【考察】是枝裕和監督作品「食」と「子役」にみるドキュメンタリー的手法

2018.06.07
映画

羽生結弦と同い年だというのに…………

川合裕之

カンヌのレッドカーペットに21年ぶりに日本人が――。

第71回カンヌ国際映画祭で、是枝裕和監督の『万引き家族』が最高賞であるパルムドール賞を受賞しました。何がそんなにスゴいの? どこがそんなに評価されてるの? 多作で過去作を網羅するのも大変な是枝作品の特徴とその魅力を」と「子役」の2つを軸にお伝えします

万引き家族

是枝裕和とは?

現代の人と人との繋がりの本質を射抜くような作品が特徴の映画作家です。

代表作は『歩いても 歩いても』(2008)、『そして父になる』(2013)、『海街diary』(2015)、『海よりもまだ深く』(2016)、『三度目の殺人』(2017)など。

特に顕著なテーマは「家族」。人間の繋がりの本質とは何か?という答えのないかもしれない非常に難しい命題を深く深く観客に問いただし、血の繋がらない親子、手続き上は離婚した夫婦などを過不足なくリアルに描きます。

血縁や続柄など――私たちが家族が家族であるためにとって当たり前だと思っているものを破壊された家族を提示されることで、本当の家族とは何なのか?ということを炙り出そうとします。

海街diary

ドキュメンタリー出身ならではの視点

実は是枝監督はテレビの作会社でドキュメンタリーを手掛けていた経歴があります。そうしたバックグラウンドならではでしょうか、是枝監督の作品には高密度なリアリティが息づいています。

そのリアリティを醸し出す、是枝監督作品を是枝作品たらしめる2つのキーワード。それが、「」と「子役」です。

台所と食卓を切り抜く

多くの是枝監督では登場人物たちが台所で料理をする姿をこれ以上になく丁寧に映し出します。『海街diary』や『海よりもまだ深く』などが代表的ですね。

昭和から平成をまたいで少しガタがきてしまってる台所、そこで交わされるありそうな会話。ありふれた会話。あったことすら忘れてしまうような会話。こんな何気ないやりとりがしばしば挟みこまれます

実はこれがフィクションを嘘に見せない調味料。映画=つくられたもの(虚構)という前提に、私たちは無意識に「映画は映画、現実は現実」と割り切って考えてしまいがちです。

しかし、是枝作品はこれを許しません。是枝作品はこの映画と現実というふたつの間にある境界線を見事に消し去ります。

その境界線をなくすのが、「台所」で描かれる生活感であり、「食卓」です。是枝作品に登場する“当たり前が壊れた家族”に私たちが共感し、現実味を感じてしまうのは、この「食」を描くシーンが大きな要因のひとつになっています。

海街diary

彼らも実際にどこかで暮らしている、彼らも実際に毎日私たちと同じように何かを食べている――そう意識させる巧みな演出・仕掛けによって、映画で語られる事件や問題は、決して私たちと無関係ではないのだということに気付かされます。

取材対象と長時間いっしょに時間を過ごして番組を制作するドキュメンタリーのスタッフ出身の監督ならではの着眼点ですね。

子役の演出の巧みさ

万引き家族

『そして父になる』『万引き家族』などは子どもが作品の中で大きな役割を担っています。

異なる環境に放り込まれて堅く萎縮する子どもが、やがて打ち解けていくに従って口数が多くなっていき、表情が豊かになっていく。

是枝監督は子役に台詞を文字で伝えるのではなく、口頭(音)で伝えたり、そのシーンのシチュエーションだけを大まかに伝えて自由に動いてもらうという手法をとっています。

こうすることで、子役が事前に台本を覚えてくることを避けより自然で“生”な言葉を映像で切り取り、演技を演技に見せない工夫をしています。

そして父になる

手法だけなら誰でもできそうですが、この手法で撮影して作品として成り立たせることは簡単ではないでしょう。現場で生まれた良いものを見逃さず、取捨選択する視点は限りなくドキュメンタリーに近いのではないでしょうか。

最新作「万引き家族」は?

