バリー・ジェンキンス監督『ムーンライト』から『ビール・ストリートの恋人たち』へ【来日インタビュー】

映画のインタビュー&取材漬けの日々是幸也

赤山恭子

マイアミでの黒人貧困社会問題と、性的マイノリティについて、静かに詩的に描き上げたオスカー受賞作『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督がこのたび来日し、最新作『ビール・ストリートの恋人たち』についての製作背景、さらには自身が持つ脚本・映画へのこだわりを明かしてくれた。

ビール・ストリートの恋人たち

ジェイムズ・ボールドウィンが1974年に発表した同名小説を映画化した『ビール・ストリートの恋人たち』は、1970年代のニューヨークを舞台に、無実の罪を着せられ刑務所に収監された恋人ファニーを救い出すべく奮闘する、少女ティッシュとその家族たちの姿を映し出す。過去に蔓延っていた黒人差別を浮き彫りにするばかりでなく、主人公たちの確かな愛の結びつきを、目にも鮮やかな映像と、情感あふれる音楽で包んだ名作を手掛けた、その手腕とは。インタビューで迫った。

ビール・ストリートの恋人たち

――『ムーンライト』に長い間心を奪われていたので、お目にかかれて光栄です。本作において、ずっと映画化を夢見ていたそうですが、原作のどこに一番魅力を感じていましたか?

ジェンキンス監督 元々、いつかジェイムズ・ボールドウィンの小説を映像化したいという気持ちを持っていたんだ。けれど、「ジョヴァンニの部屋」、「もうひとつの国」あたりは、自分向けの作品ではないなと思っていて、「ビール・ストリートの恋人たち」を読んだときに、ボールドウィンの持っているふたつの声が、見事にひとつの物語に混じり合っていると感じたんだ。

――恋愛と人種問題についてでしょうか?

ジェンキンス監督 そうです。ひとつは恋愛、官能などを書く筆致。そしてもうひとつは、体系的な不公平さ、政治的な要素、アメリカにおけるアフリカ系アメリカ人がどのように扱われてきたか、が書かれていた。見事な形でブレンドされていたし、ティッシュとファニーのラブストーリーを通じて体感できるところがすごくいいと思った。それが映画化したいと思った理由だよ。

――映像にすることへのハードルはありましたか?

ジェンキンス監督 普通、映画は映画化権を取ってから脚本を作るのだけれど、どうしても撮りたくて、先に脚本を書いちゃったんだよ(笑)。当時、まだ『ムーンライト』も撮っていない状態で、「作りたいんですけど……」と。元々彼ら(ジェイムズ・ボールドウィン・エステート)は、とにかく作品を「読んで」ほしいと掲げているから、映像作品が作られるなんて思ってもみなかったんだ。まずはご家族と知り合いになって、お互いを理解し合い、いかに信頼を得るかが重要だった。そうしてようやく権利を得ることができた。そこがまず最初のハードルだったね。

ビール・ストリートの恋人たち

――脚本に関しては、どの部分を抽出したら素晴らしい映画になると感じられて、取り組みましたか?

ジェンキンス監督 ティッシュが「妊娠している」と報告するときの両家族の出会いのシークエンス、ティッシュのお母さんがプエルトリコに行くところかな。あと僕としては、ファニーが友人ダニエルと通りで再会するところも大事だった。ダニエルは正直、メインキャラクターではないから、ちょっと奇妙に感じるかもしれないシーンだけどね。

――ふたりが再会し、ファニーの家でお茶を飲みながらダニエルのトラウマについて話す一連のところですね。

ジェンキンス監督 その12分間は、それまでのストーリーの流れを止めてしまってもいるんだ。ダニエルは出所したばかりで、刑務所で受けたトラウマについて伝える。僕は言葉で直接的に説明するのではなく、それがどんな体験だったのかを観客に感じさせたかったから、12分という時間を使ったんだ。

