静かな秋の夜長に!日頃の疲れを癒す「何気ない日常」を描いたおすすめ映画8選

2015.09.29
まとめ

感受性複雑骨折

寂々兵

9月も終わりに近づき、本格的に秋がやってきます。秋と言えばスポーツ、食欲、読書など色々とありますが、何と言っても芸術の秋。静かな秋の夜長のお供にしみじみと映画を鑑賞するのはいかがでしょう。

日頃の疲れを吹き飛ばすような痛快アクションや、ハラハラドキドキのサスペンス映画も良いですが、今回は「何気ない日常」をテーマに、日常生活の一部をそのまま切り取ってしまったような映画を8本紹介したいと思います。

国や環境の違う異世界の「日常」を体験してみてください。

1.憂鬱な楽園

今年『黒衣の刺客』で第68回カンヌ国際映画祭コンペティション部門監督賞を受賞した侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の作品。

うだつの上がらない中年チンピラとその弟分、更にその恋人の3人が主役。彼らが一攫千金を目指して色んなことに手を出すのですが、これが見事に上手くいかない。飲み会の席で酔っぱらって泣き出したり、食堂や引越しの手伝いをするもまったく役に立たなかったり、結局は警察や議員といった権力者のお世話になったり、観ていて情けなくなってきます。が、なぜか次第にこのダメな3人組が愛おしくなってくるのです。

本作は電車やロードバイクといった乗り物を長時間に渡って先導したカメラワークもさることながら、台湾の田舎町の風景、そしてその風景を眺めながらがっつく食事の描写が非常に素晴らしいです。その穏やかな風景とは似つかないハードロック調のBGMはもがき苦しむ彼らの心情を表現しているようでしびれます。

2.刑務所の中

2刑務所

刑務所が舞台の映画と言えば「脱獄」や「暴動」「看守との対立」といった要素が着いてまわりますが、本作はそれらをまったく描かず、長い長い刑務所生活の一部分を切り取ってそのままスクリーンに流してしまったような作風になっています。

この映画の大きな魅力は2つあり、1つ目は食事のシーンにあります。貧相な容器に入ったご飯、精進料理のようなおかず、それらを黙々と食べる受刑者たちの至福の表情はまさしく「刑務所生活での唯一の楽しみ」を存分に表現しています。また中盤、木下ほうかが新入り受刑者におせち料理の解説をするシーンでは涎が垂れること必至です。

もう一つの魅力は「中身のない会話」。刑務所生活の一部を切り取った映画なので、受刑者同士の中身のない会話が延々と繰り広げられます。「ご飯に醤油をかけて食うとうまいんだぜ」みたいな話を中年受刑者たちがグダグダと語ってるんだから、あまりのバカバカしさに日ごろの些細な悩みなど吹っ飛んでしまうことでしょう。

以上のように、エンタメ的な盛り上がりや派手な展開は一切ありません。ただ、日常に疲れて「刑務所」という非日常の風景をちょっと覗いてみようくらいの気持ちで鑑賞すると、何とも言えない至福感を得られ、人生なんて適当でいいんだと達観の域に達するはずです。

3.月曜日に乾杯!

2月曜日

誰しも月曜の朝に「このまま会社に行かず逆方向の電車に乗って旅に出たい」という妄想をしたことがあると思いますが、本作はその妄想をそのまま映画にしてしまったような一作です。

主人公のヴァンサンは工場での単調な仕事に飽き飽きしており、タバコを吸うにも一苦労。家では家族に相手にされず、趣味を楽しんでいる暇もない。そんな日常に嫌気が差したヴァンサンは出勤をやめ、丘へ登り、突如ヴェニスへ旅に出ます。そこで彼が出会ったのは、自由な人生を謳歌してお祭りを楽しむヴェニスの変人たち。

彼は滞在するうちに、この華やかに見えるヴェニスですらも同じ日常を繰り返していることに気付きます。この映画はヴァンサンを通して「日常をつまらなくしているのは自分の考え方じゃないか?」と我々に問いかけているのです。

本作はスクリーンで力を入れて鑑賞するよりも、それこそワインを片手におつまみを食べながら観るのに最適な一作。帰国後のヴァンサンの小さな変化を見逃さないようにしましょう。