万引き家族

現代の家族とは?という一筋縄にはいかないテーマに取り組み続ける姿勢。そしてそのテーマに堅牢な説得力を持たせるリアルな描写。映画史的な意味でも、風俗史的な意味でも、のちに偉人と語り継がれ日本の教科書に載っても全く差支えのないような映画監督・是枝裕和

最新作の『万引き家族』も漏れなく是枝裕和監督の作家性が高密度に詰まっています前述の「台所」「食卓」の描写もしっかりと刻みこまれており、盗んだカップラーメンを食卓で暖かく啜る光景や、いびつな家族のために樹木希林が丁寧にトマトを切る姿には底知れぬ説得力があります。

城桧吏(11)と佐々木みゆ(6)の子役2人のキメ細かな演技にも息を飲む。まさにこれぞ是枝映画と言えるでしょう。

次回作ではフランスの女優カトリーヌ・ドヌーブ主演で『カトリーヌの真実』(仮)の製作が明らかにされている是枝裕和監督。まずは目下の『万引き家族』を是非劇場でチェックしてみてください。

(C)2015 吉田秋生・小学館/フジテレビジョン 小学館 東宝 ギャガ、(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.、(C)2013「そして父になる」製作委員会、(C)2018『万引き家族』 製作委員会

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【連載】是枝裕和は何故、ホームドラマの名手と呼ばれるのか?
※ 『万引き家族』安藤サクラ×樹木希林 独占インタビュー