ビール・ストリートの恋人たち

ジェンキンス監督 トラウマというのは二方向の作用がある。「撃たれたから痛い」のが一つのトラウマだったら、もう一つは「乗り越えることができない」ことで、そっちのほうが辛い経験だと思う。ダニエルは物理的にはもう外の世界にいるんだけど、刑務所でのトラウマから抜け出せてはいないわけで。だから僕にとっては、ダニエルとのシーンが実は映画の中での最重要なシーンなんだ。

――今のシーンのお話にも通じますが、監督の映画の最大の魅力は言葉で伝える方法でないところ、まるで観客一人ひとりに届けているような目線だと感じます。観客に伝えるにあたって意識しているところはありますか?

ジェンキンス監督 ありがとうございます。僕は元々小説家志望だったから、その勉強をしていたこともあり、典型的な脚本と違っているのかもしれないね。僕の脚本は、とにかく感情的に、今、キャラクターたちが何を感じているのかを、丁寧に書き込んでいる部分があるんだ。一般的な脚本とは、起きていることばかりが綴られている記録というか、冷たい文書みたいなところが少しあって、決して文学的なものではないので、そういった意味では、普通の脚本とはちょっと違うかもしれない。撮影監督や役者が、「これが監督が作ろうとしてるものなんだ」と、共有できるものになっていると思う。

ビール・ストリートの恋人たち

ジェンキンス監督 映画の場合、人物を正面から捉えていることはあまりなくて、サイドや斜めからのアングルがすごく多い。だから僕の映画ではあえて正面から捉え、一対一……まるで自分自身と向き合っているような居心地の悪いものを入れることによって、よりその感覚というのが、強まっているかもしれないね。役者が何かを与え、観客が何かを感じ、返している。ギブアンドテイクが行われると、観客はただ受け身に物語を観ている者から、もっと能動的な立場、あるいは経験になっていくことがあると思っているんだ。そういう風に、その人(映画の主人公ら)と直接目を合わせて関わり合うとなると、何かを感じなければいけないし、受け入れなければいけないから。もしかしたらそういう部分も、僕が直接皆さんと繋がっているような、響くような感覚に繋がるのかもしれないね。

――さらに物語を引き立てているのが、音の響かせ方、反する静寂だと思っています。余韻の残るサウンドデザインのこだわりについても、教えてもらえますか?

ジェンキンス監督 アメリカでは聞かれないことをいっぱい聞かれるから、日本はいいなあ~!

――本当ですか? 監督の作品について、洗いざらい何でもお伺いしたいんです(笑)。

ジェンキンス監督 実は、今回のサウンドデザインはドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズのチームお願いしたんだ。この作品は、ティッシュの意識、彼女の記憶、彼女の夢、彼女の悪夢で綴られていく。音響を通じて、そういうことを響かせていく必要があった。例えば、普通の台詞の音は通常と同じで前方から届かせていますが、ティッシュのボイスオーバーや頭の中の声は、全方向から届くようになっている。僕は、映画は“誰かの頭の中”であると捉えているから、観客をキャラクターの頭の中に没入させて、映画を体験してほしくて、そうした作り方をしているんだ。

映画というものは、そもそも半分が音、半分が映像でできているわけで、キャラクターたちの感じていることをいかに表現するかの中に、もちろん音響も入ってくる。文学では決してできないことだから、映画ならではの手法でないかと思う。カメラワークも色彩設計も、すべてはそのときにキャラクターが感じている気持ちというものを増幅させるために使っているわけだ。

ビール・ストリートの恋人たち

――少し話がずれるかもしれないんですが、音響のことを言えば、今、世間では4DXなども流行っていて……。

ジェンキンス監督 (身を乗り出して)Someday、Yes!!(いつか撮りたいね!!)

――やりたいんですね!? 意外です。

ジェンキンス監督 いつかやってみたいよ! 例えば、『ムーンライト』の最後の水のシーンとか、4DXにしたらヤバくない(笑)?

