをモーションキャプチャーで手軽に動かせる技術を利用したバーチャルYouTuberの誕生などは、現実とバーチャルな世界を限りなく近づけさせた例でしょう。

出典元:YouTube(A.I.Channel)

こうした特別な技術を用いなくても、現代ネット社会では嘘と事実が入り乱れた世界になっており、虚構と現実の接近を実感させられます。

フェイクニュース」と呼ばれるようなデマが飛び交う状態は問題視されていますが、事実と同じように流通してしまうデマを信じて行動する人も出てきています。嘘という虚構が実社会に影響を与えているような状態がすでにあるわけですね。

最近、筆者が興味深いと感じたのデマは国際信州学院大学の一件です。

あるうどん屋のTwitterアカウントが、「国際信州学院大学の教授が予約をドタキャンした」とツイート。そのツイートに対して学生が謝罪のリプライをしました。しかし、うどん屋も、国際信州学院大学も、その教授と学生も、すべてが現実には存在しない架空のものでした。非常に手の込んだ「釣り」です。

登場人物もお店や大学などの情報が細部までしっかりと作り込まれており、ほとんど現実のニュースと変わらないレベルの情報量が盛り込まれていました。

fakenews

Photo credit: Christoph Scholz on Visual hunt / CC BY-SA

国際信州学院大学が、ネット掲示板「5ちゃんねる」発祥のネタであることを知っていればダマされることはないと思いますが、問題は見破れるかどうかではなく、客観的にこの騒ぎを見たり聞いたりした時の情報や受ける印象が、もはや実社会で起きるドタキャン騒ぎと遜色ないという点です。

こうした事例は、これからますます増えていくと思われます。「虚構と現実」というテーマは、現代を生きる上で嫌でも避けて通れないものと言っていいでしょう。

何が虚構で、何が現実か。

人にとって現実が絶対で、虚構に生きるべきではない。果たして本当にそうなのか。これからの人生を豊かに生きるためには、そんなことを真剣に考えるべき時を迎えているのです。

そもそも「現実」とは何か

映画『千年女優』に触れる前に、そもそも「現実」とは何かということをあらためて考えてみましょう。

今年2018年にお亡くなりになった思想家の西部邁氏は、著作『虚無の構造』で「現実とは、長期的に安定している仮想のことだ」と定義しています。

それがデマであろうと、あるいはフィクションやVRのようなデジタル世界であろうと、長期的な安定が実現できるのならば、それは現実として在るものだと感じられる、そもそも全ての表象は仮想であると西部氏は指摘しています。

ならば、国際信州学院大学の件も、長期に渡りネット上でそれがあるかのようにユーザーが振る舞いつづけた場合、それは「現実」になるとも言えるかもしれません。そうした社会が到来した場合、実社会の優位性は必ずしも盤石ではなくなるでしょう。

とは言え、虚構と現実を等しいものとして見るというのはなかなか難しいことです。スティーヴン・スピルバーグ監督の『レディ・プレイヤー1』は、VRという虚構の世界を大変に魅力的に描いたSFアドベンチャー映画ですが、この映画においては現実は虚構の世界よりも優位なものとして描かれています。

レディ・プレイヤー1

主人公は、現実では貧しいトレーラーハウスに住む、冴えない少年ですが、VRの世界ではイケメンの一流プレイヤーです。VR内での戦いと出会いを通して少年の成長を描きながらも、最後にはVRの世界の製作者の遺言を聞き、現実の大切さに目覚めるという結論になっています。

『レディ・プレイヤー1』は、ビジュアル的にVR世界の方が魅力的に描かれているので、上記のように結論を出されても「虚構のVR世界、楽しそうだなあ」という印象が勝りがちです。

しかし物語としては現実の重要さを説いているので、現実と虚構はある種の対立構造にあり、より現実に価値を置いています。

レディ・プレイヤー1

※以下、映画『千年女優』のネタバレを含みます

虚構と現実が混ざり合う『千年女優』

今敏監督の『千年女優』は、『レディ・プレイヤー1』とは対照的に、現実と虚構を対立するものとしては扱っていません。

それどころか、虚構の世界にこそ主人公の人生の生きがいがあるかのように描かれています。本作はSFでもファンタジーでもありませんが、「虚構と現実」をテーマを見事な切り口で描いた傑作です。