4.ストレンジャー・ザン・パラダイス

2ストレンジャー

独特の作風で多くのファンを持つジム・ジャームッシュ監督による究極のオフビート映画。デビュー2作目にして既に彼の世界観が確立されている一本です。

ニューヨークに住む青年が従妹を預かることになり、更に彼の相棒も加わってまったく話の噛み合わない3人の怠惰な日常が幕を開けます。ギャンブルで生活費を稼いだり、思いつきで旅に出たり、まさしく自由気ままな彼らの生き方には羨ましささえ感じるところ。

お金がないなら稼げばいい、余っているなら使えばいい。そんな単純で気まま、何か起きそうで起きない、ゆっくり過ぎていく時間と間がいちいちツボにはまります。

どこの土地に行っても何とかして生きのびてそうな楽観ぶりには見習うべき部分があるかもしれません。普段のバタバタとした生活に疲れた方、ふと後先を考えず旅に出てみてはどうでしょうか。

5.天空の草原のナンサ

2ナンサ

出典:http://www.amazon.co.jp/dp/B009NP9FV8

モンゴルの草原で暮らす遊牧民の生活を描いたドキュメンタリー風の人間ドラマ。

羊の世話、チーズ作り、民族衣装の製作、ゲルと呼ばれるテントのような移動式住居など、あまり馴染みのない遊牧民族の生活を垣間見ることが出来ます。また役者は全員素人で、子供たちや動物の自然なお芝居に目が離せません。本作に登場する「ツォーホル」という愛犬はカンヌ国際映画祭パルムドッグ(パルムドールをもじった賞)を受賞しました。

モンゴルの雄大な大自然、人間と動物のふれあいに癒されるのも楽しみ方の一つですが、もう少し深くこの映画を知りたい方は劇中語られる「黄色い犬の伝説」や、冒頭にて解説される犬の埋葬について調べてみるのも一興かもしれません。彼らの「輪廻転生」の思想も一つの重要なテーマになっています。

6.ラヴィ・ド・ボエーム

2ボエーム

売れない作家、画家、音楽家の3人がひょんなことから共同生活を送るちょっと切ないドラマ。

本作の大きな見所は、登場人物たちのさり気ない友情や愛情を感じるシーンが随所に散りばめられているところです。この手の自由人たちが日々を漫然と暮らす映画の中でも段違いの温かさが画面から滲み出ています。けれどもそれを面と向かって表現できない不器用さに愛しさを感じてしまうのでしょう。

カウリスマキ監督作の中でもメロドラマが大きく強調されていますが、特に哀愁漂うラストに流れてくる「雪の降る町を」にはやられます。なぜ日本語の曲が?という疑問も吹き飛ぶほど映画にマッチしているのです。

また、友情出演でサミュエル・フラーやルイ・マルといった名監督陣が参加しているほか、古いフランス映画ファンにとってはニヤリとするようなオマージュも仕掛けられています。

7.楽日

2楽日

台北に実在した「福和大戯院」という映画館の最後の一日を淡々と映した作品。

シネコンなどの普及によって廃れてしまった映画館は廃墟を彷彿とさせる薄暗さ。固定カメラの前を往年の映画スター、足の悪い受付嬢、映写技師、同性愛者の青年などが行ったり来たり。台詞も一言二言くらいしかなく、その生気のなさには幽霊のような薄気味悪さを感じるほど。

かつては多くの人が集い、感動や笑いを共有しあった映画館が閉館することがいかに哀しいかということがよく分かります。現在の日本でも次々と閉館していくミニシアターや名画座一つ一つに多くのドラマがあったのです

終盤、誰もいなくなった観客席をスクリーン側から捉えた長回しが5分に渡って続きますが、ヴェネチア映画祭で本作が上映された際、何かのミスではとざわめく観客と感動のあまり涙を流す観客に二分された話は有名です。多くの映画を映し、観客の反応を長年眺めてきたスクリーンは何を思うのか。まさしく映画ファンのための映画と言っていいでしょう。

