市川実日子、透き通る存在感に魅せられて「もっと自由で、もっと楽しんでいいんじゃないかって」【ロングインタビュー】

映画のインタビュー&取材漬けの日々是幸也

赤山恭子

市川実日子は軽やかな笑みを絶やさず、楽しみながらスチール撮影に応じていた。彼女がいるだけで周囲がパッと明るくなり、透き通るような存在感に惹きつけられる。それでいて、役に入ると一変、きつい言葉も吐くし、貪欲な表情だって見せられるのだから、底知れない女優だ。

初恋

市川の最新出演作『初恋~お父さん、チビがいなくなりました』は、晩年を穏やかに暮らしている夫婦の生活を“初恋”の頃までさかのぼり、出会ってから長いあいだ寄り添う軌跡を苦しい気持ちも交えて描き出した。主人公の老夫婦を演じたのは、倍賞千恵子と藤竜也。彼らの娘である今時のアラフォーシングルとなったのが市川だ。

市川にとって「ご褒美なんじゃないか」とさえ思ったという本作の出演について詳しく聞けば、多くの言葉が溢れ出し、揺らぎのない芯が何度も見えた。女優という仕事についての向き合い方、毎日を健やかに過ごすためのヒントさえ語られた、貴重なロングインタビューとなった。

初恋

――長く寄り添う夫婦の良さ、好きな人と一緒にいられる素敵さを感じる作品でした。娘の菜穂子を演じてみて、いかがでしたか?

市川 今回、実際に現場に入ってから気がつくことが、多かったです。いろいろな想いが浮かぶような感じでした。

――例えば、どんなことに?

市川 倍賞さん演じるお母さんが、「離婚したい」と言うんですよね。それって大事件なんですけど、子供たちはみんな自立していて、菜穂子も30代後半なので、小さい頃や若いときに親が離婚するのとは違って、結構しっかり受け止めている人なのかな、と思っていたんです。

初恋

市川 けれど、撮影が進むにつれ、菜穂子はもしかしたら揺れている人なんじゃないか、と思うようになりました。お母さんの離婚の話から、いろいろな家族観、母親のこと、父親のこと、兄姉のこと、自分のこと……日々忙しい中で考えて、言葉にできていなかったものを言葉にしなきゃいけない状況になったんじゃないかな、と。撮影が進むにつれ、揺らぎみたいなものをどんどん感じられたのは、不思議な体験でした。

――倍賞さんと藤さんという名優とご一緒されたことについては、どんな経験になりましたか?

市川 ご一緒できるなんて、すごく怖くて緊張するけれども、小さく震えるような楽しみもありました。とにかく、お二人とお会いできたことがうれしかったですし、この仕事をしていて「ご褒美なんじゃないか」と思いました。人間的魅力を持つ方々とご一緒できたことへの喜びが強いです。

――市川さんが感じたお二人の魅力は、どういうところでしたか?

市川 お二人とも、本当にチャーミングというか、すごくかわいらしい方々なんです。今回、特に倍賞さんは、スケジュール的にも朝早くから夜遅くまで、撮影がずっと続いていたり、本当に大変だったと思うんです。一番疲れていらっしゃるはずなのに、倍賞さんのほうがスタッフの疲れを取ってくださるというか。とても自然なかたちで、スタッフの元気が出るようにされているところを何度も見ました。疲れを全く見せず、肩に力も入っていなくて……、本当に素敵だなって思いました。

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市川 藤さんも、あんな頑固なお父さん役なのに(笑)、ご本人は本当に素敵な、かわいらしい方でした。藤さんから、倍賞さんへの尊敬の念みたいなものを感じました。他の共演者やスタッフにもです。人に対して、きちんとリスペクトをされている方なんだと思いました。尊敬するってすごく大事なことですよね。無理してできることでもない。それが自然とある現場で……本当にご褒美だなと思っています。人間力というか、人としての魅力をお二人から感じました。

――倍賞さんの振る舞いは、例えば、理想的な歳の重ね方を見たことにもなりますか?