千年女優

物語は、小さな映像制作会社を営む立花源也が、かつての大女優・藤原千代子のドキュメンタリーを撮るために人里離れた邸宅を訪ねることから始まります。

30年前に突如映画界から姿を消した千代子は、立花に人生の思い出をポツポツと語り始めます。千代子は、幼い頃に出会った反政府活動家の青年に恋をしていました。まるで映画のような劇的な出会いと別れをした彼女は、その後彼を追いかけるために女優となり、多くの映画の中で意中の人を追いかける役を演じ続けます。

まるで彼女の実人生と映画で演じるキャラクターが呼応するかのように。

現実の恋する一人の女性と映画のキャラクターが融解し、混ざりあいながら、千代子の人生が走馬灯のように描かれていきます。

過去の回想シーンかと思いきやシームレスに劇中劇のシーンになったり、現代の時間軸で取材をしていたはずの立花と助手がいつのまにか劇中劇の中に巻き込まれていたりと、アニメーションだからできる、現実と虚構を融解させた手法が特徴的です。

本作では、千代子が想う男の名前すらわかりません。映画ではもっぱら「あの人」と呼ばれます。「あの人」を千代子は終生追いかけることになるのですが、現実には手がかりもなく、彼に迫ることができるのは、映画の中で彼女が演じた役柄だけ。映画は千代子の独白を、過去の事実も映画の中のエピソードも等しいものとして扱い、その両者を境い目なく描いていきます。

物語が進むにつれて、実際には千代子は一度映画監督と結婚し、次第に「あの人」の顔すらも思い出せなくなりつつあることが語られます。そして、「あの人」が実際には帰らぬ人となっていることも。

それでも、映画の中で彼女が演じてきたキャラクターたちは、時を越えて(役柄によって時代劇から未来のSFまで)「あの人」を追いかけ続けています。

現実では、歳のせいで「あの人」の記憶を忘れかけていたとしても、映画(虚構)の中で彼女は、いつまでも生き生きと「あの人」を追い続けているのです。

「あの人」を忘れてしまった現実よりも、いつまでも追いかけ続けている虚構の世界の彼女の方が彼女らしくあるという不思議。それを端的に示すのが、千代子がラストに放つ台詞です。

「どっちでもいいのかもしれない。だってあたし、あの人を追いかけてるあたしが好きなんだもの」。

この台詞は、大地震で撮影が中断となったSF映画の、未撮影のシーンで千代子が言う台詞です。映画という虚構の中のそれも実際に撮影されていない幻のシーンで、彼女の人生で最も重要な真実が語られるということが、本作の重要なポイントです。

千代子の言う「どっちでもいい」とは何のことでしょうか。

ここには何重にも意味が重ねられています。「死後の世界で、あの人にきっと会えますよ」と言う立花に対して、会えても会えなくてもどっちでもいいと言ったのかもしれません。そして、メタ的にはこれが現実でも虚構でもどっちでもいいという意味にもなるでしょう。

現実には、人は忘れる生き物です。『千年女優』に繰り返し登場する老婆の妖怪(あやかし)が言う「逃れられぬはこの世の定め」の如く、記憶の忘却に人は現実には抗えません。現実で抗えない代わりに千代子は虚構の中でそれに抗い続けます。映画の中で、あの人を追い続けることこそが彼女にとっての、長期的に安定した唯一の現実なのです。

世界は舞台、人はみな役者

人類史上最高の劇作家シェイクスピアの『お気に召すまま』にこんな台詞があります。

この世界はすべてこれ一つの舞台、人間は男女を問わずすべてこれ役者に過ぎぬ(All the world’s a stage, And all the men and women merely players.)」(小田島雄志著 シェイクスピア名言集)

千代子の人生はまさにこの台詞の示す通りのものではないでしょうか。彼女は、現実という舞台で、終生「あの人」を追いかけるという役を演じ続けたのです。 

人は全て現実という舞台で生きる存在だとすれば、大切なのは千代子のように、ふさわしい役柄を演じること、その役を愛せるかどうかということ。

もはや舞台が実社会なのかVRの世界なのか、あるいは映画の世界なのかは、もう問題ではないのかもしれません。実社会に舞台が見つからないのなら、別の世界でそれを探せばいいのです。

千代子は女優という職業を通して”自分にとっての現実を生きる”ことを成したわけですが、VRやモーションキャプチャーのような技術の発達は、今後、誰もが千代子のように生きることを実現させてくれる重要なツールなのかもしれません。

レディ・プレイヤー1

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