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    2.0
    言外に表現されている部分が実は殆ど無い、極めてわかりやすいだけにすご~く言い訳がましいカッコ悪い映画👎👎👎 基本的には、前半はリリー・フランキー率いる仮の家族の穏やかな生活と中盤で起こる死と男の子の怪我、そこからのまさに「転落」の2部構成。 ど頭でリリー・フランキーと少年がスーパーで万引きして、何故かその後現金でコロッケを買って帰る帰り道、ネグレクトされている少女を見つけて家に連れて帰り、そこから樹木希林のおばあちゃん、あんどうさくら、巨乳役(?)の松岡茉優との昭和風の生活が始まる。 ここでは、リリー・フランキーが少女を構いすぎて少年が拗ねる、とか、少年が出ていくと少女が心配して玄関で待ってる、とか、すぐケロッと仲良くなって、蝉取りとか、秘密基地的なものがあったりとか、ボケてそうだけど実は優しい爺さんがやってる駄菓子屋があったりとか、海水浴に行って楽しいな、とか、いわゆる、「ぼくの夏休み」的な昭和な平穏な子供の生活と、それと並行して、松岡茉優以上の年齢層の典型的な「現代社会の闇」みたいなもの、JKリフレとそこに来る闇を抱えているテイの客、いわゆる底辺の生活をしている教育水準の低い人達の生活、世間体を気にして失踪した娘を海外留学したテイにするまあまあ裕福な両親、家庭内暴力とネグレクトで子供殺したんじゃないか、と思われてワイドショーに囲まれる少女の親とメディア表現、などが描かれる。 ま、ここまでは、定形表現で、ただありがちなことをただありがちに映像化しただけ。強いて言うなら子供の演出部分は難しいかもしれないけど、くらいで、すごーくよくはないけど、別にすごく悪くもない。フレッシュさはないが、事足りている感じ。 で、問題は、後半ですよ! ネタバレになるのであまり書かないけど、重大な死が2件あってからの話の流れが、この作品はひじょうに問題があると思う。 問題は大きく2点。1点目は、言い訳がましいところ。 いろいろあってこの仮の家族が警察から尋問されることになるんだけど、警察官と登場人物の質疑応答から、前半で語られなかった事実関係が見えてくる、という構成上しょうがないとはいえ、尋問する警察官に対して答える主要登場人物の言葉がどうしても制作サイドの言い訳にしか聞こえなかった。 「ね?この人達可愛そうでしょ??」とか、「あなた達が批判の前提としている正しさって、どうなんですかねぇ?」みたいなことを、あろうことか主要キャストの安藤サクラとかリリー・フランキーに言葉にして答えさせていて、しかもそれが、警察が犯罪行為の尋問としてするにはおかしい質問から引き出されている。 前半で言外に表現されていて、見ている側ももうわかっていることでさえ言語化されるので、よく言えば、わかりやすい。悪く言えば、「それをセリフにするくらいなら、他に表現することがあったろ?松岡茉優に客の件とか掘り下げろよ!」と怒りがこみ上げてくる。 2点目は、あまりにも明確に言語化した結果、話が支離滅裂になっている点。 これはトレイラーで使われているはずなので、言っていいと思うけど、安藤サクラが「私達は拾ったんだ。捨てた人は他にいる」みたいなセリフが出て、本編見る前はてっきりこれはネグレクトされていた少女の件を言ってるのかなーと思ったんだけど、映画上はこの前にとある別の登場人物の死体遺棄に関する警察からの質問から、 遺棄=捨てた→いや、捨ててない。拾った。 からの「捨てたのは他にいる」という話になっているんだけど、これは明らかに支離滅裂! この「遺棄」の対象となるキャラが安藤サクラとリリー・フランキーに出会ったときには、このキャラには少なくとも家族がいたことが前半で語られている。仮に、離れて住んでいたから、当該キャラは孤独だった、というのなら、捨てたのは、社会とかではなく、その家族。 子供がネグレクトされてて、その周辺住民からも苦情とか手助けもない中、「拾いました」というなら、なんかドヤ顔で警察権力に対して言うあのシーンなりセリフはそれなりの正当性があるけど、家族間の問題について民事不介入の警察にドヤ顔されてもねぇ、という感じになる。 もっというと、前半に出てくる、樹木希林にマンションに引っ越せ、といっていたとある悪意を匂わせるキャラと、独居老人に近づいてその金を当てにして漬け込んだリリー・フランキーと安藤サクラって何が違うの?という倫理的問題が発生する。。。というか、そもそもリリー・フランキーと安藤サクラは明らかにきれいごとや正義を語る側の存在ではないのなら、なぜ、言い訳がましいシーンを後半に作ったのかもよくわからない。 「いや、世の中、綺麗事だけじゃ語れないじゃないっすかー?」って話なら、見る側に判断を任せればいいと思うんだけど、多分、見る側に判断を任せると、登場キャラのやってることがやってることなので、綺麗事を言わせてmixed feelingにさせようとしたのかな、と・・・とすると、やっぱりこの映画は極めて言い訳がましい、と思う。 mixed feelingという点でいうと、結局この話の結末も何が良くて何が悪いと言ってるわけでもない。明らかにBad endを迎えた少女。どうなったんだかよーわからん松岡茉優。なぜか倫理観に目覚めた少年。。。 そういえば、この少年が倫理観に目覚めるプロセスもこの映画は支離滅裂だったし。。。こんなにプロットの整理が出来ていない感じを見ると、やっぱり、言い訳をする必要性が何らかあった。それは、この映画の売り方と制作側の都合があった気がする。