それはさておき(笑)。僕はまだDOLBY ATMOSに対応した映画を作っていないので、ぜひやりたいと思っているんだ。映画というのは、ページの中ですべてを喚起することができる文学を追いかけていると思う。キャラクターの意識をいかに伝えるかを大切にしているから、どういう方法でに皆さんに体験させられるか、なんだ。今回は、ある種の感情を喚起させるために、地下鉄のシーンではなくても、地下鉄の「ガタンゴトン」という低い音を360度の方向から鳴らしたり、効果を出したりした。それと同じ感じ方だから、4DXもDOLBY ATMOSも使い方次第だと思うんだ。僕の場合だったら、本当に些細な形で使うかな。

ビール・ストリートの恋人たち

――監督ならではの効果の演出の作品も、楽しみにしています。最後に、文学から映画界を目指されたきっかけになった作品や出来事があれば、教えてください。

ジェンキンス監督 最初、「僕にはもしかしたら映画脚本が向いているのかも」と思って、映画学校に入ったんだ。その学校は、全員が強制的に監督業も学ばなくてはいけなくて、監督をやってみたら「あれ? これが一番良い方法かも!」と気づいた。だって、自分の書いているものを、自分が直接作ることができるんだからね。自分の作品を守る一番の方法だよね。映画学校では、自分が観てきた作品を模倣するところから始まった。僕はほかの人と違うものを撮りたかった、みんなが観ているハリウッド映画とは違う外国映画にインスピレーションを受けながら、映画を作ってきたんだ。

一番の影響はやはり本ではあるけれど、外国映画にもたくさん……そうだな、ジャン=リュック・ゴダール、ドゥニ・ヴィルヌーヴ、『花様年華』、『恋する惑星』、『勝手にしやがれ』、アジア・ニューウェーブ、ヌーベルヴァーグなど、様々な作品に影響を受けた。日本に来てこの話をしているのは不思議な感覚なんだけど、キャラクターが直接自分たちに語りかける体験を初めてしたのは、小津安二郎の『東京物語』じゃないかな。理由は分からなかったんだけど、グッと惹かれる、引き込まれるような感覚をそのときに味わったんだ。(取材・文=赤山恭子、写真=Yoshiyuki Uchibori

映画『ビール・ストリートの恋人たち』は、2019年2月22日(金)より全国ロードショー。

ビール・ストリートの恋人たち

監督:バリー・ジェンキンス
配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/bealestreet/
(C)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

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  • iroiro
    3.3
    バリー・ジェンキンスの映画は他に「ムーンライト」しか観たことがないが、これから注目していきたい監督。人種間の問題を絡めながらも、人間心理の機微を丁寧に表現していて、思わず見とれてしまう。ムーンライトほどの感動はなかったけど、これからもこのような作品をどんどん作ってほしい。
  • love1109
    3.8
    「愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える」。『新約聖書』にあるコリントの信徒への手紙を映画にしたなら、きっとこんな映画になる。嗚呼、なんて純粋でロマンチックなラブストーリー。そして、これは1960年代後半から70年代の過酷な状況や環境の中で、腐らず、屈せずに生き抜いた、黒人の多くの恋人たちに捧げられた尊崇でもあった。
  • そう結局ピクサーもディズニーに
    3.6
    2019年 349本目 手アカ付くほど存在する、黒人差別をベースに据えた物語。暗い話を映像美で調和した、若い黒人二人の淡くて純な恋物語。 人間の卑しさ。時代の理不尽さには勝てない。それが人種差別。それは若い黒人カップルの、どれだけの美しい愛を持ってしても太刀打ちできない。 踏み込めば踏み込むほどに、足は沼に浸かっていき、心も体も縛られていく。 それが差別と戦う、ということ。 時代に勝つことが出来ない二人が、それでも戦い続ける中で、帰りを待つ二人の間の子供の何気ない一言には、辛さよりも希望が伺えた。
  • ヒロ映画ファン
    4.4
    色づかいの素晴らしい映画でした。
「ビール・ストリートの恋人たち」
のレビュー(3848件)