ノスタルジックで新しい味わい。カラー時代にあえて白黒で撮影したモノクロ映画13本

映画マニアと呼ばないで

夏りょうこ

モノクロ映画は昔の作品だと思っていませんか?

数はそれほど多くないものの、この総天然色時代にわざわざ白黒で撮影された映画がある。

それは、予算的な理由というよりも監督の強いこだわりによるものだろうし、派手なCGが当たり前の今だからこそ、モノクロ映像は逆に新しくて新鮮。若い世代の目にはオシャレなアートのように映るかもしれないし、モノクロ時代を知る世代には、懐かしさを呼び起こさせる味わい深い作品となるはず。

最近では、ゴールデングローブ賞監督賞と外国語映画賞をW受賞し、先日行われたアカデミー賞でも監督賞・外国語映画賞などを受賞し話題をさらった『ROMA/ローマ』もモノクロ映画であり、白黒の良さが改めて見直されそうな予感がする。

そこで今回は、この10年間に製作されたモノクロ映画14本をご紹介しよう。

フランシス・ハ』(2012)

ハ!ハ!

フランシス

ニューヨークでモダンダンサーを目指していた女性が、恋人にフラれ、同居していた友人が結婚したことをきっかけに居場所を失ってしまう。

自分はこれからどうすればよいのかと迷いながら街を転々とし、故郷に戻ってみたりパリへ旅行してみたり。周りのみんなは目標を持って人生を歩んでいるのに、自分だけが置いてけぼりにされたようで焦る彼女は27歳。そう。将来を見失いそうになる年頃なのである。

監督と脚本を手掛けた『レディ・バード』(17)の大ヒットで一躍有名になったグレタ・ガーウィグが主演し、この作品でゴールデングローブ賞にノミネート。さて、さんざんモヤモヤした挙句、彼女がたどり着いた場所とは? 大丈夫。デヴィッド・ボウイの「モダンラブ」があなたを応援しているよ。

ROMA/ローマ』(2018)

大好きよ

ローマ

1970年代メキシコシティにある裕福な家庭を舞台に、そこで働く家政婦の暮らしと雇い主との関係を描く。

これは、監督の幼少期の記憶をたどるパーソナルな物語。大人になった監督が、周りで何が起こっていたのかよくわからなかった子供時代を、改めてじっくりと見つめ直した作品である。なので、モノクロで映し出される映像が引き気味なのは、過去にタイムスリップしているから。あの頃の出来事を神の視点から眺めているからだ。

母親が時々ヒステリックだったのは何故? 自分たちに優しく愛情を注いでくれていた家政婦には、一体何が起こっていた? 残された女性たちは力を合わせ、人生の冒険の旅に漕ぎ出す。もう大きな車はいらない。涙は波に洗い流され、肩を寄せ合う彼らに光が差す。「大好き」と繰り返す子供たち。遠くで飛行機が飛んでいる。

イーダ』(2013)

目をそらさない

イーダ

1960年代のポーランドを舞台に、自分がユダヤ人であることを知らされた若い修道女が、両親の死の真相や出生の秘密をたどる旅に出る。

戦争孤児として育った彼女の過去を通し、ユダヤ人を襲った悲劇的な出来事が語られていく。また、歴史の波に翻弄されてきたポーランドの怒りや哀しみが静かに綴られ、それが抑えられた演出なだけに、より深く心に突き刺さる。ポーランド映画として初めてアカデミー賞外国語映画賞を受賞。

モノクロ映像に浮かび上がる清楚なヒロイン。彼女のほんのちょっとした表情やしぐさから目が離せないのは、よけいな色彩がないから。旅を終えた後、全てを知った彼女の瞳に映るのはどんな風景なのだろう。ファミリー・ヒストリーを背負い、彼女はバトンを渡された。

アーティスト』(2011)

タイムスリップしたような

アーティスト

クラーク・ゲーブル似の濃いルックスが、モノクロだとちょうどよい。サイレントからトーキーへと映画産業が移り変わる時代に、人気が逆転してしまう男優と女優の恋物語。

モノクロ・サイレント映画というノスタルジックな作品。俳優も昔懐かしのそれっぽい風貌だが、やはり現代人が作っているので、テンポの感覚や演出などは洗練されていて見やすい。そんな風に新旧のよさがミックスされているところが、この作品の大きな魅力であろう。

サイレントからトーキーへと移り変わる映画界で、時代の流れに乗り切れず、人気が急降下してしまった人気男優と、その逆にトーキー時代にスポットライトを浴びるようになった女優の恋物語。ありがちな話だけど、またそのシンプルさと演出と合っているわけで。カンヌ映画祭パルム・ドッグ賞を受賞した彼の飼い犬は、キュートなインパクトで世界を魅了。