8.秋刀魚の味

2秋刀魚

「何気ない日常」を切り取った映画、というところで外せないのはやはり小津安二郎でしょう。

本作は「老い」と「孤独」がテーマになっている小津監督の遺作です。笠智衆演じる妻に先立たれたお父さんが年頃の娘を嫁に出すまでの苦悩や葛藤を、お馴染みのユーモア溢れる会話劇を交えながら描いています。

中でも劇中「ひょうたん」と呼ばれる恩師や同窓生たちとの悲喜こもごもなやり取りにはさめざめと泣けてきます。また、24歳の女性が「早く嫁に行かないと婚期が遅れる」ような扱いを受けているところに、良くも悪くも時代を感じますね。

何となく古い邦画を敬遠している方にも胸を張ってオススメしたい一作。今回の記事で紹介した監督たちをはじめ、多くの映画作家に影響を与えた「小津イズム」をぜひとも味わってみてください。

おわりに

いかがでしたか?

これらの映画は時間の経過が非常にゆっくりなため、ともすれば鑑賞中に寝てしまうかもしれません。しかし、良質なクラシック音楽には快眠の効果があるのと同じように、ある種音楽的なこれらの映画は非常に心地良い睡眠をもたらしてくれる可能性があります。

皆さんも、静かな夜や疲れた日に鑑賞したくなるお気に入りの映画を見つけてみてください。

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     今を生きる特に若い世代が彼の映画を観て面白いと感じることがあるかどうかは疑問があるところではある。 が、少なくとも彼の作品が他とは明らかに異なっているということくらいはわかる。その差異というのが果たして映画技術的にどうなのかということまでは語れないのだけれど。大学の授業でも「これこれこう」という部分までは教わったけど「だからこう」という部分までは教えてもらってなかった気がするし、当時は積極的に授業に参加していたわけでもないからなー。一応ノートはとってあるけど、ほとんど書いてないに等しい。 小津の「晩春」に関する記述として「ワンカットとショットをわけることで対立を表現」「クラシックを観ることで当時の世俗的なもの以外に自分のフィルムはどう残っていくかがわかる効用」という二行しか書いていない始末。 や、ほかにも「東京物語」でアクション・カッティングという言葉を知ったりとかそういうのはあったんですけど、基本的なノーティングの量はやはり少なかった。90分全部を1作品に費やすわけじゃないし、まして本編を上映するわけでもなく特徴的な部分を抜粋して解説していくという授業形式だったから、というのもあるだろうか。 そんなわけで、わたしが初めて観た小津映画はBSでやっていた「麦秋」だったわけですが、今ほど熱心に観ていたわけでもないので「わー小津の映画がBSでやるぞー」みたいな無邪気な心持ちで観ていたわけです。そうやって漫然と眺めているだけだと「こんなもんか」程度にしか思わず、内容を思い出すのがこれまた困難なくらいに覚えていないのですが(小津+原節子という組み合わせおよび似た内容が多いということもあるんでしょうが)、それでも観ている間に「なんか変」と感じたことは漠然と覚えていた。 だからというわけではないのですが、改めて小津安二郎の映画を今回観てみると、まーほかでは見ないような絵面で映画が構成されていて、それが「なんか変」「異なっている」と感じた大きな要素なのだと気づいた。 小津の映画なんて国内外で研究されてきているわけだから今更になって殊更に何かを分析するということではないのだけれど、一人の趣味映画観賞人として思ったことではあるのでお手柔らかに。と、誰に向けて釈明しているのか謎な前置きをば。 で、トーシロな私でも気づいたのはカットのテンポやセリフにおける重複、あるいは画面の歪さそのものとかかしら。 まず人が映る場面なんですが、バストのショットのときって絶対に人物を画面の中心に据えて絶対に二人以上の人物を撮さない。そうなると必然的にキスシーンだったりとか抱き合うとかそういうシーンが皆無になってくるのだなーというのを「秋刀魚の味」のあとに「人生はビギナーズ」を観て、改めてその歪さを認識したわけです。それと関連して人物同士の会話における位置関係の歪さ=イマジナリーラインをこえたカットバックもそう。しかもほぼ正面から人物ショットがないという。