市川 はい。やっぱり大先輩というか、先を歩いている方々のことを「素敵だな」って感じたとき、同性だと更にうれしくなりませんか? 「人ってこんなに魅力的に、ずーっと歩いていけるんだ」って。そういう方を近くで拝見できることは、本当にうれしいです。

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――ちなみに、小林監督とは初めてでしたか?

市川 十何年か前、小林監督が、ある作品の助監督として現場にいらっしゃったんです。関西出身で、ユーモアがあって、明るく盛り上げるけど、その中にシャイさも感じられる方で、すごく印象に残っていました。小林監督が監督デビューされたのを知ったときも、今回呼んでいただいたときも、とてもうれしかったです。

――いざ監督と俳優として向き合ってみて、印象は変わりましたか?

市川 それが、イメージが変わらないんです。(笑)それも素敵なことだなと思いました。とても温かく、優しい現場だった印象が残っています。やっぱり監督が優しい方だから、その空気感が現場を作るんだと思いました。横にいてくれる感じというか、圧を出すわけでもなく、真剣に見てくださっていて、自由な空気感もあるというような。

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――様々な役を演じられていて、女優という仕事を謳歌しているように見える市川さんなのですが、仕事の喜びは日々感じていますか?

市川 役については……全部難しいです(笑)。この仕事をしている私の喜びは、誰かとものを作ること。だから、脚本、監督、共演する方……一緒に作る人の存在がすごく大きいんです。お芝居って、ただでさえ怒っていないのに怒るとか、落ち込んでいないのに落ち込むとかをするわけじゃないですか。それって、やっぱり少し不自然なことなんですよね。人によってその表現の仕方も違いますし、無意識でも人それぞれの何かが出ているように感じていて。演技はそれの交換だと思うんです。

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――デビューはモデルですよね。その頃から、その喜びは変わっていませんか?

市川 最初はモデルをやっていて、ひょんなことから映画に誘っていただいて、気がついたら始まっていました。モデルの仕事自体も、自分から「すごくやりたい」というかたちの始まりではなかったのですが、現場にいる「かっこいい大人に会える」ことが、自分の喜びだったんですよね。元々職人さんが好きで、映画の現場に行ったら、それぞれの分野のプロが真剣な目をして働いているのが、すごく格好よくて。皆さんに会いたい一心で、私は現場にいました。じゃあ、私がこの映画の……この仕事……出演者というか……この仕事……、本当にね、言えないんですよ(笑)。

――ご自身が俳優、役者という言葉をまだ言えない?

市川 そうなんです、なんだろう……(照れる)。お芝居をすることが私の仕事で、私はお芝居をするから、その中に入れるわけじゃないですか。だから、最初のうちは、映画をいっぱい観て、「映画とは……」みたいな話をされている方を見ると、「私も映画は好きだけれども、芝居がどうこうとかはわからないし、あのカットがどうこうとかも全然わからないなあ……」と思っていて。「自分がこんなんで本当にいいんだろうか」、どこか「申し訳ない」みたいな気持ちで、ずっといたんです。けれど、あるときから、いろんな人がいていいんじゃないかな、って開き直るようになってきて。つい最近ですけど。みんな同じじゃなくていいし、いろいろな人が観ているんだから、出る人も、いろんな人がいていいんじゃないか、と思えるようになってきました。

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市川 それに……たとえ、たったひとりだとしても、私のつたない何かによって、届く人がいるかもしれない。たまにお手紙をいただいたりすると、びっくりしちゃうんですけど、「そっか。こういう私の不器用さとか、説明できないこの感覚が伝わる人もいるんだ」と思えるんです。「そうだ。人はたくさんいるんだ。この仕事をしているからって、みんな一緒じゃなくていいし、たくさんに伝えられる人もいれば、そうじゃない人がいてもいい。自由なんだ」って。ちょっとだけ居てよしって、自分に言えたときがあったんですよね。

――今、すごく素敵な表情をしてお話されています。

市川 (笑)。……つまらないですよね。「これは、こうでなきゃいけない」みたいなことって。当然、法律や守らなきゃいけないルールはあるけれど、大人になっていくと、「ああ、これはこうしなきゃいけないものだよね」みたいな、見えない自主規制をしてしまう。自分もしていることがあって。そういう空気、私、破りたくなっちゃうんですよ。