白いリボン』(2009)

不安と疑惑の連鎖反応

白いリボン

1913年、ドイツの小さな村で起きた謎の事件。その不穏な出来事が村人たちに与えた影響と顛末が、回想という形で語られる。

男爵と牧師が支配する村。始まりは、何者かによって道に針金が渡されていたことによる落馬事故だった。そして2つ目は……という感じで、犯人がわかったりわからなかったりする不吉な事件が次々と。やがて、権力者への恨みや不満がじわじわと滲み出てくるような連鎖反応が拡がりはじめる。

抑圧された狭い世界で、不安と恐怖が呼び起す暴力。それは人間的な感情だからこそこの物語には普遍性があり、身に覚えのある嫌な恐ろしさに引き付けられる。ああ、世界の縮図を見せられた気分。子供たちの腕に巻かれた白いリボン。何があっても、ウソはいけないよ。

熱波』(2012)

喪失を抱いて

熱波

現代のリスボンと植民地時代のアフリカを舞台に綴られる物語。第1部では老いたヒロインの最期の日々を、第2部では彼女の若き日の情熱的な恋について描く。

50年もの隔たりのある2つのストーリーを並べ、それぞれ別の視点から彼女の現在と過去が語られる。寂しい晩年を送っていた彼女は、死の床である男性の名前を告げる。彼は何者なのか。彼女が犯した罪とは? 全く異なる場所と時代が舞台なのに調和がとれているのは、ノスタルジックなモノクロ映像の力が大きい。

最初から悲劇が約束されていた出会いだった。若い二人のそばにはワニがいて、抑えきれない感情に振り回される彼らの様子をじっと見ていた。年老いた彼女に雇われている家政婦が、被害妄想に近いワガママを言われても、無表情&無感情で世話をしているのが面白い。

』(2018)

おかしいな

銃

ある日たまたま拳銃を拾った大学生が、銃を手にしたことで退屈な日常生活に高揚感を覚えるようになっていく。

いつでも簡単に人を殺せるのだ。その力を得たことで風景が変わった青年。自分の弱さに気づかぬふりをしてきた彼には、その小さい鉄の武器が必要だったのだろう。彼はそれを磨き上げ、ポケットに入れて持ち歩いたが、世界は相変わらずモノクロだった。ほんのちょっとした落とし穴に足元をすくわれるまでは。

爆発ギリギリの暴力性にハラハラしながら、彼がどこまで行くのかを見届けたくなる。彼の甘えと怒りが交じり合った皮肉な笑みときたら。その裏に隠された不安が見え隠れするのも、たまらない。若い時でなければ演じられない村上虹郎の魅力が炸裂。刑事役のリリー・フランキーの捉えどころのないねっとり感にゾクゾク。

木洩れ日の家で』(2007)

自分のいない未来

木漏れ日

ポーランドのワルシャワ郊外にある古い屋敷で独り暮らしをしている91歳の女性が、悔いのない人生の幕引きについて思いをめぐらせる。

大きな屋敷に犬と一緒に住み、子供と孫が時々遊びに来てくれる。そんな老後は、静かで満ち足りた理想的な暮らしのように思えるが、彼女はもっと別のものがほしいのだろう。何しろ双眼鏡で隣人の生活をのぞき見るのが楽しみだというのだから、なかなか侮れないご老人である。

懐かしい昔の出来事をつらつらと思い出しつつ、自分がいなくなった後の未来を思い描く。隣人たちを観察しているのは何のため? 現実をきちんと描いているのに寓話のようでもあり、ラストシーンで彼女の生きた証をかみしめる。こんな風にできたらいいなあ。モノクロ映像のため、古き良き名作を観たような満足感が心地よい。

コーヒーをめぐる冒険』(2012)

ツキに見放され

コーヒー

スタイリッシュな映像とジャズをバックに、朝にコーヒーを飲み損ねたことから始まる主人公の冴えない1日を描く。

スタートでちょっとつまずいたばかりに、その後のツキもドミノ倒しみたいに悪くなっていく。彼女としょうもないことでケンカして別れ、コーヒーを飲み損ね、免許証を取り上げられたまま返してもらえず、お金を下そうとしたら機械にカードが吸い込まれてしまう。因果関係なしの不幸続き。