や、これがどういう効果を生み出すのかということはわからないんですけど、ほかとは明らかに違うということはわかるんです。 とか、ここまで書いてきたことが実はノートに書いてあったことをこの記事を書いている途中で気づいた。あとローアングルとかフィックス中心とか、そういうことも書いてあった。そういえば、観ている間「階段映らないなー」なんて、普通は見ていても気にしないようなことが気になったのですが、これもノートに書いてあった・・・。 ちなみに階段を撮さないことによる効果は「気配だけを感じさせている」ことにあり、登る時間・場面を上手く省略することで室内は省かないという小津の特徴があるらしい。 それと、小津映画には二階建ての日本家屋が出てくるのですが、特に「秋刀魚の味」では一階と二階では意味が異なっており、一階は公を二階は私を表しているのだそうな。なるほど、確かに言われてみればそうだけれど、それって普通のことではないだろうかと思わなくもない。ただ、それを象徴的に使う事によって人物の公私を描き分けているということなのでしょう。 とかなんとか、これもはや自分の感想じゃないんですけど、観ていて思ったことを感想とするならばこれも一応そういうことになるのかな。 ただ、ノートにもない自分の気づきというものもちゃんとあって、それはある空間を撮すときに、必ず多相にしているということがあるんじゃないか、ということ。 立体性を持つ平面とでも言えばいいのだろうか。たとえばおっさん三人が居酒屋で酒をかっくらっているシーンで、座敷の個室を撮すのですが、その手前に障子を配置することで画面内に奥行を持たせているんだけれど(ほかのシーンでも同様)、どこか平面的であったりするのですな、これが。絵画的、というと語弊があるんだけど、上手く表現する言葉が見つからないのでそういうことにしておく(オイ)。 それと、奥行のある(それでもなんか平坦なんだけど)通路をやたら撮したがるというのもある。居酒屋の通路(本作では二種類)、アパートの廊下、家の廊下とか。ともかく、そういうものが「変だな」と思うくらいしつこく登場する。 そういう部分とは別に、俳優の演技というものもかなり独特なものがあると思う。平板というか淡白というか、平熱というか。ともかく常に演技が一定の波を保っていて、ともすると宇宙人か何かかと思うくらいなのですが、かといって棒演技とかそういうのでもないし明確な違和感というものがあるわけでもないんですが、ともかくキャラクターの全員が全員どこか冷静なのが面白い。 それがかなり効果的だと思ったのが、劇中の登場人物が冗談を言う場面があるのですが、それが全然冗談に思えないということは確実にある。と思う。いや普通に見てたら冗談だと思わないでしょう、あれ。カットの間も相まって。 人物といえば、人物の関係性や対置はわかりやすい。笠智衆演じる平山と彼のもと教師であるひょうたんこと佐久間の対比は、実のところ現代日本にあって他人事ではないと思うのだけれど。 それと、これは自分の感性がアレなせいかもしれないんですけど、平山親子の間に親子だけでなく男女の匂いを感じてしまうのですよね。父親と弟の身の回りの世話しているからという理由で嫁に今までいかなかったわけですが(24歳で結婚を心配されるというのが現代じゃ考えにくいというのに)、嫁に行く時のあの岩下志麻の俯きとかはやっぱり嫁ぎたくないんじゃないかなーと思うわけです。 なんで?ダッドのことが好きだからだよ! この父娘に男女をダブらせている感じはわたしが見たことある小津作品の中では少なからず嗅ぎ取っていたことなんですが、そんなことはないのかな。嗅覚に異常があるのかしら、それとも。 あとですねー、岩下志麻がねー、萌えるんですよ。 顔とか全然好みじゃないんですけど、なんか魅力的なんですよね。ふすまに寄りかかっているカットとか、かなりクるものがあるんですけど、そういう意味で女優の魅力を引き出す才能はやはり小津にはあるんじゃないかと思う。 月曜日のユカの加賀まりこも相当なもんでしたけど、やっぱり魅力的な女優というのは時代とか関係ないのかもしれんですね。
  • KICCO
    3.5
    記録
  • きょうこ
    4.1
    当時の暮らしを知ることができるし面白い
  • Mi
    -
    いい映画や お父さんの落ち着いた声とか息子の嫁のやめちゃえやめちゃえとか昭和だなー
「秋刀魚の味」
のレビュー(2243件)