――(笑)。

市川 もっと自由で、もっと楽しんでいいんじゃないかって。あとは、1個でも「いいな」と思えるものがあることが、私にはすごく重要で。その場所に行って、楽しいことを見つけるのは、もしかしたら得意なほうなのかもしれないです。「うーん」と煮詰まったとしても、最終的にどこか、「まいっか」じゃないけど、楽観的なところが最後の最後にあるんですよね。

それでも、苦しいと、苦しがったりもします。「忙しい」、「忙しい」、「忙しい!」みたいなとき、「忙しい」と思うと、「忙しくて苦しい」目線でしか、物事が見られなくなっちゃう。それって、すごくもったいないなと思って、あるとき「ん? 本当にそうか? 今そんなに忙しいか?」と自分に聞いてみたんです。「あれ? そうでもないかも」と気づくと、すごく楽になりました。

初恋

――どんな仕事や生活でも共通する、よりよく生きるためのヒントになりますね。

市川 でも、いつも、毎回はできないですよ。だけど、それを思い出す練習をしています。苦しいと思っているときだって、「あ、苦しがってるな」と自分で思うだけで、ちょっとそこに空気が入ってくるというか。あと、自己暗示も怖いと思います。大人になればなるほど、「私、こういうの好き」、「こういうの苦手」と自分のことをわかってくると思うけど、それほど怖いこともないと、あるとき思ったんです。

いつかの自分が思ったことを、今の自分が思っていないんですよね、人は変化をするから。なのに、昔の物差しで、今の自分の世界を見てしまっているときがあるなって。「だからできない」とか、そう判断していると楽しくなくなっちゃう。それに気づくことがすごく大事だな、と思ったときがあって。でも、なかなか人は……というか私自身、傷つくのがこわくて、安心したり楽なほうを選びがちなんですよね。……どうしよう、すごい語ってます(笑)?

初恋

――もっともっとお聞きしていたいんですが、ちなみに、市川さん自身が人に想いを伝えるときに心がけていることは何かありますか?

市川 近いところで言えば、私は三姉妹なんですけど、うちの家族は不器用な性格の人が集まっているんです。恥ずかしさとか、照れもあって、素直にできないところがお互いにすごくあって、「ありがとう」とかも、思春期のときは言えなかったりもしました。傍にいるぶん、仲は良いけどぶっきらぼう、みたいな(笑)。仕事とかも、そうだったかな。……若いときは特に、媚を売りたくない、という精神が強くて(苦笑)。モデル時代、ブランドのショーのオーディションに行くとき、そこの服が好きだったとしても絶対に着て行かなかったんです。

――ええ! 逆に、ですか?

市川 そう(笑)。とにかく媚びを売りたくなくて、頑ななほどに。けれど、大人になってからは、いろいろなことを伝えられるようになりました。音楽、映画、編集者の方・・いろいろな方に。例えば、雑誌の1ページがすごく素敵だったとか、インタビューがすごく素敵だったと思ったときには、伝えるほうを選べるようになった。そう思っているから。思っていないことは言えないですけど、思ったときは自然と伝えられるようになりました。……もうすごく恥ずかしくて言えないときもあるけど、伝えるタイミングと、自分の心の準備が揃ったら、ちゃんと伝えます。

――いつから今のように変われたんですか?

市川 いつからなんだろう……。30歳あたりから、ですかね。「好きなものは好き」と伝えること。伝えられることも、伝えることも、とても温かいことだな、と。自分が体験したこともあるかもしれないんですけど、私も言ってもらえると、やっぱりすごくうれしいんです。「好きです」と人に言われること。人のコミュニケーションって言葉だけじゃないから、どんなに不器用だったとしても、その人の想いって伝わってくるじゃないですか。人が誰かに素直な気持ちを伝えている姿を見ても、温かいものだなリスペクトは大事だな、って思います。だから、私もきちんと好きなものとか、好きな人に対しては、想いを持って、下手な言葉でも伝えることを選びたいし、前よりできるようになったと思います。(取材・文=赤山恭子、撮影=映美)