だって、はじめっからバロンドール取れると思って作っていたはずはないわけで、とにかく世間を煽って批判を浴びた上で、客を集める炎上商法を制作サイドの「誰か」が考えたとしたら、その火消し要素を作品に入れ込んでもらわないと困る、ということはあったのかな、と。 倫理観云々でこの映画を見ているにしろ、見ていないにしろ批判している人は、まさに作者側の術中にハマっているだけなので、それもかっこ悪いとおもう。むしろ批判すべきは、この映画の出来と言い訳がましさ。 別に、倫理的にいいことだけを映画で映さなければいけない道理はないので、万引きをテーマにしてもいいと思うし、子供の誘拐も、老人が死んだあと死んだの隠して年金だまし取るのも、実際日本で起こったことのある犯罪なので、Based on true storiesだと思うからいいと思う。問題は、批判されることを見越して、後半に一切関連性のない言い訳セリフを並べ立ててるところで、「映像」で勝負する映像作家としてあまりにもかっこ悪いと思う。 そこは、言い訳をセリフにするんではなく、見て感じ取ってください、くらいの姿勢でないといけないと思うし、是枝さんもそうしたかったんじゃないか、と。むしろ、それを制作に関わっている某TV局とかから言われて不本意ながら入れとかのような気が。。。そういう意味で、この作品を取り巻くスキーム全体がかっこ悪いと言わざるを得ない。 評価としては、星は2つ。テーマ性の近い俺の去年のNo.1映画「Florida Project」と比べると足元にも及ばないかなー。例の安藤サクラと少女がお風呂で傷を見せ合うことろは、ちょっと泣いたけど、荒れば子供だったからってだけだし・・・ 映画としてはあれだけど、おれは、松岡茉優のJKリフレ的なシーンをA-B再生するためだけに、Blu-rayを買うけどなっ!何なら、松岡茉優シーンだけで1000円で売ってくれないかなーwww
  • 鳩子婦人
    -
    記録。
  • romao
    4.0
    パルムドール取る前から見たい見たいと思っていた作品。今までの是枝作品の中で1番後味がスッとする映画だった。 家族愛とは違い、居場所のない人々が肩をよせあい家族と似て非なる『絆』を築き生きていく。そのボンヤリ暖かくも脆い関係を見事に描いている。この手の話は重苦しくなりがちだが、じんわりとした愛で映画を温かく包み込み、グッと引き込まれた。 安藤サクラの『拾ってない。誰かが捨てたものを拾っただけ。』『なんて呼ばれてたかね。』この言葉が胸に残った。
  • 明日美
    4.4
    是枝監督の一貫したテーマである(私の観た作品からの、おそらくではあるけれど)「家族」が特に顕著に表れてる作品だった。 血縁とか続柄とか、何が繋ぎ止めてるとか、そういうのひっくるめて家族ってなんなんだろうって思った 前半の、一般的に見たら貧しいんだろうけど幸せそうな1つの家族、って印象から後半に連れてそれぞれ抱えてる歪みが浮かび上がってきて目が離せなかった 最後、治が住んでるオンボロの部屋に祥太が遊びに行って、一緒にカップラーメン食べて2人で過ごしてから、翌日、祥太が一言言い放ってバスに乗り込むまでのシーンが切ない 自然に流れていくような、予測できなかった終わり方もかなり好き
  • オノサン
    5.0
    親になるのは比較的簡単だが、 父親・母親になるのは容易じゃない。 そんな風に思った。 動物としての「親」であれば貞操観念のハードルを下げて適当にパコパコやって出来たら産んで、 それだけやっていれば生物学上の親にはなれる。 ただ、人間として父・母になれるかはもう個々人が産まれた子供とどう向き合うかで本能的に父・母になれる本能を持ち合わせているかどうかだと思う。 その本能があるかどうか? それを測る一つの指標として、 暴力(殴る・蹴るに限らず)と飢餓(食べ物だけの意味ではない)を子供に与えない、という事がある。 あくまでその考えに沿えばだけど、今作の主人公である治と信代と初枝は父・母になるための本能はしっかり備わっていたという事だろう。 祥太・リン・アキが家族として違和感なくそこに溶け込んでいたのが何よりの証拠だ。 祥太・リン・アキの親は動物としての親にはなれても人間としての父・母の本能はなく、ただの親でしかなかったのではないだろうか? 経済力や人柄は関係ない、どんな嫌味なホワイトカラー系のエリート夫婦でもジャージ姿でイオンを我が物顔で歩いている日雇い系のマイルドヤンキー夫婦でもなんでもいい。 そこに動物的本能として父・母としての資質が備わってさえいれば、親は子供に決して暴力と飢餓を与えない。 超えてはいけない一線は絶対に超えない。 行政の管理体制ありきの「一方通行な正しさ」を訴える刑事二人。 行政的な正しさから離れ離れになる家族たち。 しかし、 アキはみんなで過ごしたあのボロ家に居た。 その扉を開け家の中にまだ残る生活の匂いを感じる。 是枝監督がこのシーンに何を込めたかは不明だが個人的には後半のこのシーンに大きな希望を感じた。 この状況を唯一変え得る存在は現状は持つ者側に居るアキしか居ないんだし。 みんな生きているんだし。 万引き家族に限らず是枝監督の家族映画は動物としての「親」と人間という動物としての「父親・母親」は全然違うという事を伝えてくれる。 今作は是枝監督特有の人間的な描写に加えて計算され尽くした映画的な描写とカット割が両立していてよくこんなん作れたなぁ 。と脱帽です。 大傑作!!!
「万引き家族」
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