「ま、そんな日もあるさ」と思えたらよかったのだが、気分を立て直そうとして出かけてみれば、クセモノたちに出くわして災難な目に……さて、彼のこの長い一日はどんな終わり方をするのだろう。カッコ悪い出来事でもカッコよく見えるのが、モノクロ・マジック。

ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(2013)

父子で手に入れたものは

ネブラスカ

インチキな手紙を信じ込み、当たってもいない賞金をもらいにいくと言って聞かない父親につきそい、モンタナ州からネブラスカまで旅をする息子の心の変化を描く。

大酒飲みで頑固で、家族のことをほったらかしにしてきた身勝手な父親を疎ましく思い、彼が老いてからも距離をとっている息子が、ウソの賞金話に巻き込まれてしぶしぶ車で旅をする。しかし途中で父の故郷に立ち寄ったことから、二人の関係は少しずつ変わっていくのである。

ボサボサ頭に不機嫌そうな表情。おぼつかない足取りで道路を歩く老いた姿は、さすがカンヌ映画祭男優賞を受賞しただけのことはある存在感。リアルだね。父親の親戚から両親の昔話を聞くにつれて、父を見る目が変わってきた息子が、自分の結婚相談をするようになるのが可笑しい。

フランケンウィニー』(2012)

一緒にいたいから

フランケン

科学が得意な少年が、事故死した愛犬を電力で蘇らせることに成功。フランケンシュタインのようにツギハギだらけになってしまった犬が巻き起こす騒動を描く。

1984年にモノクロ短編作品としてすでに発表していた実写映画を、ストップモーションアニメにリメイク。主に小説「フランケンシュタイン」と映画『フランケンシュタインの花嫁』(35)をモチーフにしており、監督の少年時代やルーツが色濃く反映された映画である。

愛犬を突然失い、悲しみに暮れていた孤独な少年が、死体を蘇らせることに成功。その喜びと混乱の狭間で巻き起こる騒動がブラックな笑いを誘うが、無理やり生き返させられたことが本人にとってどんな意味を持つのか、それは結局遺された者のエゴではないか……なんてことを考えてしまう奥深さあり。死んだことに気づいていないウィニーが、カワイイやら切ないやら。

ひそひそ星』(2015)

ひっそりとした平和

ひそひそ

昭和風の内装をした宇宙船に乗り、人間たちに大切な思い出の品を送り届けるアンドロイド配達員の姿を描く。

災害と失敗を繰り返して人類は絶滅寸前となり、AIロボットが大半を占めるようになった宇宙。その静かで平和な空間を一艘の宇宙船が行く。主人公のアンドロイドは気の遠くなるような長い時間をそこで過ごしているが、機械なので退屈知らず。ただ、瞬間移動ができる時代に、人間たちがなぜ時間をかけて荷物を運ぼうとするのかを理解できないだけだ。

宇宙船の中に畳とやかんがあるという不思議なレトロ感。運ぶ品も帽子や鉛筆などの日用品ばかりで、それがどんな重要な意味を持つのかを彼女は知らない。音を立てずに暮らしているひそひそ星では、人間は影絵のよう。ロウソクのように消えゆく運命を静かに受け入れるのもまた潔し。

ニーチェの馬』(2011)

ただただ生きる

ニーチェの馬

1889年哲学者ニーチェがトリノの広場で鞭打たれる馬に出会い、その首をかき抱いたまま発狂してしまったというエピソードに影響を受けて作られた作品。

ニーチェ本人は登場せず、その馬のその後という設定で、老いた父親と娘の過酷な生活が描かれる。風が吹き荒れる貧しい土地で、彼らは馬を引き、井戸に水を汲みに行き、ジャガイモを食べ、着替えて寝る。それを黙々と繰り返す彼らの暮らしに、特に意味はない。ただただその日を無心に生きるだけだ。

馬が動かなくなり、井戸水が干上がり、食べ物がゆでたジャガイモしかなくても、人生はこういうものだと思っているかのよう。世界はシンプルだ。そして終焉は、静かにゆっくりと忍び寄ってくる。骨太の音楽が心に響き渡り、モノクロ映像の迫力を見せつけられる秀作。

いかがでしたか?

現代になってもなお作られ続けているノスタルジックなモノクロ映画。モノクロ映画には時代や場所や季節があやふやになってしまう不思議な魅力があり、色彩に乏しい分くっきりと浮かび上がる陰影が墨絵のようで、ついつい引き込まれてしまう。

シンプルで奥深く、懐かしいような新しいような味わい。そんなモノクロ映画に魅了されている映画ファンも多いはずだ。

これからも新しいモノクロ映画との出会いを求めて、公開作品をチェックしてみよう。

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