初恋

出演:倍賞千恵子藤竜也市川実日子 ほか
監督:
小林聖太郎
公式サイト:http://chibi-movie.com/
(C)2019 西炯子・小学館/「お父さん、チビがいなくなりました」製作委員会

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  • HidehikoYaba
    3.5
     財津和夫の「サボテンの花」では、些細な出来事で簡単に壊れてしまう男女の関係性が淡々と歌われる。夫婦も恋人も元は他人だ。親兄弟でさえ解り合えないのに、育った環境の異なる他人同士が解り合えることはない。  もっと古い歌だが長谷川きよしが歌った「黒の舟唄」は、男と女は互いに解り合えることがないと知っていて、それでも解り合おうとするものだという歌詞である。  そして北山修と加藤和彦の「あの素晴しい愛をもう一度」では、同じ花を見て美しいと思うことが幸せなのだと歌う。人は解り合うことはできないが、共感することができるという意味だ。  人は他人の死を死ぬことができない。他人の苦しみを苦しむことができない。どれほど時を過ごしても、どれだけ言葉を交わしても、人は他人を理解することはない。この人はこういう人だと決めつけることはできるし、多くの人がやり勝ちだが、大抵の場合、間違っている。決めつけることは理解することとは程遠いことなのだ。  しかし北山修の詞のように共感することはできる。共感は共生感に繋がり、同じ時間、同じ空間を生きていると実感する。そこに感動があり、喜びがある。作家や哲学者は、深夜にひとりで執筆しているとき、全人類との大いなる共生感を感じることがあるという。  さて本作品は、年老いた夫婦が共生感を喪失する話である。といっても妻の側がそう思うだけで、夫のほうは気持ちが通じているものと思っている。そのズレがドラマになる。  倍賞千恵子と藤竜也という名人二人の芝居はスキがなく、かといって過度な緊張もない。適度に思いやりがあり、適度に突き放しがある。その絶妙な空気感の中で日常的なストーリーが坦々と心地よく進んでいく。  老いた夫は駅前でアイデンティティの危機を迎え、帰宅して妻に出来事を話そうとしたときに、逆に離婚の意思を告げられる。そのときの藤竜也の表情は、複雑な思いが絡み合って逆に無表情になってしまう顔であり、その無表情の中にも落胆、失望、諦め、それに妻への思いやりを感じさせ、これぞ名優と改めて感心する名演技であった。  普通の人の普通の暮らしの中にもドラマがあり、人生があるのだなと再認識させてくれるほのぼのした佳作である。
  • 松井の天井直撃ホームラン
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    ☆☆☆★★ 2019年5月15日 シネ・リーブル池袋/シアター2
  • あらりん
    3.4
    「娚の一生」「姉の結婚」で知った西炯子先生の世界。 若い子向けの胸きゅん物語とは違って、大人向けの物語にハマりました。 そして、人気作「お父さんチビがいなくなりました」が映画化。 倍賞千恵子さん、藤竜也さん、市川実日子さん、星由里子さんが出演。 晩年夫婦の勝と有喜子。 2人の日常や心情が丁寧に描かれていて、ああ分かるなぁ…こんな場面見たことあるなぁ…と、故郷の両親を思い浮かべる。 静かで平穏な夫婦の暮らし。 長男、長女、次女…いい子どもたち。 猫のチビ。 幸せにしか見えないのに、なぜ不安を抱くの?と思う。 まさに、昭和の夫婦像。 お父さん、もう少し感謝や愛は口に出しましょう! 猫のチビが姿を消して有喜子の気持ちは追い詰められていく。 倍賞さんの演技を見せていただきました。 タイトルの意味が分かるラストは静かな感動に包まれます。 美しい星由里子さんの最後の映画。 私にとっても思い出の映画になりました。 長い長いマドンナ役、お疲れさまでした。
  • ゆきがめ
    3.5
    アメブロを更新しました。 『「初恋~お父さん、チビがいなくなりました」夫にムカつくけど倍賞さんの可愛さに癒されました。』https://twitter.com/yukigame/status/1129797723706650625
「初恋~お父さん、チビがいなくなりました」
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